2021年3月1日月曜日

【酒米】伊勢錦722号(伊勢錦)【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

系統名
 『伊勢錦722号』
品種名
 『伊勢錦722号』(伊勢錦)
育成年
 『大正11年(1922年) 三重県立農事試験場』
交配組合せ
 『三重農試における品種試験在来種伊勢錦より選出』
主要生産地
 『三重県、兵庫県』
分類
 『酒造好適米』※現代の区分による

伊勢錦722号よ…”伊勢錦”って呼ばれるの




どんな娘?

非常に物静かな娘で、伊勢錦の正統継承者(他称)。
姉に伊勢錦656号がいるが、「伊勢錦」としてなにかと外に呼ばれるのはこの伊勢錦722号の方。

現役継続期間こそ雄町2号(岡山県)に及ばないが、滋賀渡船姉妹、辨慶に次ぐ古参品種。
新山田穂1号とはほぼ同い年だが、精神的・身体的に彼女よりより大人びている。(現役の長さと作付け面積の差によるものと思われる。)

占いが得意でよく当たると評判で、相談がてら彼女を頼る娘も多い。
ただ何もない空間を見つめたり、見えない何かを避けるそぶりを見せたりと謎の行動も多く、ちょっとした畏怖の対象でもある。
第六感があるのでは…と言う噂も


概要

三重県で復刻栽培されている『伊勢錦』。
彼女は、1849年(嘉永2年)三重県多気郡五ヶ谷村大字朝柄の岡山友清氏(旧名定七)が在来品種『大和』より選出した品種で、命名は1860年(万延元年)とされている品種(別名『大和錦』?)で、『雄町』に匹敵する170年近い歴史を持つ最古参品種・・・

などということは(やはり)なくて

現在『伊勢錦』と呼ばれている品種は、三重県農事試験場で大正元年から開始された純系淘汰育種事業の中で、大正5年選抜開始大正11年育成(試験)完了・原種(奨励品種)採用された『伊勢錦722号』です。
昭和62年(1987年)より元坂酒造が復刻栽培を行って…いるらしい(正直品種としての純度は疑わしい)です。
酒蔵の説明が「在来の伊勢錦を復刻した」であったり、『弓形穂』について「伊勢錦から選抜」とされていることから『伊勢錦(在来)』と広められていることも多々ありますが、三重県農業研究所に確認し、酒蔵に提供されたのが『在来伊勢錦』などではなく、純系淘汰後代の『伊勢錦722号』であることを確認しました。
必然的に『弓形穂』の選抜?元も『伊勢錦722号』でしょう。

大正元年時の三重県の調査によれば、『伊勢錦』の栽培地域は2市13郡161町村にわたり、約7,704ha(当時の三重県水田面積の1割強)にも及ぶ耕作面積を要していました。
大正3年に初めて純系淘汰による育成品種が原種圃に配置され(配布自体は大正5年以降と推測)、以後毎年品種比較試験により原種(奨励品種)指定は入れ替えられ、複数品種群による『伊勢錦』系品種群が継続配布されることになります。
管理人が追えた以降の作付面積(いずれも三重県内のみ)の推移として
大正14年(1925年)に7,139ha(県水田73,899.1ha)、昭和3年(1928年)は6,554ha(県水田72,458.7ha)、昭和6年(1931年)は8,088ha(県水田71,038.8ha)、昭和9年は(1934年)5,380ha(県全体70,720.1ha)、これが昭和11年(1936年)には1,857ha(県全体64,916ha)と急減します。
※昭和11年は『722号』単体、他年は『656号』他品種も含むものと思われます。
さらに昭和35年(1960年)には『伊勢錦722号』についての作付けは9haしか確認できず、昭和40年(1965年)には2ha、そして昭和42年(1967年)の1haを最後に統計から姿を消しています。

このような経過をたどった『伊勢錦』系品種の『伊勢錦722号』は、民間の酒蔵によって平成・令和現代に復刻しています。(ただし「短稈化した個体を選ぶ品種改良で育てやすい伊勢錦にした」的なことを言っていて『伊勢錦722号』の品種としての純度は正直言ってかなり怪しい…)
最古の品種、ではないかもしれませんが、その起源の由来が確認できるという点では確かに『雄町』に並ぶ珍しい品種です。

