ラベル 五百万石 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 五百万石 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年9月6日土曜日

酒米『五百万石』命名の由来~米生産量が500万石を超えたのはいつ?~


酒造好適米の作付け面積で昭和42年(1967年)から平成13年(2001年)まで1位を継続していたかつての酒米クイーン『五百万石』。
「かつての」と言っても、令和7年現在においても醸造用玄米の検査数量第2位とまだまだ現役で、昭和33年(1958年)の作付け開始から60年以上第一線で活躍する大物品種です。

そんな彼女の命名由来…こんな説明をよく見かけます。

「育成年の昭和32年(1957年)に新潟県の米生産量が500万石(約75万トン)を突破したことを記念して命名」

この文章、二通りの読み方ができないでしょうか?
素直に読むと、「昭和32年に新潟の米が500万石を超えた。それを記念して命名された」という意味になります。(「育成年の昭和32年に米生産量が500万石を突破」したことを記念して命名)

でも、ちょっと構文を読み替えると、「命名が行われたのは昭和32年で、その理由は500万石突破の記念だった」とも解釈できるんです。(育成年の昭和32年に、「米生産量が500万石突破したことを記念して」命名)

同じ文章でも、焦点が「米が突破した年」にあるのか、「命名の年」にあるのかで印象が変わり、由来の理解に少し曖昧さが生まれます。
(大半の人は前者の意味で受け取ると思いますので、以下ほぼ前者の意味で語るのですが…)



しかしながら、あくまでも事実は
「昭和30年(1955年)に新潟県の米生産量が500万石(75万トン)を突破したことから、昭和32年に『五百万石』と命名」
これが正解です。(しょっぱな結論)
そして 細かいところですが「約75万トン」ではなく「75万トン」です。


「500万石突破」は昭和32年(1957年)か?昭和30年(1955年)か?


昭和32年(1957年)説が広まっている最大の理由は、やはり知名度の高い書籍『酒米ハンドブック 改訂版』に載っていること、それに尽きるでしょう。
大半の人は、一次資料の確認などせず、この短い文章をそのまま信じてしまうのも当然と言えます。(批判じゃないですよ?私も3年以上これが正史と信じてましたし…)

ただ、「酒米ハンドブック」の著者がこの短文を「昭和32年に500万石突破した記念に命名」「命名が行われたのは昭和32年」どちらの意味で書いたのかはわかりません。
また引用しているサイトの運営者がどちらの意図で受け取っているのかは、はっきりとはわかりません。

ただ「酒米ハンドブック」を読んだ大半の人は「昭和32年に新潟県の米生産量が500万石を超えた」と受け取っているのではないでしょうか?


ただこの酒米『五百万石』の命名由来について、新潟日報(2009年7月8日夕刊)に新潟農試の国武氏の回想として以下のようなものがあります。

(前略)当時の北村一男知事がどうしても、自分で付けたいと言うんです。55年には新潟のコメ収量が500万石(約75万トン)を超えていました。それで北村知事は酒米「五百万石」とさせてくれと。

国武氏は育成杜氏の新潟農試の、まさに当事者、現場の人間ですから、これが正解と飛びつきたいところですが…「関係者が言っているから問答無用で正解」とするのもまた早計なのが歴史です。
しかしまぁ新潟県の統計を調べると、これが正解で間違いはないと思われるのですが…この説の根拠について仮に調べようとする人がいても、勘違いの余地は残る複雑な事情があります。

新潟県の米生産量の変遷(統計の修正と数字の複雑さ)


現在、「米の生産量」を調べようとした場合、国の「e-Stat」で過去にさかのぼって調べることはできるのですが、これは生産量に関しては昭和33年以降のデータしか掲載されていません。
つまり、今回問題の核心となる「昭和30年〜32年」の統計は含まれていないんですね。

 

そのため、当時の資料を調べるには新潟県個別の統計年鑑のような資料を直接見る必要があります。
昭和53年に発行された「新潟県農業経済累年統計書 昭和24年度~昭和50年度」を見てみると、以下のようになっています。
年次作付面積(ha)10a当たり収量(kg)収穫量(t)万石換算(0.15t/石)
昭和28年175,500320561,100374万石
昭和29年175,500385675,800451万石
昭和30年183,200420769,200513万石
昭和31年183,600377691,800461万石
昭和32年185,300425787,500525万石
昭和33年185,700403747,600498万石
昭和34年186,900438817,800545万石
昭和35年188,200439825,500550万石

はい、昭和30年(1955年)に初めて500万石を超えていますね。


~終了~

…とこれで終わるわけにはいかないのです。
いえこれで間違いはないのですが、私が引っ掛かった罠についても少し触れたい…
と言うことで以下蛇足気味ですが

新潟県の統計資料として新潟県統計課が発行していた「新潟県統計年鑑」と言うものがありまして、これの昭和30年版を見ると…昭和30年の水稲生産量は推定実収高(玄米)として「4,940,700石」と記載されています。
そして昭和32年度版を見ると昭和32年の水稲生産量は「5,250,300石」との記載が。
ちゃんと昭和32年に500万石超えてるじゃないかとなるんです、これが。(添付の正誤表にも特に水稲生産量に関する修正は無し)

ここで、つい「”昭和32年に初めて突破した”で間違いない!」と思い込んでしまう人が出てきてもおかしくないわけですね。(自己紹介)

だがしかし
昭和33年度版から推定収量の表記が容積の石から重量のt(トン)に変わります。
過去の記録は玄米1石当たり0.15tで換算されているので、先ほどの昭和30年度の生産量494万石を換算すると74万tになる…はずなんですが、この昭和33年度版において昭和30年の収量は「769,710t」とされています。
この「約76.9万t」を逆算すると「約512.7万石」となり、最初にお示しした「新潟県農業経済累年統計書 昭和24年度~昭和50年度」とも矛盾しない数字となります。

では、なぜこうなるのか?
と言うと、国(農林省)が昭和25年度から行われてきた実測による耕地面積統計の確立が昭和31年にようやく完成したことに起因します。
この統計の完成により昭和30年、昭和31年の水稲の作付面積や推定実収高が後年になって修正されているんです。
この旨、農林省及び新潟県両者が発行した資料に以下のように記載されていました。

