2020年9月4日金曜日

【WCS用】中国飼198号~たちすずか~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『中国飼198号』(『水稲農林444号』)
品種名
 『たちすずか』
育成年
 『平成22年(2011年) 農研機構・近畿中国四国農業研究センター
交配組合せ
 『クサノホシ×極短穂』
主要生産地
 『中国地方』
分類
 『飼料用(WCS用)』



「たちすずかだ。よろし………どこ見てる?」




どんな娘?

通常の米っ娘たちであれば当然のように持っているものを持っていない娘。
…ナニをとは言わないが持っていない。
むしろ同じ飼料用米グループ内を見渡した方がとんでもない…ナニのとは言わないが兎に角格差を見せつけられてしまう問題に日々苦悩している。
しかし持たざる者だからこそ、得ているものもある。
ステータスだ、希少価値だ…と理屈でわかっていてもなかなか…いや本当にステータスなんですけど

飼米っ娘たちは細分化されWCS用、飼料米用、そして兼用の三つの組織に分けられるが、その中でも新興のWCS用品種の首長を務める。
飼料米用首長のミズホチカラ、兼用首長にして全体首長の夢あおばと共に飼料用米をとりまとめている。
…が3人横並びになることだけは嫌い。なぜだか理由は聞いてはいけない。

「見た目より中身」が信条で、自分を磨く努力は欠かさず、実際その能力は非常に高い。


概要

稲というのは子実である「籾(米)」を収穫する作物ですから、「籾」はその稲を栽培する最大の目的にしてより多く収穫できる品種が求められるのが常識的です。
そんな常識からすれば異端児とも言える、特に近年「籾」が不要とされているのがWCS用稲品種達で、そのWCS用稲品種『たちすずか』の擬人化です。

「まっすぐに立つ草のかたちと、この品種が植えられた水田に吹くさわやかな風(涼風/すずか)」をイメージして命名されました。

耕作放棄田の解消、そして日本の食糧自給率の向上といった目的から、特に平成20年(2008年)頃より飼料用稲の栽培が推進されていますが、それより以前から水稲を飼料として活用できれば濃厚飼料となる籾(お米部分)と牧草となる茎葉を同時収穫・給餌できるものとして大きな期待が掛けられていました。
しかし昭和59年(1984年)の時点で、広島県畜産試験場の古本氏により、水稲を飼料として用いた場合、籾がそのままでは消化されにくいことが判明します。

そのまま給餌した場合、消化されずにそのまま排泄されてしまう籾が一定割合出てくる事は知られていましたが、これが給餌対象によって大きく差があることがわかったのです。
和牛繁殖牛などに給餌する場合、比較的少量を与えるので家畜が十分時間を掛けて咀嚼でき、籾にも傷が付きやすいため不消化率は10%程度で済みますが、大量に飼料を必要とする搾乳牛などでは咀嚼時間が減り、結果不消化率も50%までに至るという報告まであります。
そしてTDN(可消化養分総量)算出の際には前者と同じように比較的少量を与えるので、不消化率は10%程度です。
いわば理想値であるTDNに対して、特にWCSを大量に摂取する家畜における実際の利用可能栄養分との間に大きな差が発生してしまう可能性があるのです。
単純計算でTDN56%の稲でも籾が50%不消化であれば計算上TDNは40%まで低下してしまうことになり、1割もの栄養ロスはとても看過できるものではありません。

結果、家畜が効率的に栄養を摂取するためには子実(籾)に損傷を与える対策が必要であると結論づけられました・・・が
穀粒となる飼料米は兎も角、稲をそのまま刈り取ってサイレージにする稲WCSはその製造工程で、籾に傷をつけるような作業を導入するのは作業効率面、設備面から考えて現実的でしょうか・・・
いやいっそ、籾の存在が栄養ロスの原因となるのならば、籾自体がなければ良いのではないか?
このような考えを基本として育成されたのがこの『たちすずか』です。


WCS用品種としてはエリート中のエリート(だと墨猫大和的に思っている)『たちすずか』はまさに要求された能力を全て獲得していると言っても過言では・・・(過言かも知れない


