2021年9月21日火曜日

酒造好適米と酒米の違いは?その歴史を辿る~酒造好適米とは?1~




はてさて「酒米の王」とは?

「酒造好適米」もしくは「酒米」といえば「日本酒の原料になっているお米だな」くらいのイメージは持てるでしょうし、日本酒が好きな方ならもっと具体的な特徴を挙げられる人も多いのではないでしょうか。(ネットで検索すればとりあえずすぐ出てきますし)

ソレを今更「酒造好適米とは何か?」「酒米とは何か?」と、わかりきっている+手垢が付きまくったような話題をなぜ?と思われるかもしれませんが・・・
世間一般でさも当然のように言われている「酒造好適米」「酒米」の定義って結構間違っているというか、混同されているものが多いな、という話です。


・・・いや待て待て、と思う方もいるかもしれません。
日本酒専門サイトなども様々出来ている昨今です。
「酒米」って「酒造好適米」のことでしょ?
とか
もっと具体的に「大粒で~」「心白があって~」「溶けやすくて~」等々ちゃんと定義されているじゃないか
と思うのは当然のことと思いますが・・・
では

「酒米の王」と名高い『山田錦』
では彼女は「酒造好適米の王」なのでしょうか?
それとも「酒造原料米の王」なのでしょうか?
あなたは答えられますか?

これ、多分人によって、見ているサイトによって答えが変わるものかと思います。
ということで、「酒米」「酒造好適米」、改めてどういうものか見直してみたいと思います。


目次





いやだっていろんな説明が既にありますよね?の例

酒造好適米の解説なんていくらでもあるじゃないか・・・
ということで、グーグル検索でササッと「酒造好適米とは?」と検索すると以下のように様々な説明が出てきます。

Apron 全国農業協同組合連合会運営サイト
食べて美味しい米があるように、日本酒を醸すための特別な米があります。
その中でもとりわけ醸造適性の高いものを「酒造好適米」と呼びます。
(中略)
酒造好適米と食用の米の大きな違いは、粒の大きさと米の中心の「心白」の大きさです。

SAKETIMES 日本酒をもっと知りたくなるWEBメディア
日本酒を造るときに使う酒造りに適した米のことを「酒造好適米」、一般には「酒米」と呼びます。
(中略)
農林水産省の農産物規格規定では、酒造りに適した米のことを食用米と区別して「醸造用玄米」と分類しています。
「醸造用玄米」、つまり「酒造好適米」(以下略)

SAKEStreet 日本酒に関する高品質な情報コンテンツサイト
日本酒はお米と水から造られています。
その日本酒の原料となるお米は、私たちが普段口にするような食用米を用いるケースもありますが、上質なお酒を造りたい場合は「酒米(さかまい)」または「酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)」と呼ばれる日本酒を造るのに特化したお米を使うことが理想とされています。

AGRI JOURNAL 農業Webメディア
心白が入って穀粒が大きいなど、日本酒の原料として向いている米の品種は、酒造好適米と呼ばれる。厳密にいうと、農産物規格規程(農産物検査法)に基づいて農水省が醸造用玄米に分類した品種を指し、一般米とは区別される、 山田錦や雄町のように戦前来の古い品種もあれば、きたしずくのような新しい品種もある。

※酒みづき 沢の鶴株式会社運営サイト
日本酒造りを目的に作られたお米のことを、「酒造好適米」と呼びます。「酒米」は酒造りに使われるお米のことですので、一般米が含まれます。

KUBOTAYA 朝日酒造運営サイト
酒米は、日本酒をおいしく造るために品種改良を重ねられた特別な米です。
(中略)
日本酒を造るときに使われる白米を、総じて「酒米(さかまい)」と言います。その中でも特に日本酒造りに適したものを、「酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)」と言います。この酒造好適米を指して「酒米」と呼ばれることもあります。ここでは、酒米=酒造好適米として、ご紹介していきます。

SENJO 株式会社仙醸運営サイト
日本酒に適している「酒米」には明確な条件があります。
・「タンパク質、脂質が少ないこと」
・「大粒であること」
・「適切な形状の心白があること」
この3つの条件を満たすものが、日本酒造りに適した米、「酒造好適米」として現在100種類以上が登録されています。

