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2021年12月26日日曜日

『山田穂』の正式名称は『新山田穂1号』?『山田錦』の母親?白鶴酒造誤情報覚え書き


今日のお題はこちら。

タイトルにもある通り“山田穂の正式名称は新山田穂1号”という誤った説についての解説?です。
はい、”誤った”と書いてますが、これ明確に、議論の余地なく間違いです。

それでもいろんな酒屋やサイトでこのように説明しているのを見たことがないでしょうか?
また、“『山田錦』の母親は『新山田穂1号』だ“としているサイトまであるようです。

なぜこのような誤情報が拡散されて根付いてしまうに至ったのか?(と、もう既にタイトルバレしていますが…)

元凶が「誤解を修正」するのではなく、削除してなかったことにしてしまったので、このままでは後世に謎が残ってしまうと思い、備忘録的にこの記事を作っておこうかと思います。
『新山田穂1号』等各所でも軽く触れているのですが、改めて全体の経緯を残しておきたいと思います。

何より消費者の正確な情報選択の一助になりますように。

 
目次




 
まず基本から 在来種『山田穂』について

『山田穂』は明治時代の兵庫県の在来種です。

その由来については3つほど説がありますが、いずれにせよ少なくとも明治時代には広く兵庫県内で栽培されていた品種(群)であることは間違いありません。
兵庫県農事試験場ではこの品種群『山田穂』を収集し、明治45年(1912年)に原種(奨励品種)に指定しています。
原種指定するにあたってはある程度の選抜(純系淘汰)が行われたことが予想され、兵庫県農事試験場が配布していたのは『山田穂(在来品種群)』とは大なり小なり異なり、特性が統一された『山田穂(純系淘汰)』と言うほうがより正確でしょう。

『新山田穂1号』は大正時代に『山田穂』からの純系淘汰で育成された品種です。
妹に翌年育成完了した『新山田穂2号』がいます。
妹の2号とは違って、選抜当初年の業務行程に収集先の記載がなく、どこからどのように集められた『山田穂』群から選抜されたかは不明ですが、大正10年(1921年)に『新山田穂1号』と命名され、従来の『山田穂』に代わって原種指定されています。

そして
酒米の王として有名な『山田錦』の母本は『山田穂』であり、「これ以外の記録は令和元年現在見つかっていない」と兵庫県酒米試験地から回答を得ています。
時代から考えて、原種指定から外れてはいたものの、『山田穂(純系淘汰)』が『山田錦』の交配親となったと推測され、『新山田穂1号』が交配親になったという記録はありません。


育成者の後継組織である兵庫県酒米試験地の回答ですから

『山田錦』の母本は『山田穂』

これは新しい記録が見つかりでもしない限り覆ることはありえません。
ですから“『山田錦』の母親が『新山田穂1号』”ということはあり得ません。
そして同様に“『山田穂』の正式名称が『新山田穂1号』”などという事実も当然ありません。

ただ、これは誤解のないように断っておきますが、一般に知られている名前と品種名が異なるという事例はあります。
令和3年度で「新潟県産コシヒカリ」の正式な品種名は『コシヒカリ新潟BL1号』『コシヒカリ新潟BL2号』『コシヒカリ新潟BL3号』『コシヒカリ新潟BL11号』の4種混合…というように「(品種の)正式名称が他にある」ことは、ないわけではないです。
『新山田穂1号』と同時代(大正~昭和)にも、例えば三重県では『伊勢錦92号』『伊勢錦100号』『伊勢錦133号』『伊勢錦222号』『伊勢錦241号』『伊勢錦279号』『伊勢錦416号』『伊勢錦656号』『伊勢錦713号』『伊勢錦722号』延べ10品種がすべて「伊勢錦」の名称で普及されており、有名な岡山県の「雄町」にしても最多期には『雄町2号』『雄町4号』『雄町288号』『雄町92号』『雄町98号』の5品種を含んでいました。
ただ、繰り言になりますが、兵庫県で『新山田穂1号』を『山田穂』の名で普及していた、そんな記録はありません。(あります?)

改めて整理すると、冒頭の珍説はいずれも荒唐無稽な間違った情報と言うことになりますが、それにしてもいろんなところに広まっています。
どこが震源地なのでしょうか。


ではどこから始まった誤情報?⇒白鶴酒造HP

『山田穂』は正式名称を『新山田穂1号』と言い、これが『山田錦』の母親である、という間違った情報

タイトルにもありますが、これは白鶴酒造のホームページから拡散した誤情報です。
今では削除されてしまったため通常の検索ではアクセスすることができず、過去のホームページを保存している各種サイトを利用しないともう見ることはできません。
仮に誤用している人たちが改めて確認しようとしても、再度見ることができないために正誤も分からず、さまよってしまうような状態になっています。

この件に関しては白鶴酒造に問い合わせをして回答を得ていましたので、それを踏まえて解説しています。

今回記事を作成するに当たり、デジタルアーカイブサービスであるウェイバックマシン(Wayback Machine)から平成29年(2017年)5月時点での白鶴酒造ホームページを参照しています。
スクリーンショットでも載せたいところですが、著作権的にもどうかと思うので雑な自作図で…
気になる方はウェイバックマシン等、デジタルアーカイブサービスを利用して該当ページを探してみてください。



幻の酒米?山田穂?のサイト説明

白鶴酒造のホームページで“幻の酒米「山田穂」”と銘打って、最初に「幻の酒米、山田穂とは?」というタイトルの解説が以下の通りのものでした



最初に「山田穂は正式名称を新山田穂1号という」と書いてあって、最後の文では「山田錦はこの山田穂を母親として交配」…
この文章を読んで「山田錦の母親=山田穂=新山田穂1号」だと思わない人はいるのでしょうか?(いや、いない)
さらに極めつけが同ページ内に掲載してあったこの系譜図です。




こんなものが載せてあって、前述の記載があったら100人が100人「山田錦の母親は新山田穂1号なのか」と考えるのが当然でしょう。
(ちなみに巻き添えを食っている『京ノ華1号』ですが、こちらは交配親が「新山田穂」としか記録されていないために、『新山田穂1号』か『新山田穂2号』か、どちらを親に使ったか分からないという性質のもので、白鶴酒造と同様の謎宣伝をしているわけではない点にはご留意ください)



さらに続く謎説明 『白鶴錦』の育成

さらに『白鶴錦』について記述した「独自酒米「白鶴錦」の誕生」という頁では以下のような説明があるのでさらに混乱を招いている印象です

【抜粋】
「山田錦」の母にあたる「山田穂」と父にあたる「渡船」を約70年ぶりに交配させ、「山田錦」の兄弟品種を作る試みです。

『山田錦』は母本『山田穂』と父本『短稈渡船』の交配です。
もう各所支離滅裂で何を言っているんだと思っていましたが…
これに対する白鶴酒造の回答は以下のようになります。

【質問①】
『山田錦』の両親は兵庫農試が純系淘汰した『山田穂』と『短稈渡船』であるのに、なぜ『山田穂』『渡船』と違う品種を掲載しているのか?


