2021年12月26日日曜日

『山田穂』の正式名称は『新山田穂1号』?『山田錦』の母親?白鶴酒造誤情報覚え書き


今日のお題はこちら。

タイトルにもある通り“山田穂の正式名称は新山田穂1号”という誤った説についての解説?です。
はい、”誤った”と書いてますが、これ明確に、議論の余地なく間違いです。

それでもいろんな酒屋やサイトでこのように説明しているのを見たことがないでしょうか?
また、“『山田錦』の母親は『新山田穂1号』だ“としているサイトまであるようです。

なぜこのような誤情報が拡散されて根付いてしまうに至ったのか?(と、もう既にタイトルバレしていますが…)

元凶が「誤解を修正」するのではなく、削除してなかったことにしてしまったので、このままでは後世に謎が残ってしまうと思い、備忘録的にこの記事を作っておこうかと思います。
『新山田穂1号』等各所でも軽く触れているのですが、改めて全体の経緯を残しておきたいと思います。

何より消費者の正確な情報選択の一助になりますように。

 
目次




 
まず基本から 在来種『山田穂』について

『山田穂』は明治時代の兵庫県の在来種です。

その由来については3つほど説がありますが、いずれにせよ少なくとも明治時代には広く兵庫県内で栽培されていた品種(群)であることは間違いありません。
兵庫県農事試験場ではこの品種群『山田穂』を収集し、明治45年(1912年)に原種(奨励品種)に指定しています。
原種指定するにあたってはある程度の選抜(純系淘汰)が行われたことが予想され、兵庫県農事試験場が配布していたのは『山田穂(在来品種群)』とは大なり小なり異なり、特性が統一された『山田穂(純系淘汰)』と言うほうがより正確でしょう。

『新山田穂1号』は大正時代に『山田穂』からの純系淘汰で育成された品種です。
妹に翌年育成完了した『新山田穂2号』がいます。
妹の2号とは違って、選抜当初年の業務行程に収集先の記載がなく、どこからどのように集められた『山田穂』群から選抜されたかは不明ですが、大正10年(1921年)に『新山田穂1号』と命名され、従来の『山田穂』に代わって原種指定されています。

そして
酒米の王として有名な『山田錦』の母本は『山田穂』であり、「これ以外の記録は令和元年現在見つかっていない」と兵庫県酒米試験地から回答を得ています。
時代から考えて、原種指定から外れてはいたものの、『山田穂(純系淘汰)』が『山田錦』の交配親となったと推測され、『新山田穂1号』が交配親になったという記録はありません。


育成者の後継組織である兵庫県酒米試験地の回答ですから

『山田錦』の母本は『山田穂』

これは新しい記録が見つかりでもしない限り覆ることはありえません。
ですから“『山田錦』の母親が『新山田穂1号』”ということはあり得ません。
そして同様に“『山田穂』の正式名称が『新山田穂1号』”などという事実も当然ありません。

ただ、これは誤解のないように断っておきますが、一般に知られている名前と品種名が異なるという事例はあります。
令和3年度で「新潟県産コシヒカリ」の正式な品種名は『コシヒカリ新潟BL1号』『コシヒカリ新潟BL2号』『コシヒカリ新潟BL3号』『コシヒカリ新潟BL11号』の4種混合…というように「(品種の)正式名称が他にある」ことは、ないわけではないです。
『新山田穂1号』と同時代(大正~昭和)にも、例えば三重県では『伊勢錦92号』『伊勢錦100号』『伊勢錦133号』『伊勢錦222号』『伊勢錦241号』『伊勢錦279号』『伊勢錦416号』『伊勢錦656号』『伊勢錦713号』『伊勢錦722号』延べ10品種がすべて「伊勢錦」の名称で普及されており、有名な岡山県の「雄町」にしても最多期には『雄町2号』『雄町4号』『雄町288号』『雄町92号』『雄町98号』の5品種を含んでいました。
ただ、繰り言になりますが、兵庫県で『新山田穂1号』を『山田穂』の名で普及していた、そんな記録はありません。(あります?)

改めて整理すると、冒頭の珍説はいずれも荒唐無稽な間違った情報と言うことになりますが、それにしてもいろんなところに広まっています。
どこが震源地なのでしょうか。


ではどこから始まった誤情報?⇒白鶴酒造HP

『山田穂』は正式名称を『新山田穂1号』と言い、これが『山田錦』の母親である、という間違った情報

タイトルにもありますが、これは白鶴酒造のホームページから拡散した誤情報です。
今では削除されてしまったため通常の検索ではアクセスすることができず、過去のホームページを保存している各種サイトを利用しないともう見ることはできません。
仮に誤用している人たちが改めて確認しようとしても、再度見ることができないために正誤も分からず、さまよってしまうような状態になっています。

この件に関しては白鶴酒造に問い合わせをして回答を得ていましたので、それを踏まえて解説しています。

今回記事を作成するに当たり、デジタルアーカイブサービスであるウェイバックマシン(Wayback Machine)から平成29年(2017年)5月時点での白鶴酒造ホームページを参照しています。
スクリーンショットでも載せたいところですが、著作権的にもどうかと思うので雑な自作図で…
気になる方はウェイバックマシン等、デジタルアーカイブサービスを利用して該当ページを探してみてください。



幻の酒米?山田穂?のサイト説明

白鶴酒造のホームページで“幻の酒米「山田穂」”と銘打って、最初に「幻の酒米、山田穂とは?」というタイトルの解説が以下の通りのものでした



最初に「山田穂は正式名称を新山田穂1号という」と書いてあって、最後の文では「山田錦はこの山田穂を母親として交配」…
この文章を読んで「山田錦の母親=山田穂=新山田穂1号」だと思わない人はいるのでしょうか?(いや、いない)
さらに極めつけが同ページ内に掲載してあったこの系譜図です。




こんなものが載せてあって、前述の記載があったら100人が100人「山田錦の母親は新山田穂1号なのか」と考えるのが当然でしょう。
(ちなみに巻き添えを食っている『京ノ華1号』ですが、こちらは交配親が「新山田穂」としか記録されていないために、『新山田穂1号』か『新山田穂2号』か、どちらを親に使ったか分からないという性質のもので、白鶴酒造と同様の謎宣伝をしているわけではない点にはご留意ください)



さらに続く謎説明 『白鶴錦』の育成

さらに『白鶴錦』について記述した「独自酒米「白鶴錦」の誕生」という頁では以下のような説明があるのでさらに混乱を招いている印象です

【抜粋】
「山田錦」の母にあたる「山田穂」と父にあたる「渡船」を約70年ぶりに交配させ、「山田錦」の兄弟品種を作る試みです。

『山田錦』は母本『山田穂』と父本『短稈渡船』の交配です。
もう各所支離滅裂で何を言っているんだと思っていましたが…
これに対する白鶴酒造の回答は以下のようになります。

【質問①】
『山田錦』の両親は兵庫農試が純系淘汰した『山田穂』と『短稈渡船』であるのに、なぜ『山田穂』『渡船』と違う品種を掲載しているのか?


【白鶴酒造回答①要約】
山田錦の両親は『山田穂』と『短稈渡船』である。
だが一般にわかりやすいようにホームページでは厳密な学術的表現ではなく広義で比喩的な表現を用いている。
だから
“「山田錦」の母にあたる「山田穂」と父にあたる「渡船」を約70年ぶりに交配させ~
“「山田錦」の母にあたる「山田穂系の米」と父にあたる「渡船系の米」を約70年ぶりに交配させ~”
という意味だ。



????????????
「山田錦の両親」という狭義で具体的な対象を持ち出しておいて、その対象が“広義で比喩的な表現をしているから“とやらで「山田穂系の米」と解釈しろ、とは無理が過ぎませんか?
一切の但し書きも無しに一般消費者が「両親品種」と書いてる内容を「広義的な意味の両親のことか」と理解する…そんなことがありますか?

…ただここは本筋ではないので「白鶴酒造は『山田錦』の両親品種を『山田穂』と『短稈渡船』であると認識している」、ここだけ押さえていてください。

次は本題の「山田穂」関係について聞いてみました。


「山田穂」関係の白鶴酒造の回答は?



【質問②】
山田穂の正式名称が「新山田穂1号」などという事実はないはずだが、何を根拠にあのような宣伝をしているのか?


【白鶴酒造回答②要約-1】
ホームページの記述は“当社が復活させた山田穂”について書いている



????????????
先にはっきりさせておきますが、白鶴酒造で復刻栽培しているのは兵庫県で保存していた『新山田穂1号』で、これは明確な事実です。
”当社が復活させた山田穂”とは何を言っているのか?となりそうですが、この回答には続きがあります。

【質問②】

続【白鶴酒造回答②要約-2】
当社で復活させたのは『新山田穂1号』。
『新山田穂1号』は在来種『山田穂』から選抜されたのだから、山田錦の母親となった『山田穂』と同時期に同県下で“山田穂”として栽培されていたもの



??????????????
はい、余計意味が分からなくなりました。
「同時期に兵庫県内で“山田穂”として栽培されていた」…?
そんな記録どこにあるんでしょうか?
試験場の業務功程でも、原種(奨励品種)指定も、明確な別品種として扱っていたはずですが?
ちなみに先に紹介した系譜図の横にはこんな謎の文言が載っていました。

上図の赤波線部分「同じ品種と考えられている」とは一体…?

遺伝的に近縁であることは推測されますが「同じ品種」とまで言っているのはどこの誰でしょうか?
『新山田穂1号』はどこで栽培されていた『在来山田穂』から選抜されたか記録が残っておらず、『山田錦』の母本『山田穂』との関連性はあくまでも不明のはずですが…?
それに『新山田穂1号』の育成時に『在来山田穂』より稈長が常に15cm以上短かった記録との整合性をどう取るつもりなのでしょう?

ちなみにここでも『新山田穂1号』のことを「山田穂」だと書いており、「新山田穂1号は農林水産省農業生物資源研究所の植物遺伝資源としての登録名」と、まるで「あくまでも本来の呼名は”山田穂”である」とでも読む側に思わせたいかのような文章になっていますね。
登録名も何も、兵庫県では大正時代から『新山田穂1号』の名前で扱われており、「山田穂」の名前で扱われた記録は何もない、というのは前述したとおりです。


それにしては白鶴酒造はなんとも謎主張を書き連ねているものです。
きっと私が知らない何か論文なり記録があるのだろう、ということで
これには追加で質問を行いました。

【質問③】
現存する兵庫県立農事試験場の業務功程全てを当たったが、試験場で『山田穂』と『新山田穂1号』は明らかに別品種扱いしている。
「同時期に同県下で“山田穂”として栽培されていた」とする根拠は何なのか?


【白鶴酒造回答③要約-1】
当社の言う“同時期”とは品種命名以前のことだ

『新山田穂1号』は在来種:山田穂から選抜された品種だ。
これらのことを根拠(※1)に山田錦の母親山田穂も、後に新山田穂1号と命名される在来種:山田穂も、同時期に兵庫県下で栽培されていたものであり、当社では広義的に同じ総称である山田穂として扱っている。


※1「これらのこと」とそれっぽく書いてますが、原文も『新山田穂1号』の選抜経過が書き連ねてあるだけで、結局選抜元は不明ですし、「山田錦の親:山田穂」については一切書かれておらず、何をもって”同じ品種である根拠”なのか…意味不明です。
在来種を遺伝的に均一な集団と考えているなら明らかな間違いで、「同じ名前の在来種から選抜されたから同じ品種」は間違いです。
そんなことない、と養護する人が時たま現れますが、「神力」と呼ばれていた「山田穂」がある、等々の複雑怪奇な関係性把握していないからでは?