『たちすずか』の熟期は『クサノホシ』よりも4日程度遅い、瀬戸内海平坦部では「極晩生」になります。
稈長は121cm程度で、耐倒伏性は「極強」です。
葉いもち圃場抵抗性は「弱」、穂いもち圃場抵抗性は「不明」で、真性抵抗性遺伝子が「Pib」「Pita」「Pi20(t)」であるため通常は発病しません(菌レースの変化による)。
白葉枯病抵抗性が非常に強く(ただし圃場抵抗性かは不明)、『中国69号』経由で『早生愛国3号』の白葉枯病抵抗性遺伝子「Xa-3」が導入されている可能性があります。
縞葉枯病には罹病性で、紋枯病抵抗性は「中」です
穂発芽性は「難」と『リーフスター』より発芽しにくいです。
湛水直播栽培適性も持ち、飼料用として非常に優れた品種ですね。



WCS用として優れた特性の数々


籾が少なく消化性が良い、倒れにくく収穫適期も幅広い、まさに飼料用稲品種の優等生ですが、そんな『たちすずか』最大の特徴と(して紹介されていると)言えば、”茎葉中の炭水化物含量が高いこと”ではないでしょうか。

収穫物全体に占める籾の割合が非常に少ない『たちすずか』は、全収穫物乾物重1.87t/10aのうち、籾は0.23t/10aで全体重量の1割程度しか籾がありません。
従来飼料用稲品種の『クサノホシ』約40%や、WCS専用品種である『リーフスター』の約27%と比較してもかなり少ないことがわかるかと思います。
それでいて両者間にTDNの差はほとんど無いどころか『たちすずか』の方が高いとされています。
(羊で56.8%、乾乳牛で52.4%である『クサノホシ』のTDN含量に対し、『たちすずか』のTDN含量はそれぞれ61.1%、58.1%との試験結果あり)

本来高栄養源となる籾の割合がそれほど少ないにもかかわらず、TDNが従来以上と言うことは、『たちすずか』の茎葉が従来品種と異なりかなりの高栄養源となっていることになり、実際茎葉中には大量の可溶性無窒素物(でんぷん等の炭水化物)が含まれています。
通常光合成で作られた炭水化物や、茎に溜められていた炭水化物は、出穂を契機に籾へと転流されていきますが、その籾が少ない『たちすずか』では炭水化物が茎や葉に残留するものと考えられており、これは籾に存在するときと異なり、不消化の影響を受けないので、より効率的に活かすことが出来るとされています
また、炭水化物の中には「糖」も含まれ、従来品種2~5%程度の糖含量(乾物ベース)に対して『たちすずか』のそれは8~15%もあります。
糖はサイレージ発酵させる際に乳酸菌の餌として必要とされるもので、それが多く含まれる『たちすずか』であればよりよい乳酸発酵による長期保存やサイレージ品質の向上が見込めます。

そんな茎葉はもともと消化しやすいとされ、その茎葉の割合が多いために『たちすずか』は消化性が良いと紹介されていることも多いですが、『たちすずか』ではさらに難消化成分の「リグニン」や「ケイ酸」の含量が他品種と比較して少ないために、より消化しやすくなっているとされています。
粗繊維消化率は従来品種の『クサノホシ』で約50%、高消化性と言われる『良質な牧草』で70%前後と溝を空けられている状態でしたが、これが『たちすずか』では約60%と大幅な改善を見せています。
従来品種より消化しやすい茎葉になって、更にその茎葉の比率が90%!なんですかこれパーフェクトですか、状態(これは育成時点ではわからなかった特徴だそうで)。

さらに『たちすずか』は、従来品種で黄熟期以降に急激に低下するTDNについても、黄熟期以降もTDNを低下させることなく収穫できる事がわかっています。
また、籾が少ないため重心が低く、加えて前述した高糖含量の影響からか、生育後期になっても倒伏しにくいため、刈取作業に支障を来すこともありません。
この収穫適期の広さは、いままで違う熟期の品種を組み合わせて栽培したり、移植期の異なる栽培計画を立てる必要があった農家の作業体系を大幅に改善することが期待されます。

収穫物の利用率も高く、収穫適期も非常に広い『たちすずか』は
まさに飼料用稲としては革新的な新品種であると言えるでしょう。
関東以西にしか適さないのは東北人として残念(早生化品種出るかな。)。



栽培上の注意点も


そんな異能児『たちすずか』ですから、今までの常識では能力を発揮できないこともあるため、栽培にもいくつか注意が必要です

①適期刈取を(早刈注意)
収穫適期の長さが特徴ではありますが、『たちすずか』における茎葉中の高い糖含量は、出穂後20日目から40日目頃にかけて増加します。
そのため、従来の飼料用稲の感覚で早期(出穂後間もなく)に刈り取りを行ってしまうとWCSの品質は悪くなり、牛の嗜好性も低くなりがちだそうです。
これは前述したように糖含量がまだ増えておらず少ないことと、糊熟期や乳熟期における『たちすずか』は従来品種よりも水分含量が多いことから、低糖・高水分による不良発酵になっているとされています。
籾の難消化性の問題を解消している『たちすずか』は黄熟期以降もTDNの下げ幅が小さく、従来であれば「刈り遅れ」になってしまうような時期でも問題無く飼料として活用が見込めますので、今までの常識にとらわれず、遅く刈り取る必要があります。