〇昭和32年発行「弘報だより」9巻28号:農林省
農林省は、昭和25年度から5ヶ年計画で、実測による標本調査を行い、耕地面積統計の確立を期し、調査を進めていた。しかし、調査の対象が広汎であり、複雑であつたため、その完成には7ヶ年かかり、昭和31年に正確な耕地面積の統計が出来上がつた(原文ママ)
〇昭和34年発行「新潟県農林水産省生産指数 昭和21~31年」:新潟県総務部統計課
注5.30、31年の米収穫高は、農林省で耕地面積の修正を行ったため、豊作という条件以上の生産数量となっているが、それ以前の収穫高は修正されていない数量である。

「国の調査」と言っても、国の職員が直接調査するわけではなく、国は県に、県は市町村に指示して、その逆順に情報を取りまとめ報告して…と言うのが常道ですから、農水省が「正確な耕地面積の統計が出来上がった」という昭和31年には、新潟県庁では修正後の水稲耕地面積を把握していてもおかしくありません。
(おそらく新潟県が自県分を調査、とりまとめ、国に報告しているから)

と、このようにいろいろと複雑に絡み合って、下手に昭和30~32年当時の統計資料で確認しようとすると大混乱となります。

・昭和30年の収量は一時期までは500万石未満、その後耕地面積統計の完成により収量修正、500万石以上に。
・耕地面積統計は昭和31年に確定した、という割には新潟県の昭和32年度版統計には反映されていない。
・昭和29、31、33年は500万石を超えないが、ピンポイントに昭和32年だけは超えている。


まぁこんな深掘りしてないで「新潟県農業経済累年統計書 昭和24年度~昭和50年度」を見ればそれで終わりなんですけどね。
耕地面積統計の修正がこの年でなければ…昭和32年の生産量が500万石未満なら…そもそもこんなに迷う必要もなかったのでしょうが『五百万石』は何とも奇妙なめぐりあわせの星のもとに生まれたようですね。

そもそも命名のタイミングから逆算して、「昭和32年説」はあり得ない


まさかとは思いますが

昭和32年も生産量が500万石を超えていることは間違いないんだから、酒米ハンドブックの表記は別に変じゃないだろ?難癖付けるんじゃないよ

とか言う人はいませんよね?
(二回目の)500万石突破記念に命名したというのもなかなかアクロバットなこじつけですが、日本語的の解釈的に否定はできませんよね。
ですが実はその解釈は無理があります。


全国農業試験場研究業績集:農業改良事業施行十周年記念新潟県農業試験場研究報告では「昭和32年度新潟県の優良酒米品種としてみとめられた(原文ママ)」とされています。
”年度”というのがまたいやらしく、下手したら昭和33年1月~3月の可能性もありえそうな表現なのですが…まずそれだけは無いのです。
新潟県農業試験場研究報告は昭和32年9月25日発行ですから、そこで『五百万石』の品種名が使用されている以上、それ以前に命名されたのは間違いないでしょう。

一方、新潟県が発行したものではないので100%信じていいものか不確かですが「新潟県総合年表昭和20年-昭和45年:新潟日報社」では

〇昭和32年(1957年)1月26日の出来事として
「県農業試験場奨励品種決定審査会、県奨励品種に(中略)酒米は『交系290号』に決定、県に申請」
〇昭和32年(1957年)4月9日の出来事として
「県農事試験場、新酒米を「五百万石」と命名して売り出す」

と記載されています。
昭和32年にはすでに「農試験場」ではなく「農試験場」になっていたはずですが…と言う点はさておき

これらを総合すると、昭和32年1月に農業試験場内で奨励品種として申請することが決定(この時点ではまた系統名『交系290号』)し、その後に名称を検討の上、昭和32年4月に『五百万石』と命名。
命名との前後関係はわかりませんが、昭和32年度(昭和32年4~9月までの間)に新潟県が「優良酒米品種」として正式に認定した、ということでしょう。


そう、『五百万石』はどんなに遅くても昭和32年の4~9月には命名されているのです。
(9月25日に書籍を発行するならせめて1ヶ月以上前には原稿が完成してるんじゃ?と思わないでもないですが、この場合8月でも9月でも大差ないので9月としておきます。)
そう
8月から9月はまさに稲刈りの真っ最中、そんな時期に「昭和32年度の収量」なんてものが確定するはずがないんです。
大雑把な推測や予測なら立たないこともないでしょうけども、そんなあやふやなものを根拠に「新潟県の米生産量が500万石を(二回目)超えそうだから命名したい!」なんてやるでしょうか?(それで到達しなかったらどうやって収集付けるんだろう…そもそも二回目だし?)

ましてや「新潟県総合年表昭和20年-昭和45年」を信じるなら命名されたのは昭和32年4月9日です。
せいぜい苗づくりしかしていない、田植えもしていないタイミングで「昭和32年の米生産量が~」なんて話があり得るでしょうか?
統計を調べるまでもなく、命名のタイミングからして収量が確定するわけがない=「その年の収量を命名根拠にした」はあり得ないという結論が導けたわけですね。


蛇足:「昭和32年に500万石突破」の元凶は?


酒米ハンドブックの記載が「昭和32年に新潟県の米生産量が500万石を突破した」という意味合いで書かれたとの前提でお話しします。


ここまで解説してきたように、新潟県の米(水稲)生産量が初めて500万石(75万トン)を超えたのは昭和30年(1955年)であることは間違いありません。
では、だれが「昭和32年に新潟県の米生産量が500万石を超えた」と言い出したのか。
そしてそれが酒米『五百万石』の命名由来だと言い出したのか。
まさか酒米ハンドブック著者副島先生が創作したわけでもあるまいし(多分)、何か元凶()があると思われます。

と言うことで、それらしい表現を調査中に見つけてました。

昭和40年(1965年)の日本醸造協会雑誌です。(また日本酒業界かよ
新潟県醸造試験場の職員?(やっぱり日本酒関係者かよ)の2名が著者の「新潟県の酒」という記事でこう書かれています。

本県が日本一の米産県であることは説明を要しません。生産量はすでに500万石をこえ(その年、好適米指定をうけた交系290号は500万石と命名された)(原文ママ)

まずこの記事、一貫して品種名の『五百万石』を「500万石」とか書いているのが本当に気に食わないんですが
「新潟県の生産量が500万石を超えた年に酒米『五百万石』と命名された」とまさに冒頭の解釈通りの記載がされています。
おそらくこれが元凶で、酒米ハンドブックもこれを参照した、もしくはこれを引き継いだいずれかの情報を参照したのではないでしょうか。(無論、私が見つけた最古の記載がこれってだけで、これが最初と決めつけることはできませんが)



