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2020年3月29日日曜日

【粳米・酒米】~亀の尾~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『ー』
品種名(在来)
 『亀の尾』
育成年
 『明治30年(西暦1897年) 山形県 阿部亀治氏
交配組合せ
 『冷立稲より系統選抜』(一説には『惣兵衛早生』より選抜)
主要生産地
 『ー』※純系淘汰品種『亀の尾4号』が秋田県で銘柄指定。
分類
 『粳米』
亀の尾の擬人化イラスト
「…亀の尾です。日本の行く先に、これからも幸多からんことを…」


どんな娘?


米っ娘たちのとりまとめ役、太夫元六米の一角。

”米っ娘”とネーミングしておきながらも、『亀の尾』ほどの古株となると擬人化する際に頼りがいのある”姐さん”イメージが強くなってしまいます…

日本の美味しいお米の基礎を築いた大功労者で、皆の良きお姉さん(お母さん)として米っ娘達を取りまとめています。
一時期隠居気味でしたが、最近また脚光を浴びて純系淘汰後代品種達の現役復帰もチラホラ。

どの品種よりも長く日本の稲作とその変化を見てきた彼女は、今も変わり続ける日本の稲作と社会を見つめ続けています。


概要


一般的に、現代日本の「良食味粳米の始祖」とされる米は二つ。(色々異論はありますがさておき)
『旭(朝日)』とこの『亀の尾(亀ノ尾)』です。
大正~昭和初期にかけて、共に日本の東西で名を馳せた良食味米でした。
彼女達の良食味は極良食味米『コシヒカリ』に受け継がれ、その『コシヒカリ』からさらに多くの平成良食味米達が生まれていきました(と言う説があります)。

明治の時代、我が山形県で阿部亀治氏の手によって見いだされ、その後の東北米基礎の一端を築いた『亀の尾』。
冷害による被害が目に余る時代に、何としても冷害に遭う前に登熟出来る育成の早い品種を誰もが求めていた時代。
そんな時代の求めていた能力を持つ品種として東日本を席巻し、かつ食味も良いとして、まさに当時の「作りやすく美味しい」品種であった『亀の尾』。
冷害に強い(この場合、冷害に遭う前に熟しやすいと言う意味と思われ)ことから農家の助けになるだけでなく、食べる消費者の視点からも素晴らしい品種だったことでしょう。(とは言えこの時代品種名を表示して売っていたかどうか・・・)
なお、低い水温でも育ちやすいという話もありますが伝聞の類いなので果たしてどこまで本当かはわかりません。

彼女の目に、米から離れていく現代の日本人はどう映っているでしょうか…?

『亀の尾』とその純系淘汰品種たちで紹介していますが、純粋な品種『亀の尾』と言うよりは、後代の『亀の尾系品種群』の栽培は各地に広がり、大正8年(1919年)に東北地方での作付けが約16万haと最盛期を迎えます。
ちなみに大抵は『亀の尾◯号』のように「亀の尾」に番号を付けたものが多いので同一視する人が多いですが、基本的には純系淘汰して固定したこれらの『亀の尾系品種群』は元々の『亀の尾』とは別品種です。
秋田県には大正に『日吉』という品種が普及していますが、これも『亀の尾(在来)』からの純系淘汰品種です。(なぜ『亀の尾◯号』としなかったのか…今のところ謎です。)

しかしその後、『陸羽132号』を代表とする新品種達の登場により徐々に作付面積を減らし、昭和14~19年(1939~44年)にかけて『亀の尾系品種群』は各地の奨励品種から姿を消しました。
1970年代には(統計上は)完全に栽培が途絶えたとされています。(実際零細で作り続けていた人もいたでしょう・・・純度は兎も角)

ちなみにこの『亀の尾』、「粳米」に分類してはいますが、酒造用にも適しているとされています。
そんな彼女にスポットが当たり、1980年前後には復活の動きが進み、今現在日本各地で栽培されているようですが、銘柄設定は純系淘汰の『亀の尾4号』が秋田県だけ。
※正直、「亀の尾使用」というお酒にいったいどんな品種のお米が使われているのか(本当に『亀の尾』なのか、ちゃんと系統維持管理しているのか)全く持って不明瞭。
銘柄設定されていないので「お米」として売るには品種名が表示できず、ちゃんと管理されているかもわかりませんが、無法状態関連記事:短稈渡船を追え【番外編】~の日本酒の原材料なら表示できるので、酒造関係での使用がメインのようです。