日本酒づくりに適した性質を持つ酒造用品種の米。

Wikipedia 2021年8月8日時点
酒米(さかまい)は、日本酒を醸造する原料、主に麹米(こうじまい)として使われる米である。 日本では玄米及び精米品質表示基準において「うるち米」と定義されているが、正式には酒造好適米もしくは醸造用玄米と呼ばれ、特有の品質が求められる。このため、通常の食用米や一般米として利用されるうるち米とは区別される。
(中略)
1951年以降は正式には酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)といい、公的な統計で使われる農産物規格規程(農産物検査法)の醸造用玄米(じょうぞうようげんまい)に分類される品種を指し、一般米と区別されるようになった。心白米(しんぱくまい)と呼ばれることもある。


以上のようにと、多種多様な定義がされているものです。
一見するとどれも矛盾していないように見えるかもしれませんが・・・実例を挙げてみると、齟齬が生じるところもあったりします。


・「酒米=酒造好適米」?
という説明が多いですね
・「日本酒を醸すための特別な米で、その中でもとりわけ醸造適性の高いもの」=日本酒の原料となる特別な米のさらにごく一部が酒造好適米?
でも
・「日本酒を造るときに使う酒造りに適した米」=あれ?適している米は全部酒造好適米?
でも
・「日本酒造りを目的に作られたお米のこと。”酒米”は一般米が含まれる。」=ん?酒米と酒造好適米って違うの?

・「心白が入って穀粒が大きいなど、日本酒の原料として向いている米」
・「心白・大粒・低タンパク・低脂質の条件を満たすもの」


その諸々への解釈はまず隅に置いておいて
まず今回は「酒米」「酒造好適米」という言葉がいつからどのように使われているのか、用例を追ってみました。


まず基本事項を確認

大前提ですが基本的な事実を確認しておきましょう。
ここの認識がずれていると以降の話がちぐはぐになってしまいます。

日本酒(清酒)は「米」「水」「麹」(と酵母と乳酸菌と(アルコール)等々)で造られます。

主要な原料となる「米」。
単に「原料米」だったり「酒造米」、「酒造原料米」と呼び方は様々ですが、ここでは以降便宜上「酒造原料米」で統一します。
「麹米」「掛米」といった細かい使い分けも含め総じてすべてこの「酒造原料米」に含まれます。

酒造原料米には農産物検査法(農産物規格規程)における「醸造用玄米」はもちろん、「水稲うるち玄米」等(水稲もち玄米や銘柄未登録米)も使用されています。
「醸造用玄米」は価格が高い傾向があるので、日本酒の味にあまり影響を与えないとされ、かつ大量に使用する必要のある掛米に比較的安価な「水稲うるち玄米」を使うことが多いとされます。

参考までに
平成30年度、酒造原料米として使用された玄米総量は22万7,025t(国税庁発表)。
同30年度、醸造用玄米の検査数量は9万5,856t(農林水産省発表)でした。
差し引き約13万t(酒造原料米全体の約58%)は水稲うるち玄米が使用された、ということになるでしょうか。(実際はこの”差し引き”に銘柄未登録米・水稲もち玄米も多少含まれているものと思われますが)

”日本酒(清酒)製造に使われているのは「醸造用玄米」だけではない”
この基本的事実を確認しておきましょう。

最初に結論 「酒造好適米」とは?

さて、改めて
まず最初に結論から

「酒造好適米」とは?
広義、そして“本来の意味”では、「清酒製造に適している性質を持つ米」のことです。
これだけです。

そして狭義では、農産物検査法上「醸造用玄米」とされているものの別称です。
令和3年現在における農産物検査法施行規則(昭和26年農林省令第32号)の第一条において、農産物の種類として「醸造用玄米」が分類されています。
そして農林水産省が発表する「酒造好適米の生産量」等は、「産地品種銘柄における醸造用玄米の検査数量」になっています。
そのため農林水産省関係の資料に限って言えば、「酒造好適米」は「酒造に適した米」を定義して集計しているわけではなく「酒造原料(酒造に使われている)米」のことでもないので、注意が必要になります。

なお、酒造原料米の総使用量については前述したように国税庁が調査・とりまとめを行っています。

稲品種育成の場(農業試験場)において「酒造好適米」は、清酒製造時の酒造原料米としても特に「麹米」としての適性をもつ米(稲品種)の意味として扱われており、「掛米」としての品種適性を持つ・持たせることを目標にした品種については別途に取り扱われ区分されてい(る傾向があり)ます。