なんにせよ
??????????????????????????????????
状態になりましたが
…さらに白鶴酒造の主張を並べると以下の通りです…


【質問③】

続【白鶴酒造回答③要約-2】
そもそも山田錦は大正期に交配された品種であり、遺伝的な真の母親(個体)は現存していないのは自明であり、「山田錦の母親」という表現は「真の母親と類似した同系の米」を指す比喩として認識されると考えるのが自然である



この時点での本音を一言で書くと「は?」に尽きます…

「山田錦の母親、山田穂を復活させ使用」

この文章は

「山田錦(は大正期に交配された品種なので、遺伝的な真)の母親(は現存していないのは自明であるので、「真の母親と類似した同系の米」)山田穂(系の米=『新山田穂1号』)を復活させ使用」

と読み取るのが“自然”だそうです。
全く読み取れなかった私はきっと不自然な人間なのでしょうね(棒読み)
皆さんはどうですか?

…………………………………
いくらなんでも無理があるでしょう…と思うのは私だけでしょうか。
というか「同じ品種と考えられている」ってさも一般論であるかのように書いておいて、実際自分たち(白鶴酒造)が勝手に同じ品種だと言い張っているだけではないですか…(それでその根拠は?)

それに、「幻の山田穂」のページは“当社が復活させた(自称)山田穂“についての説明だそうですが
「山田錦は、この山田穂を母親として1923年に兵庫県で人工交配」と書いているではないですか。
「当社が復活させた(自称)山田穂」『新山田穂1号』なのですから既に矛盾しています。
『白鶴錦』の質問で白鶴酒造は「山田錦の母親は山田穂だ」と答えているのですから、事実と異なるとわかっていながらこのような表現をあえてしているのは明らかです。
つまりこれは
「山田錦の母親」という売り文句を使いたいが為、それだけの為に、別品種である『新山田穂1号』を企業側に都合の良いように「山田穂」と宣伝していただけではないのですか?

そもそも
『白鶴錦』の説明ページの「山田穂」は「山田穂系の米」
「山田穂」の説明ページの「山田穂」は「当社が復活させた『新山田穂1号』」
と、説明も注意書きもないこんな企業側に都合の良いような解釈するのが”自然”と言われるとは…
この通りに解釈する消費者が多数、と本気で主張するつもりなのでしょうか。
どれもこれも後付けで企業側に都合の良いように拡大解釈した回答を送られたようにしか感じませんでした。



企業側にとってだけ都合の良い解釈

何が企業側にとって都合が良いのか、と思った方

管理人が指摘する以前に販売されていた白鶴酒造の商品「超特選純米大吟醸 山田穂」はこちら(雑作画)
※実際の商品を見たい方は検索してください。すぐ見つかるでしょう。



箱にも“山田錦の母親”と書いてあって、大きな文字で「山田穂」と…
さらに表書きの説明にはやはり「山田錦の母、山田穂」という旨の説明…
これで消費者が「実際は近縁な『新山田穂1号』を使用していると理解するのが自然」というなら、世間の人はエスパーかなにかですか?

ちなみに瓶の封緘紙や中に入っているリーフレットには一応(新山田穂1号使用)と書いてはありますが(雑作画)


こんなもの消費者が購入する時に目にできるような場所ではないと思うのですが…
実際各所でネット販売しているこの「超特選純米大吟醸 山田穂」で、この「新山田穂1号」部分が視認できるものを私は見つけられませんでした。(だから確信が持てなくて企業側に問い合わせる必要が出てきたわけですし…まぁ最終実物確認するしかなかったわけですが)

目立つところに(曖昧な)目を引く情報、肝心なことは目立たないところに…まるで典型的な詐欺商法の手口のようではないですか。(契約書に極小さく欠いてある特約事項…的な)
景品表示法的にもこういう行為(目立たないところに注意書き、的な)はもろアウトです。

これについて白鶴酒造からは「清酒の製法品質表示基準に則り表示している」と回答されました。
それらしいことを書いておけば納得するだろうとでも思われたのかもしれませんが、「清酒の製法品質表示基準」に品種名についての定義はなく、「品種名が表示できる」と定められているだけです。(短稈渡船とは?~4~【番外編 日本酒の品種名表示のルール】
その表示の可否は「その品種名であることについて説明責任を果たせるかどうかになる」との国税庁の回答も得ているので、「清酒の製法品質表示基準に則り表示している」など何の意味もない回答です。

さて、本筋に戻って

山田錦の母親の「山田穂」をつかったお酒

酒米の王と呼ばれ知名度も高い『山田錦』に関連して、一企業が出すこのような売り文句を見れば大多数の人間はこの言葉通りに受け取るのが当然ではないでしょうか。
山田錦の母親の「山田穂」を使っているのか、なら買ってみよう」と。

しかしその実
企業側は

山田錦の母親が残っているわけないですよね?
山田錦の母親の「山田穂」ではない「近縁の山田穂系の米」って意味です
山田錦の母親の「山田穂」ではない「新山田穂1号」です(それが正式名称で山田錦の母親です(?))
それが自然でしょう?

と言うんですから
そして繰り言ですが中身を開けてみないと、購入してみないとそもそも『新山田穂1号』を使用していることに消費者側は気付けません。

これ、言葉通りに受け取った消費者側だけが馬鹿を見ていませんか?
消費者の誤解を良いように企業側が宣伝に利用していることにならないのですか?
商品選択の際に消費者の混同や誤解を生むような行為は、これは景品表示法の優良誤認行為や不正競争防止法の誤認惹起行為等々…法的にも問題があるものです。

最後に そんな理論が許されるのか

そして最後に個人的に許せないのが、回答中にあったこの表現です。

【白鶴酒造回答】
実際に「山田穂使用」商品の開発経緯については、記者会見でも公表し、論文も投稿しましたが、酒米及び醸造の専門家からも、あるいはマスコミ関係者、一般消費者からも問題があるとの指摘や意見はありませんでした。(原文まま)


そもそも「論文でも投稿した」とそれらしいことを書いてますが、実際提示されたこの論文とは「新山田穂1号の品種特性」です。
読んで頂ければ分かるかと思いますが「山田錦の母親は広義的な意味で新山田穂1号だ」なんて荒唐無稽なことを書いていないのですから当然専門家から指摘が入るわけがありません。
それに言っては失礼ですが『短稈渡船』の例で分かるように、自浄作用が全くないことが分かっている醸造関係者から指摘がなかったからなんだというのでしょうか?
ましてやマスコミや一般消費者など何も分かっていないド素人中のド素人です。
酒米関係の知識なら「“北から太陽が昇る”と言われればそのまま信じる」レベルでしかないでしょう。
そんな人間まで比喩に出して「指摘がなかったんだから問題ない」と言わんとするかのようなこの回答、いかがなものでしょうか。

冒頭で書きましたが、個人や酒屋、果ては酒蔵ですら「山田錦の母親は新山田穂1号です」と明らかに間違った情報をそのまま拡散している現状があることを伝えているのに、このようなことを言われるとは…
他者に責任転嫁するようなこんな主張には個人的には納得しかねます。

以上のようにいかにも自分たちの都合の良いような解釈を白鶴酒造は主張していますが、無責任にもこれらの元凶となったページを削除し、訂正情報発信はされていません。
仮に白鶴酒造の商品の表示が是正されても、根付いた誤解は修正されることともなく、変な誤情報はこれからも残り続けることになってしまいそうです。


この調子では過去の日本酒専門誌などでも多数引用しているでしょうから、さらに先の未来で情報の混乱を生むのは間違いないでしょう。


まとめ


山田錦の母親は『山田穂』であり、『新山田穂1号』ではない
育成者の兵庫県が公言しており

選抜経緯や時代を考えて『山田錦の母親・山田穂』と『新山田穂1号』が非常に近縁である可能性はあるものの
証明されていませんし、証明自体不可能です。(山田錦の母本となった『山田穂』の情報ってあるんですか?あったとして?)


『山田穂』は正式名称を『新山田穂1号』と言い、これが『山田錦』の母親である(という誤情報)

これは結局、白鶴酒造が残した負の遺産と言ったところでしょうか。
失礼
“自然な人間”であれば白鶴酒造の意図を正確に読み取れるそうなので、私のような不自然な人間達が勝手に勘違いしただけなのでしょうね(棒)
消費者に聞き取りを行っても、誤解や混同していない人が大半である…と、白鶴酒造は自信があるのでしょう。


白鶴酒造が勝手に「山田穂」と言い張っているのは『新山田穂1号』です。
「山田穂」の正式名称が『新山田穂1号』、などということはありません。

真面目な話



何年前からこのような誤解を生む表現が放置され続けたか不明(先のデジタルアーカイブサービスでは少なくとも平成24年10月には存在)ですが、誤解や混同により消費者に明らかに間違った情報を植え付け、正常な商品選択するにあたって正確な情報を得るのが困難になっています。
それを是正する意味を兼ねてこちらを掲載しています。

白鶴酒造に言わせれば
「山田錦の母親復活」の文字を見て純粋にそのまま信じて買う消費者の方が悪い(母親品種そのものじゃなくて近縁な米使っているに決まってる)らしいですが、そのような主張にはとてもではないですが同意しかねますし、この経緯を公開もせず、世間の誤解をそのままにすることもできかねます。


なぜ消費者側に誤解を生む余地を残しても謎理論で「山田穂」と表示する必要性があるのか。
なぜ素直に「新山田穂1号」として売ることができないのか。
結局「売り文句として魅力がないから」ではないのですか?


説明されていないことを企業側に都合の良いように解釈すると決めつけている点も実に不可解です。

2回目の問い合わせの際に書面で公開の要望をしましたが無視され
一時的に掲載されていたホームページの内容も誤解を訂正するものではなかった上にそのページすら削除されては、公益性を鑑みこのような方法で公開せざるを得ません。

先にも書きましたが既に広範囲に誤情報が根付いている以上、白鶴酒造が変な表示を止めるだけでなく、訂正情報発信を行わなければ是正されることはありません。
ここで訂正情報発信を行っていきます。




蛇足 『白鶴錦』の両親品種

前述してきたように、白鶴酒造のホームページを見れば普通…失礼、普通でない人間にとって白鶴酒造は
・『新山田穂1号』のことを「山田穂」と呼称していて
・『新山田穂1号』が『山田錦』の母親だと言っている
こう受け取ることでしょう。

これに輪を掛けて「独自酒米「白鶴錦」の開発」の緒言ではこんなことが書いてあります。


(前略)このことから山田錦の優れた酒造特性は両親品種から受け継がれていると考えられ、山田穂・渡船と類似していると考えられる新山田穂 1 号、渡船 2 号などの交配によって、新規な優良酒米取得を目的とした育種を行なった。


この2点を踏まえて
農林水産省における品種登録情報では『白鶴錦』は「山田穂と渡船2号の掛け合わせである」と書いてあれば

「山田穂」ということは、表記は「山田穂」でも品種は『新山田穂1号』なんだな
『白鶴錦』の母親が『新山田穂1号』で、父親が『渡船2号』なのか

こう解釈する人が少なくないのではないでしょうか?
というか実際コトバンクや酒米ハンドブックでも一部誤記載されていたほどですから、興味を持って真面目に資料を読み込んだ人ほどこのドツボに嵌まることでしょう。