※「本来の原種となると『亀ノ尾』の表記が正しい」とのことですが…(R1時点ウィキ◯ディア)
実際この時代は平仮名がすべてカタカナ表記ですが
そういうことを言いだすと、当時は英数字は使わずすべて漢数字でしたし(1、2ではなく一、二乃至壱、弐)、漢字も難しい方を使っていることが多い(「国⇒國、号⇒號」)ですし
ならば正式な表記も何も、当時の「亀の尾」表記は「亀ノ尾」というだけの話です。
というわけで、現代の仮名遣いに基づいて表記して、『亀の尾』の表記としています。

『コシヒカリ』との関連性


『コシヒカリ』につながる系譜としては、『コシヒカリ』の父親『農林1号』のさらに父親『陸羽132号』まで遡ります。

この『コシヒカリ』の祖父に当たる『陸羽132号』の父親、『コシヒカリ』から見て曾祖父が『亀の尾4号』となっています。
この『亀の尾4号』は在来『亀の尾』から農事試験場陸羽支場(現:東北農研センター大仙拠点)が純系淘汰法により育成した品種です。
東日本津々浦々で栽培されていた『亀の尾』の子品種達が全て祖先と言うわけではなく、この秋田県陸羽支場育成の『亀の尾4号』が、俗に言う良食味の始祖、その祖先となります。
実際「純系分離」とは言いますが、それがもともとの品種のブレなのか、自然交配なのか、突然変異なのか、知る術がないので、まったく性質の違う『亀の尾系品種群』も当然あったはずです。

確かめようもないのなら
墨猫大和独自ルールで「品種として区別されているのだから別の品種」として、在来『亀の尾』とは別の品種『亀の尾4号』である、と考えます。



現代の『亀の尾』(非常に謎が多い…)


酒米としての使用が多く、秋田県では純系淘汰の『亀の尾4号』が指定されてはいますが、日本中やたらめったら雑に「亀の尾」が作付けされているようです。
正直、これだけまばらな状態で、農家さん側でちゃんとした原種管理や系統保存を行っているか非常に不透明です。
本当にちゃんと『亀の尾』の特徴を残した稲が栽培されているのか…(そもそもの特徴とは?)

確認出来る限りでは

新潟県(夏子の酒モデル)はジーンバンクから取り寄せた『亀の尾』(系統不明)
秋田県大潟村では元農商務省農事試験場陸羽支場が選抜・育成した『亀の尾4号』(推測)
山形県高畠町二井宿では阿部亀治氏の子孫が県試験場に寄贈した『亀の尾』(ただしこれが山形県で普及していた『亀の尾(山形県純系淘汰種)』なのか亀治氏の子孫が独自に系統保存していたものかは不明)
島根県の「五郎之会」は秋田県大潟村から種子を取り寄せとのことなので『亀の尾4号』(陸羽支場育成)



基本的に日本酒業界で語られる「酒米品種の話」は「三国志演義」のような創作物だと思われます。
創作物を楽しむのは個人の自由ですが、それを元に史実を語るのだけはやめて頂きたいものです。

ジーンバンクには「元祖亀の尾」の名で保存されている系統もありますが、正直これも怪しいモノです。
ちなみに農研機構側は「元祖」がついていることを種子受け入れの否定理由には出来ないでしょうから、「ジーンバンクに保存されている=国に認められた元祖なんだ!」という変な理解はしないようにしましょう。
実際「本当の亀の尾とは?」に対する答えは明確で「誰にもわからないし、証明のしようがない」です。
証明も出来ませんが、否定も出来ない、それでいて品種の定義には一切関係のないことで農研機構が手を煩わせる理由もないので「まぁあなたはそう信じているんですね」程度で流したものと思われます。
『短稈渡船』でもはっきりしていますが、品種がどのようなモノかわかっている人間・組織なら「これが元祖です」なんて支離滅裂なことは決して言いません。(変な人間はどこにでもいるので言っている可能性はありますが)

そもそも”元祖”とはなんでしょう?
特性表が存在せず、品種の概念も非常に曖昧だった時代のモノをそもそもどうやって定義しているのか?まったくわかりません。
情緒性や物語性はあるのでしょうが、根拠を示してもらわないと信頼性は非常に低いもの(個人の思い込み)と捉えざるを得ません。
酒蔵も良く使うんですが「公的機関が関わって調査した」とか、「遺伝解析したんだ」とかを誇ることが多いですが、全くの無意味なのでやめてください。
どの根拠資料に基づいてどのような論拠でどのように比較してその結論に至ったか、論理的な主張をお願いしたいものです。