前者「酒造好適米」と後者「酒造原料米」は明確に意味の異なるものですが、両者ともに略称として「酒米」という表現を使用するからか、世間一般(ネット全般)では混同されて区別なく使われているきらいがあります。

後ほど経過を追っていきますが、歴史的に見れば「酒造原料米」つまり日本酒製造時の原料とする米のことを指して「酒米」としているのが最初のように思われます。
ウィキペディア始め、「1951年以降、酒米の正式名称が酒造好適米になった」とするところも少なくはないですが、正直これは根拠が不明なのでなんとも言えません。(が、何かの勘違いではないかとは思いますが・・・)
「酒米」は「酒造原料米」の略称として使用するのが正しい・・・と断言まではしませんが、あくまでも本来・当初はそのような使い方をされていたようです。

イメージ図は以下の通りです。
※比率はあくまでもイメージで実際の使用量とは(絶対に)異なります


その根拠は?ということで
文献における使用用語・用例の変遷を追ってみましょう。
※以降見つけ次第随時追加する予定です。


明治時代(とそれ以前) ”酒造米”

日本酒の歴史、まで言及しようとするとどうやら複雑怪奇・諸説有りでとても専門外の私が言及出来るものではないのですが、近代日本以前の江戸時代、室町時代などよりもさらに前から日本人は(醸造技術に差異あれど)米で酒を醸してきました。

江戸時代にはすでに「酒造米高」(酒造に使う米の量)というものが存在していたそうですし、各文献にも「酒造米」という用語は頻繁に登場しています。
これは「酒造原料米」に相当するものでしょう。
では近代の明治以降になるとどうなのでしょう?


醸造協会雑誌、国立醸造所、各農業試験場等々で使われている用例(で管理人が見つけられたもの)を見ていきましょう。


◇明治22年「日本酒実業改良問答」
明治22年(1889年)の「日本酒実業改良問答」ではやはり「酒造米」の用語が使用されています。
文中では”酒造米として何が良い米か?”について書いてあり、当然と言えば当然ですが、文字通り「酒造に使う米」の意味で使用されています。

◇明治43年「酒造米の選定について」
明治43年(1910年)に行われた第二回栃木県清酒品評会褒賞授与式における講話「酒造米の選定について」では、こちらもタイトル通り「酒造米」の用語が使用されています。
また表現は様々で「原料米」「醸造米」と表記揺れはあるようですが、どれも概ね「酒造に使う米=酒造原料米」と解釈してよいでしょう。

他、明確な単語ではないですが、明治期の書物では「酒造に用いる米」について様々記述があります。
そして
・酒造原料米として良い米は?
・最適の酒造原料米として利用されている米は?
といったぼんやりとした概念については既にあったようですが、それを示す明確な単語はまだ見られません。

繰り返しになりますが
確認できた限り、明治期には酒造原料米の意味として「酒造米」の用語が多数使用されています。
「酒米」、「酒造好適米」は未発見です。


大正時代 ”酒造に適した米”という明確な定義の先駆け

大正時代に入って国立(大蔵省管轄)醸造試験所が出来ると、「酒造に適した米とはどのような米か?」が具体的に研究され始めます。
遅くとも明治時代には銘々の酒蔵で「酒造りに良い米」を把握し、原料を選択・使用していたことは確かで、酒造業界一般でも「備前米が良い」「品種『渡船』が酒造りに良い米」程度の認識はあったようですが

ではなぜその米が酒造に向いているのか?

それがわかっていない状態です。


それを化学的・物理的に解析しようという研究が国立醸造試験場で初めて行われました。
大正7~13年(1918~1924年)の間に行われた「酒造米ノ理化学的調査」です。

◇大正7~13年「酒造米ノ理化学的調査」
醸造試験所報告の第74号から第93号にかけて4回に分けて報告されていますが、タイトルにもある「酒造米」と共に、この研究内では「酒造用適品」(「酒造用適当」)、「酒造用不適当」という用語が使用されています。


このように清酒を醸造する側では、単なる慣例・経験則に過ぎなかった「酒造に適した米」を化学的・物理的に定義しようという動きがこの頃から生まれたようです。

◇大正7年「清酒ノ本性及仕込法則」
◇大正9年「酒造要訣5」
税務監督局職員各々が記述した大正7年(1918年)「清酒ノ本性及仕込法則」、及び大正9年(1924年)「酒造要訣5」では「酒造米」「酒米」の用語が多数使用されています。
「清酒ノ本性及仕込法則」ではここまで述べてきた「酒造に適した米」についても言及がありますが、「酒米として(中略)如何なるものが宜しいか」「酒米として不適当」といった表記がされています。
「酒造(原料)米」の略語として「酒米」が使用されていますね。