繰り返しになりますが
三重県農事試験場が育成した多数の伊勢錦系品種群の中でも最終的に奨励品種指定されたもの(育種経過で後述)が早生品種の『伊勢錦656号』と中生品種『伊勢錦722号』でした。
奨励品種指定期間は大正12年(1923年)から昭和25年(1950年)の27年間に及び、当時から醸造用品種として歓迎されていました。
この奨励品種指定最終年の昭和25年で消えた、と紹介されていることも多いですが、前述したように昭和40年代まで作付けは確認できます。
在来の『伊勢錦』を継続栽培していた農家ももちろんいたと思われますが、昭和初期の調査で70~80%超は県育成の純系淘汰品種が栽培されていたとされ、大半は『722号』等だったことが推測されます。
三重県農業研究所では伊勢錦系品種に関しては(令和2年度時点で)この『伊勢錦656号』と『伊勢錦722号』を保存しています。
大正当時の試験において『在来伊勢錦』とされていたものが中生であったことから、酒蔵側に提供するに当たって在来に近い熟期の『伊勢錦722号』が選定されたものと推測されます。


稈長は約120cm程度で穂長は20cm超、穂数は約9~10本の偏穂重型品種です。
長稈で穂が重いため、耐倒伏性も「弱」とされています。
葉いもち病抵抗性は「中」程度とされる評価もありますが、現代品種に比べればかなり弱いことが推察されます。
脱粒性も「易」のため、機械収穫時のロスが多そうです。
無芒種で、千粒重は27.9g(三重・昭和8年)~28.6g(兵庫・平成16年)と大粒で、玄米品質は良好。
心白発現も良好とされています。(三重大学は「線状心白」と言っていますが果たして…?)


『山田錦』の母親? 『伊勢錦』=『山田穂』

まぁ…こういうこと言っている蔵もあるようです。

ただそもそもの「山田穂由来説」における「伊勢山田説」って人の伝聞に過ぎないんですよね…【関連】山田錦の母親、その源流『山田穂』の由来について
・・・いえ、野暮はやめましょう。ロマンですよ浪漫。

つまり管理人個人としてはあまりにも無責任な妄想根拠薄弱すぎじゃないかと思うのであります。


ちょっと違うけど仲間『伊勢錦(見出し)』

先述したように三重県で保存されているのは『伊勢錦656号』と『伊勢錦722号』の2品種で、酒造好適米として栽培されているのは『伊勢錦722号』です。
ですが、新潟県でもしめ縄加工用稲品種として『伊勢錦(見出し)』が存在しています。

しめ縄加工用稲の栽培が山形県や福島県に並んで盛んな新潟県で、使用されている品種は在来(本当?)の『実取らず』でしたが、これ1品種では作業(収穫・乾燥)期が集中してしまい、農業者の高齢化も相まって熟期の異なる、新たなしめ縄加工用稲品種が切望されていました。
新潟県作物研究センターでは平成10年(1998年)~平成14年(2002年)にかけてしめ縄加工に適した品種の選定を目的に試験を実施します。

しめ縄加工用稲に必要とされる特性はなかなか多く
①生育が旺盛で、草丈が長い。
②茎葉が柔軟性に富む。
③葉色が濃く、葉先が揃う。
④乾燥・保管時に退色や劣化をしにくい。
⑤いもち病などの病斑が少ない。
⑥手触りが良い。
⑦製品につやがある。
が挙げられます。

新潟県保存のイネ遺伝資源と農研機構ジーンバンク配布の25品種・系統から10品種が現地実証試験に移り、『伊勢錦(見出し)』が最有望として認められ、種子配布が行われています。
これは平成12年(2000年)にジーンバンクから取り寄せた『伊勢錦』の中から新潟県作物研究センターが選抜したもので、現品種『伊勢錦』と2ランク以上の特性値の差はないものと判断され『伊勢錦(見出し)』と呼称されることになりました。
ジーンバンク所蔵なので詳細は不明ですが、『伊勢錦656号』や『伊勢錦722号』よりも稈長が約15cmほど長く、稃先色も「赤褐色」と異なる遺伝形質を持っていることがわかります。

いずれにせよこれは『伊勢錦722号』とは別の品種ですね。

全然違うよ仲間じゃないよ 広島県の『伊勢錦』

広島県では『神力』系品種群の中から特に優良と認めた「草丈がやや長く、分けつ数の多い個体(系統)」について『伊勢錦』と命名、配布していました。

これは明治43年から大正6年の間続いており、これは大正7年に再度『神力』と改められますが、この期間における「広島県の伊勢錦」は三重県由来の『伊勢錦』とは全く違う「神力系品種群の異名のこと」と言うことになります。

