2023年1月16日月曜日

愛山11号さんの苦悩(明石農業改良実験所etc…って?)





内向的な『愛山11号』さんですので、なかなかはっきり言えないのですが、日本酒界隈で言われていることが誤情報だらけじゃ無いでしょうか?というお話を抽出。


「幻の酒米」⇒たいていの酒米品種より相当生産量が多い
という表現は、まぁ宣伝の一部と考えればまぁ…と思いつつも
大抵の地方酒造好適米品種よりは相当な生産量あるんですよね、『愛山11号』。
(令和2年の)検査数量で15位/120品種の品種が幻とはこれいかに。


「兵庫県立明石農改良実験所」⇒育成してないしそもそも存在しない
『愛山11号』を交配したとか、育成したとかいう謎の組織の名称。これが本当に謎。
日本酒界隈ではこれ一色なんですが、兵庫県はこんな組織運営してないよ?誰が言いだしたん?

ちなみに
兵庫県では昭和22年5月に設置された「明石農改良実験所」は存在します。
もともと兵庫県立農事試験場では昭和2年より全額国庫補助を受けて農林省指定水稲新品種育成事業を行っていましたが、昭和22年にこれを農林省に移管し、同場平岡試験地を農林省農事試験場中国支場に移管しました。
前述の水稲育種事業の移管に伴い、兵庫県立農事試験場内に「農林省明石農事改良実験所」を設置し、事業を継続することになります。(前述の平岡試験地は「明石農事改良実験所平岡試験地」に)
兵庫県立の試験場内に出来た国の出先機関で、水稲の新品種育成を行うための、繰り返し言いますが「国の組織」のようです。
この後昭和26年4月1日に研究機関の整備統合で「明石試験地」となり、その翌年昭和27年4月1日本場(農林省中国農業試験場)へ移転となり、「水稲育種研究室」に変わりました。
明石農事改良実験所の名称だったのはたったの5年と大変短いですね。

ということではい、『愛山11号』の交配は昭和16年明石農事改良実験所は昭和22年5月設立
(「農業」と「農事」の違いに目をつぶっても)そもそも交配時(昭和16年)にそんな機関は存在しない。
そもそも兵庫県立じゃない。
当然この実験所が『愛山11号』を育成した記録なんてどこにもない。

どこからこの妄想は始まったんでしょうか?


「『山田錦』よりも栽培が難しい」⇒試験評価的には別に難しくない
実際の現場の声として「栽培が難しい」というなら、現場の人間でも無い私がどうこう言えた立場ではないのですが…
当時の試験場の評価が「背が高くて倒れやすいから試験を打ち切った」とされていることが非常に多いですがそんな記録はありません
『愛山11号』は対照『山田錦』より5cm程度稈長が低いですし、耐倒伏性も同等かやや強いとの評価だったので、これは完全に誤りです。
耐病性も『山田錦』と同程度で、試験が打ち切られたのは玄米品質の悪さからです。(「胴切れ米」と呼ばれる米粒の真ん中がくびれる、ヒョウタンのような形になる米粒ができる率が高いとか)
「古い品種は倒れやすくて栽培が難しい」という勝手な妄想だけが先行して根付いてしまっているのでしょうか。

「戦後廃れた」⇒廃れる前に栄えてない
これも多分「古い品種→戦前から栽培されてる」という勝手な妄想を言い出した蔵かメディアがあってコピペコピペでいつの間にか根付いたんじゃ無いでしょうか。
栄華を誇っているのはまさに平成後期~令和の現在であり、それ以前に栄えたことはないのですから廃れることも出来ないのでは…
一応昭和後期には16haまで下がってはいますが、それ以外の最盛期が30ha程度だったことを考えると「廃れた」というのもちょっと違うと思うのですが…
これもイメージだけが先行している印象を受けますが、日本酒界隈の酒米情報は基本こういった「イメージ先行(根拠無し)」が常と言えば常なのですが…



これらの明確な根拠(一次資料)があれば是非教えて頂きたいです。


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参考文献

〇農業試験場60年史:兵庫県立農業試験場
〇研究40年のあゆみ:農林省中国農業試験場






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