【白鶴酒造回答①要約】
山田錦の両親は『山田穂』と『短稈渡船』である。
だが一般にわかりやすいようにホームページでは厳密な学術的表現ではなく広義で比喩的な表現を用いている。
だから
“「山田錦」の母にあたる「山田穂」と父にあたる「渡船」を約70年ぶりに交配させ~
“「山田錦」の母にあたる「山田穂系の米」と父にあたる「渡船系の米」を約70年ぶりに交配させ~”
という意味だ。



????????????
「山田錦の両親」という狭義で具体的な対象を持ち出しておいて、その対象が“広義で比喩的な表現をしているから“とやらで「山田穂系の米」と解釈しろ、とは無理が過ぎませんか?
一切の但し書きも無しに一般消費者が「両親品種」と書いてる内容を「広義的な意味の両親のことか」と理解する…そんなことがありますか?

…ただここは本筋ではないので「白鶴酒造は『山田錦』の両親品種を『山田穂』と『短稈渡船』であると認識している」、ここだけ押さえていてください。

次は本題の「山田穂」関係について聞いてみました。


「山田穂」関係の白鶴酒造の回答は?



【質問②】
山田穂の正式名称が「新山田穂1号」などという事実はないはずだが、何を根拠にあのような宣伝をしているのか?


【白鶴酒造回答②要約-1】
ホームページの記述は“当社が復活させた山田穂”について書いている



????????????
先にはっきりさせておきますが、白鶴酒造で復刻栽培しているのは兵庫県で保存していた『新山田穂1号』で、これは明確な事実です。
”当社が復活させた山田穂”とは何を言っているのか?となりそうですが、この回答には続きがあります。

【質問②】

続【白鶴酒造回答②要約-2】
当社で復活させたのは『新山田穂1号』。
『新山田穂1号』は在来種『山田穂』から選抜されたのだから、山田錦の母親となった『山田穂』と同時期に同県下で“山田穂”として栽培されていたもの



??????????????
はい、余計意味が分からなくなりました。
「同時期に兵庫県内で“山田穂”として栽培されていた」…?
そんな記録どこにあるんでしょうか?
試験場の業務功程でも、原種(奨励品種)指定も、明確な別品種として扱っていたはずですが?
ちなみに先に紹介した系譜図の横にはこんな謎の文言が載っていました。

上図の赤波線部分「同じ品種と考えられている」とは一体…?

遺伝的に近縁であることは推測されますが「同じ品種」とまで言っているのはどこの誰でしょうか?
『新山田穂1号』はどこで栽培されていた『在来山田穂』から選抜されたか記録が残っておらず、『山田錦』の母本『山田穂』との関連性はあくまでも不明のはずですが…?
それに『新山田穂1号』の育成時に『在来山田穂』より稈長が常に15cm以上短かった記録との整合性をどう取るつもりなのでしょう?

ちなみにここでも『新山田穂1号』のことを「山田穂」だと書いており、「新山田穂1号は農林水産省農業生物資源研究所の植物遺伝資源としての登録名」と、まるで「あくまでも本来の呼名は”山田穂”である」とでも読む側に思わせたいかのような文章になっていますね。
登録名も何も、兵庫県では大正時代から『新山田穂1号』の名前で扱われており、「山田穂」の名前で扱われた記録は何もない、というのは前述したとおりです。


それにしては白鶴酒造はなんとも謎主張を書き連ねているものです。
きっと私が知らない何か論文なり記録があるのだろう、ということで
これには追加で質問を行いました。

【質問③】
現存する兵庫県立農事試験場の業務功程全てを当たったが、試験場で『山田穂』と『新山田穂1号』は明らかに別品種扱いしている。
「同時期に同県下で“山田穂”として栽培されていた」とする根拠は何なのか?


【白鶴酒造回答③要約-1】
当社の言う“同時期”とは品種命名以前のことだ

『新山田穂1号』は在来種:山田穂から選抜された品種だ。
これらのことを根拠(※1)に山田錦の母親山田穂も、後に新山田穂1号と命名される在来種:山田穂も、同時期に兵庫県下で栽培されていたものであり、当社では広義的に同じ総称である山田穂として扱っている。


※1「これらのこと」とそれっぽく書いてますが、原文も『新山田穂1号』の選抜経過が書き連ねてあるだけで、結局選抜元は不明ですし、「山田錦の親:山田穂」については一切書かれておらず、何をもって”同じ品種である根拠”なのか…意味不明です。
在来種を遺伝的に均一な集団と考えているなら明らかな間違いで、「同じ名前の在来種から選抜されたから同じ品種」は間違いです。
そんなことない、と養護する人が時たま現れますが、「神力」と呼ばれていた「山田穂」がある、等々の複雑怪奇な関係性把握していないからでは?

なんにせよ
??????????????????????????????????
状態になりましたが
…さらに白鶴酒造の主張を並べると以下の通りです…


【質問③】

続【白鶴酒造回答③要約-2】
そもそも山田錦は大正期に交配された品種であり、遺伝的な真の母親(個体)は現存していないのは自明であり、「山田錦の母親」という表現は「真の母親と類似した同系の米」を指す比喩として認識されると考えるのが自然である



この時点での本音を一言で書くと「は?」に尽きます…

「山田錦の母親、山田穂を復活させ使用」

この文章は

「山田錦(は大正期に交配された品種なので、遺伝的な真)の母親(は現存していないのは自明であるので、「真の母親と類似した同系の米」)山田穂(系の米=『新山田穂1号』)を復活させ使用」

と読み取るのが“自然”だそうです。
全く読み取れなかった私はきっと不自然な人間なのでしょうね(棒読み)
皆さんはどうですか?

…………………………………
いくらなんでも無理があるでしょう…と思うのは私だけでしょうか。
というか「同じ品種と考えられている」ってさも一般論であるかのように書いておいて、実際自分たち(白鶴酒造)が勝手に同じ品種だと言い張っているだけではないですか…(それでその根拠は?)

それに、「幻の山田穂」のページは“当社が復活させた(自称)山田穂“についての説明だそうですが
「山田錦は、この山田穂を母親として1923年に兵庫県で人工交配」と書いているではないですか。
「当社が復活させた(自称)山田穂」『新山田穂1号』なのですから既に矛盾しています。
『白鶴錦』の質問で白鶴酒造は「山田錦の母親は山田穂だ」と答えているのですから、事実と異なるとわかっていながらこのような表現をあえてしているのは明らかです。
つまりこれは
「山田錦の母親」という売り文句を使いたいが為、それだけの為に、別品種である『新山田穂1号』を企業側に都合の良いように「山田穂」と宣伝していただけではないのですか?