◇大正9年「酒造米に関する研究」
東北農業薬剤研究所の及川氏の著書ではタイトルの「酒造米」の用語が文中でも多く使われていますが、「陸稲を酒米として使用すれば~」「酒米」が使用されています。
文脈から判断しても「酒造(原料)米」の略語として「酒米」が使用されています。


酒造・醸造側ではこのように表記されていますが、稲(米)の品種を育成する農事試験場側ではどのように呼称されていたのか?といえば・・・

◇大正15年「道府縣ニ於ケル米麥品種改良事業成績概要」
大正15年(1926年)の「道府縣ニ於ケル米麥品種改良事業成績概要」は、各県で原種(奨励品種)指定している品種について各地の農事試験場が記述したものを国がとりまとめたものですが、この中では「酒米」「酛米」「醸造米」といった用語が各県で使用されています。
「酒米二適ス」「醸造米ニ適ス」「酒米用トセラル」「酒米向ノ良種」「酒造米ニ適ス」「酒米用トシテ賞用サル」「酛米トシテ用ヒラル」といった表現で、いずれも酒造原料米の意味と解釈するのが自然でしょう。



以上
「酒造に適した米」を明確・客観的に定義しようという動きが見られ始めたのがこの時代ですが、それを表現する「酒造好適米」という単語は見受けられません。
ただ、それに相当すると思われる「酒造用適品」という表現は見られました。

大正時代には(おそらくこれより以前から使われていたとは思いますが)「酒米」という略称の使用が多数見られるようになりました。
ただ当然ですが、この「酒米」という単語に「酒造に適した」などという意味が含まれているとは思えません。
ここまで紹介した用例に、仮に「酒米=酒造に適した米」として文章に置き換えると「酒造に適した米として適当」などという謎の文章が出来てしまうことが分かるかと思います。
「酒米」は「酒造(原料)米」の略称として使用されている、と見るのが妥当でしょう。


昭和時代(1951年以前) 酒造好適米の登場

さて、W〇kipediaや一部では「昭和26年(1951年)から酒米を正式に酒造好適米と呼ぶようになった」とされています。
ひとまず大正時代ではいまだ「酒造好適米」という用語はありませんでしたが・・・
では昭和元年~25年(1926年~1950年)の間は実際どうだったのでしょうか?

◇昭和9年~11年「全国酒造原料米基本調査」
これは国税庁の醸造試験所が全国から酒造原料米の代表的なものを集め、醸造試験等科学的分析を行ったもので、ここではタイトル通り「酒造原料米」の用語が使用されています。
報告書内では「酒造米として良好」「酒造米として良質」と表現され、ここでは酒造原料米の略語として「酒造米」が使用されているように見受けられます。
そして極一部ですが「酒造好適なる事」という表現がありました。
そして当然「酒造米として不適」等、マイナス評価も見られます。

と、このように評価が分かれていることと、冒頭に「原料米の収集に関しては(中略)必ずしも代表優良米の謂に非らざるなり。」と書かれていることから、全国の代表的酒造原料米全てが必ずしも「酒造に適した米」ではないと言うことが読み取れるかと思います。(酒造原料米≠酒造好適米)

酒造に適した・適してないということを客観的に捉えようという動きは活発になってきていますが、この醸造試験所の報告書内に「酒造好適米」という単語はありませんでした。
では、「酒造好適米」という単語はこの時期(1951年以前)にはまだなかったの?というと・・・
そんなことはないです。
結構たくさん使われてました。

◇昭和4年「酒造業の合理化に就て(三)」
東京税務監督局鑑定部長の鹿又親氏の書いた「酒造業の合理化に就て(三)」の中で「酒造好適米」という単語が出てきています。

”(前略)小工場を合同して原料米の仕入れをすれば酒造好適米を割安に仕入れ得ることは私から申す迄もありません”

◇昭和12年「酒造一般心得帖(4)」
時代はまた少し進んで昭和12年(1937年)、日本醸造協会雑誌に掲載された田中終太郎氏の「酒造一般心得帖(4)」においては、酒造原料米の中でもより質の良いものについて「酒造好適米」という単語を使っています。