育種経過(情報取集中)

公的な資料で信頼できる育種情報はこれだけです。

山形県東田川郡大和村の小出新田集落(現在の庄内町)の阿部亀治氏が明治26年に同郡谷澤村の『冷立稲』の中から結実良好な変株を発見し、これより選抜し、初め『新坊』と命名した。
その後同じ村の太田頼吉氏がこれを『亀の尾』と改称した。
『新穂』、『神穂』とも呼称された。

もうこれ以外は創作なのか妄想なのか事実なのか区別がつかないのです…
と言ってもこれだけではつまらないので「浪漫・亀の尾列島」に掲載されていた話を一つ…

 =以下の内容は余目町郷土史研究家の日野淳氏によるものですが真偽は不明です=

もともと篤農家が多く、品種研究の盛んな山形県庄内地方。
そんな山形県東田川郡大和村の小出新田集落(現在の庄内町)の阿部亀治氏は、当時では非常識とまで言われた湿田の乾田化に取り組むなど、農法の改善にも積極的に取り組んでいました。
そんな亀治氏はその一環として、当時の庄内地方が抱えていた問題「冷害」「風害」「病害虫」への解決策として、何とかこれらに強いイネは無いか、育成期間の短い早生種は無いかと探し求めていました。

そんなあるとき小出新田集落にかつて(若勢として)居住していたことのある立谷沢の久兵衛氏が十数年ぶりに訪ねてきました。
久しぶりの再会に話が弾む中、月山の冷水でもよく育成した『惣兵衛早生』と言う品種が、最近は倒伏や節折れが酷く困っているという話になったそうです。
自家受粉をする水稲であっても、”品種”はしっかりと管理を続けなければ優秀な性質は失われてしまうもので、それは昔も今も何も変わりません。
”品種”に対する理解の浅い農家が、毎年漫然と種を取り栽培を続けているうちに当初の優秀な性質が失われてしまったのでしょう。

「しかし、当初の優秀な性質(耐冷水性)を残している個体もあるのではないか?」
…と亀治氏が考えたかどうかは分かりませんが

この『惣兵衛早生』がどうしても気になった亀治氏はこの後、刈取期を狙って、冷立稲(水温の低い水口に植えられた稲)の中に優秀な性質を残した稲がないかしばしば立谷沢を訪れたそうです。
そして冷害年となった明治26年(1893年)、立谷沢の熊谷神社に参拝した帰り、多くは冷害の影響を受け倒れている冷立稲の中に、立派に実っている3本の穂を発見します。
しかもその水田は山の水を取り入れていたらしく(山水は非常に冷たく、稲が育ちにくい)、その様な状況で立派に実っているその個体は、寒さに非常に強いことがうかがい知れました。
亀治氏は水田の所有者にお願いし、この3本の穂を譲ってもらい、翌年からこの冷害に負けなかった稲の栽培を始めます。(冷立稲は本田の品種とは別に寒さに強い品種を植えていたこともあるため、これが『惣兵衛早生』かは不明です)

翌年、翌々年と行った栽培では、施肥管理や水管理がうまくいかず、丈が伸びすぎて倒れてしまい、うまくいかなかったそうです。
3年目となった明治29年(1896年)、冷たい水口(田んぼの水の取り入れ口)に植え付けたところ、1本だけ実った穂があり、これを元にさらに選抜を進め、足掛け4年となる明治30年(1897年)、ようやく品種として安定するに至ります。

登場初期は『新穂』、『神穂』、『新坊』とも(『神穂』が個人的にはお気に入り。)呼ばれたそうです。
友人である太田頼吉氏の勧めで、品種名については亀治氏の名前から一字とって『亀ノ王』が良いのではないかとの提案があったそうですが、阿部亀治氏は「王と名乗るほどのものではないよ。せいぜいしっぽ(尾)くらいのものだ。」とのことから『亀ノ尾』になったそうです。

従来の品種に比べて茎が長くしなやかな『亀の尾』は風に吹かれても比較的倒れにくく、少ない肥料で多収(…というのが山形県の純系淘汰『亀の尾』のことなのか、在来当初の『亀の尾』のことなのか未確認)だったそうです。