そもそも
『白鶴錦』の説明ページの「山田穂」は「山田穂系の米」
「山田穂」の説明ページの「山田穂」は「当社が復活させた『新山田穂1号』」
と、説明も注意書きもないこんな企業側に都合の良いような解釈するのが”自然”と言われるとは…
この通りに解釈する消費者が多数、と本気で主張するつもりなのでしょうか。
どれもこれも後付けで企業側に都合の良いように拡大解釈した回答を送られたようにしか感じませんでした。



企業側にとってだけ都合の良い解釈

何が企業側にとって都合が良いのか、と思った方

管理人が指摘する以前に販売されていた白鶴酒造の商品「超特選純米大吟醸 山田穂」はこちら(雑作画)
※実際の商品を見たい方は検索してください。すぐ見つかるでしょう。



箱にも“山田錦の母親”と書いてあって、大きな文字で「山田穂」と…
さらに表書きの説明にはやはり「山田錦の母、山田穂」という旨の説明…
これで消費者が「実際は近縁な『新山田穂1号』を使用していると理解するのが自然」というなら、世間の人はエスパーかなにかですか?

ちなみに瓶の封緘紙や中に入っているリーフレットには一応(新山田穂1号使用)と書いてはありますが(雑作画)


こんなもの消費者が購入する時に目にできるような場所ではないと思うのですが…
実際各所でネット販売しているこの「超特選純米大吟醸 山田穂」で、この「新山田穂1号」部分が視認できるものを私は見つけられませんでした。(だから確信が持てなくて企業側に問い合わせる必要が出てきたわけですし…まぁ最終実物確認するしかなかったわけですが)

目立つところに(曖昧な)目を引く情報、肝心なことは目立たないところに…まるで典型的な詐欺商法の手口のようではないですか。(契約書に極小さく欠いてある特約事項…的な)
景品表示法的にもこういう行為(目立たないところに注意書き、的な)はもろアウトです。

これについて白鶴酒造からは「清酒の製法品質表示基準に則り表示している」と回答されました。
それらしいことを書いておけば納得するだろうとでも思われたのかもしれませんが、「清酒の製法品質表示基準」に品種名についての定義はなく、「品種名が表示できる」と定められているだけです。(短稈渡船とは?~4~【番外編 日本酒の品種名表示のルール】
その表示の可否は「その品種名であることについて説明責任を果たせるかどうかになる」との国税庁の回答も得ているので、「清酒の製法品質表示基準に則り表示している」など何の意味もない回答です。

さて、本筋に戻って

山田錦の母親の「山田穂」をつかったお酒

酒米の王と呼ばれ知名度も高い『山田錦』に関連して、一企業が出すこのような売り文句を見れば大多数の人間はこの言葉通りに受け取るのが当然ではないでしょうか。
山田錦の母親の「山田穂」を使っているのか、なら買ってみよう」と。

しかしその実
企業側は

山田錦の母親が残っているわけないですよね?
山田錦の母親の「山田穂」ではない「近縁の山田穂系の米」って意味です
山田錦の母親の「山田穂」ではない「新山田穂1号」です(それが正式名称で山田錦の母親です(?))
それが自然でしょう?

と言うんですから
そして繰り言ですが中身を開けてみないと、購入してみないとそもそも『新山田穂1号』を使用していることに消費者側は気付けません。

これ、言葉通りに受け取った消費者側だけが馬鹿を見ていませんか?
消費者の誤解を良いように企業側が宣伝に利用していることにならないのですか?
商品選択の際に消費者の混同や誤解を生むような行為は、これは景品表示法の優良誤認行為や不正競争防止法の誤認惹起行為等々…法的にも問題があるものです。

最後に そんな理論が許されるのか

そして最後に個人的に許せないのが、回答中にあったこの表現です。

【白鶴酒造回答】
実際に「山田穂使用」商品の開発経緯については、記者会見でも公表し、論文も投稿しましたが、酒米及び醸造の専門家からも、あるいはマスコミ関係者、一般消費者からも問題があるとの指摘や意見はありませんでした。(原文まま)


そもそも「論文でも投稿した」とそれらしいことを書いてますが、実際提示されたこの論文とは「新山田穂1号の品種特性」です。
読んで頂ければ分かるかと思いますが「山田錦の母親は広義的な意味で新山田穂1号だ」なんて荒唐無稽なことを書いていないのですから当然専門家から指摘が入るわけがありません。
それに言っては失礼ですが『短稈渡船』の例で分かるように、自浄作用が全くないことが分かっている醸造関係者から指摘がなかったからなんだというのでしょうか?
ましてやマスコミや一般消費者など何も分かっていないド素人中のド素人です。
酒米関係の知識なら「“北から太陽が昇る”と言われればそのまま信じる」レベルでしかないでしょう。
そんな人間まで比喩に出して「指摘がなかったんだから問題ない」と言わんとするかのようなこの回答、いかがなものでしょうか。

冒頭で書きましたが、個人や酒屋、果ては酒蔵ですら「山田錦の母親は新山田穂1号です」と明らかに間違った情報をそのまま拡散している現状があることを伝えているのに、このようなことを言われるとは…
他者に責任転嫁するようなこんな主張には個人的には納得しかねます。

以上のようにいかにも自分たちの都合の良いような解釈を白鶴酒造は主張していますが、無責任にもこれらの元凶となったページを削除し、訂正情報発信はされていません。
仮に白鶴酒造の商品の表示が是正されても、根付いた誤解は修正されることともなく、変な誤情報はこれからも残り続けることになってしまいそうです。


この調子では過去の日本酒専門誌などでも多数引用しているでしょうから、さらに先の未来で情報の混乱を生むのは間違いないでしょう。


まとめ


山田錦の母親は『山田穂』であり、『新山田穂1号』ではない
育成者の兵庫県が公言しており

選抜経緯や時代を考えて『山田錦の母親・山田穂』と『新山田穂1号』が非常に近縁である可能性はあるものの
証明されていませんし、証明自体不可能です。(山田錦の母本となった『山田穂』の情報ってあるんですか?あったとして?)


『山田穂』は正式名称を『新山田穂1号』と言い、これが『山田錦』の母親である(という誤情報)

これは結局、白鶴酒造が残した負の遺産と言ったところでしょうか。
失礼
“自然な人間”であれば白鶴酒造の意図を正確に読み取れるそうなので、私のような不自然な人間達が勝手に勘違いしただけなのでしょうね(棒)
消費者に聞き取りを行っても、誤解や混同していない人が大半である…と、白鶴酒造は自信があるのでしょう。


白鶴酒造が勝手に「山田穂」と言い張っているのは『新山田穂1号』です。
「山田穂」の正式名称が『新山田穂1号』、などということはありません。

真面目な話



何年前からこのような誤解を生む表現が放置され続けたか不明(先のデジタルアーカイブサービスでは少なくとも平成24年10月には存在)ですが、誤解や混同により消費者に明らかに間違った情報を植え付け、正常な商品選択するにあたって正確な情報を得るのが困難になっています。
それを是正する意味を兼ねてこちらを掲載しています。

白鶴酒造に言わせれば
「山田錦の母親復活」の文字を見て純粋にそのまま信じて買う消費者の方が悪い(母親品種そのものじゃなくて近縁な米使っているに決まってる)らしいですが、そのような主張にはとてもではないですが同意しかねますし、この経緯を公開もせず、世間の誤解をそのままにすることもできかねます。


なぜ消費者側に誤解を生む余地を残しても謎理論で「山田穂」と表示する必要性があるのか。
なぜ素直に「新山田穂1号」として売ることができないのか。
結局「売り文句として魅力がないから」ではないのですか?


