2020年9月22日火曜日

【粳米】秋田128号(秋系821)~『サキホコレ』~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『秋田128号』
品種名
 『サキホコレ』
育成年
 『平成31年(西暦2019年) 秋田県農業試験場』
交配組合せ
 『中部132号×つぶぞろい』
主要生産地
 『秋田県』
分類
 『粳米』
サキホコレ「さぁ見事に咲き誇ってみせましょう」



誰も知らない、おいしさの頂点へ


 どんな娘?

極幼少期の名前が有名になり過ぎて正式名称を名乗っても「え?だれ?」となることが多い娘。

正式な秋田県主力米の後継ぎとしてのみならず、さらにその上を担う身としてその意識は高い。
高い故か、少々甘やかされて育てられたせいか時折自分本位のわがままも垣間見え、特に住環境にはうるさい。

そういった行動で勘違いされがちだが、基本的にあきたこまちよりもあらゆる面で体は丈夫になり、仕事の質も高い。(求められている仕事の質が遙かに高いことが要因)
唯一、物事に取り組むときに集中しすぎて時間がかかってしまうのが珠に傷。



概要

秋田128号『サキホコレ』は『秋系821』が広まり過ぎて後戻りできなくなった最高級位を目指す秋田県産米の旗艦品種です。(でもやっぱり『秋系821』と言わないと分かってもらえないから表示等せざるを得ない)
商品コンセプトは「秋田の地力がいつもの食卓を上質にかえる。日本人のDNAに響くおいしいお米」

米どころとして名高い東日本各県が高級ブランド米を展開する中、遅ればせながら…ええ、本当に…遅れ馳せでした。
東北や北陸の主立った「米どころ」各県が、平成30年(2018年)の減反政策廃止に合わせて、その前年に続々と高級ブランド等の新品種を打ち出す中、なしのつぶてだったのが秋田県と福島県。
その福島県も令和2年に新品種『福、笑い』を打ち出している中でも、いまだ秋田県は名称応募の状態…というかなりの遅れっぷり。(とはいえ系適番号時点で広報したり名称応募の副賞に100万円を計上するなどスタートの遅れ自体は重々承知している様子)
兎にも角にも
秋田県も「コシヒカリを超える極良食味品種」をコンセプトとした新品種を発表したのでした。

◯白さとツヤが際立つ外観
◯粒感のあるふっくらとした食感
◯上品な香り、かむほどに広がる深い甘み

これらをウリに”米どころ秋田県”が推しています。

作付け地域は気候条件の整った県央・県南の市町村(地域)に限定され、秋田県県北地域では栽培できません。
秋田県内では晩生に属する『サキホコレ』は、登熟期間の気温が低いと十分にその食味を発揮できないとされており、秋田県県北地域はおしなべてその期間の気温が標準に達していないのが理由です。(出穂後40日間は平均気温22℃が必要)
通常の普及品種の育成であれば、秋田県農業試験場もこの点を妥協するようなことはなかったのでしょうが、これもまた「食味最優先」の育種によるある意味弊害といえるでしょうか。
栽培方法による改善が見込まれればより作付け可能地域は拡大する予定だそうですが、特に県北地域や栽培地域から外された農家からは反発の声もあるようです。

栽培地域のみならず、生産者も当然のごとく登録制です。
正確には登録された「生産団体」のみが生産可能で、「生産者3名以上」と「集荷業者」によって構成される必要があります。
JAなどへの一律全量出荷を求めているのではなく、生産団体ごとに出荷業者が付くことも可能なようです。(需要に応じた生産、集荷・出荷体制、技術指導体制などが求められますが)
栽培条件について、稲作では常識である「毎年100%種子更新(購入)・自家採種禁止」は当然として、「農薬使用量(成分)1/2以下(10成分以下)」が加えられています。
特別栽培に該当させる場合に必要な「化学肥料の使用量減」は条件に加えられていませんが、食味に与える影響はないという判断でしょうか(実際そうですし、農薬の使用量減も食味には関係ないんですが)。
出荷基準も「1等米もしくは2等米」、「玄米粗タンパク質含有率6.4%以下(水分15%換算)」、「水分含有率14~15%」と高級路線にしては少し緩い感じもしますが、栽培目標は別に定められていると思われます。(多分)

令和2年には令和4年度(2022年度)の生産団体を募集し、19団体から登録申請がありました。
「秋田米新品種ブランド化戦略本部」の審査により14団体、合計約719haの作付けが決定しましたが、目標としていた800haの作付面積(令和4年度の予定)には届かないため、令和3年度に改めて生産団体を募集するそうです。

一応プレデビュー年となる令和3年度(2021年)は約80haの作付けで約400tの生産を見込み。
味にこだわりを持つ消費者や飲食店を主な顧客と想定し、売り込みをかけます。
秋田米ブランド推進室は「価格以上に価値のある米だと消費者に感じてもらいたい」と期待するものの、コロナ禍も有り主要銘柄が軒並み価格下落する中でその前途は多難か。


『あきたこまち』より成熟期で10日ほど遅い晩生種で、収量や玄米千粒重は『あきたこまち』並です。
耐倒伏性は「中」と並なものの、いもち病耐性は「やや強」と先代『あきたこまち』(やや弱)よりも強くなりました。いもち病真性抵抗性遺伝子は【Pii】と推定。
高温登熟耐性および耐冷性の両方が「やや強」となっており、近年問題になっている高温による品質低下にも強く、万が一の冷害にも備えているといえるでしょう。



名称公募

ご多分に漏れず名称は一般公募。

何度でも言いますが他県に比べて大幅に遅れている秋田県。
地方系統名である『秋田128号』がつかないうちに広報を始めたので、系統名のさらにその前、試験系統用の仮番号『秋系821』が用いられ、以後最後まで継続しているようです。
古くは『きらら397』(上育397号)から、平成中後期に『つや姫』(山形97号)や『いちほまれ』(越南291号)など、名称公募時に地方系統名で知られた品種は少なくないですが、品種とも呼べない段階である仮の系統番号で知られている(そして地方系統名が全く知られていない)のはこの『秋田128号』くらいではないでしょうか?

兎にも角にも
令和2年4月7日から5月17日にかけて公募を行いました。
出遅れを意識してか、福井県の『いちほまれ』を超える副賞を設けました。

最優秀賞(1名)に賞金100万円と『秋系821』30kg。
優秀賞(4名)に秋田県農林水産物5万円相当と、『秋系821』5kg。
また審査員特別賞(若干名)として大館曲げわっぱ弁当箱と『秋系821』5kg。
最後に秋系821賞として応募者の中から300名に『秋系821』2合分。

中でも目を引くのはやはり最優秀の賞金100万円で、他県と比べてもその金額は破格の高額さ。
それを反映してか応募総数は日本全国および海外からのものも含め過去最大(かもしれない)の25万893件

この中からまずは一次選考が行われます。
「新品種の本質を捉えた名称」など、秋田米新品種ブランド化戦略本部で示された方針に沿ってブランド課総合プロデューサーの梅原真氏が20案を選考。
さらに専門家・有識者で構成する名称選考部会(敬称略)【梅原真(デザイナー、武蔵野美術大学客員教授:高知県)、君島佐和子(雑誌「料理通信」編集主幹:東京都)、鶴田裕(専門誌「食糧ジャーナル」編集部長:東京都)、田宮慎(合同会社casane tsumugu代表:秋田県)、JA全農あきた、秋田県】において、令和2年8月、最終候補となる6つの名称に絞りました。

番号候補名説明
秋うらら(あきうらら)うららかに晴れた秋の日。食べると心がうっとりするようなおいしいお米
あきてらす秋田から日本の食卓を照らすような、おいしさと存在感を持つお米
秋の八二一(あきのはちにいいち)研究段階の番号「秋系821」から命名。研究者の努力により、多くの新品種候補から選ばれた特別なお米
稲王(いなおう)王様の名にふさわしい食味・品質、存在感を持つお米
サキホコレ花が咲き広がるように、全国で食されてほしい。生産者と消費者へのエールでもある
べっぴん小雪雪国で育まれた、美しく、別格(べっぴん)なおいしさのお米