結論から言えば

『白鶴錦』の母親は『山田穂』で、父親が『渡船2号』です。

実は正式名称が別に、とかありません。
『新山田穂1号』は親品種ではありませんし、ついでに『渡船』も親品種ではありません。

白鶴酒造の言う「自然な解釈のできる人間()」が少ないせいか、大分混乱が見られますが

『白鶴錦』の母親は『山田穂』で、父親が『渡船2号』です。


育成者の白鶴酒造がそう言っているのでとりあえずそう信じるしかないでしょう。
真相は闇の中ですが。



参考文献

ウェイバックマシン:https://web.archive.org/web/20200619101627/http://www.hakutsuru.co.jp/community/invent/yamadaho/index.shtml
〇酒米品種「山田錦」の育成経過と母本品種「山田穂」、「短稈渡船」の来歴:兵庫農技総セ研報
〇業務功程 大正4、6、8~14年度:兵庫県立農事試験場
〇水稲試験成績(大正4~5年度成績):兵庫県立農事試験場
〇米麦試験成績(大正6年度成績):兵庫県立農事試験場
〇農事試験報告(大正7年度成績):兵庫県立農事試験場
〇酒米を中心とした水稲遺伝資源のDNA多型:兵庫県農林水産技術総合センター研究報告.農業編
〇酒米品種「山田錦」の育成経過と母本品種「山田穂」、「短稈渡船」の来歴:兵庫農技総セ研報
〇新山田穂1号の品種特性:
〇ひょうごの農業技術No.111~特集 酒米生産現場の取り組み~:兵庫県立中央農業技術センター
〇水稲及陸稲耕種要項(昭和11年3月発行):農林省農務局:兵庫県立中央農業技術センター
〇醸造試験所報告第79号(酒造米ノ理化学的調査):醸造試験所
〇独自酒米「白鶴錦」の開発:白鶴酒造
〇新山田穂1号の品種特性:白鶴酒造他


2021年12月25日土曜日

2021年10月7日木曜日

酒米「八反錦」の特徴?そんな品種はありません(『八反錦1号』と『八反錦2号』の違い)


さて、当ブログで度々取り上げていますが
酒蔵の勝手な都合で無根拠にいろんな品種を『短稈渡船』と呼んだり短稈渡船とは?~0~【結論だけまとめ】
蔵側に都合の良い解釈で『新山田穂1号』を”山田錦の母”扱いしたり『山田錦』の親に間違われている品種?
もはや有象無象なんだかわからない品種が「亀の尾」として出回っていたり『亀の尾』とその純系淘汰品種たち

これらからも分かるように、酒造業界における酒米の品種の扱いが(あくまでほんの一部ですが)無法状態なのは改めて述べるまでもないことですが、広島県生まれの酒造好適米品種『八反錦1号』、『八反錦2号』も前例に漏れず、といった感じです。
日本酒のラベルには大半が「使用品種”八反錦”」としか書かれておらず、日本酒を解説するようなサイトでも「広島県酒米の代表品種”八反錦”」と紹介されていることが圧倒的多数です・・・
日本酒の銘柄名に何を表示しようが勝手ですが、「使用品種名」に「八反錦」は違うでしょ?(意固地)
あなたたちは『八反錦1号』のこと言ってるんですか?『八反錦2号』のこと言ってるんですか?という話です。(ほぼ私怨)

妹の方が(背も)胸も小さいので、同じに見えるようにお姉ちゃんは着痩せ効果のある黒色の水着を着ているんです(半分冗談)


『八反錦1号』と『八反錦2号』の違いを見比べてみましょう。

前座 姉妹品種だから同じようなもの、なんてことはない

両親が同じ交配組み合わせ、というだけでなく、本当に同じ交配の後代から育成されたもので最も有名なのはやはり『越路早生』五姉妹でしょうか。
・・・と、長女基準で言うとなんのことやら分からない人が圧倒的多数だと思いますが、『農林22号』と『農林1号』の交配後代から育成された『コシヒカリ』を含む5品種のことです。

『コシヒカリ』の姉妹品種である『越路早生』『ハツニシキ』『ホウネンワセ』『ヤマセニシキ』
これらを全て「コシヒカリだ」と言って売るなんてことは誰もしてません。
違う品種だから当然ですよね?
新潟県における熟期だけ見ても、『コシヒカリ』だけが中生品種で他の4姉妹は全て早生品種。
食味についても『コシヒカリ』の次点で「比較的良い」と評価されるのは『越路早生』ぐらいで、他3姉妹の食味評価はそれほど高くありません(食味の評価は人それぞれなれど一応一般的評価として)。

当然、それぞれ別々の品種なのですから稲の形態をより細かく見れば他にもいくらでも違いはあります・・・が
むしろ実態は逆で「違いがあるから別の品種と認定される」といえるでしょう。
違うものを同じものとしてひとくくりにするなんておかしな話です。よね?

でもそれを平然とやっているのが悲しいかな酒造業界(の一部)・・・
いえ、『コシヒカリ新潟IL』のようにちゃんと「客観的に同じに扱うに足る根拠」があればいいですよ?
「だって同じ”渡船”って名前に付いてるんだし・・・」とか、小学校の国語の授業の問答じゃないんですから、”稲”として生物的に、”米”として物理(科学)的に、同じである根拠を説明できなければ意味がありません。

2人の違い

改めて
『八反錦1号』と『八反錦2号』はそれぞれ「違う品種」です。
その特性は以下の通りです。(対象として改良元の『八反35号』も併記・・・これも「八反」ではないですよ?)

※基本的に育成論文のものを使用していますが、わかりやすいように一部別試験の数字も使って育成時の評価通りになるようにしています。
同条件で栽培した場合においても、必ずしも特性通りの差が出るとも限らないのがこれまた難しいところ・・・と言いだしたら切りが無いので、「わかりやすさ」優先です。

※いや品種登録時の特性で比べろよというのはごもっともなんですが、具体的な数値を乗せた方がわかりやすいじゃないかなぁ・・・と。「わかりやすさ」優先です。

項目/品種名八反錦1号八反錦2号八反35号
稈/細太
稈/剛柔やや柔
芒/多少やや少
芒/短-
稃先色黄白黄白黄白
粒着密度やや疎やや疎
1穂籾数807294
脱粒性
出穂期8月10日8月10日8月10日
成熟期9月24日9月17日9月23日
稈長82cm72cm92cm
穂長19.4cm18.8cm19.1cm
穂数/㎡400本360本310本
玄米千粒重25.4g26.1g24.0g
収量/10a587kg579kg517kg
倒伏度合い0.502.3

稈が軟らかかった『八反35号』から『八反錦1号』『八反錦2号』ともに稈の硬さが向上していますが、より稈長の短い『八反錦2号』が『八反錦1号』よりも倒れにくい品種となりました。
芒のなかった『八反35号』から『八反錦1号』『八反錦2号』ともに短い芒がつくようになりましたが、育成時には『八反錦1号』の方が芒の発生がやや多かったようです。(とは言えほとんど同じ?)
粒着密度が『八反35号』よりも疎になったものの、収量性は大幅に改善しましたが、穂数のやや多い『八反錦1号』が『八反錦2号』よりもやや多収となっています。
そんな3品種、出穂期はほぼ同じですが、熟期が最も早いのは『八反錦2号』、一週間ほど遅れて『八反35号』、さらに1~2日遅れて『八反錦1号』となっています。
『八反錦1号』と『八反錦2号』では熟期に10日近い差があると言うことですね。

・・・と、特に違いがある特性を抜粋してみると以下の通りになります。


項目/品種名比較結果
成熟期2号の方が約1週間早い
稈長2号の方が約10cm短い
穂数/㎡1号の方が約40本多い
収量1号の方がやや多い
倒伏度合い2号の方が倒れにくい

同じ交配後代から選抜されたとは言え、植物体の稲としてこれだけ違いがあるのです。

・・・とは言え、では実際問題「清酒になったときの質に差があるのか?」というのも気になるところではないでしょうか。(でもじゃあ原料米の品種なんてなんでも良いの?とも思うのですが)
育成時の醸造試験結果はどのようになっているのでしょうか?


では一番大事?な日本酒の質は?

『八反錦1号』と『八反錦2号』の育種論文に掲載されていた国税庁所定分析法による製成酒の成分表より作成しました。
両品種共に同じ賀茂鶴酒造研究所による醸造のようですが、『八反錦1号』は昭和57年産米使用の大吟醸酒(精米歩合40%)『八反35号』と『八反錦2号』は昭和56年産米使用の中吟醸酒(精米歩合60%)と試験年も精米歩合も違うものの結果を合わせています。
そもそも同じ醸造条件なのかも不明ですが・・・(でも普通同じ条件にするのではないでしょうか・・・?)

ただ
後年行われた『八反錦1号』の精米歩合60%の醸造試験でも製成酒の各成分が似たようなものだったので・・・比較して良いんじゃない?(素人判断)

項目/品種名八反錦1号八反錦2号八反35号
日本酒度+4.5-8.0-2.0
アルコール%18.219.519.6
エキス分%5.17.696.62
酸度ml1.681.741.72
緩衝酸度1.131.471.11
アミノ酸度ml0.961.931.78
直糖%1.3283.4392.846


日本酒マニア的な人にはこれでどういうお酒か一目で分かるんでしょうか?(私には正直何が何やら)
・・・と言うわけにもいかないのでさらっと解説すると
(詳しいことはSAKE Streetさんの記事を読みませう。本筋ではないので細かくは解説しません。)

「日本酒度」は『八反錦1号』がプラスで、『八反錦2号』が大きくマイナス、『八反35号』がその中間といった感じですね。
これはプラスになるほど辛口、マイナスになるほど甘口と一般的には解釈されるそうです(必ずしも一概にそのような味に感じるとは限らないそうですがまずは一般論をば)。

「エキス分」は糖分や旨味といった成分量を表し、これが高いほど甘味が強いそうなので、『八反錦2号』が一番甘く、二番目は『八反35号』、三番目が『八反錦1号』ですね。

「酸度」については、この数値が高いほど辛く、少ないと甘く感じるそうで、1.6以上の値は「酸味を感じられるジューシーな部類」(表現完全パクリ)に入るそうです。
この値は3品種ほぼ変わりありませんね。

「アミノ酸度」は『八反錦1号』が最も少なく、『八反錦2号』が『八反35号』よりもさらに多い、といった感じでしょうか。
これも日本酒の味に関わり、一般的にはこの値が高いと濃厚芳醇、低いと淡麗すっきりな味と解釈されるそうです。(とは言えアミノ酸の種類によっては(略))


「緩衝酸度」?「直糖」?知りません(投げやり)

あくまでも一般論で、かつ3品種の比較で総評すると


『八反錦1号』は淡麗すっきり・辛口で酸味を感じるあまり甘くないお酒
『八反錦2号』は濃厚芳醇・かなり甘口で酸味を感じる甘いお酒
『八反35号』は濃厚芳醇・中庸で酸味を感じる甘いお酒


これはあくまでも育成時の醸造試験の成分表を一般論で読み替えた場合なので、実際の人間が感じる感覚とは違う可能性が大きいですし
そもそも各酒蔵の醸造方法によって完成形の日本酒の味は変化するでしょうから、これが直接市販品の味に繋がるものではありません。
ですが、『八反錦1号』と『八反錦2号』、そしてその親の『八反35号』と比較しても「同じような米」ではないことが分かるのではないでしょうか。

これを「八反錦」や「八反」などと雑にひとくくりにしていいものとは、私は思えません。
・・・まぁこの程度では「違う」と証明するにも反復数が圧倒的に足りていないとは正直思いますが、では逆に「同じもの」と客観的に証明できるような検証データ(客観的な)あるんでしょうか?


