2019年11月11日月曜日

幻の酒米 渡船とは?【短稈渡船とは~3~】

※今回の内容は基本、森脇勉氏著「イネ在来種”渡船”を再考する」その1~その2に準拠しております。
ぷらす
墨猫大和個人の素人意見を多分に含んでおりますので、かならずしも「正しい情報」ではありません
この内容以外に情報があるのでしたらばぜひぜひ教えて頂きたいです。
ただし、当時(明治~大正期)の資料を基にした「情報」以外はあまり意味がありません。
現代の慣習や書籍を元にされても、この問題は「そもそもその根拠が間違っている」という話ですので意味がありません。








第一回短稈渡船とは?【関係諸機関聞き取り】、第二回短稈渡船とは?~2~【各蔵元聞き取り】と『山田錦』の交配親となった『短稈渡船』を追いかけてきたわけですが…
その『短稈渡船』の正体は不透明ながら、名前からも在来品種『渡船』から選抜されたものであることはほぼ間違いないでしょう。
そしてその名のように海を渡りアメリカへ、かの地で優秀な成績を収め、アメリカ稲作の始祖となったともされています。

あれ?でも…

そもそも『渡船』っていう品種はなんなのでしょう?


目次

  1.  そもそも『渡船』とはなにか?
  2. 【まずは大前提】これ以後語る『渡船』の定義について~①『渡船』と②『渡船』~
  3. 【序章】明確な記録がなく、様々な説の存在する『渡船』
  4. 【前章】『渡船』に関して残っている記録はどうなの?
  5. 【中章】加藤発祥の「滋賀県が『雄町』を改良した」論の矛盾
  6. 【中章-2】その後の「『渡船』=『雄町』」論は加藤の記述の鵜呑みでは?
  7. 【終章】結局『渡船』とはなんなのか
  8. 【ぷらす情報】現代の『茨城県産”渡船”』とは(結局出所不明の謎品種)
  9. 【蛇足1】稲品種データベース上の『滋賀渡船6号』はなんでしょう?~②『渡船』について~
  10. 【蛇足2】『渡船』命名由来について(管理人の勝手な(酷い)妄想)
  11. 関連コンテンツ

そもそも『渡船』とはなにか?


『渡船』(幻の酒米?)についてかるーくネットで調べると、大方このような説が記載されています。

明治28年に滋賀県農事試験場で福岡県産の『雄町』から選抜・命名したもの。

命名の由来については
琵琶湖の船上での作業中に、品種を判別する札を無くしてしまったモノがあり、仮に『渡船』と命名し、後からそれが『雄町』であると判明した。
というものもチラホラ見かけます。

米品種大全では「福岡県の『雄町』より滋賀県が選抜」
稲品種データベース(https://ineweb.narcc.affrc.go.jp/search/ine.cgi?action=kouhai&ineCode=Z0001963)では『滋賀渡船6号』について「雄町より選抜」

なるほど、これだけ見ると『渡船』は滋賀県が『雄町』から選抜して命名した品種なのか・・・」となるでしょう。
もしくは『渡船』は『雄町』の異名同種である(二つは同じ品種)」という記述もよく見かけますね
しかし実際これらの内容の正否はどうなのでしょうか?


【まずは大前提】これ以後語る『渡船』の定義について~①『渡船』と②『渡船』~


後述、及び『滋賀渡船2号』の説明にも書いていますが、「①最初の『渡船』となった品種」と「②大正期に滋賀県内で『渡船』と呼ばれた品種」は定義されるものがまったく違います。

今回は【①の『渡船』】についてその出生、つまり品種として最初に『渡船』が確定したのはどこか?ということについての考察に関わる話です。

『山田錦』の父本として有名な『短稈渡船』を始め、『滋賀渡船2号』や『滋賀渡船6号』を純系淘汰する元となったのは【②で定義される『渡船』】です。
なので『短稈渡船』『滋賀渡船2号』『滋賀渡船6号』は、これ以後推察していく【①の『渡船』】とは関係ありません(かもしれません)。

「福岡県の『雄町』を改良した『渡船』から『短稈渡船』が生まれた」
「滋賀県が育成した『渡船』から『滋賀渡船2号』が生まれた」
「福岡県の『渡船』という品種から『滋賀渡船6号』が生まれた」