その後明治38年(1905年)、宮城県と福島県が大凶作への対応として導入、また個々人への配布も行われ、北陸・東北の基幹品種となりました。

なお現代基準で障害型耐冷性試験をしてみると「亀の尾系品種」で特段耐冷性の高さを示すものはないようなので、そこから推定されるこの「冷害に強い」は、冷水下でも素早く成長し、障害型冷害に遭う前に熟すことが出来る「早生」だったのかも知れません。


系譜図


亀の尾系譜図
『亀の尾』系譜図




参考文献(敬称略)



〇浪漫・亀の尾列島:小松 光一
 P50 阿部亀治と三本の稲穂:日野淳 余目町郷土史研究家
〇つや姫 美味しいお米の源流「亀の尾」:https://www.ajfarm.com/1877/
〇主要食糧農作物品種の来歴に関する調査:昭和12年2月 農務局

2020年2月9日日曜日

亀の尾とは?在来亀の尾とその仲間たち【大正14年度記録だけで追う】


復刻マイ(米)ブーム かつての在来種?たち



最近(平成に入ってから)、昔に栽培の途絶えた品種の復刻が相次いでいます。
そうやって日本酒の原料として「幻のお米」使用を謳う蔵も多いようです。

多くの場合は”在来品種”を復刻したかのように宣伝しているところが多いですね(本当はどうだかわかりませんが…)。
そんないわゆる在来品種の中でも

東の『亀の尾』、西の『旭(朝日)』

良食味米の始祖として称されることの多いこの二品種ですが…
本日はこの『亀の尾』についてまとめます。

と言うのも短稈渡船を追え!シリーズで散々思い知りましたが、世間(主に酒造業界)様の稲の品種に対する認識は非常に希薄です。
違う品種名を使ったり、似たような名前だからとひとまとめにしたりと、稲オタクから言わせれば…というかちゃんと「作物としての品種の定義」から言えば間違った用法が平気で使われています。

先ほども「”在来品種”を復刻したかのように…」と書きましたが、先刻のシリーズ【在来種『渡船』について】で紹介していますが、在来種『渡船』として扱われていたのは別種の純系淘汰品種(造語)『滋賀渡船2号』や『滋賀渡船6号』です。

最近復刻して銘柄に設定された『強力』にしても、品種上は純系淘汰の『強力2号』ですが、果たして宣伝はさも在来種を復刻したかのようになっています。

”在来種””純系淘汰品種(管理人の造語)”、この二つは明確に違うものです。
名前の部分で共有している部分があるので統計などでひとまとめにされることが多いですが、稲の品種としては”別種”と考えるべきものでしょう。
※ただし当然例外もあり、岡山県のように純系淘汰品種を名称で区別せずに単一の名称で普及させていた県もあり。


種苗法による品種の定義は以下の通り。

「この法律において『品種』とは、重要な形質に係る特性(以下単に『特性』という。)の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ、かつ、その特性の全部を保持しつつ繁殖させる事が出来る一の植物体の集合をいう。」(種苗法第二条第二項)


”純系淘汰品種”は在来種の中から背の低いモノ、出穂期の違うモノ等を選抜して固定した明確な”品種”です。
客観的に品種の区別が出来るものと言えるでしょう。
では在来種は?と言えば、これはかなり雑多雑駁な集団の集まりで、現代の”品種”の定義では定められないものと考えるのが自然で、”概念”に近いものだと解釈できます。

そもそも”品種”とは人間が定めるものですから、明確な基準が無い時代に定められていた”在来種”と言うものは、個々人の主観によって定められた非常に曖昧なものだと言えるかもしれません。


では、本題。
我が山形県の『亀の尾』もかなりの酒蔵で復刻されているようですが…
その正体はいったいなんなのでしょうか?
亀の尾と大場(森多早生)の擬人化イラスト



大正14年時点の『亀の尾シリーズ』


『亀の尾』の成り立ちについてはコチラ【始祖にして起源~『亀の尾』~】で紹介していますが、我が山形県の(篤農家様の)誇る稲品種です。
東北を中心に広がった彼女ですが、当然在来種『亀ノ尾』から多くの純系淘汰品種が生まれています。

各県で選抜を行い、各県で番号を付けますから、当然同じ名前の純系淘汰『亀の尾』が存在したことになります。

「大正十五年一月 道府縣ニ於ケル米麥品種改良事業成績概要」(農林省農務局)に掲載されている『亀の尾』シリーズを見てみましょう。

注!
手書きの資料+古いので文字がかすれてる+難しい漢字が多い
なので、管理人の憶測も多分に含まれます。誤字、意味の勘違いがあるかもしれません。
片仮名部分に濁点が無いのは元からです(道府県(担当者?)によって違う模様)