「そんな細かいこと言う必要ないだろう」と言う人もたまにいますが・・・

何度も何度も、繰り言になりますが
『短稈渡船』や『新山田穂1号』の時点で、「名前が同じ感じなんだから同じで良いじゃん」という、”感想文”を送ってくる方がたまーにいます・・・

私生活で存分に妄想されている分には一向にかまいません。
でもそんな無根拠俺様ルールで好き放題に解釈したものを、他人が金を支払って購入する商品に掲載しないでください、というのは当然の話ではないのでしょうか


『コシヒカリ新潟IL』は「コシヒカリ」の名称で売られていますが、これは新潟県が『コシヒカリ』といもち病耐性以外がほぼ同じ近縁品種になるよう意図して育成(戻し交配)され、食味試験などの客観的証明も行い、承認されているものです。

それに対して酒造業界における品種名変更は一体何を根拠に行われているのでしょうか?
『短稈渡船』に関しては、その根拠を答えられない蔵が大半で、答えたにしても根拠も示さずに「短稈渡船と言われているから」とか言ってくる蔵もありましたが、真に恐ろしいのは「根拠もないものが平然と表記され、しかもそれを指摘するような人も全くいなかった」というこの事実です。
蔵側がその気になれば半分詐欺みたいな商品がいくらでものさばる現状だと言うことです。


「幻の米復活」「昔重用された酒米を復刻」そんな歴史があったことが事実にしろ、それを謳って売られている商品の材料が何を使っているか分からない、謳い文句と同じ米かも分からない、チェックする機関も取り締まる法も無いというのが恐ろしく思えるのは私だけでしょうか?
その辺の田んぼから抜き取ったイネを「これが幻の酒米です」とか言って売られても、消費者側は何の疑問も持たずに受け入れて売られていくわけですよね。
・・・とは言いつつ、あまりにも細部まで規制で縛るのは余計な事務や負担を増やすことになりそうなので、結局目に余るものは指摘して自浄に期待するしかないんでしょう・・・(でもいまだに”山田錦の父親”やっている蔵があるのを見るとうーんと思ったり・・・)

ひとまず『八反錦1号』を「八反錦」と表記したところで実害なんてないですし
他多くの復刻系品種についても実際消費者に不利益に働くことはない(・・・多分。『短稈渡船』関係を除く)のでしょうが、そういうことが平気で出来てしまう土壌には問題があるんじゃないの?というお話でした(・・・そうだっけ?)


・・・・・・・・・
似た名前だから同じ品種ってわけじゃないぞってお話でした。






※いやでも消費者から「その米の品種違うのでは?信じて買ったのに」的なこと言われたら酒蔵はなんて答えるんでしょう?



参考文献

〇酒造好適米新品種「八反錦1号」の育成について:広島県立農業試験場
〇酒造好適米新品種「八反錦2号」の育成について:広島県立農業試験場
〇八反系品種の改良とその特性の変遷について:広島県立農業試験場
〇酒造好適米有望系統「広系酒42号」と「広系酒43号」の特性:広島県立総合技術研究所農業技術センター
〇酒造好適米「八反錦1号」の代替系統「広系酒42号」の醸造特性:広島県立総合技術研究所食品工業技術センター


2021年10月2日土曜日

【酒米】広酒3号~八反錦2号~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『広酒3号』
品種名
 『八反錦2号』
育成年
 『昭和59年(西暦1984年)』
交配組合せ
 『八反35号×アキツホ』
主要生産地
 『新潟県』
分類
 『酒米』






どんな娘?

日本三大酒どころの一角(なのかな?)、広島県で代々酒造好適米っ娘のまとめ役を務める“八反“の正当後継者『八反錦1号』の妹。
姉とうり二つで仕事ぶりも優秀なのは同じであるが、身長が少しだけ低い(実は胸も姉より少し小さかったり?)
一歩先を見据えて行動することが出来るのが強み。

姉の弱点を補う手早い仕事ぶりで補佐役をよく務めていたが、今では活動場所が新潟県に移ってしまった(でも実はこっそり広島県下にいるかも?)。
それでも姉妹品種らしく、八反錦1号とは以心伝心で意思の疎通に支障はない。


概要

広島県八反シリーズ、『八反錦2号』の擬人化です。

この品種名は“良質「広島八反」の流れをくみ、あでやかにグレードアップした珠玉の酒米というイメージ”を表し”県北の秋を豊穣の錦で飾りたい”という願いを込めた「八反錦」シリーズの2番目を表すものとして命名されました

直糖が多く、吟醸香と吟味を有し、味のバランスがとれた優良な本醸酒が出来ると育成時に評されました。

さて、酒米「広島八反」で古くから有名?な広島県。
稲の品種を判別できていない酒造業界では毎度恒例ではありますが、「広島八反」は在来の『八反草系品種群』、『八反10号』、『八反35号』等、様々な品種を一緒くたにした呼称であるようです。

その中でも昭和後期に奨励品種として広島県酒米の主力となっていた『八反35号』は、酒米として優秀であると評価されてはいたものの、栽培面では耐倒伏性が弱く、穂発芽も脱粒もしやすい為に収量面でも難があり、実需者側からはやや小粒で、吸水性も悪いとの声がありました。
良質、安定、多収である酒造好適米品種が望まれる中、『八反錦1号』が育成されましたが、その同じ交配系統の中から『八反錦1号』とほぼ同等の栽培特性・醸造特性を持ちつつ、成熟期が1週間早い特性を評価され、適地違いの品種として採用された姉妹品種がこの『八反錦2号』です。
熟期が『八反35号』に比べて2~3日遅くなった『八反錦1号』では適さない、標高400m前後の広島県東北部中山間部に普及することが想定されていました。

ただし、銘柄設定上、令和3年限時点で『八反錦1号』は広島県のみ、妹の『八反錦2号』は新潟県のみの栽培です。
『八反35号』の作付け適地を姉の『八反錦1号』と分担して担当するはずだった『八反錦2号』ですが、結果的に広島県内での検査数量は平成18年を最後に公式には無くなってしまったようです。
平地向けの『はえぬき』との二本立てとされながらも、結局自分の主産地の中山間地の作付けも(ほとんど)失った山形県の『どまんなか』と同じ運命を感じます。(個人談)
・・・まぁ実際のところ気温の上昇(温暖化)で中山間地でも『八反錦1号』が栽培できるようになったのか、醸造適性の面で少し劣るような評価が見受けられる『八反錦2号』を見限ったか、広島県から消えた理由は今現在見つけられていませんが・・・

・・・本当に消えたんですよね?これ
と言うのも、『八反錦2号』の最終検査年である平成18年にも約190tもの検査数量があるので、栽培面積を推測すると38haくらいにはなると思われ、栽培者が少なくなって消えた感じには見えないんですよ。
そして次年平成19年において、残った『八反錦1号』の検査数量が約140t急増しているんです。
これ、産地品種銘柄の設定上『八反錦2号』が消えただけで、『八反錦1号』と『八反錦2号』の2品種をまとめて「八反錦1号」の名前で検査するようになっただけじゃ?・・・と疑ってしまいますね。
『改良雄町』を“雄町”の名前で売ってる広島県なので余計怪しいところです。
酒蔵とかそもそも“八反錦”としか表記しますから、違いも何も分かっていないでしょうし・・・
酒造業界の闇は深い。
まぁきっと2号が減った分1号が増えたんでしょう(棒)
ちなみに平成5年(1993年)から検査数量が確認できている新潟県では、少なくとも令和現在でも頚城酒造がちゃんと『八反錦2号』を使用しているようです。

熟期の早さと耐倒伏性を買われてか、北海道初の本格的酒造好適米である『吟風』(単なる酒造好適米初は『初雫』)の3系交配父本になっています。

姉の『八反錦1号』は心白が大きく、腹白も多いため搗精時に胴割れが発生しやすく、高度精白が難しいとされ、大吟醸造りが難しいという評価があることからも、妹の『八反錦2号』も同様の問題を抱えているものと推測されます。

稈長は約72~76cmで『八反35号』より約15cm、『八反錦1号』より約10cm短く、穂長は両品種とほぼ同等です。
草型は『八反錦1号』と同じ中間型とされていますが、穂数は『八反35号』より多く、『八反錦1号』より少ないとされています。(1穂籾数は『八反錦1号』とほぼ同等)
玄米千粒重は『八反錦1号』と同等の約26gですが、育成時の試験では『八反錦1号』より0.5g程度重いようでした。
反収も510kg~570kg/10a程度は出るようですが、穂数が影響してか『八反錦1号』との比較ではやや劣るようです。
心白発現率は90%以上とされ、大きく鮮明な心白であり、腹白や胴割れの発生は極小との当初評価です。
アミロース含有量は20%強程度で、『八反錦1号』とほぼ同等です。
出穂期・成熟期は『八反35号』より4~5日早く、『八反錦1号』より1週間早い早生品種です。
いもち病耐性については葉いもち・穂いもち共に「やや弱」で、唯一親の『八反35号』よりも弱くなりました。
真性抵抗性遺伝子は保有していないものと推測されています。
脱粒性は「難」、穂発芽性は「やや難」と『八反35号』に比べて大幅に栽培しやすい品種になっています。
耐倒伏性は姉よりさらに強く「強」と評価されています。


育種経過


昭和48年(1973年)に広島県立農業試験場で『八反35号』を母本、『アキツホ』を父本として交配が行われました。(交配番号『73-2』)

◇『八反35号』
広島県において早熟でいもち病耐性に優れ(といっても「中」程度か)、米は醸造適性が優れるとされていた品種です。
反面、稈が約95cm程度と長く、やや柔らかいこともあって耐倒伏性が「弱」と劣り、穂発芽性・脱粒性がいずれも「易」で、収量性も反収450kg弱程度と高くありません。
千粒重も約25gと、酒造好適米とされる品種の中では小粒の部類に入ります。

◇『アキツホ』
農林水産省東海近畿農業試験場育成で、昭和47年5月に『水稲農林234号』に登録された、交配当時としては生まれたばかりの品種です。
収量が500~560kg/10a、玄米千粒中が約23gと中大粒・多収の品種です。
耐倒伏性「強」で中短稈中間型と倒れにくく、穂発芽性・脱粒性ともに「難」となっています。
ついでに葉いもち病耐性「やや強」、穂いもち病耐性「中」とそこそこ強い部類です。
当初の育種目標は『日本晴』並の良食味品種、という程度の立ち位置だったようですが、平成・令和現代では清酒製造の掛米用品種として用いられているようです。
奈良県では原料米を(多分)この『アキツホ』100%で作っている酒蔵もありますね。(“多分”というのは毎度酒蔵の品種名表示が信じられないからでして・・・)


この交配は母『八反35号』の醸造特性と熟期、そしていもち病耐性を保持しつつ、父『アキツホ』の多収性、大粒、耐倒伏性、穂発芽・脱粒性を導入することを目的に行われました。

同年F1世代の世代促進が温室で行われます。
そして翌昭和49年(1974年)、昭和50年(1975年)のF2~3世代は苗代集団として集団育種が行われました。
ここまでは広島県立農業試験場本場で行われました。