これらは基本的に間違い(根拠がない)ですのでご注意を(根拠文献があれば教えてください)

繰り返しになりますが
【①の『渡船』】について、以下述べていきます。

【序章】明確な記録がなく、様々な説の存在する『渡船』

日本の在来品種をほぼ網羅しているとされる「日本農業発達史」(1978年)という書籍があるのですが、実は、ここに『渡船』についての記載は一切ありません。
と言うより
公的な書類において『渡船』の出自について明確に記載されている資料がほとんどと言っていいほど存在しないのです。

純系淘汰元になった在来品種として『渡船』が存在したことは確かです。
そこから(とも限らないのですが)『滋賀渡船2号』始め数種の品種が選抜されたことも確かでしょう。
しかしながら『渡船』と言う品種の成り立ちがどのようなものなのかは、かなり不明瞭になっていることをご存じでしょうか?

ネット上ではさも確定された事実であるかのようにであるかのように
「『渡船』は『雄町』から選抜された」
こう書かれていますが、実は非常に曖昧な情報の内の一つでしかないのです。
「『滋賀渡船2号』が『短稈渡船』である」と同じ程度の情報であると言えます。

ただこれは『短稈渡船』以上に問題があり、それは一部の公式記録上は確かに雄町からの選抜種という扱いになっていることです。
ですので何かしら調べればその通りの記述になっているのですから、「何が間違いなの?」としかならないでしょう。

まず松島正博氏「オーストラリアの米産業」(1994年)によれば、『渡船』の出生については3つの説があり
【1】雄町の異名同種で岡山県産(日本穀物検定協会「図説・米の品種」1989年)
【2】滋賀県産酒米(菊川貞己氏「オーストラリア研究紀要18」1992年)
【3】九州産(八木宏典氏「カリフォルニアの米産業」1992年)
おそらく世間一般に広まっている説に近いのは【2】かと思われますが
どれが正しいのでしょうか?


【前章】『渡船』に関して残っている記録はどうなの?


渡船に関する事象を一枚にまとめました。

見て頂ければわかるように『雄町』=『渡船』、二つが異名同種であるという論の始まりが現存文書で確認出来るのは1906年(明治39年)のことです。
農商務省農事試験場(国立)の加藤茂苞氏(以下敬称略)の記述が最初です。

1906年(明治39年)の加藤の論文「優良なる稲の品種に就て」で、「雄町(渡り船)も滋賀以西に多きを占め~」との記述。
翌1907年(明治40年)同じく加藤の「農事試験場特別報告25号『米ノ品種及其分布調査』」で、『雄町』『渡船』の特徴について記述されており、ここで2品種は異名同種であると結論付けられています。

そしてこれが最も広まっている『渡船』の出自と同じであることがわかるかと思います。


【中章】加藤発祥の「滋賀県が『雄町』を改良した」論の矛盾

さて
肝心要、始まりであるはずのこの「農事試験場特別報告25号『米ノ品種及其分布調査』」の記述ですが、なんとも疑問符が付くような内容になっています。
記述内容としては

①『渡船』は福岡県の『雄町』を滋賀県で改良した品種
②『雄町』と『渡船』には明確な違いは無い
③よって『雄町』と『渡船』は異名同種である

滋賀県が『雄町』を改良した、ということは『渡船』は何かしら『雄町』と違う見た目の性質を持っていなければならないはずです。
品種と認められるには「見た目で判別できる性質」が必要だからです。
元が『雄町』だったとして、「草丈が短くなった」、「花が咲くのが早くなった」、「病気にかかりにくくなった」のように、何かしらが変わったからこそ”改良”と呼べるはずなのです。

これを踏まえると
加藤の記述が矛盾していることがわかるかと思います。
「滋賀県は『雄町』を変えて『渡船』にした」と言っているのに
「『雄町』と『渡船』は変わらない」と言っているのです。
加藤の論はつまり「滋賀県は『雄町』を変えたけども変えていないと言うに等しいことになります。
滋賀県農事試験場は品種を改良したといいながら何もしていない、品種改良など事実無根だ、ととも捉えられる内容です。
しかし、一試験場が改良したという品種において、そんなことがあるでしょうか?