でも何度でも言いますが、『五百万石』は昭和32年の4月(~9月)には命名されているんですよ。
苗づくり程度しか始まっていない、田植えなんてしていないそんな時期にどうやって「今年(昭和32年)の米生産量が500万石を突破したぞ!」なんてことが言えるんですかね?(ありえないですよね)

伝聞とは誠恐ろしい…
ただまぁ『五百万石』の育成経過の報告書が当時の記録と全く整合性が無いなど、新潟県農業試験場も相当いい加減なので、これの震源地を日本酒業界とするのはやはり軽率でしょうか。

(改めて)まとめ


新潟県の醸造用玄米品種『五百万石』命名の由来は

「昭和30年(1955年)に新潟県の米生産量が500万石(75万トン)を突破したことから、昭和32年に『五百万石』と命名」

昭和33年以降、新潟県の統計は1石を0.15tとして換算しているのでこの場合は「約」がつかず「75万トン」

酒米ハンドブックをはじめとして、巷で広く語られている
「育成年の昭和32年(1957年)に新潟県の米生産量が500万石(約75万トン)を突破したことを記念して命名」昭和32年に新潟の米が500万石を超えた。それを記念して命名された)
誤り(もしくは誤解を生む表現)

このような表記が広まっている原因はおそらく昭和40年(1965年)の日本醸造協会雑誌新潟県醸造試験場の職員が掲載した記事。
これは新潟県の統計情報(初めて500万石を突破した年は昭和30年)や『五百万石』の命名時期(昭和32年4~9月頃で昭和32年産米の収量が予測できない時期)を考慮しても矛盾している。


参考文献

〇全国農業試験場研究業績集:農業改良事業施行十周年記念
〇酒米新品種「五百万石」:新潟県農業試験場研究報告(8)
〇新潟日報2009年7月8日夕刊
〇統計から見た新潟県の米(昭和29年):農林省新潟統計調査事務所
〇新潟県統計年鑑昭和30~33年:新潟県統計課
〇新潟県農業経済累年統計書 昭和24年度~昭和50年度:北陸農政局新潟統計情報事務所 編
〇新潟県総合年表昭和20年-昭和45年:新潟日報社
〇弘報だより(1957年 第28号):農林省
〇日本醸造協会雑誌(1965年 第60巻 第11号)

関連記事





2021年2月14日日曜日

【酒米】交系290号~五百万石~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『交系290号』
品種名
 『五百万石』
交配年
 『昭和13年(1938年) 新潟県農事試験場長岡本場』
育成年
 『昭和32年(1957年) 新潟県農業試験場』
交配組合せ
 『菊水×新200号』
主要生産地
 『新潟県、富山県、福井県』
分類
 『酒造好適米』

五百万石、よろしく。さて、いつまで現役をやらされるやら…


どんな娘?

酒米っ娘の平成後期~令和ナンバー2。
かつて長期にわたって首長を務めていたこともあり、山田錦の補佐だけではなく代役もそつなくこなすクールビューティー。
冷静沈着で、常に落ち着き払った対応で東北酒米っ娘達の中でも羨望するものは多い。

彼女ほどの古参でも山田錦、雄町と諸先輩からは子供扱いされてしまうこともあるが、本人はまんざらでもない様子。
浮き沈みのあった前者と違い、現場に出てからこの方、常にトップに立ち続けてきた彼女はもしかしたら誰かに甘えたい気持ちがあるのかも…


概要

米王国新潟県の誇る酒米品種、『五百万石』の擬人化です。
淡麗できれいな酒質の日本酒が出来るとされています。
育成当初の醸造試験の言葉を借りるなら「色沢淡麗で、酒味は濃厚で幅に富み、かつ押味も十分。酒質は滑らか。」だそうです。

心白が大きく、酒米の中では粒が小さい部類に入るため高精白は難しく、50%以上削るのは厳しいために高級酒の醸造には向かないとされています。

品種名の由来については、新潟日報に掲載されていた新潟農試の国武氏の回想に依ると以下の通りです。
『交系290号(後の五百万石)』育成完了後、当時の新潟県農業試験場長である杉谷氏が『越南17号(後のコシヒカリ)』の時と同様に国武氏に対して品種名を考えるように言ったそうです。
国武氏は「大きい籾がきれいにさがる」様から『玉すだれ』という品種名を用意しました。
しかし当時の北村一男新潟県知事からどうしても自分で命名したいという申し出があったそうです。
国武氏曰く、北村知事からは「1955年には新潟のコメ生産量が五百万石(約75万トン)を超えていたため、酒米『五百万石』とさせてくれ…」との申し出があったとか。
ちまたで言われている「生産量500万石達成を記念して命名」は脚色なのか、実際知事が「記念して」と発言したのか不明です。(意図としてはそれほどねじ曲げられているとは思いませんが…)
これを整理すると、命名由来は

「昭和30年(1955年)に新潟県の米生産量が500万石を突破したことから、昭和32年に『五百万石』と命名」

となるでしょうか。
酒米ハンドブックの影響があってか広く巷で知られている「育成年の昭和32年に新潟県の米生産量が500万石を突破した記念に命名」は誤りの可能性が高いです。



今となっては『山田錦』の後塵を拝していますが、戦後最長となる酒造好適米作付面積連続34年間1位の記録を持つ大物品種です。
登場した昭和33年(1958年)から毎年約1,000ha単位で作付面積が増え、昭和42年(1967年)には6,123haに達し、『山田錦』を抜いて作付面積1位となります。
昭和54年(1979年)には最大面積となる8,209haに達し、平成13年(2001年)まで1位を継続していました。
山形県以南から九州に至る(令和3年現在で)22府県で産地品種銘柄が設定され、幅広く栽培されています。

育成地における早生品種です。
玄米は大形で厚みがあり(千粒重約25g)ますが、『山田錦』や『雄町』などのいわゆる大粒種(千粒重約28g)と比べて小粒と称されることもあります。
心白は眼状が主で極めて大きく、このために高精白は難しいとされています。
腹白は少なく、育成当初、酒造好適米としての品質は最上位と称されました。
穂数が少なく、穂長の長い穂重型の品種です。
やや長稈(約85cm)であり、稈はやや太いものの、粗剛でやや脆いため耐倒伏性は「やや弱」との判定です。
葉いもち病抵抗性は「中」、穂いもち病抵抗性は「やや弱~中」、真性抵抗性遺伝子型は【Pii】と推定されます。
白葉枯病抵抗性は「弱」、紋枯病抵抗性は「中」です。