難漢字&言葉
「縣」=「県」
「稍々(稍)」=「やや」
「分蘖」=「分げつ」
「仝」=「同」、「〃」
「原種」=「現代で言うところの”奨励品種”」
「一石」=「約150kg」(容積の単位なので正確ではないですが・・・)


◯品種名(作付面積ha【反収】)
 特徴:奨励品種にするにあたって、対照品種より優れている点が記述されています。
 沿革:その品種が産まれるまでの沿革です。



◎青森縣(対照品種『亀ノ尾一号』【3.105~3.178石/反】)

◯亀ノ尾一号(9034.6ha【3.248石/反】)
 特徴:稈稍々強 分蘖多ク出穂一斉平年ノ出穂八月十四日米質良 無芒種
 沿革:大正二年在来亀ノ尾ヨリ分離育成シ仝五年ヨリ原種トシテ配布セリ

◯亀ノ尾三号(16,252.1ha 【2.892石/反】)
 特徴:熟期早シ 平年ノ出穂八月八日 米質良 無芒種
 沿革:前種(亀ノ尾一号)ト同シ

◯亀ノ尾五号(17,758.1ha 【2.949石/反】)
 特徴:前種(亀ノ尾三号)ト畧ホ同一ナリ 米質良 無芒種
 沿革:前種(亀ノ尾一号)ト同シ

※作付面積・反収は『亀ノ尾一号』『亀ノ尾五号』は大正九年~大正十三年の五ヶ年平均、『亀ノ尾三号』は大正九年~大正十一年の三ヶ年平均


◎岩手縣(対照品種『岩手早生大野一号』【3.662石/反】)

◯岩手亀ノ尾一号(21,151.8ha 【3.499石/反】)
 特徴:一.在来種ヨリ出穂早シ 二.稈強ク稲熱病ニ犯レ難ク且ツ其倒伏ヲ防グ
 沿革:大正五年度ヨリ純系淘汰ニ着手シ大正七年度ヨリ原種トシテ配布ス

 
◎宮城縣(対照品種『亀ノ尾在来種』【2.142石/反】)

◯亀ノ尾一号(22,702.0ha 【2.347石/反】)
 特徴:在来種ニ比シ生育並ニ成熟斉一ナルノミナラス品質良好ニシテ耐病性及耐肥性幾分優ル
 沿革:試験場ニ於テ大正四年ニ着手シ亀ノ尾在来種ニツキ純系淘汰ヲ施行シ育成シタル品種ニシテ大正九年原種ニ決定セリ

 
◎秋田縣(対照品種『在来亀ノ尾』【2.259石/反】)

◯亀ノ尾一号(37,456.8ha 【2.407石/反】)
 特徴:病害ニ稍強ク米質佳ナリ
 沿革:縣立農事試験場育成、純系分離選出、大正元年着手大正五年原種ニ決定増殖


◎山形縣(対照品種『在来種(亀ノ尾)』【2.973石/反】)

◯亀尾(21,798.7ha 【3.262石/反】)
 特徴:中生種中ノ早生ニ属シ少肥多収ノ経済的良品種ニシテ食味良好且ツ酒造米トシテ賞揚セラル只多肥ニ堪ヘサルト稲熱病ニ弱キヲ欠点トス

 沿革:本縣在来種ニツキ品種比較試験ヲ行ヒ成績良好ナル品種ニ対シテハ随時系統分離ヲ始メ其中優良系統ヲ選抜シテ原種ニ供シタリ
   大正二年分離着手。第一年目八,四〇〇株。第二年目一一一系統。第三年目収量比較二一系統。第四年目収量比較一五系統。第五年目収量比較一◯系統。


 
◎福島縣(対照品種『亀ノ尾在来種』【2.305石/反】)

◯亀ノ尾一号(作付面積実績無し 【2.378石/反】)
 特徴:在来種ニ比シ比較的稈強シ
 沿革:大正六年度純系分離着手七年度五〇系ヲ取リ仝八年以後六年間ノ成績ノ結果原種トセリ


◎新潟縣(対照品種『亀ノ尾』【2.545石/反】)