”殊に原料米が酒造好適米と言はれないやうな場合或は気温が酒造には温暖に過るといふやうな時期には、安全醸造の意味合から見ても麹米と酒母味米とには相当高精白のものを使用することが必要である。”

この文章からも「酒造好適米ではない原料米」がある、つまり酒造原料米の中でも優秀なものを「酒造好適米」と呼称していることがうかがえますね。
蛇足ですが、「酒造一般心得帖(3)」では「酒造好適米」の産地として、平成・令和でも有名な岡山県(備前)の赤磐郡(の『雄町種』)が例に挙げられています。

◇昭和12年「清酒醸造法(8)」
日本醸造協会雑誌の32巻におけるこの第二節で「酒造用好適米の性質」について解説があり、文中では「酒造好適米」と記述されています。

◇昭和14年「清酒吟醸の妙機(二)」
醸造試験所技師の杉山晋朔氏の書いた「清酒吟醸の妙機(二)」では「酒造好適米の定義」と項目が設けられています。
ただここでは「限られた品種、しかも限られた産地のものだけが酒造好適米である」とされ、意味がより限定されているのが印象的です。
現代で「酒造好適米」と言えば品種のことを指すのとはまた言葉の使い方に少し違った感覚があるように思えます・・・が、『雄町』や『亀の尾』関連で紹介していますが、この時代の”品種と呼ばれているもの”はせいぜい「同じ名前で呼ばれている雑種の集合体」でしかないようなものなので、もしかしたら単純に”品種が違う”だけなのかもしれません。
また対義語として「酒造不適当米」という用語がここでは使われています。

◇昭和14年「吸水速度に依る酒造米鑑定法」
日本醸造協会雑誌第34巻のこの項では「酒造好適米」の用語が多数使用されています。
昭和10年代になると使用頻度が上がっているように感じます。

◇昭和17年「原料米と酒造」
「製麹、酒母製造には軟質な酒造好適米を使用するのが定石である」と記述されています。
文中では他「酒造米」の用語が多数使用されています。


・・とこのように
昭和26年(1951年)以前、昭和初期からすでに「酒造好適米」という用語は各所で使われています。
ですがこれが「酒米」の正式名称でないことは明らかです。

繰り言ですが
遅くとも大正時代までには「酒造(原料)米」の略称として「酒米」は使用されています。
そして「酒米」や「酒造米」という単語に「酒造に適している」という意味は明らかに含まれていません。


と、この時点で
・遅くとも昭和4年(1929年)には「酒造好適米」は使われている
・そして「酒造米」や「酒米」の用語が使われているのはそれより前
ということが分かったので、これ以降追う必要性がなくなってしまいましたが・・・

この章の冒頭で述べたとおり、一部で「酒米を正式に酒造好適米と呼ぶようになった」といわれている1951年(昭和26年)に何があったのか、最後に見てみましょう。


昭和時代(1951年) 農産物検査法の制定

さて
昭和26年(1951年)に何があったかというと、農産物検査法の制定です。
そして農産物検査法制定に伴い、農産物検査法施行規則及び農産物規格規程により「醸造用玄米」が設定された年です。

ごくごく簡略に書きますが
1942年(昭和17年)に食糧管理法が制定され、生産された米については全量(自家消費分除いて)政府が買い入れを行っており、これは1994年(平成6年)まで続いています。
その買入制度に続いて戦後制定されたのが農産物検査法です。
「農産物規格・検査は、全国統一的な規格に基づく等級格付けにより、主に玄米を精米にする際の歩留まりの目安を示し、現物を確認することなく、大量・広域に流通させることを可能とする仕組み(農水省)」とされているように、この1951年以降全国統一された規格で米に対する等級付けをし、その等級に応じた価格設定が出来るようになりました。
改定は挟んでいますが、農産物規格規程は令和現在まで継続されています。

昭和26年(1951年)5月19日制定、農産物検査法施行規則(以下、施行規則)において農産物の種類「玄米」では水稲うるち玄米、水稲もち玄米、陸稲うるち玄米、陸稲もち玄米、醸造用玄米、くず玄米の6事項が設けられました。