説明されていないことを企業側に都合の良いように解釈すると決めつけている点も実に不可解です。

2回目の問い合わせの際に書面で公開の要望をしましたが無視され
一時的に掲載されていたホームページの内容も誤解を訂正するものではなかった上にそのページすら削除されては、公益性を鑑みこのような方法で公開せざるを得ません。

先にも書きましたが既に広範囲に誤情報が根付いている以上、白鶴酒造が変な表示を止めるだけでなく、訂正情報発信を行わなければ是正されることはありません。
ここで訂正情報発信を行っていきます。




蛇足 『白鶴錦』の両親品種

前述してきたように、白鶴酒造のホームページを見れば普通…失礼、普通でない人間にとって白鶴酒造は
・『新山田穂1号』のことを「山田穂」と呼称していて
・『新山田穂1号』が『山田錦』の母親だと言っている
こう受け取ることでしょう。

これに輪を掛けて「独自酒米「白鶴錦」の開発」の緒言ではこんなことが書いてあります。


(前略)このことから山田錦の優れた酒造特性は両親品種から受け継がれていると考えられ、山田穂・渡船と類似していると考えられる新山田穂 1 号、渡船 2 号などの交配によって、新規な優良酒米取得を目的とした育種を行なった。


この2点を踏まえて
農林水産省における品種登録情報では『白鶴錦』は「山田穂と渡船2号の掛け合わせである」と書いてあれば

「山田穂」ということは、表記は「山田穂」でも品種は『新山田穂1号』なんだな
『白鶴錦』の母親が『新山田穂1号』で、父親が『渡船2号』なのか

こう解釈する人が少なくないのではないでしょうか?
というか実際コトバンクや酒米ハンドブックでも一部誤記載されていたほどですから、興味を持って真面目に資料を読み込んだ人ほどこのドツボに嵌まることでしょう。


結論から言えば

『白鶴錦』の母親は『山田穂』で、父親が『渡船2号』です。

実は正式名称が別に、とかありません。
『新山田穂1号』は親品種ではありませんし、ついでに『渡船』も親品種ではありません。

白鶴酒造の言う「自然な解釈のできる人間()」が少ないせいか、大分混乱が見られますが

『白鶴錦』の母親は『山田穂』で、父親が『渡船2号』です。


育成者の白鶴酒造がそう言っているのでとりあえずそう信じるしかないでしょう。
真相は闇の中ですが。



参考文献

ウェイバックマシン:https://web.archive.org/web/20200619101627/http://www.hakutsuru.co.jp/community/invent/yamadaho/index.shtml
〇酒米品種「山田錦」の育成経過と母本品種「山田穂」、「短稈渡船」の来歴:兵庫農技総セ研報
〇業務功程 大正4、6、8~14年度:兵庫県立農事試験場
〇水稲試験成績(大正4~5年度成績):兵庫県立農事試験場
〇米麦試験成績(大正6年度成績):兵庫県立農事試験場
〇農事試験報告(大正7年度成績):兵庫県立農事試験場
〇酒米を中心とした水稲遺伝資源のDNA多型:兵庫県農林水産技術総合センター研究報告.農業編
〇酒米品種「山田錦」の育成経過と母本品種「山田穂」、「短稈渡船」の来歴:兵庫農技総セ研報
〇新山田穂1号の品種特性:
〇ひょうごの農業技術No.111~特集 酒米生産現場の取り組み~:兵庫県立中央農業技術センター
〇水稲及陸稲耕種要項(昭和11年3月発行):農林省農務局:兵庫県立中央農業技術センター
〇醸造試験所報告第79号(酒造米ノ理化学的調査):醸造試験所
〇独自酒米「白鶴錦」の開発:白鶴酒造
〇新山田穂1号の品種特性:白鶴酒造他


2021年1月8日金曜日

山田錦の母親、その源流『山田穂』の由来について

『山田錦』の母親(交配母本)である『山田穂』
今回は赤文字の在来種『山田穂』についてのお話


この品種は、在来種『山田穂』の中から兵庫県農事試験場が選抜した『山田穂』(純系淘汰)ですが、そもそもの起源となったと言える在来品種『山田穂』には、複数の発祥説があります。
さらっと紹介しているサイトは多いですが、せっかく兵庫県が詳細まで調べているので「酒米品種「山田錦」の育成経過と母本品種「山田穂」、「短稈渡船」の来歴」に基づいて『山田穂』発祥にかかわる3つの説とその検証について紹介します。


ちなみに「やまだほ」ではなく「やまだぼ」と読むのが正しい…という日本酒業界界隈の通説ですが、珍しく(失礼)当たりのようです。
『新山田穂1号』の読みを「しんやまだぼいちごう」とする昭和11年当時の資料がありますので、『山田穂』の読みについても「やまだぼ」と濁点がついたものと思われます。


3つの説


昭和36年(1961年)発行の兵庫の酒米(兵庫県酒米振興会10周年記念誌)には在来種『山田穂』の由来として三つの説を紹介しています。

①兵庫県多可郡中町説(兵庫県中町東安田起源)
②兵庫県美嚢郡吉川町説(三重県伊勢山田起源)
③兵庫県神戸市北区山田町説(河内の雌垣村【大阪府茨木市】起源)

まずはそれぞれの説の内容を見てみましょう。


①兵庫県多可郡中町説(兵庫県中町東安田起源)

明治初期(詳細年不明)に兵庫県多可郡中町東安田の山田勢三郎氏が自作水田の中から優良な株を発見します。
それを選抜固定し、近隣の農家にも配布。
酒造家の評判も良い優良種だったそうです。
この品種に山田勢三郎氏が自らの姓をとって『山田穂』と命名したとされています。

②兵庫県美嚢郡吉川町説(三重県伊勢山田起源)

時期は不明ですが、兵庫県美嚢郡吉川町の田中新三郎氏が、三重県へ伊勢参りに行った帰りに発見した大きな穂を持ち帰り、発見場所の「伊勢山田」にちなんで『山田穂』と命名したとされています。

③兵庫県神戸市北区山田町説(河内の雌垣村【大阪府茨木市】起源)

時期は不明ですが、兵庫県八部郡山田村藍那の東田勘兵衛氏が、河内の雌垣村(現在の大阪府茨木市)に良い稲があることを聞き及び、その種子を手に入れて山田村藍那で生産を始めます。
「椿米」あるいは「雌垣米」と名付けて出荷(1俵毎に椿の葉を付けて出荷していた)され、明治23年(1890年)の第3回国内勧業博覧会では「雌垣米」として品質日本一とのお墨付きを得るに至ります。
それがきっかけとなって「雌垣米」は近隣の農村に急速に拡大し、「山田村藍那」の地名にちなんで『藍那穂』あるいは『山田穂』と呼ばれるようになったとされています。



各説はどれが正しいのでしょうか?・・・の前に

初めにこれだけははっきりしておきたいのですが
「どれが正しいのでしょうか?」と銘打ってはいますが「この説が正しくて、他は間違い」と断定は出来ません
現存している資料から肯定できることと、齟齬がある部分とを書き並べていきます。

「もっとも有力」なのであって「この説が正しい」のではありません。

今後の資料の発見によっては覆ることもあり得ます。


改めて、各説はどれが正しいのでしょうか?