昭和51年(1976年)から試験場所が「三和」とだけ記載されていますが、ここがどこだかわかりません(誰か教えてください)。(広島県立農業試験場吉舎支場?)
とにもかくにも
昭和51年、F4世代からは本田選抜が始まり、この年は4,400個体の中から326個体が選抜されます。(『1』~『326』)
さらに昭和52年(1977年)、F5世代は前年の326個体を326系統とし、各系統50個体ずつ裁植。
この中から58系統を選抜します。
次年度の系統設定から58系統175個体(1系統に付きおおむね3個体ずつ)を選抜したと推測されます(本当のところはわからないです)。
後に『八反錦1号』となる『203』や、『八反錦2号』となる系統『245』からは、昭和53年の系統設定時に4系統が設定されているので、有望な個体を各系統からランダムかつ、有望度の高い系統ほど選抜数を増やしたのでは?とも推測されます。(本当のところはわかりません)

昭和53年(1978年)、F6世代で『広酒系245』の系統名がつきました。
前年の58系統を58系統群とし、合計175系統を設定、そして各系統に付き50個体を裁植し、この中から52系統が選抜されます。
『広系酒245』系統群では『広系酒245-1』 ~『広系酒245-4』の4系統が設定され『広系酒245-4』が選抜されています。
また、この年より広島県立農業試験場本場及び現地3カ所の合計4カ所で生産力検定試験を実施しています。
昭和54年(1979年)F7世代は、52系統群134系統(各系統50個体)を裁植し、46系統を選抜。
系統群『広系酒245』 は設定4系統の中から系統『2』を選抜しています。

昭和55年(1980年)F8世代は46系統群96系統(各系統25個体)を裁植し、17系統を選抜。
系統群『広系酒245』 は設定4系統の中から系統『2』を選抜しています。

さらに昭和56年(1981年)F9世代で、前年選抜された『広系酒245-4-2-2』に『広酒3号』の地方系統名が付されたものと思われます。
全体の選抜としては17系統群42系統(各系統25個体)を裁植し、10系統を選抜。
『広酒3号』 は設定4系統の中から系統『2』を選抜しました。
また、この年から試作圃が設定されています。
ここで生産された米を使用し、賀茂鶴酒造で大量醸造試験を実施し、醸造適性の検討を行っています。
この年(昭和56年)は60%精白米を使用し中吟醸、翌昭和57年は40%精白米を利用して大吟醸の醸造試験を実施し、優秀と評価されたものの『広酒2号(八反錦1号)』とは少し異なり、”『八反35号』と大差がない”と記されています。

育成最終年となる昭和57年(1982年)、F10世代は10系統群30系統(各系統25個体)が広島県立農業試験場本場で裁植され、設定4系統の中から系統『2』を選抜。
これが最終的に『八反錦2号』となった系統となります。
昭和58年(1983年)でF11世代(雑種第11代)になります。

『八反錦1号』と同様に、唯一いもち病耐性についてだけは葉いもち・穂いもち共に『八反35号』にも劣る結果とはなりましたが、当初の育種目標であった「『八反35号』の利点を残しつつ、『アキツホ』の各種特性を取り入れた品種の育成」についえはおおむね達成しつつ、熟期が遅くなった『八反錦1号』ではカバーしきれない栽培地への普及が見込める熟期の早さと耐倒伏性「強」を買われて選抜された『八反錦2号』。
昭和59年(1984年)から広島県の奨励品種に採用され、同年9月に種苗法に基づく品種登録が行われました。

新潟県での採用経緯は調べられていませんが、食糧庁(当時)の調査で平成5年には新潟県で作付けが確認できます。


系譜図

広酒3号『八反錦2号』 系譜図



参考文献

〇酒造好適米新品種「八反錦2号」の育成について:広島県立農業試験場
〇八反系品種の改良とその特性の変遷について:広島県立農業試験場
〇広島県の独自酒造好適米『八反系品種』のデンプン特性及びタンパク質特性の品種間差異:広島県立農業技術センター他

【酒米】広酒2号~八反錦1号~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『広酒2号』
品種名
 『八反錦1号』
育成年
 『昭和59年(西暦1984年)』
交配組合せ
 『八反35号×アキツホ』
主要生産地
 『広島県』
分類
 『酒米』

八反錦1号だよ。名前をちゃんと書いてもらえることは少ないかな?



どんな娘?

日本三大酒どころの一角(なのかな?)、広島県で代々酒造好適米っ娘のまとめ役を務める“八反“の正当後継者(昭和最終期~平成)。
就任当初の広島県下の酒造好適米っ娘は改良雄町に八反35号と先輩格ばかりであったが、それでも物怖じせずに役を勤め上げた肝っ玉の太さと大胆さを持つ。
ただ先代八反35号に比べてより優秀ながら、ある一面病弱になったので日々体調管理に気をつけているなど、繊細な一面も見せる。

平成に入り後輩も増えたが、最近はそんな後輩も生意気になり、昭和生まれをいじられているとか・・・
妹は県外に行ってしまったが(でも実はこっそり広島県下に?)、姉妹品種らしく以心伝心で意思の疎通に支障はない。


概要

広島県八反シリーズ、『八反錦1号』の擬人化です。

この品種名は“良質「広島八反」の流れをくみ、あでやかにグレードアップした珠玉の酒米というイメージ”を表しています。
そして、”県北の秋を豊穣の錦で飾りたい”という願いを込めて命名されました。

吟醸香高く、温雅な吟醸味を備えた優良酒が出来ると育成時に評されました。

さて、酒米「広島八反」で古くから有名?な広島県。
ただこの「広島八反」、稲の品種を判別しない(できていない)酒造業界では毎度恒例ではありますが、在来の『八反草』(と、おそらく純系淘汰育成後代複数種も含む)、『八反10号』、『八反35号』等、様々な品種を一緒くたにした呼称です。

その中でも昭和後期の時点で奨励品種となっていた『八反35号』について、酒米として優秀であると評価されてはいたものの、栽培面では耐倒伏性が弱く、穂発芽も脱粒もしやすい為に収量面でも難があり、実需者(酒造)側からはやや小粒で、吸水性も悪いとの声がありました。
良質、安定、多収である酒造好適米品種が望まれる中、育成されたのがこの『八反錦1号』です。
ただこの『八反錦1号』、稲の品種を判別できていない酒造業界では毎度恒例ですが(天丼)、姉妹品種の『八反錦2号』と一緒くたに「八反錦」と呼称されていることが多いです。
むしろこの「八反錦」すら前述の「広島八反」と一緒くたにされている感まであります。


銘柄設定上、令和3年限時点で『八反錦1号』は広島県のみ、妹の『八反錦2号』は新潟県のみの栽培です。
『八反錦1号』広島県酒米先代の『八反35号』の正当な改良品種と言え、熟期がほぼ同じであるため作付けに関しても『八反35号』と入れ替わるような形で普及したものと思われます。
この『八反錦1号』の熟期では適さない広島県内の地域(東北部中山間地等標高400m以上)については、妹の『八反錦2号』が適して・・・いるのですが結果的に広島県内での検査数量は平成18年を最後に公式には無くなってしまったようです。
山形県の『どまんなか』と同じ運命を感じます。(個人談)

・・・本当になくなったんですよね?これ
『八反錦2号』も『八反錦1号』と同じようなもんだろ、とかいういつもの酒造業界の俺様ルール発動しているわけではないんですよね?
と言うのも、『八反錦2号』の最終検査年H18にも約190tもの検査数量がある&次年H19に残った『八反錦1号』の検査数量が約140t増えているのが気になるんですよ・・・
いや単純に『八反錦2号』減った分だけ切り替えて『八反錦1号』を増やした、というだけなら良いんですけども・・・
『改良雄町』を“雄町”の名前で売ってる広島県なので余計怪しいところです。
酒蔵とかそもそも“八反錦”としか表記してませんしね。

育成当初は広島農試で「極大粒」と称されていますが、千粒重26g(育成時)は酒造好適米の中では小さ・・・くはないんですが「極大きい」とも言えない部類に入ります。(『八反35号』の25gから見れば充分大粒化したのですが)
また心白が大きく、腹白も多いため搗精時に胴割れが発生しやすく、高度精白が難しいとされます。(大吟醸造りが難しい)
心白形状の発生割合は報告によって変化が大きいですが、腹白状が3~5割、点・眼状が3割、線状が1割程度のようです。
さらなる大粒・高度精白可能な酒造好適米を狙って、広島県では『千本錦』や八反系の後継として『広系酒42号』などが育成されています。(でも結局『42号』は不採用?かも?)

稈長は約85~89cmで『八反35号』より約10cm短くなり、穂長はほぼ同等、穂数はやや多く、草型は中間型とされています。
育成時の試験における玄米千粒重は約26gで、玄米品質は「上の中」と判定されました。
反収も約580kg/10a程度は出るようです。
心白発現率は80%以上とされ、大きく鮮明な心白であり、腹白や胴割れの発生は極小との当初評価です。
後年の評価として「心白が大きすぎる」と評され、腹白状や眼状が多くなってきているのではないかと管理人は推測します。
アミロース含有量は20%強程度にはなるようです。
出穂期は『八反35号』と同等ですが、成熟期は2~3日遅れ「早生の晩」です。
いもち病耐性については葉いもち・穂いもち共に「やや弱」で、唯一親の『八反35号』よりも弱くなりました。
真性抵抗性遺伝子は保有していないものと推測されています。
耐倒伏性は「中」、脱粒性は「難」、穂発芽性は「やや難」と『八反35号』に比べて大幅に栽培しやすい品種になっています。

育種経過


昭和48年(1973年)に広島県立農業試験場で『八反35号』を母本、『アキツホ』を父本として交配が行われました。(交配番号『73-2』)

◇『八反35号』
広島県において早熟でいもち病耐性に優れ(といっても「中」程度か)、米は醸造適性が優れるとされていた品種です。
反面、稈が約95cm程度と長く、やや柔らかいこともあって耐倒伏性が「弱」と劣り、穂発芽性・脱粒性がいずれも「易」で、収量性も反収450kg弱程度と高くありません。
千粒重も約25gと、酒造好適米とされる品種の中では小粒の部類に入ります。

◇『アキツホ』
農林水産省東海近畿農業試験場育成で、昭和47年5月に『水稲農林234号』に登録された、交配当時としては生まれたばかりの品種です。
収量が500~560kg/10a、玄米千粒中が約23gと中大粒・多収の品種です。
耐倒伏性「強」で中短稈中間型と倒れにくく、穂発芽性・脱粒性ともに「難」となっています。
ついでに葉いもち病耐性「やや強」、穂いもち病耐性「中」とそこそこ強い部類です。
当初の育種目標は『日本晴』並の良食味品種、という程度の立ち位置だったようですが、平成・令和現代では清酒製造の掛米用品種として用いられているようです。
奈良県では原料米を(多分)この『アキツホ』100%で作っている酒蔵もありますね。(“多分”というのは毎度酒蔵の品種名表示が信じられないからでして・・・)


この交配は母『八反35号』の醸造特性と熟期、そしていもち病耐性を保持しつつ、父『アキツホ』の多収性、大粒、耐倒伏性、穂発芽・脱粒性を導入することを目的に行われました。

同年F1世代の世代促進が温室で行われます。
そして翌昭和49年(1974年)、昭和50年(1975年)のF2~3世代は苗代集団として集団育種が行われました。
ここまでは広島県立農業試験場本場で行われました。