令和2年10月秋田県知事による最終選考が行われ、11月17日に名称発表。
品種名は『サキホコレ』に決定しました。
○選考理由
 ・市場で長く親しまれ、存在感を示すことができる。
 ・響きが良くて、メッセージ性が高く、プロモーションの展開に期待が持てる。
 ・明るい未来を感じさせる。

○ネーミングに込めた思い
 ・「秋田の地力」から生まれた「小さなひと株」が、誇らしげに咲き広がって、日本の食卓を幸せにしてほしい。
 ・この名前は、お米自身へのメッセージであると同時に、生産者や消費者に明るいチカラを与えてくれる「エール」でもある。

佐竹知事によれば最終選考は『サキホコレ』か『稲王』かの二択に絞っており、最終的には名称から性別がイメージされないように配慮したとのこと。
11月21日にキックオフイベントと共に、名称公募者である秋田市の警察官、成田氏に賞金100万円と『サキホコレ』30kgの授与式も行われました。
成田氏曰く「花が咲くように全国に広がってほしいとの想いを込めた。みんなに愛されるコメになってほしい」とのこと。

令和3年度にはパッケージデザイン発表と先行作付け。
令和3年7月8日に東京の神田明神ホールでパッケージデザインの発表が行われました。
同年3月に県が選考した日本デザインセンター(東京)社長でデザイナーの原研哉氏による考案で、「白地に筆で大きく”サキホコレ”と書かれた」シンプルなもの。
・・・まぁ個人の偏見なんですが、シンプルが過ぎませんか?(何も印象に残らなそう・・・)

令和4年度に一般作付けと市場デビューを予定しています。


育種経過

※令和2年時点で育種論文がないので以下の内容が単体育種のことなのかプロジェクト全体のことなのか(特に選抜系統数)不明です。

全国屈指の米どころである秋田県として、産米の新たな顔となり、産地を牽引していくことができる極めて食味の高い品種の開発が急務とされていました。
そんな「極良食味品種」開発のプロジェクトは平成26年度(2014年)から開始されました。

”プロジェクト"は平成26年からですが、その”育種”は平成22年(2010年)から始まっていました。

母本は『中部132号』、父本は『つぶぞろい』の交配になります。

◇『中部132号』は愛知県の育成した品種で、良食味かついもち病への抵抗性が高い品種です。
 おそらく『みねはるか』由来の高度ないもち病圃場抵抗性所持系統です。
◇『つぶぞろい』は秋田県が育成した品種で、大粒・良食味の品種となっています。
 『ひとめぼれ』以上の耐冷性・いもち病耐性も持つ優良種です。


平成22年(2010年)に交配。
翌平成23年(2011年)は世代促進が行われます。(詳細は不明ですがF2~F3?)

平成24年(2012年)は12万株を養成。
『中部132号』×『つぶぞろい』交配後代のみでこの数…はないと思いますので、おそらく良食味試験系統全体のことだと思われます。
平成25年(2013年)の試験系統が800系統なので、おそらく800個体選抜したものと思われます。

平成25年の800系統は翌平成26年(2014年)には80系統まで選抜(この年から極良食味米プロジェクト開始)。
平成27年(2015年)は28系統、平成28年(2016年)には16系統に絞られます。(プロジェクト全体の候補系統数と推定)

平成29年(2017年)にはついに最終5系統が選抜され、おそらくこの中の一つが『秋系821』であると思われます。(まさか5系統すべてが同じ交配後代では…たぶんないと思いますが…)

平成31年(2019年)3月、『秋系821』は、県、関係農業団体等で構成する「秋田米新品種デビュー推進会議」において、新品種候補に決定されました。
その系適番号で大々的な宣伝が行われます。

最終的に地方系統名『秋田128号』を与えられます。
『秋系821』の系適番号が広く広まったことに加え、丁度秋田番号も120番台と丁度良かったことから「821=128」と似た番号を割り振ったことが窺えますね。
令和2年11月に品種名『サキホコレ』が決定し、秋田県のフラッグシップ米としてのスタートを切ります。


系譜図



秋田128号(秋系821)『サキホコレ』 系譜図



参考文献

○ごはんのふるさと秋田へ:https://common3.pref.akita.lg.jp/akitamai/










2020年9月19日土曜日

【飼料米用】西海203号~ミズホチカラ~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名  
 『西海203号』(『水稲農林438号』) 
品種名
 『ミズホチカラ』
育成年
 『平成21年(西暦2009年) 九沖農研センター』
交配組合せ
 『奥羽326号×F6【水原258号×台農67号】(86SH283長)』
主要生産地
 『熊本県、福岡県』
分類
 『飼料用(飼料米用)・粳米』

「ミズホチカラですヨ。何でもお任せアレ♪」



どんな娘?

飼料米用品種の首長を務め、飼料用米っ娘全体の中ではサブリーダー。
一応現在は飼料米っ娘に属してはいるが、粳米っ娘や酒米っ娘にも近い立ち位置で、苦労人期間も長いことも有り幅広い品種達の間で顔も広い。
その繋がりを活かした(用途の違う)品種間調整を得意としており、夢あおばの補佐をしっかりと勤め上げる。
 
外国(韓国出身インド系統&台湾出身)品種の血がそれなりに濃い事に加え、引きこもり()期間が長く、他者と話す機会が少なかったせいか話し方がたまにカタコト調になる。

名探偵と一緒に孤島に閉じ込められたりでもしたら、被害者側になる確率100%な娘・・・という冗談はさておき
実年齢(交配や系統化した年)で数えればたちすずかはおろか夢あおばよりも年上、でも品種化なった年から数えれば3人の中で一番年下・・・という年上の部下・年下の上司状態。
比較的実年齢の近い夢あおば(交配が3年後、品種化は7年早い)はまだ良いが、たちすずか(交配は14年も後だけど品種化は2年早い)のような品種と接するときは本人も相手も少しどぎまぎしてしまうことも。


概要

「需要に応じた米の生産・販売の推進に関する要領(令和2年度現在)」において、国が認可している「多収品種」の一角、暖地向き(温暖地の平坦部も可)の多収品種『ミズホチカラ』の擬人化です。

名前の由来は「水田で力を発揮する多収品種」にちなんで命名された・・・そうです。
「ミズホ=瑞穂=みずみずしい穂&力(ちから)」なのか「水田の”水”=ミズ&穂&力?」なのか・・・墨猫大和はこれだけでは良く理解できず・・・

飼料用稲の中では「飼料米用」に分類され、茎葉等地上部多収ではなくあくまでも子実である「籾」が多収な品種としてあげられています。
また飼料用のみにとどまらず、米粉や焼酎の原料としての加工適性も保有しており、他の飼料米用品種や兼用品種とは一線を画す、多用途米と呼べるものになります。
ただしこういった用途のお米の例に漏れず、玄米品質や食味は主食用品種より著しく劣るために、「ご飯」として炊いて食べる用途には適さないとされています。
農研機構のホームページでは「熊本県では主に米粉用として、福岡県では飼料米用として作付けされている」とされていますが果たして今現在の実態は・・・?