昭和26年(1951年)8月4日改正、農産物規格規程(以下、規程)において1等~5等+等外、規格外の7種の規格が設けられていた一般飯米用の水稲うるち玄米と異なり、醸造用玄米は1等~3等の上位3種のみで、また「異種穀粒や異品種粒が混入してはならない」と定められているのが大きく違うところです。
なお1~3等の格付けに関わる項目(1升重量、整粒歩合、水分率等)は水稲うるち玄米の1~3等と同じですが、異種穀・異品種粒の混入が認められていないのは前述したとおりです。
そして「醸造用として供しないものについては、水稲うるち玄米の規格を適用する」とも定められており、清酒製造に用いられる玄米にのみ適用されることが分かるかと思います。

と、このように昭和26年(1951年)に設定されたこの「醸造用玄米」という農産物規格。
醸造用玄米には買取の際に加算金が設定されていたので、農家にとってみれば一般飯米用の水稲うるち玄米よりも高く売ることが出来るようになりました。
ただ、実際「清酒製造用の米」を区分しての買い入れ自体は前年の昭和25年産米から行われていたようです。
食糧庁がとりまとめた「食糧管理統計年報」の昭和26年報告において「酒造好適米買い入れ量(昭和25~26年産)」として記録されています。
しかしながら、この食糧庁の「食糧管理統計年報」もかなり表記揺れがあり・・・

昭和26年~昭和27年の間・・・「酒造好適米」(酒造好適米政府買入売却実績)
昭和28年~昭和29年の間・・・「酒造米」(酒造米買入売却実績)
昭和30年~昭和49年の間・・・「酒造米」と「酒造好適米」併用
            (酒造米買入売却実績)(酒造好適米の年産別種類別売却実績、等)
昭和50年~       ・・・「酒類用うるち米」(酒類用うるち米の売渡価格)

と、明確に定義されていない様子が窺えます。
少なくとも(私が探した範疇では)法令の中に「酒造好適米」という単語はなかったので当然と言えば当然かもしれません。
兎も角、施行規則や規程の「醸造用玄米」について、この初期の段階では買い入れをした国側で「酒造好適米」「酒造米」と呼称しているようです。
・・・なぜ素直に「醸造用玄米」としなかったかは謎ですが、この流れをくんで平成・令和の農林水産省でも醸造用玄米の検査数量について「酒造好適米」と呼称しているのではないかと推測されます。

ただ、冒頭でも述べましたがこの農林水産省がいうところの「酒造好適米」はあくまでも農産物検査法における「醸造用玄米」の検査数量に過ぎません。
同じことじゃないか、と思ったそこのあなた。
醸造用玄米に設定されていなければ酒造好適米ではない・・・なんてことはないですよね?


と、始まりに話を戻して
Wikipedia等々の根拠が不明なので断言は出来ませんが

・1951年に「醸造用玄米」が定められたこと
・平成・令和の農林水産省が「醸造用玄米」のことを「酒造好適米」としていること
・酒造業界や農業試験場で「酒造好適米」の略称として「酒米」を使っていること

とこのあたりの知識をミックス&拡大解釈して「1951年以降、酒米を正式に酒造好適米と呼ぶようになった」という勘違いが生まれたのではないかと思うのですが・・・どうでしょう?
まぁそもそも誰にとっての「正式」なのかすら分かりませんが、法令には定められておらず、扱っている食糧庁(当時)でも統一されておらず、これは間違いの可能性が高いと思います。

「酒造好適米」の略称としていつからか「酒米」を使うようになった・・・と逆の現象だと思うのですが何か情報をお持ちの方はいませんでしょうか?


蛇足 「醸造用玄米は国が指定する」けど国は指定しない

当初の規程では「醸造用玄米の規格は、農林大臣が別に定める品種に限り適用する」と定められています。
これは政府の買入価格中に醸造用玄米の品種別・産地別価格を定めることをもって「農林大臣が定めた」という解釈を取っていたそうです。

ただこの「定め」についてもあくまでも酒造業者からの聞き取りにより、希望があった品種について指定していったものでした。(最終的に農林省(当時)が決めたことは間違いないですが)
この点はやはり「酒造好適米」と同様で、実際使っている・良いと思っている品種はあるのでしょうが、客観的・科学的定義が出来ていないので、結局実需者が使っているものを指定するしかなかったようです。
ですので当然「心白がある必要がある」「大粒でないといけない」「タンパク質や脂質が少ない品種である」なんて条件は一切ありません。
なのでこの初期段階においては特に「酒造に適した米を指定している」というよりは「酒造に使用する米を指定している」と言う方が正確かもしれません。