また、ここには実際『雄町』と『渡船』がどのような点で同一で、異種と認めるには及ばないのか、という具体的な記載が一切ありません。

このような根拠が不明瞭、記述にも矛盾のある加藤(国立試験場)側の論と時を同じくして

1906年から1910年にかけて、滋賀県農事試験場(県立)では『雄町』と『渡船』の特性試験を行っており、この中で両者を完全に独立した別品種としての扱いを行っています。


つまり国と県で『渡船』の扱いが異なっていることになります。




【中章-2】その後の「『渡船』=『雄町』」論は加藤の記述の鵜呑みでは?

『渡船』関連の動きとして
大正2年(1913年)に『雄町』、『大町』、『關川』、『新鬚』と言った品種が『渡船』の異名同種として指定。
大正4年(1915年)に『滋賀渡船2,4,6号』の純系淘汰が完了し、公布されます。

そして時代は進み、『渡船』に関して記述する書籍が出てきます。
◯大正13年(1924年)南部増治郎氏の「実験稲作及米穀」
 「雄町(一名小町・渡船)」
 「福岡県の『雄町』を滋賀県で改良したのが『渡船』」

◯昭和10年(1935年)農林省農務局「道府縣に於ける主要食糧農作物品種改良事業の成績並びに計画概要(農事改良資料第97号)」
 「滋賀県農事試験場が福岡県産雄町について淘汰を行ったものに対し明治28年に命名」

◯昭和53年(1978年)山根國男氏、西田清数氏の「農及園54」
 「雄町=渡船」


このように『雄町』と『渡船』が異名同種、滋賀県が改良した品種であると記述していますが、果たしてこれは何を根拠にしたものか?

森脇氏は単に加藤(国立農事試験場)の言をそのまま取り上げただけではないかと推測しています。

このように国と県の取り扱いが食い違い、来歴が不明瞭であるにもかかわらず、一番最初の加藤の言が取り入れられ、数多くの記述にはこの異名同種説が記載されてきたようです。
しかしながら詳細を見れば加藤の言には矛盾が有り、内容が不明瞭
その為、盛永氏著「日本農業発達史」において在来種一覧に記載されないという扱いになったのではないかとみられています。

と、専門的な観点から、残っている資料から推察されることとしては「加藤論(『雄町』選抜説)は怪しい」という言葉に尽きるのですが、前述したように加藤論を鵜呑み・踏襲した書籍・記述が大正以降散見されており、それをさらにそのまま踏襲した現代の書籍も多く存在します。
大勢として『雄町』選抜種が『渡船』論が確定されているのは間違いないのですが…残念ながらその足元はだいぶ怪しいようです。


【終章】結局『渡船』とはなんなのか


「イネ在来種”渡船”を再考する」の著者、森脇氏の調査結果には続きがあります。
と言うのも、1906年の加藤の記述より前、上に掲載している年表より前に記録があるのです。
「明治28年度滋賀県立農事試験成績第1~5報第一綴」「明治29年度滋賀県立農事試験成績報告第三(綴)」には、「品種『渡船』を福岡県から取り寄せた」旨の内容が掲載されています。(正確には第1報では「"福岡郡"から取り寄せ」になっていますが、さすがに誤字でしょう)

また滋賀県立農事試験場が開設されたのは明治28年4月。
”『渡船』が命名された”説のある明治28年はまさにその年で、その初年に水稲種類試験が行われており、そこで供試された57種類の品種の中には『福岡県産渡船』『京都府産雄町』の記述があることからも、『渡船』の出自は福岡県にあるとの見方が最も有力です。


「滋賀県で福岡県産『雄町』を改良・命名した」などと言うも何も
『渡船』と言う品種は福岡県から取り寄せられたもの(滋賀県で改良などしていない)であり
同年取り寄せられた『雄町』は京都府産である(福岡県産『雄町』ではない)
ということです
そもそも開設したばかりの試験場の、しかもその最初の試験で「選抜改良した品種」などというものが存在できるわけがありません。

しかしながら、『渡船』の出自を追う上で重要となる福岡県では古い資料が全て廃棄処分されたとのことであり、それ以上『渡船』の出生を追うことは出来なくなっています…無念


【ぷらす情報】現代の『茨城県産”渡船”』とは(結局出所不明の謎品種)

『短稈渡船』の誤情報は兎も角、令和元年現在、日本で古参品種の復刻も行われており、渡船系統も三県で銘柄設定されています。

兵庫県では純系淘汰品種の『(滋賀)渡船2号』(これは『短稈渡船』じゃないよ!)