人名の「山田」にちなんでいる説に、三重県と兵庫県、それぞれの地名の「山田」にちなんでいる説。
どれもこれもいかにもありそうな話ですが、では、同時代の別資料から見ると、それぞれの説とそれらの資料の内容は一致するのでしょうか?


①兵庫県多可郡中町説(兵庫県中町東安田起源)【検証】

・普及当初、酒造家の評判も良い品種であった【肯定出来る内容】
中町東安田は酒米の主産地でした。
ここで生産されるお米が酒造家の方に評価された、というのは自然に感じますね。

・多可郡中町東安田から広まった【肯定できる内容】
明治21年(1888年)の「東播九郡連合農産物共進会報告書」において多可郡から出品された品種の中で『山田穂』の割合は特に多いものでした。
また明治29年(1896年)の「第6回関西連合府県共進会」における多可郡出品品種237点の内96点(約4割)が『山田穂』とこれも多くを占めています。
以上2点から、明治20年代において東安田を中心として多可郡に広く『山田穂』が普及していたことがうかがえます。

〇総括
この説においては、明治37年(1904年)に山田勢三郎氏の功績をたたえる頌徳碑が中町東安田に建立されています
実際の記録との整合性もとれており、最も有力な説と言えるのではないでしょうか。



②兵庫県美嚢郡吉川町説(三重県伊勢山田起源)【検証】

・昭和30年代に於ける吉川町の年配者達の多くがこの説を証言【肯定できる内容】
・しかし説を肯定できる客観的な(書籍、統計等)資料がない【齟齬のある内容】

・発祥・普及の地である吉川町では『山田穂』が有名ではない【齟齬のある内容】
『奈良穂』は、『山田穂』よりも長稈穂重型、より粒も大きく心白の発現も多いとされる品種で、吉川町で多く生産されていました。
昭和12年(1932年)に元兵庫県酒米親交会副会長の井上克己氏が会誌「農業」8月号に寄稿した「灘酒の酛米『播州吉川米』に就て」でも「吉川米は『奈良穂』が第一」と評されるほどです。
県内に広く広まるほど当時としては優秀な『山田穂』がその発祥の地で広まっていないというのは少しおかしく感じますね。

・吉川町の田中新三郎氏が『奈良穂』を出品【もしかしたら齟齬があるかも・・・な内容】
明治43年(1910年)に開催された兵庫県農会第1回小作米品評会において、「美嚢郡口吉川村の田中新三郎」『奈良穂』を出品して二等を受賞している記録があります。
同郷でかつ同姓同名の別人の可能性も当然あり得ますので、これはあくまでも推測・憶測の類いになりますが・・・
もしもこの二等受賞者の「田中新三郎」が「伊勢山田から優秀な穂を持ち帰った田中新三郎」であるとすれば、彼が持ち帰って普及した品種というのは『山田穂』ではなく『奈良穂』である可能性があるのでは?と言えますね。
『コシヒカリ』のように育成者が必ずしも自分が育成した品種に惚れ込むかと言ったら違うので、同一人物だとしても、別品種を栽培していた可能性も当然あります。

〇総括
酒蔵の一部はこの説を元に「『伊勢錦』が『山田錦』の親だ(田中新三郎氏が伊勢山田から持ち帰ったのは『伊勢錦』だ)」としていますが、発祥の地であるはずの吉川町で『山田穂』の栽培が盛んだった記録はなく、別品種の『奈良穂』が有名だったようです。
同じ”穂”を含む品種名ですし、この説に関しては書籍などの記録はなく「人の伝聞が根拠」と言うことで、人伝いになる中でどこかに齟齬が生じたのではないか・・・とも取れる説でした。
また発見者と同じ姓名・同じ出身地の方が『奈良穂』で賞を貰っているという憶測がはかどる記録もあるようです。


③兵庫県神戸市北区山田町説(河内の雌垣村【大阪府茨木市】起源)【検証】

・「神戸酒米のしおり」に「藍那穂由来説」として紹介【肯定できる内容】

・『藍那穂』あるいは『山田穂』と呼ばれたという記録がない【齟齬のある内容】
農業発達史調査会資料「明治以降に於ける水稲品種の変遷(其1)」(松尾孝嶺氏)の兵庫の欄に『藍那穂』は明治28年から、『山田穂』は明治21年から記載があり、これはそれぞれ別の品種として扱われています。
また、大正11年(1922年)の「大正10年度兵庫県米穀検査報告書」(兵庫県穀物調査所)の中で品種の異同についての記述が有り、ここでも『藍那穂』と『山田穂』は別の品種として扱われています。
このことから『藍那穂』と『山田穂』という明確に区別された2つの品種があったことになり、「藍那穂や山田穂と呼ばれた品種だった」という話と噛み合いません。

・『藍那穂』あるいは『山田穂』と呼ばれた2【齟齬のある内容】
前述の大正11年(1922年)の「大正10年度兵庫県米穀検査報告書」(兵庫県穀物調査所)では『山田穂』の異名同種についても記述が有り、『天王穂』や『大神力』といった16品種が挙げられていますが、その中に『藍那穂』はありません。
『山田穂』が「藍那穂」と呼ばれていたという記録は無いことになります。

〇総括
この説では異名同種として、「雌垣米」としていた品種が『藍那穂』や『山田穂』と呼ばれるようになった、とのことですが、残念ながら両者が異名同種であったという記録はないようで、記録上山田村藍那で生産されていたのは『藍那穂』であったようです。
これも”穂”を含む品種名ですから、地名の「山田」と合わせて地元の方が「山田穂」と呼んでいた・・・そんな可能性はありますね。
無論県が異名同種を把握できなかったのかもしれませんが。


まとめ

「山田勢三郎説が最も有力」とされているのはこのような検証が根拠になっています。

どうも後者2説は、人の伝聞による誤解や知識不足による憶測・推測が原因のように(個人的には)思います。
『滋賀渡船2号』においても「稈長の長さで2号や4号、26号なんてものすごい長いものもある」という勘違いが大々的に伝播されていますが、これも一般人による知識不足からくる間違った憶測の類いです。(滋賀渡船〇号の数字は原種採用順に付けられているもので、稈長は一切関係ありません【詳細】『滋賀渡船2号』『滋賀渡船6号』
「人から聞いた、誰かが言っていた」は必ずしも無視していいものではありませんが、かといってそれだけでは信頼性は残念ながら低い傾向にあるように思えます。

これと同じように、『山田穂』が有名になるに従って「”穂”を含む品種が地元にあること」と「”山田”に関係ある出来事」を都合良く結びつけて「あの有名な山田穂はうちから始まったらしいぞ」という話が広まった・・・のかもしれません(憶測です)