◯亀ノ尾一号(11,863.0ha 【2.873石/反】)
 特徴:在来種ニ比シ成熟期稍早ク稈長稍短カシ
 沿革:大正五年着手純系淘汰法ニヨリ育成セリ


こんなに多い『亀の尾1号』


どうでしょうか?
『亀ノ尾一号』と一言で言っても、こんなにも多くの『亀ノ尾一号』が存在するんです。
青森では『亀ノ尾三号』と『亀ノ尾五号』が存在しましたね。

各県の配布開始年や「縣立農事試験場で~」のような記載があることから、そしてなによりもそれぞれの性質についての記述が違うことからも、どれも同じ『亀ノ尾一号』でないことは分かっていただけるかと思います。


都道府県青森県岩手県宮城県秋田県山形県福島県新潟県
品種名亀ノ尾一号
他三、五号
岩手亀ノ尾一号亀ノ尾一号亀ノ尾一号亀尾亀ノ尾一号亀ノ尾一号
原種
配布開始
大正五年~大正七年~大正九年~大正五年~大正二年
分離着手
大正十四年~大正五年
分離着手
出穂揃いやすい出穂が早い揃いやすい-中生やや早い
稈(耐倒伏)やや強い強い--多肥に弱いやや強いやや短い
いもち病-強いやや強いやや強い弱い--
分げつ多い------
米質-良好多収・良好--
無し------

※青森県ではこの後『亀の尾6号』『亀の尾10号』が育成された模様
※秋田県の農事試験場陸羽支場(国)では『亀の尾4号』が育成されていた模様(『陸羽132号』の親)

そしてこの資料に記載されている品種はおそらく原種(奨励品種)として採用されたもの、大規模な面積で普及したものに限られていると思われます。
つまりここに記載のない『亀ノ尾◯号』はまた別に存在するという事です。
実際、この時点で既に存在しているかの有名な『陸羽132号』の交配には『亀の尾4号』が使われていますが、ここではどの県でも登場しませんね。(上記※参照)


いろんな県で栽培されていることになっている『亀の尾』ですが、さてそれは一体どの『亀の尾』なんでしょうか?

それは本当に在来種の『亀の尾』ですか?それが保存されていたんですか?
『亀の尾◯号』では?試験場などでは純系淘汰した品種を保管していないですか?

さらに事態を面倒にしている山形縣の『亀尾』。
”の”が抜けていますが、おそらくこれは『亀の尾』でしょうから、山形県では『亀の尾(在来)』と『亀の尾(純系淘汰)』のある意味同名異種が存在していたことになります。

稲の品種としては別種の彼女『亀の尾』は、私個人が所有する貧弱な資料でもこれだけの数が存在します。

まとめ


亀の尾、亀の尾1号の擬人化イラスト
イメージであって、本当に在来『亀の尾』と似通っていたかどうかは管理人未確認です

全国の酒蔵さん、あなた方はこの事実をちゃんと把握して使ってますか?
では、使っている"品種"は一体どれですか?


現代の日本の稲作で、「お米」の品種は厳格に定義されるようになりました。
買った品種を自家採種しても、固定度が高いのでほぼ同じ特性の稲を数年は作れるほどです。

しかし現代においても、特に日本酒業界では時代に逆行して、明治~大正のレベルの”品種”を取り扱っているようです。
そこら中で使われている『亀の尾』はいったい何者なのか、知るすべは使っている蔵元に訊くしかないですが、聞くべき蔵元は稲についての正しい見識を持っているのでしょうか…?
上のイラストはイメージで同じようなキャラメイクにしていますが、実際の在来種は「呼称が同じ個体群」であって「同じ遺伝子背景を持つ集団」ではないことは繰り返し述べておきます。

はい、これはもう浪漫ですね
「古い品種を復活させて使っている」というロマンが大事ですよね(投げやり)


そして『短稈渡船』の調査でも感じましたが、日本酒業界では「稲の品種名を”俗称”もしくは”全くの別名”に好き勝手に変える」ことが常態化しているようです。(しかも”自分ルール”で)
酒類の表示法で縛られていないからってあまりにもフリーダムすぎませんかね?

そして品種名も把握しないで使っている酒蔵さん、そんなので消費者に正しい情報伝えられているんですか?


①まず蔵が言っている「幻の米『亀の尾』」自体が一体何のことを言っているのか
②蔵で使っているお米は一体何なのか

これらを明らかにする。
私のような変態に訊かれたからとかではなくて、消費者は「幻の米」なり「有名な酒米の親」だからこそ買おうって人もいるでしょう(全員が全員そうだとはいいません)。
そんな人たちに「なに使っているかわかりません」「別の品種だけどみんなそう言ってるから」程度の説明でいいんですか?という(国税庁からも言われましたが)社会一般的な”当然論”ではないんでしょうか?