滋賀県では同じく純系淘汰の『滋賀渡船6号』(これも当然『短稈渡船』じゃないよ!)

そして現在謎なのが、茨城県で指定銘柄になっている『渡船』です。

茨城県の酒蔵府中誉が農研機構から取り寄せた種籾は『渡船2号』なのですが、府中誉曰く「茨城県には二種類の『渡船』がある」とのこと。

どういうことでしょう?
農水省のHPで銘柄を確認しても品種群設定されている様子はありません。

じゃあ『渡船』ってなんですか?
前述したように正体不明の在来品種『渡船』は当然現存していません。

◯茨城県農林水産部に問い合わせ
ついでに県では『短稈渡船』とすることを認めてるんですか?とも質問

【回答①】茨城県では産地品種銘柄『渡船』に『短稈渡船』を含めることを容認したことはない。
【回答②】産地品種銘柄は地方農政局の管轄なので、『渡船』の銘柄設定に当たってどのような経緯があったかは県では把握していない。

◯関東農政局に問い合わせ
【質問】茨城県産『渡船』とは品種は何なのか?在来種『渡船』は現存していないはずだが(この時はそう思ってましたが実際は現存しています)?

【回答】
◯品種は『渡船』で設定してある。ただし当時の資料が残っていないのでどういう経緯で品種を『渡船』と認めたかはわからない(品種が『渡船』である根拠はない)。
◯品種銘柄申請の際のサンプルも現存していない。
◯品種銘柄の認定は農産物検査員が生産者の申出書を受けて検査し、認定するもので、品種が何であるかは関係がない。


ということで
茨城県農林水産部では把握していないということで空振り。
関東農政局では品種を『渡船』として設定しているが、理由は分からない…というかだれが申請したもので品種は何で根拠は何かわからないけどすでに設定されているからOK、という凄まじく曖昧なモノでした。


産地品種銘柄ってそんな雑でいいの!?(いいらしい)


客観的に見れば『茨城県産渡船』とやらも、『滋賀渡船2号』と思われますが、『兵庫県産渡船2号』や『滋賀県産滋賀渡船6号』とは比較にならないほど酷いモノだと言えます。

・品種がなんなのかわかっていない
・『渡船』を管理していている人も不明、その出元も分らない
・農家が『渡船』だと言えば『渡船』になる
・以上、なんだかわからないものだけど誰も確かめないから言ったもん勝ち

訂正する人間がだれもいないので野放しになっているだけの状況です。
(地方農政局は法に基づいて検査するだけなので「品種の正誤」について判断をしたり誤りを正したりはしない、のです)
酒蔵側は「茨城県には2種類の『渡船』がある」と言っていますが、「『渡船』は稈の長さによって2号や6号、21号などがある」旨の間違った発言もしているようなので、どうにも信頼性は低いです…
「酒米ハンドブック」に掲載されていないのも、このように非常に雑で正体不明なせいなのではないかと思われます。

ちなみに
茨城県の『渡船』が銘柄設定された平成11年頃、兵庫県でも同じく『渡船』が銘柄設定されていましたが、平成16年には消えています。
これも関東農政局から近畿農政局に確認したところ、やはりこの年に検査実績が無い事から銘柄解除されたとのことですが、やはり当初の記録は無いので詳細は不明。
その兵庫県は平成20年から『渡船2号』を銘柄設定しています(しつこいようですが『短稈渡船』ではないです)。

稲の品種について無知な方々が勝手気ままに広めているのが現状…と言うことになってしまうのでしょうか?