②十分な窒素肥料を
『たちすずか』の多収・低籾・高糖といった特徴の発揮には多肥栽培(有効窒素成分10~15kg/10a)が必要です。
窒素施肥量が少なくなると、全体の収量が落ちるだけでなく、籾重割合が大きくなり、糖含量も抑制されてしまいます。
前述したように非常に強い耐倒伏性を持つ『たちすずか』にはそのポテンシャルを十二分に発揮させるためにも、多肥栽培が重要となります。
ちなみに種子生産する際は晩植え・疎植・低肥料にすることで種子量を増やす取り組みが行われます。
『たちすずか』の収量(籾)は40kg/10aから300kg/10a(試験時最高481kg/10a)と栽培方法によってかなりの差が出るので、WCS用生産と種子生産でそれぞれ真逆の取り組みが必要になるわけですね。




育種経過

籾はなるべく少ない方が良い、とされたWCS用稲品種。
先に育成された品種に『リーフスター』があり、こちらも子実の割合が低い事が特徴でしたが、刈り遅れによる倒伏、そして給餌した際の嗜好性の低下等が問題になっており、より大規模化する農家に対応するためにも収穫適期がより広い(黄熟期以降も収穫可能な)品種の育成も課題でした。
さらに、飼料用として収穫適期とされる黄熟期では茎葉に乳酸菌の養分となる糖含量が低く、不良発酵を生じる原因の一つされていました。
『たちすずか』はこの「低い籾割合」「広い収穫適期」「高糖含量」を目指して育成が開始されました。

なお、『たちすずか』の育成は、農林水産省委託プロジェクトである
【新鮮で美味しい「ブランド・ニッポン」農産物提供のための総合研究(3系)】(2003~2005年度)
【粗飼料多給による日本型家畜飼養技術の開発】(2006~2009年度)
の予算を得て行われました。

平成13年(2001年)、近畿中国四国農業研究センターにおいて『中国147号(サトホナミ)』を母本、『極短穂(00個選11)』を父本として人工交配が行われました。

父本となった『極短穂』は、『葵の風』と『中国156号』との交配後代から、平成12年(2000年)のFS世代個体選抜で見いだされた自然突然変異系統で、下位の枝梗が退化する(穂の下の部分がなくなる=穂が短くなる)のが特徴です。(この短穂の形質を支配する遺伝子は染色体11に座乗する短穂遺伝子1(sp1)と同座と推定)

人工交配して得られた種子は70粒。
同年度冬期、その中から5粒の種子が蒔かれ、温室内でF1養成が行われます。
平成13年(2002年)にF2世代3,000個体が普通期乾田直播栽培で養成されます。

翌平成14年(2003年)はお休みの年。
冷蔵庫内で保管されました。

平成15年(2004年)から舞台を移し、国際農林水産業研究センター沖縄支所(当時)でF3~F4世代(5,000個体)の養成が行われます。
平成16年(2005年)、F5世代3,000個体を普通期移植栽培で育成、個体選抜を実施し45個体が選抜されます。
平成17年(2006年)にはF6世代で系統選抜を実施します。
前年の45個体を1系統当たり16個体の45系統(『多系選426』~『多系選470』)として育成。
この中から9系統が選抜されますが、後の『たちすずか』となる系統が生まれる『多系選435』系統からは5個体が選抜されています。
以後系統育成による選抜・固定が行われていくことになります。

平成18年(2007年)、F7世代で系統番号『多収系1072』が付され、生産力検定本試験・特性検定試験に供試されます。
選抜過程は前年の1系統5個体を1系統群5系統(『多育246』~『多育250』 )として各系統32個体を養成し、『多育248』系統から5個体を選抜しています。
試験の結果は良好とされ、平成19年(2008年)F8世代で系統名『中国飼198号』が付されました。
F8世代は前年の1系統5個体を1系統群5系統として各系統64個体を養成し、1系統30個体を選抜しています。
『中国飼198号』は各都道府県に配布され、地方適応性の調査が行われました。
結果、収量性(茎葉)、耐倒伏性、飼料適性の面でWCS用品種として優れた適性を持つことが認められました。
平成20年(2009年)に1系統群30系統(各系統32個体)を養成し、最終的に1系統5個体を選抜して育成を完了しています。