さて
飼料用稲品種を普及させる目的の一つに主食用米の需要が減った分を、新規需要による生産で補おう=水田の耕作面積を維持しよう、というものがあります。
その「新規需要」として米粉としての利用(米粉パンなど小麦粉の代用)にも注目が集まっていました。
政府は平成27年(2015年)3月に閣議決定した「食料・農業・農村基本計画」で、平成25年(2013年)の時点で「飼料米:米粉用米=11万t:2万t」だった生産量を平成37年(令和7年:2025年)までに「飼料米:米粉用米=110万t:10万t」とする生産努力目標を記載しています。
これは令和2年3月に新たな閣議決定がなされ、平成30年(2018年)の時点で「飼料米:米粉用米=43万t:2.8万t」だった生産量を令和12年(2030年)までに「飼料米:米粉用米=70万t:13万t」とする生産努力目標と一部下方修正なりましたが、いずれにせよ当時の視点でみれば実に10倍もの生産増が必要でした。
 この生産努力目標達成の為、各気候帯に適した多収品種が求められ、その一端として九州全域で普及しているのがこの『ミズホチカラ』です

育成当初(奨励品種決定試験)は粗玄米重は確かに多収だったものの、主食用に向かない上に、短稈のために地上部全体の収量も多収とは言えずWCS用としても向かない、と一旦はお蔵入りになりかけたこともありました。
しかし情勢は変わり、平成中期から飼料米用や米粉用の多収品種が望まれる情勢になって、見事返り咲きを果たしました。
数々の多収品種、『モミロマン』『べこあおば』『モグモグあおば』などの交配親になるだけはある、優秀な品種だからこそ、というところでしょうか。

育成地では極晩成の品種で、登熟は非常に遅いです。
稈の剛柔は「剛」と判定され、稈長は75cm前後と短いために、耐倒伏性は「極強」と判定されていますが、極端な多肥となると倒伏することもあります。
収量(粗玄米重)は九州沖縄農業研究センターの試験では標準肥料栽培で約640kg/10a、極多肥栽培で約760kg/10aとなっている多収品種ですが、生育期間が長いため沖縄のような2期作をするような場所では小収となってしまいます。
それでも暖地であれば通常主食用品種よりも20%は多収が見込め、平成20年(2008年)の広島県福山市での試験栽培では1,007kg/10aという試験結果も残しています。
玄米品質は「下上」と優れず、食味判定も「中下」と主食用米には到底及びません。
『コシヒカリ』並みの低タンパク(約5~8%)ではあるものの、アミロース含有率が約23~26%(1993年当時:対比『コシヒカリ』15~18%)と非常に高い値を示し、粘りが少なく固いお米であることがわかります。

いもち病は穂・葉両方において試験では発病がほぼ認められず、見た目は非常に強いものになっており、圃場抵抗性は不明です。
これは真性抵抗性遺伝子と推定されている「Pib」「Pita-2」「Pi20」によるものと思われ、菌のレース変化には注意が必要です。
白葉枯病抵抗性は「弱」、縞葉枯病には「罹病性」で常発地帯での作付は出来ません。

通常の水稲であれば問題にならない水稲用トリケトン系除草剤(4-HPPD阻害型除草剤、成分名:ベンゾビシクロン、メソトリオン、テフリルトリオン)に感受性を持ち、強い薬害が発生します。
トリケトケン系除草剤はスルホニルウレア系除草剤への耐性を持つ雑草に有効な除草剤として使用が広まっていますが、これら耐性雑草が確認されトリケトケン系除草剤を使用せざるを得ないような水田では『ミズホチカラ』の栽培は難しいということになるかと思います。


各種適性

育種期間が非常に長く、多用途米が想定されていた『ミズホチカラ』は様々な用途への適性が育種時に行われていました。

①米粉パン加工適性(熊本製粉(株)にて)
『ミズホチカラ』の米粉は『ヒノヒカリ』や『コシヒカリ』と比較して損傷デンプン率が低く、粒径が小さい特性を持っています。
この特性によりパンの膨らみ(ボリューム)に優れることがわかり、米粉パンへの加工適性が高いとされています。

②清酒醸造適性(岩手県醸造食品試験場にて)
大粒で低タンパクと、一見酒造適性が高そうに見えますが、試験の結果、精米時の砕米率が高く、吸水性もそれほどよくなく、消化性も劣るとの判定が下されます。
砕米率が高いことから高精米を行う吟醸酒などにはそもそも不適で、消化率の低さから出来たお酒が「味薄」になることが予想されるなど、清酒醸造の用途には適さないとされました。

③焼酎醸造適性(熊本県工業技術センターにて)
一般的に蒸留後のアルコール取得率が高い米が焼酎加工適性米とされており、『ミズホチカラ』はアルコール生成歩合は通常品種並みであるものの、デンプン価が高いことから白米重あたりのアルコール取得率は一般品種より高くなります。
蒸米の評価やアルコール生成歩合が標準の『ヒノヒカリ』並みと判断され、焼酎への加工適性は高いとされています。

また芋焼酎製造時の麹原料としても、ハゼ込みが良く、糖化速度が早く、麹酸度が高いことから適性の高いことが示されています。

④飼料米適性(福岡県農業試験場にて)
飼料米として求められるのはまず安さ=多収であることです。
その点『ミズホチカラ』は疎植極多肥栽培でも倒伏せずに収穫でき、福岡県では829kg/10aという収量(粗玄米重)の試験結果も出ています。
また穂揃期前追肥により、籾の粗タンパク質含量(CP)を6.8%まで高めることが出来、これは飼料の栄養素を向上させることが期待されます。
そして極多肥栽培した『ミズホチカラ』は、籾の状態ではTDN(可消化養分総量)は80%を割り込み、トウモロコシの98.5%には到底及びませんが、玄米の状態であるならば95.3%とトウモロコシと同等の高いTDNとなる事が示されています。(めん羊を用いた試験)
籾に関しても給餌する前に挽き割り及び圧ぺん処理することによりTDNは90%近くまで改善することがわかっており、飼料米の用途に適した品種であるとされています。


育種経過

九州沖縄農業センターに於いて、暖地における優良多収品種の育成を目標に多国籍とも言える品種による組み合わせ交配が行われました。

交配母本は『奥羽326号』、交配父本は『86SH283長』です。

母本となった『奥羽326号』は韓国の半矮性インド型品種『密陽23号』に『アキヒカリ』を2度交配した日本型多収品種で、高い籾数(シンク能)が特徴です。

父本となった『86SH283長』(後の九系753)は、韓国のインド型品種『水原258号』と、台湾の日本型品種『台農67号』の日印交配後代に由来する系統で、交配の時点で雑種第6代です。
『水原258号』の高い籾数(シンク能)と『台農67号』の良好な登熟性(ソース能)を引き継いでいます。

『ミズホチカラ』育成当初の狙いとしては『密陽23号』及び『水原258号』の高い籾数と『台農67号』の良好な登熟性を組み合わせることにより、極多収品種を育成することが目標となっていたことがわかるかと思います。

交配年は昭和62年(1987年)、当時の九州農業試験場に於いて人工交配が行われ、55粒の種子を得ます。
同年冬、温室内でF1世代20個体が養成され、翌昭和63年(1988年)には早々にF2で個体選抜が行われ、300個体の中から47個体が選抜されます。
そして昭和64年/平成元年(1989年)F3世代は47系統の中から1系統5個体が選抜され、これより系統育種法により選抜・固定が図られます。
これ以降は毎年1系統群5系統より1系統5個体選抜が平成20年(2008年)まで続きます。(奨決中断の間も同様)
平成2年(1990年)からは『は系多13』の系統名が付され生産力検定試験及び特性検定試験に供試されます。
多肥条件下で平成4年(1992年)以降は『西海203号』の地方系統名が付され、関係各県に配布され、奨励品種決定試験に供試されます。
しかし平成4年~平成6年(1992~1994年)の3年間の評価は
・玄米外観品質及び食味が食用品種よりも著しく劣る(家庭用・業務用問わず主食用としての利用は不適)
・短稈で茎葉を含めたバイオマス収量が少ない(WCS用としての利用も不適)
と芳しいものではなく、ここで一旦配布が打ち切られ、以後10年もの間奨励品種決定試験は中断されていました。

この間は系統保存のみが行われていました。

試験が再開されたのは平成17年(2005年)です。
この少し前より飼料用米や米粉用米等、新規需要米に適した多収品種が求められるようになったことが大きな契機となりました。
再開に際して飼料特性並びに米粉パンや焼酎原料用米等の加工適正の調査も行われるようになります。
特性検定試験は「粗飼料多給による日本型家畜飼養技術の開発」(2006~2009年度)の予算で、米粉パン加工適性試験では熊本製粉株式会社(松永幸太郎博士)の協力を得て実施されました。

これらの試験結果により優秀性が認められ平成21年(2009年)に『水稲農林438号』、平成23年(2011年)に『ミズホチカラ』として品種登録されました。
日の目を見る(品種登録されるまで)かなりの年月を要しており、品種登録時は雑種第25代にまで達していました。
平均的に見て普通の品種であれば12~13代程度(約10年)で品種登録されていますから、かなりの遅咲き品種と言うことになるでしょうか。


系譜図


ミズホチカラ 系譜図
西海203号『ミズホチカラ』系譜図



参考文献

○米粉パン、飼料用米及び焼酎原料等、多用途利用される暖地向き多収米新品種『ミズホチカラ』の育成:九州沖縄農業研究センター報告第66号
○飼料用・米粉用など多用途に利用できる多収水稲新品種「ミズホチカラ」:農研機構http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/karc/2008/konarc08-04.html
○飼料用米向け水稲新品種「ミズホチカラ」の飼料適性:棟加登きみ子ら
○食料・農業・農村基本計画:農林水産省https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/




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飼料用稲(米)とは?