【蛇足1】稲品種データベース上の『滋賀渡船6号』はなんでしょう?~②『渡船』について~

最初にも紹介しましたが稲品種データベース上では

『滋賀渡船6号』は『雄町』からの分離系統選である

とされています。
この根拠が何に基づくものかはわかりませんが、私の持つ虎の子資料「大正十五年一月 道府縣ニ於ケル米麥品種改良事業成績概要」(農林省農務局)によれば、『滋賀渡船6号』は

「純系分離により『渡船い第71号』を『滋賀渡船6号』と命名し公布」

と記述されており、ここで『渡船』からの純系分離と言う記述があります。

それでこれが非常にややこしいのですが
前述したように「『渡船』は『雄町』からの選抜種」と言う情報の信ぴょう性は残念ながら低い可能性もある…のですが
選抜を開始した大正2年時点ではすでに『渡船』と『雄町』は異名同種扱いにすることが決定されています。
これが最初に述べた【②『渡船』】です。

滋賀県は大正4年までに『渡船』の異名同種として
『雄町』『大町』『關川』『新鬚』『五反穂』『長者穂』
の6品種を認定しており、これらはすべて試験場では『渡船』と呼ばれていたことになります。

さらに滋賀県は純系淘汰開始に当たり『神力』『渡船』の両品種を兵庫、奈良、愛媛、山口、熊本、広島、岡山の複数県から収集しています。
つまりここまで述べてきた【①『渡船』】についての正体論、「『渡船』は『雄町』なのか?」「『渡船』は福岡県の品種なのか?」といったもの正しいか否か…?ということとは全く関係ないのです。
他県の『雄町』は滋賀県に入った時点で『渡船』として扱われるのですから、岡山県の『雄町(系品種群)』が『渡船』として純系淘汰元にされた可能性があります。

つまり「『滋賀渡船6号』は『雄町』からの分離系統選である」は、文章上は必ずしも間違いとは限りませんが
実態として純系淘汰の元は
『渡船』かもしれないし
『雄町』(か『大町』か『關川』か『新鬚』か『五反穂』か『長者穂』)かもしれない、ということです(つまりは不明と言うことです)


【蛇足2】『渡船』命名由来について(管理人の勝手な(酷い)妄想)

(※ここから先は本当に管理人の妄想に近い論なので話半分の半分の半分の半分程度でお読みください)

■最初に戻って

まず命名の由来としてそこそこ見かける

「琵琶湖の船上での作業中に、品種を判別する札を無くしてしまったモノがあり、仮に『渡船』と命名し、後からそれが『雄町』であると判明した。」

というものですが

コレの根拠になっているのは滋賀県農会が昭和11年(1936年)に発行した「滋賀農報第268号」に掲載されている「農事試験場設立の動機③(畊月生著)」です。

要約すると

”試験場設立当時は人手も時間も足りない状態で
夜の九時に琵琶湖に小舟を浮かべて塩水選後の水洗いを行っていたところ
1品種だけ名前を判別する札を湖に流してしまい
暗いこともあって札は見つけられず、その品種は福岡県産と言う事だけは分かったので
便宜上仮に『渡船』と命名した”


ということで、兵庫県立農林水産技術総合センターの池上研究員が山田錦の出自をめぐる論文「酒米品種『山田錦』の育成経過と母本品種「山田穂」「短稈渡船」の来歴」で取り上げたこともあってか、そこそこ広まっているようです。

だが待てよ

何の因果か『滋賀渡船2号』=『短稈渡船』の誤解が広まったのもこの論文です。

上記の森脇氏から池上研究員へ、ということでしっかり論文内にも「この情報は慎重に取り扱うべき」とちゃんと書いてあります。
こういった内容に配慮せず、情報が拡散された結果が『短稈渡船』でしたが、これも同じ匂いがする…


ここからはいよいよ完全に墨猫大和個人の妄想になりますが

このエピソードの著者は”畊月生”と言う方だそうですが・・・

まずこの人誰?

「滋賀縣立農事試験場一覧(滋賀県立農事試験場)明治45年3月」には試験場設立の明治28年からの職員一覧が載っていますが、当然(?)こんな名前の人は職員にいません
ペンネームか何かのようにも思えますが・・・
と、それはどうでもいいのです。
大事なのは「書いたこの人がどのような立場の方で、どの程度の見識をお持ちの方なのか」ということ。

そして書かれた時代。
昭和11年と言うと、この出来事が起きた明治28年からは41年も経過しています。
皆さんどうでしょう?
5年前のこと、10年前のこと、はっきり思い出せますか?
よしんば覚えていたとして、間違いなく思い出せている自信がありますか?
ましてや40年です。
40年前のことを思い出すなんて行為、(物理的に)想像できない方も多いでしょう。
そもそもこのペンネーム()の人が、どのような立場の人なのか、と言うのにも関わりますが、はたしてどの程度正しい知識をこんなに長期間記憶できているの?
(思い違いや記憶違いが出てもおかしくないですよね?)