育種経過

※基本的に昭和21年以降の内容については「新潟県農業試験場研究報告(8)」に基づいて記述しますが、正直言ってこの内容かなり怪しいです。
新潟県農事試験場の業務功程は昭和16年(1941年)までしかなく、昭和17~29年はこういった性質の刊行物はないと令和現代の新潟農総研では言っています。
よって『五百万石』の育成経過を業務功程で追えるのは昭和13~16年の間だけですが、この短い期間でも「業務功程」と「新潟県農業試験場研究報告(8)」の間にかなり情報の齟齬があります。
交配番号が違う、供試系統が違う、この有様だと昭和17年以降の情報もかなり怪しいです…
交配から20年近く経ってからまとめられたものですから、当時(昭和30年頃)の職員がかなり雑な仕事をした(自分たちが直接育成に関わっていない系統だから?)のではないでしょうか。
業務功程は昭和各年度の実際の試験記録と合致しているので、「新潟県農業試験場研究報告(8)」(以下、便宜上「研究報告」と略称)の情報の方が間違っていると言うことで良いと思われます。
とは言え、昭和21年以降の試験記録は入手できませんでしたので・・・


昭和20年以前の情報は「業務功程」及び「新潟県農事試験場の試験記録」
昭和21年以降の情報は「研究報告」
に依って記述します。


昭和13年(1938年)、新潟県農事試験場長岡本場において『菊水』を母本、『新200号』を父本として人工交配を行います。
交配番号は『38.13』(19"38"年の"13"番目の交配)です。(研究報告では『38.4』とされていますが、昭和16年度業務功程の記載に依ればその系統は『陸羽20号×農林1号』なので誤っています。)

昭和14年(1939年)はF1養成が行われます
養成、とはしながら3粒播種された内の2株から採種したものを翌年の試験に回したようです。

昭和15年(1940年)は「雑種第2個体選抜試験」が実施されています。
前年の2個体を2個体群として栽植(『13-1』および『13-2』)し、選抜が行われました。
(研究報告では”600株の栽培を行った”としか書かれていませんが、業務功程や試験記録では選抜されていることは間違いないので誤りです。)
実際に栽植された個体数は当時の試験記録にも残っていないので不明ですが、この年は29株(系統)が選抜されました。
個体番号は『2』~『121』(途中抜け番あり)です。

昭和16年(1941年)、交配番号『38.13』F3世代は29系統に対して試験番号『432』から『460』が付され、育成試験が行われます。
これら29系統を栽植、『銀坊主中生』を標準品種として『435』『437』『447』『452』『456』『459』の6系統30個体(各系統5個体ずつ)を選抜します。(研究報告では20系統栽植、内2系統選抜と間違った情報が記載)

昭和17年(1942年)、F4世代は前年の6系統30個体を6系統群30系統として『251』~『280』の系統名が付され、選抜が行われます。
この中から何系統が選抜されたのか不明ですが、おそらく『268』(昭和16年の系統『452』の個体番号『7』)が翌年『交系290号』となります。
「おそらく」と言うのも・・・
翌1943年の試験記録には、20番目の保存系統として『交系290号』の系統名が既にあり、その脇に「〃268」と読み取れる文字が記載してあります。
正直これが数字の「11」か「〃(同)」かは断定が出来ないことと、他の保存系統の欄が黒塗りにされ上下の系統名が確認できないので不確かではあるのですが・・・
仮に「〃(同)」だとしたら、上記の『251』~『280』系統の中から『268』が選抜されたということかもしれなく、かつ保存系統の中に『38.13』の交配後代が他にもあった可能性があります。
つまり、上には「菊水×新200号」と合わせて他の系統番号が書かれて(「菊水×新200号 251」のような)おり、その下段に書かれた『交系290号』は「〃268」という表記になったのでは・・・?ということで
このあたりは新潟県に再度資料請求ですね。(ダメでした。育種の知見が流出するから?公開できない、だそうです。)

そして昭和18年(1943年)F5世代から昭和20年(1945年)F8世代の期間は『交系290号』の名前で系統保存栽培を繰り返しています。(このことからも”昭和19年(1944年)F6世代で有望と認められ、『交系290号』の地方系統名が付された”という研究報告の記載は誤りで、昭和18年には既に『交系290号』の系統名が付されています。)
系統保存栽培だけかと思ったのですが、昭和20年(1945年)はなぜかいもち病耐性検定試験に供されていました。

終戦後となる昭和21年(1946年)F8世代から育種は一次停止状態に入った…と、とりあえずここからは「新潟県農業試験場研究報告(8)」に従って記述するしかないのでこう書きますが
昭和18年から既に系統保存に入っていましたよね…まぁでも一応昭和20年にいもち病耐性検定試験をしているので昭和21年から一次停止…でも矛盾はないようなあるような?
兎にも角にも、1系統群1系統90個体播種の系統保存期間に入り、昭和28年(1953年)15世代まで続きます。
(この間、昭和25年に試験場名が「新潟県農業試験場」に改称されています。)

昭和29年(1954年)から育種試験が再開され、生産力検定その他試験が実施されます

昭和29年F16世代では特性検定試験が実施され、対照は『たかね錦』『北陸12号』『亀の尾1号(新潟県)』が用いられました。
葉いもち病、穂いもち病、小粒菌核病、紋枯病に対する耐性が試験されます。
また同じく長岡本場で生育及び収量試験を実施します。
対照品種は特性検定試験と同様です。

昭和30年(1955年)F17世代では特性検定試験を継続(対照品種は同様)。
生育及び収量試験は長岡本場に加えて中条支場、佐渡支場でも実施されます。
本場の対照品種は『たかね錦』のみ、支場では『たかね錦』と『亀の尾1号(新潟県)』です。
また老朽化田適応性検定試験と苗代日数感応度、及び感光性検定試験も実施されています。
そして地方での現地試験も実施され、北蒲原郡川東村宮古木及び新井で『たかね錦』と『亀の尾1号(新潟県)』を対照として本場に準じた栽培基準で試験が実施されました。

昭和31年度(1956年)F18世代でも特性検定試験を継続。(対照品種から『亀の尾1号(新潟県)』除外)
老朽化田適応性検定試験と苗代日数感応度、及び感光性検定試験、そして本場での生育・収量試験は継続されます。
またこの年は南魚沼郡城内村委託試験地において、冷水掛流栽培による耐冷水性検定試験が実施されました。
対照品種の『新7号』(不適)より強く、『たかね錦』『万代早生』と同様の「やや適」の判定でした。
同様の新試験として倒伏難易度検定試験も実施され、耐倒伏性は「中」と判定されます。