2020年9月14日月曜日

【WCS・飼料米用】北陸187号~夢あおば~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『北陸187号』(『水稲農林398号』)
品種名
 『夢あおば』
育成年
 『平成16年(西暦2004年) 中央農総研センター北陸』
交配組合せ
 『上321×ふくひびき』
主要生産地
 『東北中南部~北陸・中部』
分類
 『飼料用(WCS・飼料米兼用)』

夢あおば 擬人化
夢あおばです。日本の水田、守っていきましょう。



どんな娘?

WCS用の首長たちすずか、飼料米用の首長ミズホチカラの実質上の立場で、飼料用米っ娘達の総首長を務める。

「水田を守りたい」の一心で、その為であれば自らの作付面積やそもそも飼料用稲(専用品種)の作付面積にも拘らない。
飼料用の仕事に粳米っ娘(主食米用品種)が出てきても苦言を呈するようなことはなく、暖かく受け入れている。
無論そのような態度なので何かと癖の強いものが集まりやすい飼料用専用品種達からは不満が出ることも当然あるが、それをうまくなだめすかし、全体の調整には余念がない。

表面上は温厚であるが、けして曲げない強い信念を持つ。



概要

『夢あおば』は東北中部(秋田・岩手県南部付近)から北陸・中部(長野県付近)にかけての地域が栽培適地とされているWCS用・飼料米用両方に適している兼用品種です。
つまり籾の収量も多く、植物体全体(籾・茎・葉)の収量も多い品種と言うことですね。
対象地域内主力品種の『コシヒカリ』よりも早い時期に黄熟期収穫が可能(作業が競合しない)で、湛水直播でも収量の落ちにくい(労力・コストの低減が可能)な品種として普及しています(多分・・・普及の具体的情報不明)。

『夢あおば』という品種名は「飼料稲により水田が未来永劫守られることを夢見て」命名されました。
私もそう願います。

この『夢あおば』の育種論文が書かれた平成18年(2006年)時点ですら、米の消費量が40年前のほぼ半分にまで減少しており、既に106万haもの生産調整が行われていました。

『夢あおば』は育成地において「早生の晩」で、黄熟期も『ふくひびき』並みの「早生の晩」です。
これは『コシヒカリ』の成熟期と比較して、黄熟期が移植栽培で20日、湛水直播栽培でも15日程度早いため、収穫作業が競合することがありません。
収量(黄熟期乾物重)は概ね1.3~1.4t/10aで従来の飼料用品種より2~5%程度増となっており、特に湛水直播栽培でその優位性が明らかになっています(推定TDN60%前後)。
また玄米収量(精玄米重)は育成地における移植栽培で722kg/10a(『ふくひびき』並み)、東北中部から沖縄に至るまでの50試験地で行われた奨励品種決定調査における平均は609kg/10a(標準品種比5%多収)です。
我らが山形県の誇る『はえぬき』との湛水直播による比較試験(3年間平均)では『はえぬき』収量(精玄米重)642kg/10aに対して『夢あおば』695kg/10aとの結果も出ています。
玄米千粒重は26.5gと大粒で多収要因の一つとされています。

稈長は84~86cm程度で稈は「極剛」と判断され、耐倒伏性は移植栽培、直播栽培共に倒伏性「強」の『ふくひびき』よりも明らかに強く、「極強」と区分されています。
葉いもち・穂いもち病共に、現在日本のいもち病菌のレースでは『夢あおば』の真性抵抗性(真性抵抗性遺伝子「Pita-2」及び「Pib」を推定)を侵せるものがなく、圃場抵抗性は不明です。
白葉枯病抵抗性は「強」、縞葉枯病にも抵抗性を持つとされています。
耐冷性に関しては掛け流しによる穂孕み期耐性試験では「やや強」の判断でしたが、冷害年における現地試験では「やや弱」にまで落ち、総合的に「やや弱」との判定を受けています。(開花期の耐冷性が低いのかもしれない?)


飼料適性

サイレージの発酵特性については平成14年(2002年)に千葉県農業総合研究センターおよび石川県畜産総合センターで調査が行われました。
結果は
・VBN(揮発性塩基態窒素)の割合が少ない(VBN/T-Nが3.6%)※1
・乳酸含量が酪酸含量より高い※2
ことからV-scoreは80点以上となっており、良質の発酵品質を示すことがわかっています。

β-カロテン(プロビタミンA)含量は乾物重で27.5mg/kgで中生の『クサユタカ』(7.4mg/kg)よりは多く、早生の『ふくひびき』(28.4mg/kg)と同等程度でした。
日本の標準試料成分表におけるオーチャードグラスおよびチモシーの出穂期における乾草のβ-カロテン含量はそれぞれ30mg/kg、20mg/kgとなっており、両者とほぼ同等の『夢あおば』は肉牛の肥育に用いても問題無いとされています。※3

※1「揮発性塩基態窒素」ざっくり
悪い成分。
アンモニアや低級アミンなどを指し、これらは牧草サイレージの発酵品質悪化により生成されるもので、WCSの品質劣化の指標とされる。
VBN/T-N(揮発性塩基態窒素比率)=「全窒素態中の揮発性塩基態窒素」が一定値以下であれば良好なサイレージと言える。

※2「乳酸」「酪酸」ざっくり
「乳酸」いい成分。
「酪酸」悪い成分。
良好な発酵をしていれば乳酸が増え、悪発酵していれば酪酸が増える。
酪酸は特有の不快臭を有し、牛の嗜好性も落ちる。
※1のVBN/T-Nと併せてV-scoreを算定、WCSの品質の指標とする。

※3「β-カロテン(プロビタミンA)」ざっくり
摂りすぎると悪い成分だけど、全く摂らないのもだめな成分。
肉用牛の場合、肉質向上のためビタミンAの摂取量に気を配る必要がある。
基本的にはビタミンA摂取量を制限しなければならないが、極端に制御しすぎてもビタミンA欠乏症による障害が発生する可能性がある。
よって”適切な”ビタミンA制御が必要で、そのためには与える飼料の栄養成分(β-カロテン)を把握する必要がある。
ビタミンAが多い飼料は大量には与えられない、少なければそれほど気にせず与えられる。


育種経過

日本の主食用米の需要減、それに伴う生産調整による水田の荒廃、そして世界的な穀物需要の高まりで供給不安が出る中でもなお40%と低い日本の食糧自給率。
水田の荒廃を防ぐにしろ、畑作による転作では地下水涵養や貯水機能による増水の抑制といった水田の多面的な機能が維持されません。
これらの問題を全て解決するために飼料用稲の生産が進められつつありました。

そのような中、寒冷地南部に位置する北陸では主食米用の主力品種『コシヒカリ』と収穫時期が競合しない、秋雨の前に収穫できる早生の稲発酵粗飼料用品種が求められていました。
さらに、生産コスト低減のために、湛水直播栽培が出来ることが望まれていました。