そして滋賀県農事試験場ではなく、農事会と言う組織が発行している書籍だというところ。
このブログでもたびたび取り上げていますが、マスメディアやJAのようなところが発信する情報には事実誤認の間違った表現で掲載されていることが多々あります。

そして実際どうでしょう?
どの試験場(専門家)に訊いてもこの世に現存していない『短稈渡船』は、ネットで探せばいくらでも現代においても存在するかのような記述が出てきます。
ただしどれも”現存していないことを理解していない人間が妄信(誤解)した情報を拡散している”というだけのことです。

そしてそしてですが
この文章内では
滋賀農試は「奈良、京都、広島、兵庫、岡山、山口、福岡」から品種を取り寄せた
と書いてありますが
実際、業務功程記載の取り寄せ先は「石川、三重、京都、福岡」京都府と福岡県しか合ってないという…




いろいろ言いましたが
ぶっちゃけ、これって信ぴょう性かなり低いんじゃないの?という。
肝心の『渡船』命名の由来に関しても
加藤論の「『雄町』を改良した」にも整合性がないですし
滋賀県農試の「福岡県産『渡船』を取り寄せた」という記録とも矛盾しています。




新しい資料の発見を待つ…と言いながらもこれから新しい文章が出てくることは非常に考えにくいので
どこどこまで行っても謎の品種、と言う形に終始するのでしょうね…


そしてそんな謎の品種を「山田錦の父親!」「短稈渡船!」って謳って販売するのは景品表示法的にセーフなの?アウトなの?という素朴な疑問。
優良誤認は誘導していると思うんですけども…
消費者庁への問い合わせ=告発みたいになりますから、そこまでしたいわけではない…
へたすると不当競争防止法の「誤認惹起行為」になるんじゃないでしょうか?
【参考】:日経BizGate記事
↑を読んでみて似てるなぁと思いました(あくまでも私見。)





参考文献(敬称略)

〇業務功程 大正3年度:滋賀県立農事試験場
〇業務功程 :兵庫県立農事試験場
〇「イネ在来種”渡船”を再考する」その1~その2:森脇勉
〇酒米品種「山田錦」の育成経過と母本品種「山田穂」、「短稈渡船」の来歴:兵庫農技総セ研報










【番外関連】滋賀渡船「2号」「4号」「6号」と”飛び番”である理由は?









3 件のコメント:

  1. 産地品種銘柄について……はい、残念ながらその制度、そんだけ雑なんです。
    一応品種を主張してサンプル出しますが、あくまでもそれは「この銘柄はこの米」と定義付けるものであり、それが「品種として扱うに足りるものか」辺りはチェックされないように思います。
    作付け面積やら生産実績は銘柄指定の申請理由にはなりますが、継続した実態調査もほぼ無かったはず。
    極論を言えば、コシヒカリと似ても似つかない米を「こしひかり」的な名前で銘柄指定申請することもできてしまう制度なんです(若干誇張。そういう事例は実際には聞いたことはない)

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    1. 産地品種銘柄の制度が「よくわからない『A』をさも有名な『B』として登録する」ことが可能でも、それがなんにもウマ味にならない
      かつ
      基本的に銘柄申請を行っているのが行政(ちゃんと育成&品種登録された品種で申請)
      かつ
      (私のような重箱の隅をつつく変態がそうそういない)
      ということで実際問題はない…ということでしょうか

      それでも最近は特に(昔の)特定の品種がもてはやされてますよね…
      このザル加減、悪用しようと思えば悪用できちゃうわけですよね~(とは言うものの悪意を持ってやるほどのウマ味は無いとは思いますが…)
      いかにもしっかりしているように見えて、突っ込んで見るとgdgdという…

      『短稈渡船』から始まったこの話題、様々な闇(大げさ)を垣間見た気分です

      削除
    2. それで
      これから民間からの銘柄申請も増えていく(かもしれない)のでしょうから、もうちょっと制度考え直してもいいような…

      でも官僚の皆さんって変に面倒臭い無駄に難しい制度考えるのがなぁ…
      実害ないので今のままなんですかね

      削除

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