昭和51年(1976年)から試験場所が「三和」とだけ記載されていますが、ここがどこだかわかりません(誰か教えてください)。(広島県立農業試験場吉舎支場?)
とにもかくにも
昭和51年、F4世代からは本田選抜が始まり、この年は4,400個体の中から326個体が選抜されます。
さらに昭和52年(1977年)、F5世代は前年の326個体を326系統とし、各系統50個体ずつ裁植。
この中から58系統を選抜します。
次年度の系統設定から58系統175個体(1系統に付きおおむね3個体ずつ)を選抜したと推測されます(本当のところはわからないです)。
後に『八反錦1号』となる系統『203』からは、昭和53年に4系統が設定されているので有望な個体を各系統からランダムかつ、有望度の高い系統ほど選抜数を増やしたのでは?とも推測されます。(本当のところはわかりません)

昭和53年(1978年)、F6世代で『広酒系203』の系統名がつきました。
前年の58系統を58系統群とし、合計175系統を設定、そして各系統に付き50個体を裁植し、この中から52系統が選抜されます。
『広系酒203』系統群では『広系酒203-1』 ~『広系酒203-4』の4系統が設定され『広系酒203-4』が選抜されています。
また、この年より広島県立農業試験場本場及び現地3カ所で生産力検定試験を実施しています。
昭和54年(1979年)F7世代は、52系統群134系統(各系統50個体)を裁植し、46系統を選抜。
系統群『広系酒203』 は設定5系統の中から系統『1』を選抜しています。

昭和55年(1980年)F8世代は46系統群96系統(各系統25個体)を裁植し、17系統を選抜。
系統群『広系酒203』 は設定5系統の中から系統『1』を選抜しています。

さらに昭和56年(1981年)F9世代で、前年選抜された『広系酒203-4-1-1』に『広酒2号』の地方系統名が付されたものと思われます。
全体の選抜としては17系統群42系統(各系統25個体)を裁植し、10系統を選抜。
『広酒2号』 は設定5系統の中から系統『2』を選抜しました。
また、この年から試作圃が設定されています。
ここで生産された米を使用し、賀茂鶴酒造で大量醸造試験を実施し、醸造適性の検討を行っています。
この年(昭和56年)は60%精白米を使用し中吟醸、翌昭和57年は40%精白米を利用して大吟醸の醸造試験を実施し、吸水は良好で、精白作業性は『八反35号』と同様に容易と評価されています。
麹製造時は直糖分が多く、被糖化性も良好でアミノ酸度が低く、酒母育成時はボーメ及び直糖の減少、アルコールの生成は極めて順調で、酸度、アミノ酸度の増加傾向も吟醸酒母として優良として、いずれも『八反35号』より優るとされています。

育成最終年となる昭和57年(1982年)、F10世代は10系統群30系統(各系統25個体)が広島県立農業試験場本場で裁植され、設定5系統の中から系統『4』を選抜。
これが最終的に『八反錦1号』となった系統となります。
昭和58年(1983年)でF11世代(雑種第11代)になります。
なお、同年度『広酒3号』系統群設定4系統から選抜された系統『2』が妹の『八反錦2号』です。

唯一いもち病耐性についてだけは葉いもち・穂いもち共に『八反35号』にも劣る結果とはなりましたが、当初の育種目標であった「『八反35号』の利点を残しつつ、『アキツホ』の各種特性を取り入れた品種の育成」についえはおおむね達成したと言えるのではないでしょうか。
昭和59年(1984年)から広島県の奨励品種に採用され、同年9月に種苗法に基づく品種登録が行われました。



蛇足

『八反錦1号』の育種論文では

酒造好適米品種(心白米を指す。以下酒米と略称)

と記載されてます。
「酒造好適米=心白米」は平成に入ってからは半分死語(という死語)※になってますが、心白至上主義であるこの時代はいまだこういう認識であったという証左になるでしょうか。

※1990年代に入ってから『吟の精』や『蔵の華』等、見た目の心白発現が少ないながら醸造適性の高い品種が育成され、農産物検査でも醸造用玄米の評価が見直されるようになりました。
「公式の心白至上主義の終焉」と管理人は勝手に思っております。


系譜図

広酒2号『八反錦1号』 系譜図



参考文献

〇酒造好適米新品種「八反錦1号」の育成について:広島県立農業試験場
〇八反系品種の改良とその特性の変遷について:広島県立農業試験場
〇酒造好適米有望系統「広系酒42号」と「広系酒43号」の特性:広島県立総合技術研究所農業技術センター
〇広島県の独自酒造好適米『八反系品種』のデンプン特性及びタンパク質特性の品種間差異:広島県立農業技術センター他
〇高温登熟障害に強い多収穫酒造好適米の開発:広島県立総合技術研究所
〇広島県産米の精米特性:広島大学

2021年9月21日火曜日

酒造好適米と酒米の違いは?その歴史を辿る~酒造好適米とは?1~




はてさて「酒米の王」とは?

「酒造好適米」もしくは「酒米」といえば「日本酒の原料になっているお米だな」くらいのイメージは持てるでしょうし、日本酒が好きな方ならもっと具体的な特徴を挙げられる人も多いのではないでしょうか。(ネットで検索すればとりあえずすぐ出てきますし)

ソレを今更「酒造好適米とは何か?」「酒米とは何か?」と、わかりきっている+手垢が付きまくったような話題をなぜ?と思われるかもしれませんが・・・
世間一般でさも当然のように言われている「酒造好適米」「酒米」の定義って結構間違っているというか、混同されているものが多いな、という話です。


・・・いや待て待て、と思う方もいるかもしれません。
日本酒専門サイトなども様々出来ている昨今です。
「酒米」って「酒造好適米」のことでしょ?
とか
もっと具体的に「大粒で~」「心白があって~」「溶けやすくて~」等々ちゃんと定義されているじゃないか
と思うのは当然のことと思いますが・・・
では

「酒米の王」と名高い『山田錦』
では彼女は「酒造好適米の王」なのでしょうか?
それとも「酒造原料米の王」なのでしょうか?
あなたは答えられますか?

これ、多分人によって、見ているサイトによって答えが変わるものかと思います。
ということで、「酒米」「酒造好適米」、改めてどういうものか見直してみたいと思います。


目次





いやだっていろんな説明が既にありますよね?の例

酒造好適米の解説なんていくらでもあるじゃないか・・・
ということで、グーグル検索でササッと「酒造好適米とは?」と検索すると以下のように様々な説明が出てきます。

Apron 全国農業協同組合連合会運営サイト
食べて美味しい米があるように、日本酒を醸すための特別な米があります。
その中でもとりわけ醸造適性の高いものを「酒造好適米」と呼びます。
(中略)
酒造好適米と食用の米の大きな違いは、粒の大きさと米の中心の「心白」の大きさです。

SAKETIMES 日本酒をもっと知りたくなるWEBメディア
日本酒を造るときに使う酒造りに適した米のことを「酒造好適米」、一般には「酒米」と呼びます。
(中略)
農林水産省の農産物規格規定では、酒造りに適した米のことを食用米と区別して「醸造用玄米」と分類しています。
「醸造用玄米」、つまり「酒造好適米」(以下略)

SAKEStreet 日本酒に関する高品質な情報コンテンツサイト
日本酒はお米と水から造られています。
その日本酒の原料となるお米は、私たちが普段口にするような食用米を用いるケースもありますが、上質なお酒を造りたい場合は「酒米(さかまい)」または「酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)」と呼ばれる日本酒を造るのに特化したお米を使うことが理想とされています。

AGRI JOURNAL 農業Webメディア
心白が入って穀粒が大きいなど、日本酒の原料として向いている米の品種は、酒造好適米と呼ばれる。厳密にいうと、農産物規格規程(農産物検査法)に基づいて農水省が醸造用玄米に分類した品種を指し、一般米とは区別される、 山田錦や雄町のように戦前来の古い品種もあれば、きたしずくのような新しい品種もある。

※酒みづき 沢の鶴株式会社運営サイト
日本酒造りを目的に作られたお米のことを、「酒造好適米」と呼びます。「酒米」は酒造りに使われるお米のことですので、一般米が含まれます。

KUBOTAYA 朝日酒造運営サイト
酒米は、日本酒をおいしく造るために品種改良を重ねられた特別な米です。
(中略)
日本酒を造るときに使われる白米を、総じて「酒米(さかまい)」と言います。その中でも特に日本酒造りに適したものを、「酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)」と言います。この酒造好適米を指して「酒米」と呼ばれることもあります。ここでは、酒米=酒造好適米として、ご紹介していきます。

SENJO 株式会社仙醸運営サイト
日本酒に適している「酒米」には明確な条件があります。
・「タンパク質、脂質が少ないこと」
・「大粒であること」
・「適切な形状の心白があること」
この3つの条件を満たすものが、日本酒造りに適した米、「酒造好適米」として現在100種類以上が登録されています。

日本酒づくりに適した性質を持つ酒造用品種の米。

Wikipedia 2021年8月8日時点
酒米(さかまい)は、日本酒を醸造する原料、主に麹米(こうじまい)として使われる米である。 日本では玄米及び精米品質表示基準において「うるち米」と定義されているが、正式には酒造好適米もしくは醸造用玄米と呼ばれ、特有の品質が求められる。このため、通常の食用米や一般米として利用されるうるち米とは区別される。
(中略)
1951年以降は正式には酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)といい、公的な統計で使われる農産物規格規程(農産物検査法)の醸造用玄米(じょうぞうようげんまい)に分類される品種を指し、一般米と区別されるようになった。心白米(しんぱくまい)と呼ばれることもある。


以上のようにと、多種多様な定義がされているものです。
一見するとどれも矛盾していないように見えるかもしれませんが・・・実例を挙げてみると、齟齬が生じるところもあったりします。


・「酒米=酒造好適米」?
という説明が多いですね
・「日本酒を醸すための特別な米で、その中でもとりわけ醸造適性の高いもの」=日本酒の原料となる特別な米のさらにごく一部が酒造好適米?
でも
・「日本酒を造るときに使う酒造りに適した米」=あれ?適している米は全部酒造好適米?
でも
・「日本酒造りを目的に作られたお米のこと。”酒米”は一般米が含まれる。」=ん?酒米と酒造好適米って違うの?

・「心白が入って穀粒が大きいなど、日本酒の原料として向いている米」
・「心白・大粒・低タンパク・低脂質の条件を満たすもの」


その諸々への解釈はまず隅に置いておいて
まず今回は「酒米」「酒造好適米」という言葉がいつからどのように使われているのか、用例を追ってみました。


まず基本事項を確認

大前提ですが基本的な事実を確認しておきましょう。
ここの認識がずれていると以降の話がちぐはぐになってしまいます。

日本酒(清酒)は「米」「水」「麹」(と酵母と乳酸菌と(アルコール)等々)で造られます。

主要な原料となる「米」。
単に「原料米」だったり「酒造米」、「酒造原料米」と呼び方は様々ですが、ここでは以降便宜上「酒造原料米」で統一します。
「麹米」「掛米」といった細かい使い分けも含め総じてすべてこの「酒造原料米」に含まれます。

酒造原料米には農産物検査法(農産物規格規程)における「醸造用玄米」はもちろん、「水稲うるち玄米」等(水稲もち玄米や銘柄未登録米)も使用されています。
「醸造用玄米」は価格が高い傾向があるので、日本酒の味にあまり影響を与えないとされ、かつ大量に使用する必要のある掛米に比較的安価な「水稲うるち玄米」を使うことが多いとされます。

参考までに
平成30年度、酒造原料米として使用された玄米総量は22万7,025t(国税庁発表)。
同30年度、醸造用玄米の検査数量は9万5,856t(農林水産省発表)でした。
差し引き約13万t(酒造原料米全体の約58%)は水稲うるち玄米が使用された、ということになるでしょうか。(実際はこの”差し引き”に銘柄未登録米・水稲もち玄米も多少含まれているものと思われますが)

”日本酒(清酒)製造に使われているのは「醸造用玄米」だけではない”
この基本的事実を確認しておきましょう。

最初に結論 「酒造好適米」とは?