この期間に広島県からこの『伊勢錦(神力)』の配布を受けた試験場は今のところ見ていません(多分)が、この時代の品種調査時に品種名だけでは判断が出来ない難しさを示す一例ですね…


三重県農試の純系淘汰育種事業

三重県では県内の基幹品種『神力』『竹成』『関取』そして『伊勢錦』の4品種について大正元年から純系淘汰法による育種に取り組んでいました。(後に『愛国』が大正9年より開始され5品種に)
三重県における純系淘汰育種による試験は1次~5次に分かれ(大正5年度時点)

【大正元年より実施】第1次試験(ポピュレーション)←?(原表記まま)
【大正2年より実施】第2次試験(型の比較)
【大正3年より実施】第3次試験(良型比較)
【大正4年より実施】第4次試験(良型特殊事項調査)
【大正5年より実施】第5次試験(原種決定試験)

となっており、一度原種に指定されてもなお、後発の純系淘汰後代との比較試験(3次~5次試験)が行われ、度重なる検証により最も優秀な品種を選択して原種圃に配布していました。

第1次試験では、各地方から優秀と思われる系統を穂や株単位で収集し、1穂につき1粒を採種し1本植えを行います。
その中から優良な個体を分離選出します。
この時点で『伊勢錦○○号』のような系統名が付与されます。

第2次試験では、第1次試験で選出した系統や、各地から収集した穂を1試験区として比較栽培を行い、特性調査の上で取捨選択を行います。(必ずしも1次試験を経て2次試験へ移行したわけではない模様)

第3次試験では、前年の第2次試験で優良と認められた系統、前年の第3次試験で優劣がはっきりしなかった系統、そして第3次試験で優良と認められたあるいは原種(奨励品種)指定されている品種に関してまとめて比較栽培し、翌年の第4次試験に供する品種の予備選出を行います。
1区当たり180株が栽植され、各比較試験が実施されます。

第4次試験では、前年の第3次試験で優良と認められた系統・品種に対して、栽植密度や耕起は標準的な方法を用いて、施肥量について標準区や多肥区(追肥)等の特殊条件を設定して試験を実施します。

第5次試験では、前年の第4次試験供試系統・品種から3つ程度選択し、品種比較試験(試験場及び原種圃)や県下郡・市といった地方での栽培成績、第3次・第4次試験の成績などから総合的に判断し、翌年に原種(奨励品種)指定する品種が決定されます。

第1次、2次で優秀と思われる系統を選抜し
第3次、4次で先行品種や原種(奨励)指定品種との比較が行われ
選び抜かれた最終候補を、5次試験で直接比較し、最終決定を行うという作業が大正期には行われていました。

そしてそのような試験を経て育成された『伊勢錦系品種群』は累計で

『伊勢錦92号』(當場在来種由来)
『伊勢錦100号』(當場在来種由来)
『伊勢錦222号』(名賀郡在来種由来)
『伊勢錦416号』(一志郡大三村 上田一郞氏提供株由来)
『伊勢錦279号(早)』(多氣郡在来種由来)
『伊勢錦133号』(山梨県在来種由来)
『伊勢錦241号(早)』(阿山郡在来種由来)
『伊勢錦656号(早)』(當場在来種由来)
『伊勢錦722号』(當場在来種由来)
『伊勢錦713号』(當場在来種由来)

の10品種が原種(奨励品種)指定されました。
そして最終的に三重県の奨励品種として残ったのが早生扱いの『伊勢錦656号』と、中生かつ主力、そして現代で栽培が再開された『伊勢錦722号』となります。(原種指定経過は育種経過最後の表参照)


育種経過

後に三重県において主力品種となる『伊勢錦722号』は、大正5年(1918年)の第1次試験開始集団に由来します。

各地より選抜収集した1穂から1粒を採種、それを一本植えして系統分離を図ります。
この年の『伊勢錦』系品種群は14箇所52株から328穂を収集しています。
試験場の従来試験品種から村単位で収集したもの、もしくは個人からの収集まで多岐にわたります。
後の『伊勢錦722号』となる系統は三重県立農事試験場の「品種試験在来種」から採種されたものになります。