また新潟県内全域での団地栽培試験の実施もこの年です。
北蒲原・宮古木で12圃場、岩船・中浦で3圃場、栃尾で2圃場、中魚・津南と新井で1圃場ずつ、計19圃場での大規模な栽培試験です。

さらに北蒲原郡宮古木で栽培された『交系290号』の米を使用して、新潟県醸造試験場で醸造試験を実施しました。
総評として『交系290号』は当時の新潟県酒造好適米『たかね錦』や『北陸12号』に比べて遙かに品質が優れていると評価されています。
玄米の外観品質は関西産の『竹田早生』や『山田錦』よりも優れているとされました。

昭和31年度は最後の選抜が実施され、1系統群10系統(『1』~『10』)各系統90個体が播種され、2系統(『7』,『10』)が選抜されます。
このうちの『7』が『五百万石』となる系統です。

昭和29~31年の試験の結果
『交系290号』は『たかね錦』よりも収量は劣るものの、『北陸12号』『亀の尾1号(新潟県)』と同等で、千粒重も重く(粒が大きく)、玄米品質は対照品種評価「中」~「中上」に対して『交系290号』は3年とも「上」と、明らかに優る評価となりました。
耐病性についても紋枯病耐性は対照品種と同等、葉いもち病は『たかね錦』並の「中」で他2品種「弱」~「やや弱」より優ります。
穂いもち病は『たかね錦』『北陸12号』の「中」より劣りますが『亀の尾1号(新潟県)』並の「やや弱」でした。

以上より、従来の主力品種に比して耐病性・収量性はほぼ同等かそれ以上で、玄米としての品質、千粒重は優り、醸造酒の品質も優れたと判断された『交系290号』は、県農業試験場奨励品種決定審査会において昭和32年1月26日に県奨励品種と決定され、県に申請が行われています。
この後、昭和32年度に新潟県の優良酒米(酒造米)品種として認められました。
新潟県総合年表によれば昭和32年4月9日「新酒米を五百万石と命名して売り出す」と記載されていますので、新年度早々に国武技師の用意した『玉すだれ』ではなく、北村知事の考えた『五百万石』が命名されたものと推測されます。

翌昭和33年(1958年)には1,047ha、昭和34年(1959年)には2,709ha、さらに昭和35年(1960年)には3,505haと急速に普及していきます。
昭和42年に日本一の酒米作付面積となり、以後平成の世に再び『山田錦』にその座を譲るものの、令和になってもなお重要な酒米品種として重役を果たしています。


系譜図

交系290号『五百万石』系譜図



参考文献

〇酒米新品種「五百万石」:新潟県農業試験場研究報告(8)
〇業務功程 昭和14~16年度:新潟県農事試験場
〇新潟県農事試験場育種部試験記録各種
 ・昭和十三年度試験設計書
 ・昭和十三年度試験成績書(系統之部)
 ・昭和十四年度試験設計書
 ・昭和十四年度試験成績書(系統之部)
 ・昭和十五年度試験設計書
 ・昭和十五年度試験成績書(系統之部)
 ・昭和16年(原表記まま)
 ・昭和十七年度水稲品種育成ニ関スル試験
 ・系統/1943 系統保存栽培
 ・系統/1944 系統保存栽培
 ・系統/1945 系統保存栽培
 ・/1945 稲熱病耐病性検定試験
〇新潟日報2009年7月8日夕刊
〇統計から見た新潟県の米(昭和29年):農林省新潟統計調査事務所
〇新潟県統計年鑑昭和31~33年:新潟県統計課
〇米に関する資料 昭和32年:新潟県経済農業協同組合連合会
〇新潟県総合年表 昭和20年-昭和45年:新潟日報社

令和2年(2020年)現在の年齢 『ヒヨクモチ』よりも年上です

2019年6月16日日曜日

金賞受賞酒の酒米は何か?~平成30酒造年度全国新酒鑑評会~


始めに言っておきますが…
ガバガバ調査なので間違いがあるものと思って見てください



独立行政法人である酒類総合研究所が行っている全国新酒鑑評会。
令和元年5月17日に、平成30酒造年度に関して結果が発表されました。

出品数は857点、うち416点が入賞し、237点が金賞に輝きました!


↓元結果URLはコチラ↓

それで…
そもそも”新酒鑑評会”とは何ぞや?


全国新酒鑑評会

”新酒を全国的に調査研究することにより、製造技術と酒質の現状及び動向を明らかにし、もって清酒の品質向上に資することを目的に、全国新酒鑑評会を行っています。”
~酒類研究所HPより~

という目的により、統一された基準で、日本中の蔵が参加可能な吟醸酒の品評会、それが”全国新酒鑑評会”です。

事の始まりは明治20年代、全国各地で日本酒の品評会が開かれるようになりましたが、各地で基準はてんでバラバラ。日本酒の醸造技術向上のためにも、統一された基準での品評会が必要とされたそうです。
酒税を貴重な財源とする国の後押しもあり
1907年(明治40年)に日本醸造協会が行った全国清酒品評会が前身となり、1911年(明治44年)に第一回全国新酒鑑評会が開催されるに至りました。


「品評会」は個々の優劣をつけることが主たる目的
に対して
「鑑評会」は酒造技術に対する専門家の評価を技術向上に役立てることを主たる目的にしています。



どうやって鑑定するの?

独立行政法人酒類総合研究所、国税庁の酒類鑑定官、都道府県醸造試験場の技術関係者などの専門家による唎き酒(人間の五感による鑑定)の他、酸度や香気成分についての化学分析も行われ、入賞酒(俗称:銀賞)、さらにその中から金賞酒が選ばれます。

これも、
専門家による唎き酒が密室で行われているから怪しい、とか
鑑定の際に呑み込まないので飲んだ時の味が評価されない、とか
そもそも鑑評会で金賞を取っても、販売している酒とは仕込みが違うから評価の基準にならない…とか

いろいろ批判はあるようです。

結局、お米で言うところの「食味ランキング」のようなものでしょうか。
評価する一定の基準とするものであって絶対的な評価として扱う側に問題があるものだと思われます。



さて本題

と、こんな新酒鑑評会。

日本全国の酒蔵が一堂に会しているこの鑑評会で、どのような酒米が使われているのか調べてみました。

「美味しいお酒」の一種の指標となるこのような場で使用されている酒米たちはさぞや各県を代表するような品種達に違いない…!