これを「細かいこと言うな」「言いがかりを付けるな」という問題だと捉える方もいるんですが、そういうことではありません。
「何を使っているかわからない」んですから、「良質な酒を造れる『亀の尾』と言えるような品質のお米なのか」すらわかっていないということですよ?
表面上の宣伝だけ「亀の尾」で、あとは酒蔵側の都合だけで種々雑多で質の違う米が使われている(可能性もある)ということです。
「山田錦使用」と書いてあるお酒に実際『美山錦』や『五百万石』が使われていたら問題になるでしょう?


追加リサーチ

こと古い品種の話となると、「人の伝聞」はアテにならないことを思い知りました。
一次情報まで遡らないと確実なことは言えませんが、「浪漫・亀の尾列島~小松光一編著~」(2001年)に記載されていた内容を参考程度に書いておきます。


◯新潟県「久須美酒造」
 蔵の説明では「新潟県農業試験場から1,500粒の種子を譲渡」となっているが、どうやら農水省種子センター(筑波)【現:農研機構ジーンバンク?】から取り寄せた模様。
 ジーンバンクには原産地、収集先の違う『亀の尾』が3種類、『亀ノ尾』が2種類(https://www.gene.affrc.go.jp/databases-plant_search_char.php?type=1)保存されていますが、どれを受け取ったのか不明。
 またジーンバンクでは『滋賀渡船2号』が『渡船2号』として保存されているなど微妙に名前が変わっていることもある様子。
 ということでどの『亀の尾』を取り寄せ、それが在来なのか純系淘汰なのか現時点で不明。
 譲渡を受けた当初は2~3センチの芒があったというのでこれが何か指標になるか?
 JP番号【111485】『亀ノ尾』と【218891】『亀の尾』は芒が非常に少なく極短のようなので除外。
 となると残りは3種類。山形原産とされているのが2種類と東北原産とされているのが1種類。
 …うーん、どういう基準で選んだのか…
 ちなみに似たような復刻をした『神力』はジーンバンクの保存系統全てを栽植して、優良系統を選抜したそうで非常に理解できる内容ですが、『亀の尾』に関しては一切まともな話が出てこない…


◯秋田県能代市「喜久水酒造」
 「青森県から手に入れた『亀の尾』を能代近郊の田圃と大潟村で栽培」との記述。
 後述の内容からしてこれは『亀の尾4号』ということでしょうか?
 しかし喜久水酒造関係者の寄稿もありますが、そこでは「出所は秘密」…うーん…
 しかし青森県で奨励品種とされていたのは『亀ノ尾一号』『亀ノ尾三号』『亀ノ尾五号』の3品種…本当に『亀の尾4号』は青森県に存在したのでしょうか…?
 喜久水酒造では大潟村産『亀の尾』は使わなくなったものの、滋賀県上原酒造、青森県三浦酒造などで引き続き使用した模様。
⇒「青森県の水稲品種」(青森県農林部・青森県農産物改良協会 平成11年4月)によれば、青森県の育成した亀の尾純系淘汰は『亀の尾1号』『亀の尾3号』『亀の尾5号』『亀の尾6号』『亀の尾10号』だそう。
 …うーん…ますます訳が分からない。
 後述しますが少なくとも『陸羽132号』の親の『亀の尾4号』は秋田県出身。
 うーん?
 都合のよさそうな話でまとめると、青森県で有名な『陸羽132号』の親系統と言うことで4号を陸羽支場から譲り受けていて、それをジーンバンクに提供した?(憶測)

◯秋田県大潟村
 農家の方の話では『亀の尾4号』を栽培しているとのことだが、失礼ながら今までのパターンだと試験場に確認するまで断言するのはちょっと…
 秋田県で交配された『陸羽132号』には『亀の尾4号』が使用されていますが、じゃあこの4号はどこで純系淘汰された4号なのか今のところ記述した資料を見つけられません。
 ジーンバンクに保存されている『亀の尾4号』は青森県原産ですが、この4号と秋田で使用された4号が一緒かもそもそもわかりませんし、青森県から提供された4号がそもそも青森県で純系淘汰したものなのかも…
 なにしろ同名異種が多数存在するので非常にわかりにくい。