現代でこそ品種の由来は簡単に調べられるようになっていますが(簡単故に間違った情報も拡散して定着しやすいのですが)、昔の品種となると起源を知るにも一苦労します。
『辨慶』や『渡船』のように、命名の理由や発祥が不詳な品種も数多くあります。
わかっていることだけでも、大事に記憶していきたいですね。



何度でも言うが、私はおまえ(山田錦)の母親なんかじゃないからな
ええ、はい
わかっていますよ
・・・私の扱いはどうなるのさ
う~ん
親問題にこだわるねぇ
やはり自分の扱いが気になるかい?
・・・うん
わたしは今が良ければそれでいいけどね~
ね、辨慶?
ん、吾か
出自を気にするのはわからないでもないが
そこまで気に病む事とも・・・思えんがな
人間の研究がより進むことに期待しましょう
そして
私たちの成すべき事はどうであれ変わりないわ
違うかしら?
・・・滑り込みセーフ

2020年2月22日土曜日

【酒米】山田穂43号~新山田穂1号~とは【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

系統名
 『山田穂43号(山田穂3号)』※管理人の推定
品種名
 『新山田穂1号』(しんやまだぼいちごう)
育成年
 『大正10年(西暦1921年) 兵庫県農事試験場』
交配組合せ
 『山田穂(在来)より純系淘汰』
主要生産地
 『兵庫県』
分類
 『酒造好適米』※現代の産地品種銘柄に依る


新山田穂1号「やまだ”ほ”じゃないからな。ついでにあいつの母親じゃないし」



 どんな娘?

古参品種であるものの、亀の尾や旭のような”概念に近い品種”達とは違うことに加え、休眠※1に近い期間が長かったせいか、肉体的・精神的にやや後退した状態になっています。
とは言え本人はだれよりも(当然山田錦よりも)先輩である意識はあるため、懸命に大人然として振る舞っています。
ただやはり体のひ弱さは隠せず、いざとなると平成の世でひ弱と言われる品種達にも敵いません。

そして
久々に世間に出てみれば、なぜか従妹(山田錦)の母親扱いされており困惑しています。
そんな状況に少し(かなり)不満あり。

※1
「休眠」と書くと、というか世間一般で復刻した品種が何十年も眠っていたかのように書かれていていることも少なくないのですが…ずっと種のまま保存されていると考える方もいるかもしれません。
しかし、系統保存されているってことはちゃんとほ場に植えられて、発生する異株を取り除いて、という純系を保つ作業をしながら「保存」されてます。(毎年だったり数年おきだったり幅はありますが)
なにもずっと眠り続けていたわけではありません。


概要

兵庫県でかつて栽培されていた品種で、酒造用米として非常に優秀とされた『山田穂』の子品種(純系淘汰)にあたるのが彼女です。

ちなみに「水稲及陸稲耕種要項(昭和11年3月発行):農林省農務局」では『新山田穂1号』についてフリガナが「シンヤマダボイチゴウ」になってますので、『山田穂』についても「やまだぼ」と”ぼ”と読むのが正式(のはず)です。

兵庫県農事試験場では在来種であった『山田穂』を県内各地から収集し、品種比較試験の結果優良として、明治45年(1912年)から原種(現代で言う奨励品種)に指定しています。
兵庫県の育成品種一覧に『山田穂(純系淘汰)』があることからも、この品種比較試験の際にある程度の選抜は行われた選抜種が原種(奨励品種)指定されていたものと思われます。
そして大正10年(1921年)、『新山田穂1号』が育成され、この1号が原種(奨励品種)に指定され、従来の『山田穂(純系淘汰)』は原種(奨励品種)から外れます。


純系淘汰で生まれたこの『新山田穂1号』は「『山田穂(在来)』よりも品質が優良で、酒造家に最も歓迎されている」との評価を受けていますから、やはり酒米として優秀・歓迎されていたことは確かなようです。

稈長はやはりかなり長く、100~120cmまで達するようです。
耐倒伏性はそのせいか「やや弱」の評価で、葉いもち抵抗性も「極弱」となっており、栽培がかなり難しいことが想像できます。
脱粒性については「やや易~易」、穂発芽は「やや難」。
玄米千粒重は25.8g(兵庫・平成8年)~26.3g(兵庫・大正14年)と大粒の部類ながら『山田錦』等には及びません。
心白の発現は少なく、小さい心白が形成されるようです。
タンパク質含量は6.0%以下と低タンパクで、酒造適性の高さがうかがえますね。


ちなみに妹に山田穂38号(8号)『新山田穂2号』が存在します。
1号よりも一年遅れの大正6年(1917年)選抜(純系淘汰)開始、大正11年(1922年)原種指定の彼女は、「『新山田穂1号』よりも草丈が低く栽培しやすい酒米」との評価を受けていますが、1号より4年早い昭和11年(1936年)に原種(奨励品種)から削除されています。
廃止の年、東播地方からは原種(奨励)存続の要望があったそうですが、その作付け面積は県内全水田面積の2%以下程度で、さらに年々減少していることから廃止やむなきとなったそうです。
現代に保存されている『新山田穂2号』は、稈長に関しては1号とさほど変わらないようですが、耐倒伏性は「弱~中」との評価もあり、比較して倒れにくい品種であることは確かなようです。
ただ、耐病性はさほど変わらず、心白の発現率や大きさも1号に劣っていたのも一足早くすたれた要因になったのかもしれません。


↑と、このように『山田穂1号』は『新山田穂1号』として、『新山田穂2号』は『新山田穂2号』として扱われていたことがわかります。
白鶴酒造のように(後述)”山田穂”の文字が入っているってだけでこれらが全部『山田穂』って言うのは少し(かなり)無理がありますね。
「神力」と言う異名もあった…とか知ってますか?(後述)


大いなる誤解~『山田錦』の母本…ではない

品種登録されているから遺伝的に近縁でも別、か
遺伝的に近縁だから品種は別だけど一緒、か
どちらにせよ主張は統一してください。
私の考えは「品種が別なのだから別」の一点に尽きます。
「山田錦の母親山田穂」表示をしている酒蔵側に有意なように都合よく立場を変えないでください(品種で区別するのは常識、と言いながら山田穂だけ近縁だからとか名前が似ているから区別しなくていい、とかダブスタ言い始めるのはやめてください)。

そしてコメントのように勘違いしている人もいるかもしれませんが
『新山田穂1号』を「山田穂」と表示していることを問題にしているのではありません。
『新山田穂1号』を「山田穂が正式名称で山田錦の母親だ」と宣伝していることを問題にしているのです。
明らかに違いますよね?
『短稈渡船』にしろ『山田穂』にしろ、「山田錦の親」を宣伝しておいて別品種を使っておきながらそのことを伝えていなかったり、さもその別品種が親であるかのように宣伝しているのですから明らかに問題があります。

※※※以下、ホームページの該当ページが削除されてしまいましたが、備忘録として残しています※※※

ということで、この『新山田穂1号』ですが、白鶴酒造株式会社のホームページではこのように紹介されています。

「幻の酒米、山田穂とは?
兵庫県が大正時代に在来品種である山田穂を純系淘汰することにより得られた品種で、新山田穂1号が正式名です。1936年まで酒造好適米として兵庫県で広く栽培されていました。酒米の王者と言われる山田錦は、この山田穂を母親として1923年に兵庫県で人工交配された品種です。


はて?
◯『山田穂』の正式名称が『新山田穂1号』?
◯そしてこの『山田穂(新山田穂1号)』を母親として人工交配したのが『山田錦』?
これでだいぶ世間様は混乱しているようで、『山田穂』と『新山田穂1号』がかなりごっちゃごっちゃに扱われています。
確かに『山田錦』育成の前年に『新山田穂1号』の育種は完了しているようですが…実際どうなんでしょう?