ちなみに平成30酒造年度で最多金賞数は福島県の22蔵。続いて秋田県の18蔵、兵庫県の16蔵と続きます。
特にトップの福島県は7年連続、通算9回目の最多金賞数と言うことで盛り上がっていますが、歴代の受賞数を見ると他に山形県、宮城県、長野県などもトップ3に入っており、そんな県ではどのような酒米が使われているか気になるところですよね!(お前だけだ、墨猫大和)


平成30酒造年度新酒鑑評会【金賞受賞酒】に使われている酒造好適米!



山渡50-7 山田錦

…いや本当に
調べたんですよ…237点分…トータル一週間近くかかったんですよ…
で結果は山田錦…



という冗談はさておいて(半分以上冗談ではないんですが)



【金賞受賞酒】に使われている酒造好適米!【本番】


平成30酒造年度に金賞を受賞した237点について墨猫大和独自調べを行いました。

※SAKETIMESさんの「こちらの記事」を足掛かりにさせて頂きました。

墨猫大和独自調べ
① 蔵元のHPに金賞受賞酒の原材料名表記があればそれを採用
② 金賞受賞酒を販売しており、原材料名表記があればそれを採用
③ ①~②が無ければその蔵の大吟醸酒の原材料名表記があればそれを採用
④ それでもなければ銘柄名、金賞受賞で検索。個人のブログ等がないか調べる。


結果
※あくまで当ブログの独自(雑)調査

  • 207点/237点…山田錦(約87%)
  •  6点/237点…山田錦+他品種(約2%)
  •  19点/237点…他品種(約9%)
  •  5点/237点…不明(約2%)


5点については完全に不明…
上記①~④の調査を行ってもまったく原材料名が出てきません…
蔵元のHPですら、通常販売している銘柄ですら、「国産米使用」とか「○○県産米使用」とか「酒造好適米100%使用」とかナメとんのかワレ!?


注!:ちなみにI類、Ⅱ類の区分があったころの受賞数を見ると、『山田錦』以外の品種を使った金賞受賞酒がもうちょっと多かったので、墨猫調査から漏れている蔵が多いのかもしれません。

…と言うのも、調査方法の③で断定してしまうのがかなり不安定なんですよ。

パターン①
蔵HP:○○県産米にこだわって日本酒造りに取り組んでます!
蔵の大吟醸酒は確かに◯◯県産米(『山田錦』以外の品種)
でも金賞受賞酒は『山田錦』使用(おい、舐めとんのかワレ)


パターン②
蔵の大吟醸酒は『山田錦』使用。他品種使用は吟醸酒以下。
でも金賞受賞酒には他品種使用。


ただほとんどの場合、パターン①が多く、パターン②はほとんどありません。
なので半強制的に『山田錦』の大吟醸酒しか置いていないような蔵は『山田錦』使用としています、あしからず。
(まぁネット全盛期において、仮に『山田錦』以外の酒米で頑張っているとしても、それを伝えられていない時点でその蔵の敗北ってことで(言い訳))

兎にも角にも!
『山田錦』ほぼ一色の中、果敢にも他品種で挑み、金賞を勝ち取った蔵(と言うか品種に注目してますが)は以下の通りだっ!
※ちなみに本当に雑な調査なのでかなり間違いあると思われます


◯北海道(金賞受賞3蔵中1蔵)

北海道の三大酒米、『吟風』『彗星』『きたしずく』の中から『きたしずく』が使用されています。
濃厚甘口向けの『吟風』と淡麗辛口向けの『彗星』のちょうど中間の酒質になりやすいとされている北海道のオリジナル酒造好適米です。
日本清酒(株)さんは『吟風』で新酒鑑評会出している時もあるようです。




青森県(金賞受賞5蔵中1蔵)



『華吹雪』『華想い』『華さやか』の華三姉妹に最近登場した『吟烏帽子』を加えた4品種が青森県の代表的な酒米ですが、その中で長女の『華吹雪』が金賞受賞蔵で使用。
栽培良好地生産の『華想い』と南部地域向けの『吟烏帽子』が4姉妹の中でも大吟醸向けとされていますが、実は『華吹雪』は心白が大きいために高精白が難しい=大吟醸向けではない、というのが一応の評価。
がんばったんだな!(管理人の妄想)
でも個人的には『華想い』『吟烏帽子』で頑張る蔵が出てきてほしい。

青森県で『華吹雪』が使用されているというのは間違いでした(゚Д゚;)




◯岩手県(金賞受賞6蔵中2蔵)

岩手県の酒米は『吟ぎんが』『ぎんおとめ』姉妹に加えて大吟醸向け酒米『結の香』。
その中から2品種が金賞受賞酒で使用されています。
岩手県北部向けの『ぎんおとめ』は、先輩『吟ぎんが』の妹分。『山田錦』より大粒なものの心白が少し小さめです。
岩手県初の大吟醸向け酒造好適米の『結の香』は栽培特性にやや難あり、収量も少ない…と、欲を言うなら理想の品種までは今一歩かな(何様)?。
しかしながら高精白可能でタンパク質含量も低い、淡麗な日本酒を作ることが出来る娘(ちなみに『山田錦』の子品種)。




◯宮城県(金賞受賞13蔵中2蔵)

『ひとめぼれ』『ササニシキ』に代表される米どころ宮城県ですが、酒造好適米の品種は実は非常に少ないです。
県産最大の規模を誇るのは宮城県オリジナルの『蔵の華』ですが、金賞受賞酒には残念ながら無し。
長野県で育成され、酒造好適米第三位の検査数量を持つ『美山錦』と宮城県民間開発の『ひより』が金賞受賞酒で使用されています。
『美山錦』は耐冷性の高さから育成地の長野県及び東北を中心として栽培され、さっぱりとした軽やかな酒質になりやすい(らしい)。
『ひより』は宮城県岩沼市の平塚静隆氏が『山田錦』に、なんと『ササシグレ』を交配させ、その後代から選抜した民間酒造好適米第二号(一号は山形県の『亀粋』)。”穏やかな日よりのように、笑顔の美しい女性”をイメージ。




◯秋田県(金賞受賞18蔵中3蔵)