 おそらく秋田県の試験場からの譲渡と思われるので、そちらに訊けば何かわかるでしょうか?
⇒秋田県農業試験場より回答
 『陸羽132号』の親として使われた『亀の尾4号』は農事試験場陸羽支場(現在の東北農研センター大仙拠点、秋田県大仙市四ツ屋)の育成品種(純系分離)だそうです。
 秋田県農事試験場では現在『亀の尾4号』を系統保存しており、由来は残念ながら不明なものの、大仙拠点から譲渡された可能性が高いのではないかとのこと。
 秋田県で育成された純系淘汰の『亀の尾1号』『亀の尾7号』は残念ながら現存しないとのこと。
 昔はかなり緩い条件で種子を譲渡していたそうなので、秋田県内で種子を手に入れたなら農事試験場陸羽支場の『亀の尾4号』の可能性が非常に高いということが分かりました。
 
  

◯島根県の「五郎之会」
 秋田県大潟村から種籾の供給を受けた、との記述があるので、前述した内容が正しいなら『亀の尾4号』か

◯山形県二井宿「高畠町酒米研究会」
 「山形県の試験場から正当な種籾を入手」とある。
  山形県農業試験場庄内支場では昭和40年頃に阿部亀治氏の子孫から『亀ノ尾』種子を寄付され、品種保存しているというのでこのことかもしれません。
 果たしてそれはずっと阿部家で保存してきた種子なのか、純系淘汰の『亀ノ尾』なのかはわかりませんが…



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亀の尾(亀ノ尾)
※後の『亀の尾4号』(陸羽支場育成)へ繋がる















2016年3月3日木曜日

イラスト『始祖米っ娘 ひな祭り』

題材
 『雛祭り』

登場品種
 亀の尾
 朝日
 大場
 愛国
 上州
 神力
 (雄町)
 (山田錦)
亀の尾「あの…なんで私が内裏なんでしょうか?」


H28.3月作品

お雛様です。
装飾多すぎて力尽きました。

上段左(内裏様)     『亀の尾(亀の尾4号、他)』
上段右(お雛様)     『旭(朝日、他)』
中段左(くわえの銚子) 『大場(森多早生、他)』
中段中(三方)       『愛国(銀坊主、他)』
中段右(長柄の銚子)  『上州』
下段左(小鼓)        『神力(撰一)』
あとほぼ見えてませんが…
『神力』の右が『雄町』、その右が『山田錦』です


日本の良食味米の始祖と呼ばれる米として「亀の尾」「旭」を挙げましたが、遺伝子的には始祖と呼べる米は6品種あるようです。
それがこの絵の中で顔が映っている6人の米っ娘、太夫元たちです。
亀の尾、旭、大場、愛国、上州、神力…日本の現代のお米たちの始祖となる彼女らは実際数多くの品種を持つ品種群と言ったほうが正しいでしょうか?
固定もしっかりとなされず、各地に普及した彼女らはそれぞれの地域でそれぞれ適した血統のみが選りすぐられていきました。
そんな彼女らはほんの一部、現代でも粳米として生産されたり、酒造好適米として使用されています。
ちなみに
あくまでも追跡できる範囲で管理人個人が『始祖』と呼んでいるだけで、本質的な始祖とは異なります、あしからず。
彼女ら個人の話はまた後程…

しかし…始祖米『上州』さんはまったく情報がありません。
インターネットでのヒットほぼ皆無です。

2016年1月31日日曜日

漫画『序章 つや姫・はえぬき・どまんなか』~工事中~

米っ娘桜源郷。
米っ娘たちが暮らす桜咲き誇る里である。

今日のお話は『ア』の姉さんの社から…


~工事中~
鋭意製作中ですがひとまず出来ただけ上げていきます。



◎登場人物◎

○『ア』の姐さん
米っ娘たちの母親代わり。
米っ娘たちの食事は主に彼女が支給している。
米っ娘達より遥かにデカいです。
○亀の尾
旭と並ぶ始祖にして起源である古参米。
各組の太夫とは別、太夫元六米のうちの一人。

○旭(朝日)
東の亀の尾、西の旭。
日本の良食味米の始祖にして起源である古参米。
太夫元六米のうちの一人。
○山形97号『つや姫』
この時は交配されたばかりで系統名もついていません。


○山形45号『はえぬき』
この頃にはもう立派な山形の主力になってました。
…宣伝はうまくいってなかったけども…

○山形35号『どまんなか』
悲しい過去なんて気にしないの!

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