平成18年(2006年)当時、寒冷地南部のWCS用品種として極晩生の印度型品種『Te-tep』や『くさなみ』、『はまさり』、『クサホナミ』、『クサノホシ』、晩生の印度型品種『モーれつ』や同じく晩生の『スプライス』、『ホシユタカ』等がありましたが、これらは熟期が遅く、『コシヒカリ』の収穫と競合する上、収穫時期が秋雨と重なり、刈り遅れによる発酵品質の低下など飼料としての価値が低くなる可能性が高いとされていました。
中生品種の『クサユタカ』もありましたが、黄熟期が『コシヒカリ』の成熟期(収穫時期)と1週間程度しか差がないため、これも天候によっては『コシヒカリ』の収穫作業と競合することが懸念されます。

寒冷地南部に適する、耐倒伏性に優れ、湛水直播栽培に適したWCS用早生品種を目標に育種はスタートしました。

なお『夢あおば』は
○農林水産技術会議事務局の総合的開発研究「需要拡大のための新形質作物の開発」(1989~1984年度)
○同「画期的新品種の創出等による次世代稲作技術構築のための基盤的総合研究」Ⅰ期(1995~1997年度)
○畜産対応研究「多様な自給飼料基盤を基軸とした次世代乳肉生産技術の開発」(1998~2000年度)
○作物対応研究「食料自給率向上のための21世紀の土地利用型農業確立を目指した品種育成と安定生産技術の総合的開発」(2001年度)
○同「新鮮でおいしい「ブランド・ニッポン」農産物提供のための総合研究」(2003~2005年度)
以上のプロジェクト・研究に基づき育成されました。


平成2年(1990年)夏、中央農業総合研究センター・北陸研究センターにおいて、『上321』を母本、『奥羽331号(ふくひびき)』を父本として人工交配が行われました。

母本の『上321』は日印(日本型稲とインド型稲)交雑種の穂重型系統です。
韓国の印度型半矮性多収品種『水原258号』に由来する短強稈性と極長穂性を、極早生の多収品種『アキヒカリ』に導入したものですが、穂数が少なく、収量も『アキヒカリ』並みでした。

父本の『奥羽331号』は平成5年(1993年)に福島県で酒造用掛米用品種として採用され『ふくひびき』と命名されています。
短強稈、大穂でかつ籾数が多く、草姿良好な『82Y5-3(奥羽316号)』とやや大粒で登熟の良い『コチヒビキ』の交配後代から育成された早生の多収系統です。

両親ともに稈が強く(倒れにくい)、母方で物足りない収量について、父方の大粒・多収・登熟の良さで補おうという交配に見えますね。

平成2年の交配で得られた種子は29粒(『上交90-41』)。
平成3年(1991年)、圃場栽培によりF1を25個体養成。
平成4年(1992年)、苗代放置栽培によりF2養成(個体数4,000)。
平成5年(1993年)から平成6年(1994年)にかけて国際農研沖縄支所における世代促進栽培でF3からF6まで(年2回)を養成しました。
各年の養成個体数は6,000(F4のみ8,000)です。
平成7年(1995年)F7世代で個体選抜を開始し、4,080個体播種した中から71個体を選抜します。
平成8年(1996年)F8世代以降は系統栽培によって選抜固定を図ります。
まずF8世代は71系統各60個体を播種し、11系統55個体を選抜しました。
平成9年(1997年)、F9世代は11系統群55系統として各系統50個体を播種、4系統20個体が選抜されました。
またこの年より『収6097』の系統番号が付され、生産力検定試験に供試されます。
平成10年(1998年)F10世代は4系統群20系統として各系統50個体を播種し、選抜されたのは1系統群1系統5個体です。
この年からは系統適応性検定試験、特性検定試験に供試されました。
平成11年(1999年)F11世代は『北陸187号』の系統名が付され、関係各府県に配布の上、奨励品種決定調査に供試されました。
1系統群5系統(各系統50個体)とした『北陸187号』は、1系統5個体を選抜し、以後平成13年(2001年)F13世代まで同様の選抜が続きます。
平成14年(2002年)F14世代は1系統群5系統から1系統10個体を選抜、翌平成15年(2003年)のF15世代でも1系統群10系統から1系統10個体を選抜し、育種を完了しています。

生産力検定試験他、各種の特性検定試験は平成9年(1997年)から平成16年(2004年)までの7年間行われ、平成10年(1998年)からは特性検定試験地に依頼して主要特性の検定、平成11年(1999年)からは各府県で奨励品種決定調査も行われました。

そして平成16年(2004年)9月30日に新品種として『水稲農林398号』に命名登録、『夢あおば』となりました。
平成16年度(2004年)時点で雑種第16代でした。


系譜図


夢あおば 系譜図
『夢あおば』 系譜図


参考文献


○牧草サイレージにおける揮発性塩基態窒素含量とpHおよび水分含量との関係:篠田 英史
○水稲新品種「夢あおば」の育成:中央農業総合研究センター研究報告



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飼料用稲(米)とは?












2020年9月6日日曜日

飼料用稲(米)とは?


飼料用稲ってなに? WCS用品種? 飼料米用品種?

(※以下このブログにおける独自設定※)

WCS用品種の首長を務める中国飼198号『たちすずか』(ひよりやま)
飼料米用品種の首長を務める西海203号『ミズホチカラ』(みなみあるぷす)
WCS・飼料米兼用品種の首長および飼米っ娘全体の首長を務める北陸187号『夢あおば』(きたあるぷす)

(※以上このブログにおける独自設定※)

…と、それ以前に
そもそも飼料用稲(米)ってなんなのでしょうか?
なんでわざわざ『コシヒカリ』などではなく飼料用稲を作っているのでしょうか?
というお話。


前段(背景)

昭和37年(1962年)に1人当たり118.3kg/年のピークに達した米の消費量は、以後下降を続け、平成2年(1990年)には70kg/年、平成28年(2016年)には54.4kg/年まで落ちています。
個人の米の消費量が一貫して減少し、さらに日本の人口そのものも減少する中で、当然全体としての米の需要量も著しい減少を見せており、平成29年(2017年)算出の値で毎年8万トンもの需要量が減少(平成27年以降は10万トン/年とペースアップ)し続けています。

そのように需要の少なくなっている厳しい状況のお米ですが、それでも日本にとっては食料安全保障、食生活、農業・農村、国土・環境などに不可欠のものであり、日本人の歴史・文化とも密接な関係にあります。
稲作や水田の持つ多面的機能(景観の保全、地下水涵養など、食糧生産以外の機能のこと)を守る観点からも、主食用米の需要が少なくなったからと言って、水田も同じように減らす、と単純な対応は出来ません。

かといって需要を無視して大量に主食用のお米を作り続ければ、値崩れなどにより日本全体の稲作が大打撃を受けかねません。
となれば、余った水田で「主食用米以外」のものを育てる必要性に迫られます。(という政策が正しいかどうかはひとまず隅に置いておいて・・・)

所謂生産調整、転作と呼ばれるもので、水田で畑作物を育てるのもその一環ですが、その中でも今回の主題となるのが「飼料用稲(米※)」です。
※ただし「米」を収穫目的物としない場合もあるのでやはり「飼料用稲」が正確か。

特に土地柄、もしくは基盤整備が不十分で湿田となっており、畑作物には向かないような場所でも、飼料用としての水稲であれば問題無く栽培でき、かつ水田としての機能も維持できるため、より幅広く耕作放棄地の防止に役立つことが期待されています。
そういった水田保護の意味を持つ以外にも、外国からの輸入に頼っている飼料の国産化による食糧自給率の向上にも寄与できるとされています。
特に世界的な人口増による穀物需要の高まりから、飼料用穀物の輸入に関しても安泰とはいえなくなった近年は、国産体制の整備が急務とされています。(という政策が正しいかどうかは(以下略))


飼料用稲とは? WCS用・飼料米用・兼用

読んで字の如く…と言えばそのままなのですが
家畜の餌として利用することを目的とした稲のことです。

飼料用と一口に言っても飼料形態で二つに大別され、地上部全体(籾、茎、葉)を収穫しWCS(発酵粗飼料) として牛の粗飼料に利用されるWCS 用(茎葉が多収)と、牛や豚、鶏の濃厚飼料として用いられる飼料米用(籾が多収)とがあります。
籾及び茎葉の両方が多収で飼料米・WCS兼用とされているものも多いです。
※ただし飼料米用は加工用や業務用として用いられている品種もあり、飼料専用ではないものもある。