大正6年(1917年)に第2次試験を実施。
多少選抜されたのか前年の328穂(系統)から少し減って320系統(529号~848号)が供試されています。
各系統につき試験区を1区設置し、各種比較試験と特性調査を実施し、選抜を行います。
続いて大正7年(1918年)に第3次試験に移っています。
この年から大正元年~4年選抜選考組とも直接比較試験が実施されます。
『伊勢錦722号』は標準品種と比較して出穂・成熟期、そして分櫱数、草丈共にほぼ同様。
収量で僅かに劣るものの、心白の発生がやや多く、千粒重及び玄米品質の面で勝っているとの評価が成されています。

大正8年(1919年)も引き続き第3次試験に供試されています。
ちなみにこの年第4次試験に供試されているのはこの時点で『伊勢錦100号』~『伊勢錦416号』(途中抜け番有り)で、大正5年選抜開始組は揃って第4次試験に進んでいない状態でした。
この年度の業務功程に特に記載はありませんが、翌年の試験実施状況から推測するに大正5年開始組からは『伊勢錦642号』『伊勢錦656号』『伊勢錦722号』が有望と判断されたものと思われます。

大正9年(1920年)も引き続き第3次試験に供試されつつ、第4次試験への供試が開始されます。
『伊勢錦722号』は他9系統と共に試験が実施されます。
耕耘、基肥は普通栽培通りですが、多量の追肥を実施した上で倒伏度合い、耐病性、収量の調査を行い、耐肥耐性を調べることが目的です。

大正10年(1921年)も引き続き第3次試験、第4次試験に供試。
第4次試験の供試系統は前年と同系統・同数でした。

大正11年(1922年)、第3、4次試験への供試は変わらず、この年から第5次試験への供試が開始されました。
第5次試験はいよいよ原種採用の可否を決める試験であり、『伊勢錦95号』『伊勢錦416号』『伊勢錦642号』『伊勢錦722号』『伊勢錦656号(早生)』が供試されています。
そしてこの年、原種編成に大きく変化が有りました。
『伊勢錦』系は従来の4品種が廃止とされ、既存の『伊勢錦416号』に加えこの年から新規で『伊勢錦656号』『伊勢錦722号』が追加されました。
この年大正11年は「原種配布が決定された年」なので、実際奨励品種として配布が開始されたのは翌大正12年(1923年)からになります。
九大の保存系統情報で『伊勢錦722号』が「大正12年育成」となっているのはこの点からの誤解と思われます。(ただ『伊勢錦656号』が何の脈絡もない大正14年育成だったり…いい加減ですね)

この後『伊勢錦416号』は大正14年が配布最終年となり、途中『伊勢錦713号』や『伊勢錦133号』が単年度限り編入される年もありますが、基本的に『伊勢錦656号』(早生)と『伊勢錦722号』(中生)が以降の原種配布の主力となります。


管理人が確認できた原種指定状況は以下の通りです。
【注】昭和2年までは”原種指定が決定した年度”に「◎」がついているので、実際原種が配布されたのは翌年度からとなっている点に注意。(大正11年度「◎」の『伊勢錦722号』は大正12年度から配布開始)

『伊勢錦』系品種群 原種指定決定年度表

【注2】昭和7,8年度業務功程は未確認のため推測

「〇」の品種は予備的に原種候補に挙がっていましたが、配布まで至らなかった模様。
と言うのも、元々三重県としては純系淘汰品種の配布開始を大正5年からと計画していました。
そのため大正3年、4年時点では純系淘汰育種系統全体の選抜が不完全な状態でしたが、大正5年の配布開始を見越してその時点で有望とされる3品種を選定していたようでした。
『伊勢錦33号』『伊勢錦72号』は後年有望とされた『伊勢錦100号』『伊勢錦222号』と入れ替えられ、配布までには至らなかったものと推察されます。


系譜図

『伊勢錦722号』(伊勢錦) 系譜図




参考文献


〇三重県立農事試験場業務功程 明治44年~大正4年:三重県立農事試験場
〇三重県立農事試験場業務報告 大正5年~昭和6年、昭和9~13年:三重県立農事試験場
〇水稲及陸稲耕種要綱:大日本農会
〇地方産米ニ関スル調査 昭和5、8、11年:農林省米穀部編纂/帝国農会発行
〇昭和十二年八月 水稲粳銘柄別品種別栽培面積収穫高及管外移出見込高調査
〇しめ縄加工に適する新たなイネ育種素材「伊勢錦」:新潟農総研
〇酒米在来品種の特徴:ひょうごの農林水産技術No.131
〇在来の水稲品種伊勢錦とその短稈系統の生育特性と酒米特性:三重大学

問い合わせ対応:三重県農業研究所様


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