さて、改めて
まず最初に結論から

「酒造好適米」とは?
広義、そして“本来の意味”では、「清酒製造に適している性質を持つ米」のことです。
これだけです。

そして狭義では、農産物検査法上「醸造用玄米」とされているものの別称です。
令和3年現在における農産物検査法施行規則(昭和26年農林省令第32号)の第一条において、農産物の種類として「醸造用玄米」が分類されています。
そして農林水産省が発表する「酒造好適米の生産量」等は、「産地品種銘柄における醸造用玄米の検査数量」になっています。
そのため農林水産省関係の資料に限って言えば、「酒造好適米」は「酒造に適した米」を定義して集計しているわけではなく「酒造原料(酒造に使われている)米」のことでもないので、注意が必要になります。

なお、酒造原料米の総使用量については前述したように国税庁が調査・とりまとめを行っています。

稲品種育成の場(農業試験場)において「酒造好適米」は、清酒製造時の酒造原料米としても特に「麹米」としての適性をもつ米(稲品種)の意味として扱われており、「掛米」としての品種適性を持つ・持たせることを目標にした品種については別途に取り扱われ区分されてい(る傾向があり)ます。

前者「酒造好適米」と後者「酒造原料米」は明確に意味の異なるものですが、両者ともに略称として「酒米」という表現を使用するからか、世間一般(ネット全般)では混同されて区別なく使われているきらいがあります。

後ほど経過を追っていきますが、歴史的に見れば「酒造原料米」つまり日本酒製造時の原料とする米のことを指して「酒米」としているのが最初のように思われます。
ウィキペディア始め、「1951年以降、酒米の正式名称が酒造好適米になった」とするところも少なくはないですが、正直これは根拠が不明なのでなんとも言えません。(が、何かの勘違いではないかとは思いますが・・・)
「酒米」は「酒造原料米」の略称として使用するのが正しい・・・と断言まではしませんが、あくまでも本来・当初はそのような使い方をされていたようです。

イメージ図は以下の通りです。
※比率はあくまでもイメージで実際の使用量とは(絶対に)異なります


その根拠は?ということで
文献における使用用語・用例の変遷を追ってみましょう。
※以降見つけ次第随時追加する予定です。


明治時代(とそれ以前) ”酒造米”

日本酒の歴史、まで言及しようとするとどうやら複雑怪奇・諸説有りでとても専門外の私が言及出来るものではないのですが、近代日本以前の江戸時代、室町時代などよりもさらに前から日本人は(醸造技術に差異あれど)米で酒を醸してきました。

江戸時代にはすでに「酒造米高」(酒造に使う米の量)というものが存在していたそうですし、各文献にも「酒造米」という用語は頻繁に登場しています。
これは「酒造原料米」に相当するものでしょう。
では近代の明治以降になるとどうなのでしょう?


醸造協会雑誌、国立醸造所、各農業試験場等々で使われている用例(で管理人が見つけられたもの)を見ていきましょう。


◇明治22年「日本酒実業改良問答」
明治22年(1889年)の「日本酒実業改良問答」ではやはり「酒造米」の用語が使用されています。
文中では”酒造米として何が良い米か?”について書いてあり、当然と言えば当然ですが、文字通り「酒造に使う米」の意味で使用されています。

◇明治43年「酒造米の選定について」
明治43年(1910年)に行われた第二回栃木県清酒品評会褒賞授与式における講話「酒造米の選定について」では、こちらもタイトル通り「酒造米」の用語が使用されています。
また表現は様々で「原料米」「醸造米」と表記揺れはあるようですが、どれも概ね「酒造に使う米=酒造原料米」と解釈してよいでしょう。

他、明確な単語ではないですが、明治期の書物では「酒造に用いる米」について様々記述があります。
そして
・酒造原料米として良い米は?
・最適の酒造原料米として利用されている米は?
といったぼんやりとした概念については既にあったようですが、それを示す明確な単語はまだ見られません。

繰り返しになりますが
確認できた限り、明治期には酒造原料米の意味として「酒造米」の用語が多数使用されています。
「酒米」、「酒造好適米」は未発見です。


大正時代 ”酒造に適した米”という明確な定義の先駆け

大正時代に入って国立(大蔵省管轄)醸造試験所が出来ると、「酒造に適した米とはどのような米か?」が具体的に研究され始めます。
遅くとも明治時代には銘々の酒蔵で「酒造りに良い米」を把握し、原料を選択・使用していたことは確かで、酒造業界一般でも「備前米が良い」「品種『渡船』が酒造りに良い米」程度の認識はあったようですが

ではなぜその米が酒造に向いているのか?

それがわかっていない状態です。


それを化学的・物理的に解析しようという研究が国立醸造試験場で初めて行われました。
大正7~13年(1918~1924年)の間に行われた「酒造米ノ理化学的調査」です。

◇大正7~13年「酒造米ノ理化学的調査」
醸造試験所報告の第74号から第93号にかけて4回に分けて報告されていますが、タイトルにもある「酒造米」と共に、この研究内では「酒造用適品」(「酒造用適当」)、「酒造用不適当」という用語が使用されています。


このように清酒を醸造する側では、単なる慣例・経験則に過ぎなかった「酒造に適した米」を化学的・物理的に定義しようという動きがこの頃から生まれたようです。

◇大正7年「清酒ノ本性及仕込法則」
◇大正9年「酒造要訣5」
税務監督局職員各々が記述した大正7年(1918年)「清酒ノ本性及仕込法則」、及び大正9年(1924年)「酒造要訣5」では「酒造米」「酒米」の用語が多数使用されています。
「清酒ノ本性及仕込法則」ではここまで述べてきた「酒造に適した米」についても言及がありますが、「酒米として(中略)如何なるものが宜しいか」「酒米として不適当」といった表記がされています。
「酒造(原料)米」の略語として「酒米」が使用されていますね。


◇大正9年「酒造米に関する研究」
東北農業薬剤研究所の及川氏の著書ではタイトルの「酒造米」の用語が文中でも多く使われていますが、「陸稲を酒米として使用すれば~」「酒米」が使用されています。
文脈から判断しても「酒造(原料)米」の略語として「酒米」が使用されています。


酒造・醸造側ではこのように表記されていますが、稲(米)の品種を育成する農事試験場側ではどのように呼称されていたのか?といえば・・・

◇大正15年「道府縣ニ於ケル米麥品種改良事業成績概要」
大正15年(1926年)の「道府縣ニ於ケル米麥品種改良事業成績概要」は、各県で原種(奨励品種)指定している品種について各地の農事試験場が記述したものを国がとりまとめたものですが、この中では「酒米」「酛米」「醸造米」といった用語が各県で使用されています。
「酒米二適ス」「醸造米ニ適ス」「酒米用トセラル」「酒米向ノ良種」「酒造米ニ適ス」「酒米用トシテ賞用サル」「酛米トシテ用ヒラル」といった表現で、いずれも酒造原料米の意味と解釈するのが自然でしょう。



以上
「酒造に適した米」を明確・客観的に定義しようという動きが見られ始めたのがこの時代ですが、それを表現する「酒造好適米」という単語は見受けられません。
ただ、それに相当すると思われる「酒造用適品」という表現は見られました。

大正時代には(おそらくこれより以前から使われていたとは思いますが)「酒米」という略称の使用が多数見られるようになりました。
ただ当然ですが、この「酒米」という単語に「酒造に適した」などという意味が含まれているとは思えません。
ここまで紹介した用例に、仮に「酒米=酒造に適した米」として文章に置き換えると「酒造に適した米として適当」などという謎の文章が出来てしまうことが分かるかと思います。
「酒米」は「酒造(原料)米」の略称として使用されている、と見るのが妥当でしょう。


昭和時代(1951年以前) 酒造好適米の登場

さて、W〇kipediaや一部では「昭和26年(1951年)から酒米を正式に酒造好適米と呼ぶようになった」とされています。
ひとまず大正時代ではいまだ「酒造好適米」という用語はありませんでしたが・・・
では昭和元年~25年(1926年~1950年)の間は実際どうだったのでしょうか?

◇昭和9年~11年「全国酒造原料米基本調査」
これは国税庁の醸造試験所が全国から酒造原料米の代表的なものを集め、醸造試験等科学的分析を行ったもので、ここではタイトル通り「酒造原料米」の用語が使用されています。
報告書内では「酒造米として良好」「酒造米として良質」と表現され、ここでは酒造原料米の略語として「酒造米」が使用されているように見受けられます。
そして極一部ですが「酒造好適なる事」という表現がありました。
そして当然「酒造米として不適」等、マイナス評価も見られます。

と、このように評価が分かれていることと、冒頭に「原料米の収集に関しては(中略)必ずしも代表優良米の謂に非らざるなり。」と書かれていることから、全国の代表的酒造原料米全てが必ずしも「酒造に適した米」ではないと言うことが読み取れるかと思います。(酒造原料米≠酒造好適米)

酒造に適した・適してないということを客観的に捉えようという動きは活発になってきていますが、この醸造試験所の報告書内に「酒造好適米」という単語はありませんでした。
では、「酒造好適米」という単語はこの時期(1951年以前)にはまだなかったの?というと・・・
そんなことはないです。
結構たくさん使われてました。

◇昭和4年「酒造業の合理化に就て(三)」
東京税務監督局鑑定部長の鹿又親氏の書いた「酒造業の合理化に就て(三)」の中で「酒造好適米」という単語が出てきています。

”(前略)小工場を合同して原料米の仕入れをすれば酒造好適米を割安に仕入れ得ることは私から申す迄もありません”

◇昭和12年「酒造一般心得帖(4)」
時代はまた少し進んで昭和12年(1937年)、日本醸造協会雑誌に掲載された田中終太郎氏の「酒造一般心得帖(4)」においては、酒造原料米の中でもより質の良いものについて「酒造好適米」という単語を使っています。

”殊に原料米が酒造好適米と言はれないやうな場合或は気温が酒造には温暖に過るといふやうな時期には、安全醸造の意味合から見ても麹米と酒母味米とには相当高精白のものを使用することが必要である。”

この文章からも「酒造好適米ではない原料米」がある、つまり酒造原料米の中でも優秀なものを「酒造好適米」と呼称していることがうかがえますね。
蛇足ですが、「酒造一般心得帖(3)」では「酒造好適米」の産地として、平成・令和でも有名な岡山県(備前)の赤磐郡(の『雄町種』)が例に挙げられています。

◇昭和12年「清酒醸造法(8)」
日本醸造協会雑誌の32巻におけるこの第二節で「酒造用好適米の性質」について解説があり、文中では「酒造好適米」と記述されています。

◇昭和14年「清酒吟醸の妙機(二)」
醸造試験所技師の杉山晋朔氏の書いた「清酒吟醸の妙機(二)」では「酒造好適米の定義」と項目が設けられています。
ただここでは「限られた品種、しかも限られた産地のものだけが酒造好適米である」とされ、意味がより限定されているのが印象的です。
現代で「酒造好適米」と言えば品種のことを指すのとはまた言葉の使い方に少し違った感覚があるように思えます・・・が、『雄町』や『亀の尾』関連で紹介していますが、この時代の”品種と呼ばれているもの”はせいぜい「同じ名前で呼ばれている雑種の集合体」でしかないようなものなので、もしかしたら単純に”品種が違う”だけなのかもしれません。
また対義語として「酒造不適当米」という用語がここでは使われています。