そんな飼料用稲に求められる能力は4つ、「収量性」「栽培特性」「病害抵抗性」「飼料適性」です。

「収量性」「栽培特性」「病害抵抗性」は「(籾もしくは茎葉もしくは両方の)収穫量が多く」「多肥栽培でも倒れにくく」「病気などにも強く育てやすい」事が求められているのですが、これは全て「低コスト」に繋がるものではないでしょうか。
前述したとおり、家畜の飼料は海外からの輸入に頼っているところが大であり、当然その価格も日本の主食用米とはすさまじく大きな差があります。
なのでなるべく手を掛けず(病気にかかりにくい、倒れにくい)、単位面積当たりの収量もなるべく多い(たくさん穫れる)品種が飼料用稲には求められています。

最後の「飼料適性」については、家畜の嗜好性やWCS(後述)にした場合のTDN(後述)の高さなどが求められ、米の味や品質などに注目して育成される主食用品種とは違い、茎や葉の消化性の良さなど、まさに飼料用として求められる能力のことを指しています。
前述した「栽培特性」、所謂「倒れにくさ」は茎が固いことで獲得することも多く、その為にはリグニンケイ酸といった成分が多い方が良い(固くなりやすい)のですが、これらは難消化性のため、この「飼料適性」の点から見るとあまり好ましくなく、単純に倒れにくい稲を育てればそれでよしとはいきません。
飼料用品種の育成も一筋縄ではいかない事がうかがえますね。


キーワード 【WCS】 【TDN】

飼料用稲を理解するのに欠かせない「WCS」や「TDN」という単語の意味は次の通りです。


○【WCS】ホールクロップサイレージ(発酵粗飼料)
稲やトウモロコシなどの高栄養の子実と繊維質の茎葉を持つ作物をまるごと収穫し、サイレージ発酵させた粗飼料。
稲の場合、出穂期以降に刈り取った稲体をロール状に梱包した後、ラップ材でラッピングする。
稲に付着している乳酸菌(人間の手で添加する場合も多い)により発酵させ、栄養価の向上に加えて、嫌気状態となることで長期保存が可能となる。
「稲発酵粗飼料」「稲WCS」とも表記、口頭では「ホールクロップ」と略すことも(多分)。
稲WCS(ホールクロップサイレージ)
稲WCS(ホールクロップサイレージ)例(おふざけ)


○【TDN】可消化養分総量
飼料がいくら栄養素を持っていても、それが家畜に消化吸収されなければ意味がない。
そこで家畜が飼料を食べた際に消化吸収する三大栄養素、「炭水化物」「タンパク質」「脂肪」について、飼料中の何割の養分を実際に消化吸収できるか示す単位が考案され、以下の式で算出されている。

TDN含量(%)=可消化粗タンパク質+可消化粗脂肪×2.25+可消化粗繊維+可消化可溶性無窒素物
(脂肪に2.25がかかっているのは、他の3栄養素の2.25倍の熱量を持つため)

TDNの値が高いほど消化吸収されやすい飼料、値が低いほど消化吸収されにくい飼料との解釈(でいいんでしょうか…)
ただしエネルギー評価指標として精密性に欠けるとの指摘もあり。
専用品種は50%~60%のTDNとなっていることが多い。
栄養価は基本的に籾の方が高い(不消化の問題を除く)ため、籾と茎葉部分でTDN値は異なっている。

TDN(可消化養分素量)例
【注】使用している値は何の根拠もありませんテキトーです【注】
「貧籾はステータスだ、希少価値だ」




飼料用の専用品種は?(専用以外でも…)

話は戻って

農研機構を中心に専用品種の開発が盛んに行われており、飼料用としての要求を満たした新品種が数多くあり、特に飼料米用品種としては、「需要に応じた米の生産・販売の推進に関する要領(令和2年度現在)」において、国が認可している「多収品種」各都道府県が認可している「特認品種」の2つの区分が設けられています。

国の委託試験等によって、飼料等向けとして育成され、子実の収量が多いことが確認されている「多収品種」は令和2年度現在で25品種が指定されています。
概ね700kg/10a以上の収量(粗玄米重)を持つ品種が並びます。

対する「特認品種」は、一般的な品種と比べて子実の収量が多く、当該都道府県内で主に主食用以外の用途向けとして生産されているもので、全国的にも主要な主食用品種ではないもののうち、知事の申請に基づき地方農政局長等が認定した品種のことを指します。


一方で一般の主食用米品種を飼料用として使用していることも多いそうで、後述する交付金の面や収量などで不利な点もありますが、漏性稲やコンタミ(異物混入)にそれほど気をつける必要も無く、今までの栽培感覚で扱えるなどの点から一般用品種を用いる農家さんも居るそうです。(要出典…ちょっと情報精度に難あり?)

福島県の主食用米品種『天のつぶ』も生産の大半が飼料用、なんて報道がありましたね


飼料用稲の注意点


「飼料用」という新しい分野ですので、当然栽培するに当たってもいくつか注意点があります。

①コンタミの防止(飼料米用品種)
飼料米用とされている品種は当然人間が食べて美味しいお米でないことが多いです。
識別性を持たせるためにお米の品質が非常に悪い品種も珍しくありません。
そんな飼料米が一般に栽培されている『コシヒカリ』や『ひとめぼれ』に混ざってしまっては大変です。
収穫する機械(コンバイン)の清掃を徹底するなどして、主食用と飼料用が混ざることのないように気をつける必要があります。

②漏性稲への対応
前述のコンタミの防止と同様ですが、飼料用稲品種を栽培した後に主食用米品種を植えた場合、前年のこぼれ籾による漏生稲の発生にはより注意が必要です。
『タカナリ』『もちだわら』『北陸193号』などは脱粒しやすく、越冬しやすいとされています。
基本的には飼料用の水田は固定されることが望ましいのですが、熟期が遅いものを採用してそもそも熟する前に刈り取る、畑作を一回挟んで水稲をいったん根絶するなど対応が必要です。

③除草剤による薬害の確認
飼料用として育種された品種は外国の品種を交配している場合も多く、日本で栽培されている品種に一般的に使われている除草剤に感受性を示すもの(枯れてしまう)ものがあります。
ベンゾビシクロン、メソトリオン、テフリルトリオンという成分が含まれた除草剤は、従来の除草剤(スルホニルウレア)への耐性を獲得した雑草に極めて有効とされ、活用されていますが、一部の飼料用稲品種にはこの農薬成分で薬害が発生してしまうのです。
国指定の多収品種では『タカナリ』『オオナリ』『モミロマン』『みなちから』『ミズホチカラ』などで使用不能で、都道府県指定の特認品種でも『ふくおこし』や『兵庫牛若丸』などが使用不能とされており注意が必要です。
栽培予定圃場での耐性雑草発生状況、採用予定品種についても感受性の有無について確認が必要と言うことですね。

冒頭の3人衆のなかでは『ミズホチカラ』が感受性(薬害を受けます)



補助金漬け…な実態

飼料用米は平成26年度から「数量払い制度」により、収量に応じた交付金が水田活用の直接支払い交付金により支払われています。(55,000~105,000円/10a)
加えて国の追加配分として「多収品種への助成」(12,000円/10a)と産地交付金の県設定枠として「一般品種への助成」(2,000~3,000円/10a)もあります。

各都道府県によって別枠の交付金を設けているところもありますが、収量条件さえクリアできれば10aあたり12万円は補助金がもらえる計算です。

このような状況ですから“補助金漬け”との批判はあり、正直その通りでしょう。
ただこれは外国産の飼料と同じ金額で畜産農家が飼料用稲を使用できるようにするためで、それだけ外国産飼料は安く、これだけの補助金をつぎ込まなければ農家の生計が成り立たない、ということです。