無論、戦後の育種事業によって、科学的・客観的評価で農業試験場・地方醸造機関が「酒造好適米」と認めた品種が続々と「醸造用玄米」に指定されているのですから、平成・令和現代の実態として「酒造に適した米を指定している」とは思いますが、今も昔も本質としてはやはり「酒造に使用する米を指定している」ということになるのではないでしょうか。
本来「醸造用玄米」ですから当たり前かもしれませんが、農水省が「酒造好適米」なんて用語を統計で使うので大分紛らわしい事になっている印象です。

ただし”農産物検査法の「醸造用玄米」を「酒造好適米」という”
誤りと言って良いでしょう。
順番が逆です、
酒造好適米と呼ばれる米が先にあって、それを区別するために作られた制度なのですから
”「酒造好適米」を農産物検査法上「醸造用玄米」と呼んでいる”ですね。


まとめ


ということで繰り言ですが
歴史的には本来

酒造(原料)米=酒米=お酒の原料となる米すべて

酒造好適米=清酒製造(麹造り)に適する米=お酒の原料となる米の一部


ということになるかと思います。
こうなるとやはり国税庁の説明が一番シンプルなようで一番正しいのかもしれません。


国税庁 酒造好適米とは?
清酒醸造に適する品種の米をいいます。一般的に清酒用原料米としては、比較的大粒で中心部に心白を持っている軟質米が良いとされています。


ただ、そもそも言葉は変化するものですし
やはり実際問題”「酒造好適米」の略称として「酒米」を使用していること”も事実として多々あります(というかこのブログでも既に・・・)ので、”現代では「酒米」は2つの言葉の略語”となるのでしょう。
が、当然

酒造原料米≠酒造好適米
(酒米≠酒米)

なので
「酒造好適米」・「酒造原料米」とちゃんと書き分ければ問題なし!

まぁ・・・「酒米」と書いてある単語をどう解釈するかは人によって違うので気を付けましょうという話でした(そういう話だっけ?)

~『つや姫』は酒米ではない~という文章を見て

・酒米=酒造好適米=醸造用玄米だと思っている人
「うん、『つや姫』は醸造用玄米じゃないからそのとおりでしょ」

・酒米=酒造好適米≠酒造原料米だと思ってる人
「いや、『つや姫』が酒造好適米かどうかは試験してみなければわからないでしょ」

・酒米=酒造原料米≠酒造好適米だと思ってる人
「いや、『つや姫』だって酒造原料米として使われているよ」
どう答えるかはその人の解釈で違いますね(大事なことなので二回(略))

でも~酒米の王『山田錦』~
「酒造好適米の王」でもあるし「酒造原料米の王」でもあるし
・・・どちらでも通じますのでやはり発言者の意図次第でしょうか
いやワンチャン『日本晴』とかの方が酒造原料米としての使用量が多いこともあり得るかもしれませんが

続く(多分)
「清酒製造に適した米(酒造好適米)」の歴史
酒造好適米の条件とは?心白?大粒?低タンパクって本当?
掛米用品種とは?

参考文献

〇江戸時代の酒造りにおける酒造米高の調査等と税:国税庁HP
〇日本酒実業改良問答:徳野嘉七
〇酒造米の選定について:鹿又親
〇醸造試験所報告第74、79、88、98、121、123、125号:醸造試験所
〇清酒ノ本性及仕込法則:大阪税務監督局 小原省三郎
〇酒造要訣5:税務局 花岡正庸
〇酒造米に関する研究:東北農業薬剤研究所 及川四郎
〇酒造業の合理化に就て(三):東京税務局監督局 鹿又親
〇酒造一般心得帖(4):田中終太郎
〇清酒醸造法(8):山田正一
〇清酒吟醸の妙機(二):国税庁醸造試験所 杉山晋朔
〇醸造用玄米について:加藤好雄 日本醸造協会雑誌56巻
〇酒造好適米 その過去、現在、将来:国税庁醸造試験所 野白喜久雄
〇農産物規格・規程について:農林水産省
〇農産物検査法:昭和26年4月10日公布
〇農産物検査法施行規則:昭和26年5月19日制定
〇農産物規格規程:昭和26年8月4日改正(昭和26年9月2日施行)

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