◇昭和14年「吸水速度に依る酒造米鑑定法」
日本醸造協会雑誌第34巻のこの項では「酒造好適米」の用語が多数使用されています。
昭和10年代になると使用頻度が上がっているように感じます。

◇昭和17年「原料米と酒造」
「製麹、酒母製造には軟質な酒造好適米を使用するのが定石である」と記述されています。
文中では他「酒造米」の用語が多数使用されています。


・・とこのように
昭和26年(1951年)以前、昭和初期からすでに「酒造好適米」という用語は各所で使われています。
ですがこれが「酒米」の正式名称でないことは明らかです。

繰り言ですが
遅くとも大正時代までには「酒造(原料)米」の略称として「酒米」は使用されています。
そして「酒米」や「酒造米」という単語に「酒造に適している」という意味は明らかに含まれていません。


と、この時点で
・遅くとも昭和4年(1929年)には「酒造好適米」は使われている
・そして「酒造米」や「酒米」の用語が使われているのはそれより前
ということが分かったので、これ以降追う必要性がなくなってしまいましたが・・・

この章の冒頭で述べたとおり、一部で「酒米を正式に酒造好適米と呼ぶようになった」といわれている1951年(昭和26年)に何があったのか、最後に見てみましょう。


昭和時代(1951年) 農産物検査法の制定

さて
昭和26年(1951年)に何があったかというと、農産物検査法の制定です。
そして農産物検査法制定に伴い、農産物検査法施行規則及び農産物規格規程により「醸造用玄米」が設定された年です。

ごくごく簡略に書きますが
1942年(昭和17年)に食糧管理法が制定され、生産された米については全量(自家消費分除いて)政府が買い入れを行っており、これは1994年(平成6年)まで続いています。
その買入制度に続いて戦後制定されたのが農産物検査法です。
「農産物規格・検査は、全国統一的な規格に基づく等級格付けにより、主に玄米を精米にする際の歩留まりの目安を示し、現物を確認することなく、大量・広域に流通させることを可能とする仕組み(農水省)」とされているように、この1951年以降全国統一された規格で米に対する等級付けをし、その等級に応じた価格設定が出来るようになりました。
改定は挟んでいますが、農産物規格規程は令和現在まで継続されています。

昭和26年(1951年)5月19日制定、農産物検査法施行規則(以下、施行規則)において農産物の種類「玄米」では水稲うるち玄米、水稲もち玄米、陸稲うるち玄米、陸稲もち玄米、醸造用玄米、くず玄米の6事項が設けられました。

昭和26年(1951年)8月4日改正、農産物規格規程(以下、規程)において1等~5等+等外、規格外の7種の規格が設けられていた一般飯米用の水稲うるち玄米と異なり、醸造用玄米は1等~3等の上位3種のみで、また「異種穀粒や異品種粒が混入してはならない」と定められているのが大きく違うところです。
なお1~3等の格付けに関わる項目(1升重量、整粒歩合、水分率等)は水稲うるち玄米の1~3等と同じですが、異種穀・異品種粒の混入が認められていないのは前述したとおりです。
そして「醸造用として供しないものについては、水稲うるち玄米の規格を適用する」とも定められており、清酒製造に用いられる玄米にのみ適用されることが分かるかと思います。

と、このように昭和26年(1951年)に設定されたこの「醸造用玄米」という農産物規格。
醸造用玄米には買取の際に加算金が設定されていたので、農家にとってみれば一般飯米用の水稲うるち玄米よりも高く売ることが出来るようになりました。
ただ、実際「清酒製造用の米」を区分しての買い入れ自体は前年の昭和25年産米から行われていたようです。
食糧庁がとりまとめた「食糧管理統計年報」の昭和26年報告において「酒造好適米買い入れ量(昭和25~26年産)」として記録されています。
しかしながら、この食糧庁の「食糧管理統計年報」もかなり表記揺れがあり・・・

昭和26年~昭和27年の間・・・「酒造好適米」(酒造好適米政府買入売却実績)
昭和28年~昭和29年の間・・・「酒造米」(酒造米買入売却実績)
昭和30年~昭和49年の間・・・「酒造米」と「酒造好適米」併用
            (酒造米買入売却実績)(酒造好適米の年産別種類別売却実績、等)
昭和50年~       ・・・「酒類用うるち米」(酒類用うるち米の売渡価格)

と、明確に定義されていない様子が窺えます。
少なくとも(私が探した範疇では)法令の中に「酒造好適米」という単語はなかったので当然と言えば当然かもしれません。
兎も角、施行規則や規程の「醸造用玄米」について、この初期の段階では買い入れをした国側で「酒造好適米」「酒造米」と呼称しているようです。
・・・なぜ素直に「醸造用玄米」としなかったかは謎ですが、この流れをくんで平成・令和の農林水産省でも醸造用玄米の検査数量について「酒造好適米」と呼称しているのではないかと推測されます。

ただ、冒頭でも述べましたがこの農林水産省がいうところの「酒造好適米」はあくまでも農産物検査法における「醸造用玄米」の検査数量に過ぎません。
同じことじゃないか、と思ったそこのあなた。
醸造用玄米に設定されていなければ酒造好適米ではない・・・なんてことはないですよね?


と、始まりに話を戻して
Wikipedia等々の根拠が不明なので断言は出来ませんが

・1951年に「醸造用玄米」が定められたこと
・平成・令和の農林水産省が「醸造用玄米」のことを「酒造好適米」としていること
・酒造業界や農業試験場で「酒造好適米」の略称として「酒米」を使っていること

とこのあたりの知識をミックス&拡大解釈して「1951年以降、酒米を正式に酒造好適米と呼ぶようになった」という勘違いが生まれたのではないかと思うのですが・・・どうでしょう?
まぁそもそも誰にとっての「正式」なのかすら分かりませんが、法令には定められておらず、扱っている食糧庁(当時)でも統一されておらず、これは間違いの可能性が高いと思います。

「酒造好適米」の略称としていつからか「酒米」を使うようになった・・・と逆の現象だと思うのですが何か情報をお持ちの方はいませんでしょうか?


蛇足 「醸造用玄米は国が指定する」けど国は指定しない

当初の規程では「醸造用玄米の規格は、農林大臣が別に定める品種に限り適用する」と定められています。
これは政府の買入価格中に醸造用玄米の品種別・産地別価格を定めることをもって「農林大臣が定めた」という解釈を取っていたそうです。

ただこの「定め」についてもあくまでも酒造業者からの聞き取りにより、希望があった品種について指定していったものでした。(最終的に農林省(当時)が決めたことは間違いないですが)
この点はやはり「酒造好適米」と同様で、実際使っている・良いと思っている品種はあるのでしょうが、客観的・科学的定義が出来ていないので、結局実需者が使っているものを指定するしかなかったようです。
ですので当然「心白がある必要がある」「大粒でないといけない」「タンパク質や脂質が少ない品種である」なんて条件は一切ありません。
なのでこの初期段階においては特に「酒造に適した米を指定している」というよりは「酒造に使用する米を指定している」と言う方が正確かもしれません。

無論、戦後の育種事業によって、科学的・客観的評価で農業試験場・地方醸造機関が「酒造好適米」と認めた品種が続々と「醸造用玄米」に指定されているのですから、平成・令和現代の実態として「酒造に適した米を指定している」とは思いますが、今も昔も本質としてはやはり「酒造に使用する米を指定している」ということになるのではないでしょうか。
本来「醸造用玄米」ですから当たり前かもしれませんが、農水省が「酒造好適米」なんて用語を統計で使うので大分紛らわしい事になっている印象です。

ただし”農産物検査法の「醸造用玄米」を「酒造好適米」という”
誤りと言って良いでしょう。
順番が逆です、
酒造好適米と呼ばれる米が先にあって、それを区別するために作られた制度なのですから
”「酒造好適米」を農産物検査法上「醸造用玄米」と呼んでいる”ですね。


まとめ


ということで繰り言ですが
歴史的には本来

酒造(原料)米=酒米=お酒の原料となる米すべて

酒造好適米=清酒製造(麹造り)に適する米=お酒の原料となる米の一部


ということになるかと思います。
こうなるとやはり国税庁の説明が一番シンプルなようで一番正しいのかもしれません。


国税庁 酒造好適米とは?
清酒醸造に適する品種の米をいいます。一般的に清酒用原料米としては、比較的大粒で中心部に心白を持っている軟質米が良いとされています。


ただ、そもそも言葉は変化するものですし
やはり実際問題”「酒造好適米」の略称として「酒米」を使用していること”も事実として多々あります(というかこのブログでも既に・・・)ので、”現代では「酒米」は2つの言葉の略語”となるのでしょう。
が、当然

酒造原料米≠酒造好適米
(酒米≠酒米)

なので
「酒造好適米」・「酒造原料米」とちゃんと書き分ければ問題なし!

まぁ・・・「酒米」と書いてある単語をどう解釈するかは人によって違うので気を付けましょうという話でした(そういう話だっけ?)

~『つや姫』は酒米ではない~という文章を見て

・酒米=酒造好適米=醸造用玄米だと思っている人
「うん、『つや姫』は醸造用玄米じゃないからそのとおりでしょ」

・酒米=酒造好適米≠酒造原料米だと思ってる人
「いや、『つや姫』が酒造好適米かどうかは試験してみなければわからないでしょ」

・酒米=酒造原料米≠酒造好適米だと思ってる人
「いや、『つや姫』だって酒造原料米として使われているよ」
どう答えるかはその人の解釈で違いますね(大事なことなので二回(略))

でも~酒米の王『山田錦』~
「酒造好適米の王」でもあるし「酒造原料米の王」でもあるし
・・・どちらでも通じますのでやはり発言者の意図次第でしょうか
いやワンチャン『日本晴』とかの方が酒造原料米としての使用量が多いこともあり得るかもしれませんが

続く(多分)
「清酒製造に適した米(酒造好適米)」の歴史
酒造好適米の条件とは?心白?大粒?低タンパクって本当?
掛米用品種とは?

参考文献

〇江戸時代の酒造りにおける酒造米高の調査等と税:国税庁HP
〇日本酒実業改良問答:徳野嘉七
〇酒造米の選定について:鹿又親
〇醸造試験所報告第74、79、88、98、121、123、125号:醸造試験所
〇清酒ノ本性及仕込法則:大阪税務監督局 小原省三郎
〇酒造要訣5:税務局 花岡正庸
〇酒造米に関する研究:東北農業薬剤研究所 及川四郎
〇酒造業の合理化に就て(三):東京税務局監督局 鹿又親
〇酒造一般心得帖(4):田中終太郎
〇清酒醸造法(8):山田正一
〇清酒吟醸の妙機(二):国税庁醸造試験所 杉山晋朔
〇醸造用玄米について:加藤好雄 日本醸造協会雑誌56巻
〇酒造好適米 その過去、現在、将来:国税庁醸造試験所 野白喜久雄
〇農産物規格・規程について:農林水産省
〇農産物検査法:昭和26年4月10日公布
〇農産物検査法施行規則:昭和26年5月19日制定
〇農産物規格規程:昭和26年8月4日改正(昭和26年9月2日施行)

関連コンテンツ















ブログ アーカイブ

最近人気?の投稿