『山田錦』の育ての親である
兵庫県立農林水産技術総合センターに訊きました。
(ここ以上に確かな情報もっているところってあります?)

【回答】
「大正12年に交配母本に使用した「山田穂」が「新山田穂1号」である
との資料は、現在のところ当方にはありませんので、過去の資料に表記されて
いるように、交配母本は「新山田穂1号」ではなく「山田穂」と考えています。」



~~~~以上、終了~~~~

はい、この白鶴酒造の宣伝内容間違いですね。


兵庫県下でもともと栽培されていた①『山田穂』(在来)
そして県内各地のそれらを集めて純系淘汰したのが原種(奨励品種)にもなった②『山田穂』(純系淘汰)
そしてその後『山田穂』からさらに優秀な個体の選出を求めて純系淘汰法による選抜で生まれたのが③『新山田穂1号』

『山田錦』の母本となったのは②『山田穂』(純系淘汰)です。
そして②も③も純系淘汰で生まれた品種、と言う点でおそらく白鶴酒造は勘違いしてるんじゃないでしょうか。(まさか商業的な宣伝のために故意に間違えた情報を拡散している…なんてことは無いと信じていますよ)
お約束ですが、『短稈渡船』情報と並んでネット上では既にかなりこの誤情報が拡散しており、はたしてこの情報が修正される日が来るのか…

⇒詳細は山田錦の母親が『新山田穂1号』?白鶴酒造の謎主張まとめ【備忘録】

ちなみに兵庫県では『山田穂』と『新山田穂1号』の2つが産地品種銘柄に設定されていますが、『新山田穂1号』を使ったお酒が見つけられません…(あったら教えてください)
⇒白鶴酒造の「山田穂」はひとまず『新山田穂1号』のようです。
そもそもこの『山田穂』と設定されている方も本当に『山田穂』でしょうか?
「山田錦の母親を復活させました」の先駆者、白鶴酒造の発信する情報がこのありさまでは…これってすべて『新山田穂1号』なのでは?後述


新山田穂1号は山田錦の母親ではないのです


不満が募る『新山田穂1号』さん。
※※※以上、ホームページの該当ページが削除されてしまいましたが、備忘録として残しています※※※

現在栽培されている『山田穂』(兵庫県限定)


…ということで、調べてみたら出てきました。
株式会社本田商店の扱っている「龍力」という銘柄のお酒で使用されている『山田穂』はひとまず『山田穂』のようです。
平成9年(1997年)にJA北はりま(現JAみのり)が京都大学及び九州大学から『山田穂』の種子を取り寄せ16aで試作を行ったのが始まりであるようです。
『山田錦』よりも長稈で出穂登熟がやや早い系統で、翌平成10年には366a(13.8t)、さらにその翌平成11年は587a(24.15t)と生産量を増やした・・・とのことです。
ですが「山田錦の母親」とまで言っていいものかはまったくの不明・・・というか絶対別系統

あとは産地品種銘柄に設定されている「兵庫県産山田穂」は果たして『山田穂』だけなのか、前述の誤用法を元に『新山田穂1号』も含めて(非公式に)品種群扱いになっているか、ですが…調べるにも骨は折れそうですねというか知る手段はあるのか…
ひとまずJAみのり管内で取り扱っている『山田穂』は『山田穂』である可能性が高そうです。

というかこんな感じで「何を使っているかわからない」ってやっぱり問題でしょう・・・


※産地品種銘柄では「品種の確認」など行われないに等しので、農家の人が「これが山田穂」といって出せばどんなお米でも『兵庫県産山田穂』になります(冗談ではなく)。
実際『茨城県産渡船』は品種が何かもわかっていない(関東農政局確認済み)のに普通に検査数量出てますよね。


ちなみに同名異種もいます(取り違えなのか?それも含めて山田穂なのか?)

『新山田穂1号』は、その名前の品種名でジーンバンクおよび九州大学の少なくとも2カ所で保存されています。


DNA多型の解析により九州大学の方の『新山田穂1号』については『山田穂』などとだいぶ違う(ジーンバンクで保存されている『新山田穂1号』についてはちゃんと『山田穂』と似てる)ことがわかっており、これは長期にわたる保存期間のどこかで(あるいは最初から?)別の品種を取り違えて保存していたのではないかと推測されています。
もしくは同名異種か、遺伝多様性が非常に広いものだったか…今となっては確かなことは言えませんが…


九州大学の保存系統は『新山田穂1号』の名称で保存されていても実際は別の何か、の可能性が高いということですね。
…白鶴酒造の『新山田穂1号』はどこから持ってきたんでしょう…?
(白鶴の自称復活1991年頃、このことがわかったの2005年頃)


あとこれ以降は管理人の妄想というか難癖なのですが
「『山田穂』と『新山田穂1号』が非常に近縁だ」というのは現代に保存されている系統を解析・比較しての推論です。(「純系淘汰=非常に近縁」は明らかに認識が間違ってます
では、その”保存されている系統”は本当に『山田穂(在来)』なんでしょうか?
ジーンバンクで『滋賀渡船2号』が『渡船2号』として保存されているように名称が変わってしまっているパターンがあります。
現在兵庫県で保存されているのは『新山田穂1号』のみ。
九州大学の『山田穂』は畿内支場(大阪)からの取り寄せ(京都大学のものは不明)、『新山田穂1号』は兵庫県から取り寄せ・・・


これ、むしろ九州大学の『山田穂1号』が正常と言うこともあり得ます。(『山田穂』と大きく異なるのが本来の『新山田穂1号』だった?)
やらかしているのが兵庫県の方で、『山田穂』と『新山田穂1号』がごちゃまぜになって、後世に残った『新山田穂1号』の中身は『山田穂』・・・ということはあり得ます。いえ、本当にあり得るんですよ?
そしたら当然両者が近縁(実態はほぼ同じ品種系統だから)となります。
・・・という諸々不確定要素考慮すると専門の方なら「これが山田錦の母親だ!」なんて言い切ることは決して無いと思うんですが・・・

繰り返しになりますが、「山田穂から純系淘汰」という文章だけで踊らされて「『山田穂』と『新山田穂1号』は近縁で当然」とかいう認識を持っている方、それ間違いです。
そもそも「在来山田穂」という存在が均一・一律という前提で考えていると思われますが、遺伝的にも幅のある雑多な集団と「近縁」という考え方をするその前提からして間違っています。
大蔵省(当時)の醸造試験所報告第79号(大正8年)にはこんな記述があります。
「原料米の種類 神力(他所ニテハ山田穂ト称ス)」
さて?これは所謂明治の三大品種『神力』なのでしょうか?『山田穂』なのでしょうか?
具体例として一つだけ挙げましたがこういうこと(異名同種・同名異種・判別付かず)はざらにあるのがこの時代です。