これが良いか悪いかという議論はありますが、とりあえず棚上げしておいて…

そのような体制で2019年産までは国が指定する「多収品種」を作付けするだけで追加の交付金12,000円/10aが出ていましたが、2020年産からは飼料用米や米粉用の複数年契約を結んだ水田に対して12,000円/10aを交付するようになりました。
品種を選んで作付けするだけでもらえるような交付金では、農家の増収意欲を削ぎかねないということで「多収品種への助成」は廃止を含めて見直されます。
一方で、毎年の面積変動が大きい飼料用米の安定生産・供給に寄与するとして、複数年契約を結んでいる水田に対しての交付金が新設された形です。


最後に

平成20年に0.1万ha程度だった飼料用稲は、令和元年度で7.3万haまで増加しました。(とは言えピークだった2017年の9.2万haよりは減少)

この間、日本全体での水田の耕作面積は、需要減の勢いには反してほぼ横這いを維持できており、主食用米需要の減少による生産面積減少を、加工用米などの新規需要米やこの飼料用米の作付面積の増でカバーしている状況です。

日本の水田を、稲作文化を守る一助として、飼料用稲の活用は不可欠であると個人的には思います。

そして各機関で開発されている専用品種達は、主食用品種とは違う、目的に沿った突出した能力を持っていることは間違いありません。
そんな彼女達の今後の活躍に期待ですね。

東北(青森除く)の飼料用品種代表格2名『べこあおば』さんと『べこごのみ』さん



参考資料

○「イネで牛を育てる 農林水産研究開発レポートNo.15(2006)」:農林水産省農林水産技術会議
○「米をめぐる関係資料 平成30年7月」:農林水産省
○「飼料用米の推進について 令和2年8月」:農林水産省政策統括官
○戸別所得補償モデル対策 食料自給率の向上のために!(農林水産省):https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1011/report.html


2020年9月4日金曜日

【WCS用】中国飼198号~たちすずか~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『中国飼198号』(『水稲農林444号』)
品種名
 『たちすずか』
育成年
 『平成22年(2011年) 農研機構・近畿中国四国農業研究センター
交配組合せ
 『クサノホシ×極短穂』
主要生産地
 『中国地方』
分類
 『飼料用(WCS用)』



「たちすずかだ。よろし………どこ見てる?」




どんな娘?

通常の米っ娘たちであれば当然のように持っているものを持っていない娘。
…ナニをとは言わないが持っていない。
むしろ同じ飼料用米グループ内を見渡した方がとんでもない…ナニのとは言わないが兎に角格差を見せつけられてしまう問題に日々苦悩している。
しかし持たざる者だからこそ、得ているものもある。
ステータスだ、希少価値だ…と理屈でわかっていてもなかなか…いや本当にステータスなんですけど

飼米っ娘たちは細分化されWCS用、飼料米用、そして兼用の三つの組織に分けられるが、その中でも新興のWCS用品種の首長を務める。
飼料米用首長のミズホチカラ、兼用首長にして全体首長の夢あおばと共に飼料用米をとりまとめている。
…が3人横並びになることだけは嫌い。なぜだか理由は聞いてはいけない。

「見た目より中身」が信条で、自分を磨く努力は欠かさず、実際その能力は非常に高い。


概要

稲というのは子実である「籾(米)」を収穫する作物ですから、「籾」はその稲を栽培する最大の目的にしてより多く収穫できる品種が求められるのが常識的です。
そんな常識からすれば異端児とも言える、特に近年「籾」が不要とされているのがWCS用稲品種達で、そのWCS用稲品種『たちすずか』の擬人化です。

「まっすぐに立つ草のかたちと、この品種が植えられた水田に吹くさわやかな風(涼風/すずか)」をイメージして命名されました。

耕作放棄田の解消、そして日本の食糧自給率の向上といった目的から、特に平成20年(2008年)頃より飼料用稲の栽培が推進されていますが、それより以前から水稲を飼料として活用できれば濃厚飼料となる籾(お米部分)と牧草となる茎葉を同時収穫・給餌できるものとして大きな期待が掛けられていました。
しかし昭和59年(1984年)の時点で、広島県畜産試験場の古本氏により、水稲を飼料として用いた場合、籾がそのままでは消化されにくいことが判明します。

そのまま給餌した場合、消化されずにそのまま排泄されてしまう籾が一定割合出てくる事は知られていましたが、これが給餌対象によって大きく差があることがわかったのです。
和牛繁殖牛などに給餌する場合、比較的少量を与えるので家畜が十分時間を掛けて咀嚼でき、籾にも傷が付きやすいため不消化率は10%程度で済みますが、大量に飼料を必要とする搾乳牛などでは咀嚼時間が減り、結果不消化率も50%までに至るという報告まであります。
そしてTDN(可消化養分総量)算出の際には前者と同じように比較的少量を与えるので、不消化率は10%程度です。
いわば理想値であるTDNに対して、特にWCSを大量に摂取する家畜における実際の利用可能栄養分との間に大きな差が発生してしまう可能性があるのです。
単純計算でTDN56%の稲でも籾が50%不消化であれば計算上TDNは40%まで低下してしまうことになり、1割もの栄養ロスはとても看過できるものではありません。

結果、家畜が効率的に栄養を摂取するためには子実(籾)に損傷を与える対策が必要であると結論づけられました・・・が
穀粒となる飼料米は兎も角、稲をそのまま刈り取ってサイレージにする稲WCSはその製造工程で、籾に傷をつけるような作業を導入するのは作業効率面、設備面から考えて現実的でしょうか・・・
いやいっそ、籾の存在が栄養ロスの原因となるのならば、籾自体がなければ良いのではないか?
このような考えを基本として育成されたのがこの『たちすずか』です。


WCS用品種としてはエリート中のエリート(だと墨猫大和的に思っている)『たちすずか』はまさに要求された能力を全て獲得していると言っても過言では・・・(過言かも知れない


『たちすずか』の熟期は『クサノホシ』よりも4日程度遅い、瀬戸内海平坦部では「極晩生」になります。
稈長は121cm程度で、耐倒伏性は「極強」です。
葉いもち圃場抵抗性は「弱」、穂いもち圃場抵抗性は「不明」で、真性抵抗性遺伝子が「Pib」「Pita」「Pi20(t)」であるため通常は発病しません(菌レースの変化による)。
白葉枯病抵抗性が非常に強く(ただし圃場抵抗性かは不明)、『中国69号』経由で『早生愛国3号』の白葉枯病抵抗性遺伝子「Xa-3」が導入されている可能性があります。
縞葉枯病には罹病性で、紋枯病抵抗性は「中」です
穂発芽性は「難」と『リーフスター』より発芽しにくいです。
湛水直播栽培適性も持ち、飼料用として非常に優れた品種ですね。



WCS用として優れた特性の数々


籾が少なく消化性が良い、倒れにくく収穫適期も幅広い、まさに飼料用稲品種の優等生ですが、そんな『たちすずか』最大の特徴と(して紹介されていると)言えば、”茎葉中の炭水化物含量が高いこと”ではないでしょうか。

収穫物全体に占める籾の割合が非常に少ない『たちすずか』は、全収穫物乾物重1.87t/10aのうち、籾は0.23t/10aで全体重量の1割程度しか籾がありません。
従来飼料用稲品種の『クサノホシ』約40%や、WCS専用品種である『リーフスター』の約27%と比較してもかなり少ないことがわかるかと思います。
それでいて両者間にTDNの差はほとんど無いどころか『たちすずか』の方が高いとされています。
(羊で56.8%、乾乳牛で52.4%である『クサノホシ』のTDN含量に対し、『たちすずか』のTDN含量はそれぞれ61.1%、58.1%との試験結果あり)