平成21年(2010年)3月に種苗法に基づく品種登録出願が行われ『たちすずか』と命名されました。




系譜図


参考文献

○茎葉多収で消化性に優れ高糖分含量の飼料用水稲品種「たちすずか」の育成:近畿中国四国農業研究センター研究報告
○牧草と園芸 第65巻第4号(2017年)『飼料用イネ新品種「たちすずか」の特徴について』:広島県立総合技術研究所 畜産技術センター 飼養技術研究部 副部長 河野 幸雄
○高糖分飼料イネ「たちすずか」栽培技術マニュアル:農研機構 近畿中国四国農業研究センター
○極短穂型飼料イネ品種「たちすずか」によるホール クロップサイレージの栄養価と第一胃内分解性:広島県立総合技術研究所畜産技術センター



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ネタです。たちすずか本人は絶対こんなことしません。



飼料用稲(米)とは?


















6 件のコメント:

  1. らき○たwww
    このスタイルのWCS専用品種は青森ではなかなかうまく育てきれてないですね……
    青森県に適した出穂期でこの草型の系統を選抜したことはあったのですが、どうしても栄養成長不足になるのか、分げつが稼げなかったり、穂が小さい分茎も華奢になってしまい、なかなか既存の青森県のWCS品種『うしゆたか』(どっちかといえば兼用と言いたくなるような見た目)に全重で劣ります。
    個人的にはユニークで好きな稲なので、諦めたくはなかったのですが……

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    1. いやどうしてもやりたい衝動に駆られまして…もうこればっかりはね、しようがないですね…うん(・ω・)

      青森県のWCS専用というと…
      ぱっと思い浮かんだのが『青系208号』で、いつだったか有望かやや有望扱いだったような…それがお釈迦になったのか…乃至そのあとの有望系統ですかね?
      日本の食糧自給率が家畜の飼料も含めて高まればいいな派なので、『たちすずか』のような本当のWCS向け稲品種が全国的に展開されるといいなぁ…と思うんですが、やはり一筋縄でいかないのですか…
      後継なり改良開発に…期待していいんですよね?

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    2. 貧〇というより「短穂(たんすい。愛称的にたんぽとも読む)」はステータスだ!ですかねw

      208に関しては今は何言っても割と守秘義務的なのに引っ掛かりそうな状態ですが、生きてるとだけは言っておきます。208は「べこあおば」の子供でもっと全体的に株がでかい感じの草姿なので、農研機構なら「兼用」としての検討をしていたのではないかなぁと思ってます。まあこの系統との比較もあって、青森では「たち」シリーズ後代は見劣りするようなのしか出てこない状態という感じですかね。
      一応、その後代を母本とした育成は続いているはずなので、「たちあやか」から数えてひ孫くらいには何か出てほしいなと勝手に思ってます。
      あと短穂にする以外での穂の比率の減らし方(小粒化等)も検討していたのでそっちも何とかなってほしいなぁ。

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    3. 短穂化にせよ小粒化にせよ…
      つまり貧○は大事でステータスということですね!!(話を聞いてない

      勉強途上ですので見当違いなこと言っているかもですが
      飼料米用としては専用品種を使うアドバンテージってそんなにないのかなぁ、と思う一方
      WCS用で『たちすずか』レベル(籾割合を減らして茎葉を高糖化)の専用品種であれば恩恵は大きいと思うので、貧籾を目指すような特化した方面での育種にを是非是非頑張ってもらいたいです!
      …とはいえ需要と供給、費用対効果に対する考え方は、多分試験場によってと言うか人によって大きく違うでしょうから、これもまたいろんな方針の違いが現れそうですね


      まずは普及状況の客観的な統計(品種別)がほしいです!(いつか出るかなぁ…)

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  2. ついにクロネコさんも他の漫画のネタをパk...いやリスペクトしてきましたかw
    そしてお早い更新お疲れ様です!今頃きっと深い眠りについているんだろうなぁ~(永眠じゃn)
    そしてそしてkayさん初めまして。稲のことはまだまだ未熟ですがよろしくお願いします。

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    1. 今回はオマージュです(キリッ

      でも貧籾はステータスです、希少価値なんですよ、いや本当に
      とりあえずこのままではあれなので同期を増やしてあげて『たちすずか』1人負け(ているわけではないんですが)状態の解消にいそしみたいと思います~

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