『あきたこまち』で有名な米どころ秋田県では『秋田酒こまち』を利用した3蔵が金賞受賞。
他、秋田県オリジナル酒米としては『吟の精』『秋の精』『美郷錦』とある中でもやはり最新かつ大吟醸にも向くとされる『秋田酒こまち』が順当に使用されている様子。
2020年頃デビュー予定の秋田県新オリジナル酒造好適米『百田(秋田酒121号)』『一穂積(秋田酒120号)』の内、『百田』はどうやら大吟醸向けを想定している様子。
こういったオリジナル品種を使う蔵が増えると嬉しいですね。




◯山形県(金賞受賞13蔵中1蔵)

情けねぇぞ山形県!!!
そんなひとりよがりの愚痴は置いておいて…
我らが山形県からは山形県酒米の血統を連綿と受け継ぎ、かつその集大成、大吟醸用酒米『雪女神』を使用した1蔵が金賞受賞。
吟醸向けの長女品種『出羽燦々』と栽培特性はほぼ変わらず、心白発現率の高い高精白可能な酒造好適米です。
『山田錦』に劣らない綺麗な酒質の日本酒が出来るということで、これからの躍進に期待です。
ところで山形県、酒造好適米の数はかなり多彩で、一位の兵庫県に次ぐ多さ。
『酒未来』『龍の落とし子』『羽州誉』のような民間育種品種も多く…いやだからさ、もっとこう…『山田錦』以外でたくさん金賞受賞してるかなぁ…とかって期待をさ(以下略




◯福島県(金賞受賞22蔵中1蔵)

全国新酒鑑評会において怒涛の7連続(平成30酒造年度現在)最多金賞受賞数を誇る福島県…しかし悲しいかな、『山田錦』以外を使用しているのはたった1蔵。そんな松崎酒造(株)さんでは福島県オリジナル品種『夢の香』が使用されています。
広島県の『八反錦1号』と山形県の『出羽燦々』を掛け合わせた子で、『五百万石』に代わる県オリジナル品種として育成されました。
『五百万石』の代わり…と言う点からも大吟醸向けは想定しておらず、千粒重が『五百万石』並みなのでおそらく酒造好適米の中では小粒の部類です。
高精白した際には砕けやすいはずですが…
がんばったんだな!(デジャブ)
そんな福島県も、兵庫県産『山田錦』から県オリジナル品種『越淡麗』への乗り換えを達成した新潟県に倣い、新品種『福島酒50号』を県酒米(大吟醸)の主力に据えようと画策中です。




◯茨城県(金賞受賞12蔵中1蔵)

『渡船』の代役で近縁種(仮)の『雄町』さん
意外と金賞受賞の多い(失礼)茨城県では『渡船(産地品種銘柄名)』を使用した日本酒が金賞受賞しています。
『渡船』とは『雄町』の異名同種、という説が根強いようですが…

さて
茨城県で銘柄指定されている酒米『渡船(産地品種銘柄名)』ですが、実際これ、何の品種を使っているのか全く分かりません。
(産地品種銘柄なんてものは商品名の様なものなので)『茨城県産渡船』なんて書いてても、もはや『渡船』と全く関係ない品種を使っている説まであります。
※詳しくはコチラの記事短稈渡船を追え3~酒米『渡船』を追う~をご覧ください※

平成2年に農研機構遺伝資源センターより酒蔵「府中誉」に、保存していた『(滋賀)渡船2号』を譲渡しており、銘柄指定を受けているのもこの後代とは思われますが…
現状まったく正体不明です

…さらに、産経新聞のこの記事にも見られるように誤解している人もいるようですが、これは『山田錦』の親品種『短稈渡船』ではありません。(農研機構さんに直接確認済み)


ちなみに『渡船』、以下のようにそれぞれ微妙に違うのです。

・『渡船』
各種由来の説がありますが、滋賀県で栽培されていた在来品種(100年以上前の品種!)、これ以上の明確な事実はありません。(雄町から選抜?札を失くした?それ全部”説”です)
ただし、滋賀県内では1905年(明治38年)以降、県外から持ち込んだ『雄町』についても異名同種として『渡船』と呼称していたので非常にややこしい。

・『短稈渡船』
『山田錦』の親品種。兵庫県が滋賀県から取り寄せたことは間違いないが、滋賀県内に『短稈渡船』なる品種は無し。
同時期に存在した品種では『滋賀渡船2号』が脱粒性を除く特性が酷似しているので、おそらく『2号系統の渡船』であったと推測されている。
産経新聞によれば、蔵で利用している『短稈渡船』は農研機構で保存されていたそうなので、農研機構に問い合わせ中。→確認完了。『滋賀渡船2号』でした。

・『渡船2号』
前述したように『短稈渡船』にごく近い品種と推測される『滋賀渡船2号』。
京都大学育種研究室と、(独)農業生物資源研究所ジーンバンクにおいて保存されている…が、ジーンバンクの方では”滋賀”の文字が抜けて『渡船2号』として保存されているのでこれまたややこしい。
どちらも『滋賀渡船2号』です。




◯埼玉県(金賞受賞5蔵中1蔵)
気概のある蔵がここにも!
埼玉県唯一のオリジナル酒造好適米『さけ武蔵』を利用して金賞を受賞した蔵がありました。
埼玉県の先代主力は『若水』(愛知県育成)という状況に加え、酒造に使用する米の9割以上は県外産に頼っている…という状況を打破すべく、独自の酒米品種として育成され、”武蔵の国を代表するような酒米になってほしい”という願いを込めて命名されたのがこの『さけ武蔵』です。それを利用して金賞受賞とか胸が熱くなるぜ!!!(私見)
親の『若水』よりも心白発現率は小(中心部に小さな心白)ですが、粒は大きく、粗タンパク質含量は低く、無効精米も少なくなりました。




◯栃木県(金賞受賞11蔵中2蔵)

一般用飯米で『なすひかり』『とちぎの星』と、関東圏では水稲品種に力を入れている印象を受ける栃木県。
そんな栃木県の新進気鋭の新品種『夢さらら』、そして県外出身ながら『ひとごこち』の2品種が金賞受賞酒で使用されています。
『夢ささら』は『とちぎ酒14』以来の県オリジナル酒造好適米品種。『月の光』由来の縞葉枯病抵抗性を持ち、もう片親の『山田錦』由来の酒造適性の高さが特徴です。栃木県の蔵元で大吟醸用として用いられることが期待されています。
『ひとごこち』は”新美山錦”とも呼ばれ(…が特に『美山錦』と直接的な血縁があるわけではない)、『美山錦』と同じ酒造適性を持ちながら栽培特性が優れます。淡麗で味に幅のある日本酒が醸造可能。