本来高栄養源となる籾の割合がそれほど少ないにもかかわらず、TDNが従来以上と言うことは、『たちすずか』の茎葉が従来品種と異なりかなりの高栄養源となっていることになり、実際茎葉中には大量の可溶性無窒素物(でんぷん等の炭水化物)が含まれています。
通常光合成で作られた炭水化物や、茎に溜められていた炭水化物は、出穂を契機に籾へと転流されていきますが、その籾が少ない『たちすずか』では炭水化物が茎や葉に残留するものと考えられており、これは籾に存在するときと異なり、不消化の影響を受けないので、より効率的に活かすことが出来るとされています
また、炭水化物の中には「糖」も含まれ、従来品種2~5%程度の糖含量(乾物ベース)に対して『たちすずか』のそれは8~15%もあります。
糖はサイレージ発酵させる際に乳酸菌の餌として必要とされるもので、それが多く含まれる『たちすずか』であればよりよい乳酸発酵による長期保存やサイレージ品質の向上が見込めます。

そんな茎葉はもともと消化しやすいとされ、その茎葉の割合が多いために『たちすずか』は消化性が良いと紹介されていることも多いですが、『たちすずか』ではさらに難消化成分の「リグニン」や「ケイ酸」の含量が他品種と比較して少ないために、より消化しやすくなっているとされています。
粗繊維消化率は従来品種の『クサノホシ』で約50%、高消化性と言われる『良質な牧草』で70%前後と溝を空けられている状態でしたが、これが『たちすずか』では約60%と大幅な改善を見せています。
従来品種より消化しやすい茎葉になって、更にその茎葉の比率が90%!なんですかこれパーフェクトですか、状態(これは育成時点ではわからなかった特徴だそうで)。

さらに『たちすずか』は、従来品種で黄熟期以降に急激に低下するTDNについても、黄熟期以降もTDNを低下させることなく収穫できる事がわかっています。
また、籾が少ないため重心が低く、加えて前述した高糖含量の影響からか、生育後期になっても倒伏しにくいため、刈取作業に支障を来すこともありません。
この収穫適期の広さは、いままで違う熟期の品種を組み合わせて栽培したり、移植期の異なる栽培計画を立てる必要があった農家の作業体系を大幅に改善することが期待されます。

収穫物の利用率も高く、収穫適期も非常に広い『たちすずか』は
まさに飼料用稲としては革新的な新品種であると言えるでしょう。
関東以西にしか適さないのは東北人として残念(早生化品種出るかな。)。



栽培上の注意点も


そんな異能児『たちすずか』ですから、今までの常識では能力を発揮できないこともあるため、栽培にもいくつか注意が必要です

①適期刈取を(早刈注意)
収穫適期の長さが特徴ではありますが、『たちすずか』における茎葉中の高い糖含量は、出穂後20日目から40日目頃にかけて増加します。
そのため、従来の飼料用稲の感覚で早期(出穂後間もなく)に刈り取りを行ってしまうとWCSの品質は悪くなり、牛の嗜好性も低くなりがちだそうです。
これは前述したように糖含量がまだ増えておらず少ないことと、糊熟期や乳熟期における『たちすずか』は従来品種よりも水分含量が多いことから、低糖・高水分による不良発酵になっているとされています。
籾の難消化性の問題を解消している『たちすずか』は黄熟期以降もTDNの下げ幅が小さく、従来であれば「刈り遅れ」になってしまうような時期でも問題無く飼料として活用が見込めますので、今までの常識にとらわれず、遅く刈り取る必要があります。

②十分な窒素肥料を
『たちすずか』の多収・低籾・高糖といった特徴の発揮には多肥栽培(有効窒素成分10~15kg/10a)が必要です。
窒素施肥量が少なくなると、全体の収量が落ちるだけでなく、籾重割合が大きくなり、糖含量も抑制されてしまいます。
前述したように非常に強い耐倒伏性を持つ『たちすずか』にはそのポテンシャルを十二分に発揮させるためにも、多肥栽培が重要となります。
ちなみに種子生産する際は晩植え・疎植・低肥料にすることで種子量を増やす取り組みが行われます。
『たちすずか』の収量(籾)は40kg/10aから300kg/10a(試験時最高481kg/10a)と栽培方法によってかなりの差が出るので、WCS用生産と種子生産でそれぞれ真逆の取り組みが必要になるわけですね。




育種経過

籾はなるべく少ない方が良い、とされたWCS用稲品種。
先に育成された品種に『リーフスター』があり、こちらも子実の割合が低い事が特徴でしたが、刈り遅れによる倒伏、そして給餌した際の嗜好性の低下等が問題になっており、より大規模化する農家に対応するためにも収穫適期がより広い(黄熟期以降も収穫可能な)品種の育成も課題でした。
さらに、飼料用として収穫適期とされる黄熟期では茎葉に乳酸菌の養分となる糖含量が低く、不良発酵を生じる原因の一つされていました。
『たちすずか』はこの「低い籾割合」「広い収穫適期」「高糖含量」を目指して育成が開始されました。

なお、『たちすずか』の育成は、農林水産省委託プロジェクトである
【新鮮で美味しい「ブランド・ニッポン」農産物提供のための総合研究(3系)】(2003~2005年度)
【粗飼料多給による日本型家畜飼養技術の開発】(2006~2009年度)
の予算を得て行われました。

平成13年(2001年)、近畿中国四国農業研究センターにおいて『中国147号(サトホナミ)』を母本、『極短穂(00個選11)』を父本として人工交配が行われました。

父本となった『極短穂』は、『葵の風』と『中国156号』との交配後代から、平成12年(2000年)のFS世代個体選抜で見いだされた自然突然変異系統で、下位の枝梗が退化する(穂の下の部分がなくなる=穂が短くなる)のが特徴です。(この短穂の形質を支配する遺伝子は染色体11に座乗する短穂遺伝子1(sp1)と同座と推定)

人工交配して得られた種子は70粒。
同年度冬期、その中から5粒の種子が蒔かれ、温室内でF1養成が行われます。
平成13年(2002年)にF2世代3,000個体が普通期乾田直播栽培で養成されます。

翌平成14年(2003年)はお休みの年。
冷蔵庫内で保管されました。

平成15年(2004年)から舞台を移し、国際農林水産業研究センター沖縄支所(当時)でF3~F4世代(5,000個体)の養成が行われます。
平成16年(2005年)、F5世代3,000個体を普通期移植栽培で育成、個体選抜を実施し45個体が選抜されます。
平成17年(2006年)にはF6世代で系統選抜を実施します。
前年の45個体を1系統当たり16個体の45系統(『多系選426』~『多系選470』)として育成。
この中から9系統が選抜されますが、後の『たちすずか』となる系統が生まれる『多系選435』系統からは5個体が選抜されています。
以後系統育成による選抜・固定が行われていくことになります。

平成18年(2007年)、F7世代で系統番号『多収系1072』が付され、生産力検定本試験・特性検定試験に供試されます。
選抜過程は前年の1系統5個体を1系統群5系統(『多育246』~『多育250』 )として各系統32個体を養成し、『多育248』系統から5個体を選抜しています。
試験の結果は良好とされ、平成19年(2008年)F8世代で系統名『中国飼198号』が付されました。
F8世代は前年の1系統5個体を1系統群5系統として各系統64個体を養成し、1系統30個体を選抜しています。
『中国飼198号』は各都道府県に配布され、地方適応性の調査が行われました。
結果、収量性(茎葉)、耐倒伏性、飼料適性の面でWCS用品種として優れた適性を持つことが認められました。
平成20年(2009年)に1系統群30系統(各系統32個体)を養成し、最終的に1系統5個体を選抜して育成を完了しています。


平成21年(2010年)3月に種苗法に基づく品種登録出願が行われ『たちすずか』と命名されました。




系譜図


参考文献

○茎葉多収で消化性に優れ高糖分含量の飼料用水稲品種「たちすずか」の育成:近畿中国四国農業研究センター研究報告
○牧草と園芸 第65巻第4号(2017年)『飼料用イネ新品種「たちすずか」の特徴について』:広島県立総合技術研究所 畜産技術センター 飼養技術研究部 副部長 河野 幸雄
○高糖分飼料イネ「たちすずか」栽培技術マニュアル:農研機構 近畿中国四国農業研究センター
○極短穂型飼料イネ品種「たちすずか」によるホール クロップサイレージの栄養価と第一胃内分解性:広島県立総合技術研究所畜産技術センター



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ネタです。たちすずか本人は絶対こんなことしません。



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