「山田穂と『新山田穂1号』は近縁で当たり前」という思考の方、あなたは一体”何”と『新山田穂1号』が近縁だと断じているのか説明できますか?


育種経過

非常に古い品種なのでかなり情報は少ないです…

大正5年(1916年)、兵庫県農事試験場は在来品種『山田穂』から純系淘汰法により、より優れた品種の選出に取り掛かりました。

この時代の「在来」と呼ばれる”品種”は、遺伝子の固定が完全でない、もしくは地方で栽培される中で交雑する(もしくは単純な取り違い)などして、現代の品種の定義からは考えられないほど雑多で様々な性質を持っている集団でした。
現代で主流の交雑育種法では異なる2品種を交配し、その後代となる「遺伝的に雑多な集団」の中から優秀な個体を選抜しますが
純系淘汰法ではすでに在来種がこの「遺伝的に雑多な集団」として存在しているので、選抜から開始することが出来るのです。

純系淘汰開始時点で『山田穂(純系淘汰)』が普及に移っていましたが、県内各地から『山田穂』を集めるにあたり、雑多な集団を選んだとするのが自然ではないでしょうか(無根拠)
『新山田穂2号』と同じであれば『新山田穂1号』選抜素材も兵庫県内3郡から収集したはずです。
選抜目標は短稈でかつ品質が良く、多収の系統の選出とされていました。

大正6年(1917年)、前年選抜した104系統を各系統120株ずつ1本植えし、特性調査を実施、有望と見込める30系統を選抜します。
大正7年(1918年)の選抜経過は不明ですが、前後年の記録によれば、1系統につき5坪(16.5㎡)の区画を2箇所ずつ設け、生産力検定試験が実施されたものと思われます。

大正8年(1919年)、前年の収量調査で選抜した系統に対して同様に、1系統5坪の区画を2箇所ずつ普通栽培で収量試験を実施します。
この年供試されたのは『山田穂1号』~『山田穂5号』の5系統。
『山田穂2号』(成績順位1位)と『山田穂3号』(成績順位2位)が選抜されます。

大正9年(1920年)、水稲品種比較試験に『山田穂四二』『山田穂四三』が供試されています。
純系淘汰試験の記録が明記されていないのですが、前年の選抜系統が「4」年目の「2」号と「3」号であることから、前年の『山田穂2号』と『山田穂3号』について「42」「43」と系統番号を変更したものと推測されます。
同じ選抜経過(「4」年目)の『神力』についても、前年度「3」号と「5」号が選抜され、この年は『神力四三』と『神力四五』が供試されていることからも、これは間違いないと思われます。
また、地方委託栽培試験に『山田穂』の純系淘汰品種6系統『三七』『四三』『三八』『三九』『三六』『四二』が供試されています。
『四二』『四三』が後の『新山田穂1号』となる大正5年淘汰開始組、他の30番台は後の『新山田穂2号』となる大正6年度淘汰開始組と思われます。
美嚢郡、加東郡、加西郡、多可郡、氷上郡、養父郡で実施されたこの試験ですが、42号、43号はそれぞれ3郡で試験が行われます。
『山田穂42号』は「加東郡瀧野村 藤井小市氏(対照:奈良穂在来、37号、43号、38号)」「美嚢郡細川村 計倉周治氏(対照:36号)」「氷上郡柏原町 田川藤吉氏(対照:39号)」
『山田穂43号』は「加西郡芳田村 荒木彌三郎氏(対照:山田穂原種)」「多可郡中村 繁利岸本繁太郎氏(対照:山田穂原種、36号)」「加東郡瀧野村 藤井小市氏(対照:奈良穂在来、37号、42号、38号)」
でした。
結果、『山田穂四三』が多可郡、加東郡に適応していると認定されました。
他『三八』が多可郡、加東郡、美嚢郡に適応、『三九』が多可郡、氷上郡、美嚢郡に適応と認定されています。

そして翌大正10年(1921年)、原種圃に急に『新山田穂1号』が設定されています。
『山田穂42号』と『山田穂43号』のどちらが『新山田穂1号』となったのか明確な記述はありませんでした。
しかし地方委託栽培試験で『山田穂43号』が2郡に適応しているとの判断がされていることから、こちらが『新山田穂1号』になったものと管理人が推定しています。
※同じ地方委託栽培試験で「適応」の判断が下された『山田穂38号』『山田穂39号』が大正10年度の最終生産に供試(『山田穂八(後の『新山田穂2号』)』『山田穂九』)されていることからも、この推測の根拠になっています。



この時代の育種(選抜)は特に収量に重点が置かれていたようで、在来『山田穂』よりも反収が多くなることが最低条件だったようです。
試験場での成績では在来『山田穂』367.95kg/反に対して、『新山田穂1号』383.55kg/反と15.6kg/反の増という記録が残っています。(1石=150kg換算)
また純系淘汰の試験を通して、原種圃の『山田穂』よりも稈長が常に約15cm程度短かったようです。

原種設定以後、昭和15年(1940年)まで原種(奨励品種)指定が続いたそうですが、後代品種の台頭により徐々にその姿を消したことが想像されます。

昭和11年(1936年)の記録では『山田穂1号』作付面積3,198ha(兵庫県内水田の約3%)、収穫高76,112石(反収2.380石)と言うものが残っていました。
この時の『新山田穂2号』は1,777ha(県内水田の約2%)、収穫高42,470石(反収2.390石)となっていました。


そして平成の世になぜか「山田錦の母親」と称されて復活中なう。(絶対に違うけど)



系譜図

山田穂43号『新山田穂1号』系譜図



参考文献

〇業務功程 大正4、6、8~14年度:兵庫県立農事試験場
〇水稲試験成績(大正4~5年度成績):兵庫県立農事試験場
〇米麦試験成績(大正6年度成績):兵庫県立農事試験場
〇農事試験報告(大正7年度成績):兵庫県立農事試験場
〇酒米を中心とした水稲遺伝資源のDNA多型:兵庫県農林水産技術総合センター研究報告.農業編
〇酒米品種「山田錦」の育成経過と母本品種「山田穂」、「短稈渡船」の来歴:兵庫農技総セ研報
〇新山田穂1号の品種特性:
〇ひょうごの農業技術No.111~特集 酒米生産現場の取り組み~:兵庫県立中央農業技術センター
〇水稲及陸稲耕種要項(昭和11年3月発行):農林省農務局:兵庫県立中央農業技術センター
○醸造試験所報告第79号(酒造米ノ理化学的調査):醸造試験所

関連コンテンツ

『新山田穂1号』は『山田錦』の母親?
 ↑違う違う。これは間違いなく違う。

じゃあ父親の『短稈渡船』は『渡船2号』でしょ?
 ↑違う違う。の根拠となった調査結果一覧は以下の通り







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