◯新潟県(金賞受賞15蔵中7蔵)

真打登場!
「魚沼産コシヒカリ」だけじゃない!
金賞受賞数もさることながら、他県と比較しても『山田錦』に頼りきらないその姿勢がもう”すごい”の一言(私見)。
金賞受賞蔵の半数近くが新潟県の品種を使用して醸してるってどんだけ胸熱(以下略
検査数量で全国二位を誇る『五百万石』ですが、小粒で高精白に向かないこともあってか新酒鑑評会でそれほど使用されない様子。ですがさすが地元新潟県、しっかりと金賞受賞です。
『越神楽』は新潟県第二の大吟醸用酒造好適米で、『山田錦』に匹敵する酒造適性を有する品種を目標に育成、平成25年から栽培されている比較的新しい品種です。(片親は『山田錦)
そして『越淡麗』、新潟県第一の大吟醸用酒造好適米で、『山田錦』と『五百万石』のエリート交配で生まれたエリート中のエリート品種。小さな線状心白により、高精白が可能で、粗タンパク質含量も少なく吟醸、大吟醸酒に適しています。県外産の酒米に頼っていた新潟県酒造の構造に変化をもたらし、多くの蔵元が『山田錦』からこの『越淡麗』に切り替えた…というのが嘘でない証拠がこの結果でしょうか。




◯長野県(金賞受賞14蔵中1蔵)

全国第三位の酒造好適米『美山錦』の故郷、長野県からは『金紋錦』が金賞受賞酒内に登場。
長野県では『美山錦』&『新美山錦(ひとごこち)』を主軸に金紋・しらかば・たかねの三錦を生産しており、新酒鑑評会での金賞受賞も多く、酒造の盛んな土地柄がうかがえます。
『金紋錦』は『美山錦』の変異元『たかね錦』と『山田錦』の交配から育成され、稈長は長くないものの柔らかいために倒伏しやすく、脱粒性も高いようです。
一時は生産が木島平村のみとなり”幻の酒米”と呼ばれていました(酒米って幻多いな…)が、需要が高まるにつれて生産が追い付かなくなり、木島平以外での生産も始まっているそうです。






◯広島県(金賞受賞8蔵中3蔵)

長野県以西で唯一、『山田錦』以外の品種で醸した酒で金賞受賞しているのは八反シリーズで有名な広島県。
3蔵が広島県のオリジナル品種『千本錦』を利用しています。
心白が大きく高精白が難しい雄町系、八反系とは一線を画す、大吟醸向け系統の酒米開発を目的として『山田錦』と『中生新千本』の交配から生まれたのがこの『千本錦』です。
耐倒伏性は『山田錦』よりも改善され、粗タンパク質含量も低く抑えられています。





まとめ

金賞受賞が多いのはやはり東北を中心とした、長野県以東の地域が多いですが、『山田錦』以外を使用しているかどうかとなると、新潟県と広島県を除けばどっこいどっこいな印象でした。
使用していても十数蔵が受賞している中で1~2蔵とかなので、割合としてはそう変わらないのかな、と思います。

ただしこれはあくまで「新酒鑑評会に向けた日本酒」の原料に使われている品種の話であり、各蔵ごとに大吟醸酒を地域特産の酒米で作っているところもたくさんあります。
「美味しい日本酒はどれか」と言うよりは「教科書通りの日本酒を作れるか」という性質が強いとも言えるので、出品酒が『山田錦』に加えて高精米・アル添大吟醸・速醸・袋吊りがテンプレになるのもまた当然なのかもしれません。
【『山田錦』を精米歩合35%まで磨き、きょうかい酵母もしくは熊本酵母で醸せば金賞を取れる】なんていう「YK35」という言葉が生まれるほどです。


他県産の『山田錦』で日本酒を作ることが無条件で悪ではありませんし、
地元の酒米を利用して日本酒を作ることが無条件で偉いとは思いませんが、新潟県、広島県のように地元酒米が蔵に浸透しているのは素晴らしい事だと思います。

日本酒は各県各蔵が様々な宣伝をする中で、一面でも客観性のあるこのような鑑評会の結果を調べるのはとても楽しかったです。
調べていく中でも、福島県や新潟県のように(ネット上での)蔵の情報発信が盛んな県もあれば、群馬県や三重県ように非常に情報量がない県まで、県単位で傾向と言うか特色が見えたのも(思い込みかも知れませんが)面白い点でした。


一般用飯米で脱・『コシヒカリ』の動きが加速する中、酒造好適米もまた脱・『山田錦 
へと…向かっていくのでしょうか?



ちなみに
酒造好適米の品種が不明だった蔵
【群馬県】
島岡酒造(株)…群馬泉
貴娘酒造(株)…貴娘
【長野県】
(株)豊島屋…神渡
【三重県】
(株)伊勢萬…おかげさま
【石川県】
(株)加越…加賀ノ月※

※「加賀ノ月」は大吟醸酒が『五百万石』原料だけだったのですが、それで新酒鑑評会を受けていると明記が無かったので不明扱いとしました。






これ…毎年調べるのはしんどいな…
(独)酒類総合研究所さんって、問い合わせたら教えてくれるもんかな…


ふむ…結局、老害はあまりでしゃばるな、ということらしいな、山渡。
引退はいつだ?
ずいぶんと辛らつですね、雄町。
貴女に比べたら私なんてまだまだ若いですよ。
完全引退されちゃ困るな。
まだまだ、後輩の指導は尽きないぞ。
一辺倒より…分担、出来たらいい
そうですね
東北まで行くのも大変ですから、任せることが出来れば私も楽が出来るでしょうか?
ええ、どうかお任せください。
新潟は半分任せてもらっているしね。
役割分担、こういった動きが広まることは悪い事ではないね。
そうそう、老人は労わるものだぞ。
老人…
ふっふっふー!
そうだね!
うちのお年寄りたちにもゆっくり休んでもらうことが必要だよね!
………………
誰がお年寄り…なのかしら?
ねぇ…さやか?
ほえっ!?
あー…うー
え~っと…まぁ…それは
古城錦の姐さんとか…じゃないかな?
あら…そう…

じゃあ、あとで豊盃たちにも伝えておくわね
はえっ!?






他年度結果






ブログ アーカイブ

最近人気?の投稿