2020年9月14日月曜日

【WCS・飼料米用】北陸187号~夢あおば~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『北陸187号』(『水稲農林398号』)
品種名
 『夢あおば』
育成年
 『平成16年(西暦2004年) 中央農総研センター北陸』
交配組合せ
 『上321×ふくひびき』
主要生産地
 『東北中南部~北陸・中部』
分類
 『飼料用(WCS・飼料米兼用)』

夢あおば 擬人化
夢あおばです。日本の水田、守っていきましょう。



どんな娘?

WCS用の首長たちすずか、飼料米用の首長ミズホチカラの実質上の立場で、飼料用米っ娘達の総首長を務める。

「水田を守りたい」の一心で、その為であれば自らの作付面積やそもそも飼料用稲(専用品種)の作付面積にも拘らない。
飼料用の仕事に粳米っ娘(主食米用品種)が出てきても苦言を呈するようなことはなく、暖かく受け入れている。
無論そのような態度なので何かと癖の強いものが集まりやすい飼料用専用品種達からは不満が出ることも当然あるが、それをうまくなだめすかし、全体の調整には余念がない。

表面上は温厚であるが、けして曲げない強い信念を持つ。



概要

『夢あおば』は東北中部(秋田・岩手県南部付近)から北陸・中部(長野県付近)にかけての地域が栽培適地とされているWCS用・飼料米用両方に適している兼用品種です。
つまり籾の収量も多く、植物体全体(籾・茎・葉)の収量も多い品種と言うことですね。
対象地域内主力品種の『コシヒカリ』よりも早い時期に黄熟期収穫が可能(作業が競合しない)で、湛水直播でも収量の落ちにくい(労力・コストの低減が可能)な品種として普及しています(多分・・・普及の具体的情報不明)。

『夢あおば』という品種名は「飼料稲により水田が未来永劫守られることを夢見て」命名されました。
私もそう願います。

この『夢あおば』の育種論文が書かれた平成18年(2006年)時点ですら、米の消費量が40年前のほぼ半分にまで減少しており、既に106万haもの生産調整が行われていました。

『夢あおば』は育成地において「早生の晩」で、黄熟期も『ふくひびき』並みの「早生の晩」です。
これは『コシヒカリ』の成熟期と比較して、黄熟期が移植栽培で20日、湛水直播栽培でも15日程度早いため、収穫作業が競合することがありません。
収量(黄熟期乾物重)は概ね1.3~1.4t/10aで従来の飼料用品種より2~5%程度増となっており、特に湛水直播栽培でその優位性が明らかになっています(推定TDN60%前後)。
また玄米収量(精玄米重)は育成地における移植栽培で722kg/10a(『ふくひびき』並み)、東北中部から沖縄に至るまでの50試験地で行われた奨励品種決定調査における平均は609kg/10a(標準品種比5%多収)です。
我らが山形県の誇る『はえぬき』との湛水直播による比較試験(3年間平均)では『はえぬき』収量(精玄米重)642kg/10aに対して『夢あおば』695kg/10aとの結果も出ています。
玄米千粒重は26.5gと大粒で多収要因の一つとされています。

稈長は84~86cm程度で稈は「極剛」と判断され、耐倒伏性は移植栽培、直播栽培共に倒伏性「強」の『ふくひびき』よりも明らかに強く、「極強」と区分されています。
葉いもち・穂いもち病共に、現在日本のいもち病菌のレースでは『夢あおば』の真性抵抗性(真性抵抗性遺伝子「Pita-2」及び「Pib」を推定)を侵せるものがなく、圃場抵抗性は不明です。
白葉枯病抵抗性は「強」、縞葉枯病にも抵抗性を持つとされています。
耐冷性に関しては掛け流しによる穂孕み期耐性試験では「やや強」の判断でしたが、冷害年における現地試験では「やや弱」にまで落ち、総合的に「やや弱」との判定を受けています。(開花期の耐冷性が低いのかもしれない?)


飼料適性

サイレージの発酵特性については平成14年(2002年)に千葉県農業総合研究センターおよび石川県畜産総合センターで調査が行われました。
結果は
・VBN(揮発性塩基態窒素)の割合が少ない(VBN/T-Nが3.6%)※1
・乳酸含量が酪酸含量より高い※2
ことからV-scoreは80点以上となっており、良質の発酵品質を示すことがわかっています。

β-カロテン(プロビタミンA)含量は乾物重で27.5mg/kgで中生の『クサユタカ』(7.4mg/kg)よりは多く、早生の『ふくひびき』(28.4mg/kg)と同等程度でした。
日本の標準試料成分表におけるオーチャードグラスおよびチモシーの出穂期における乾草のβ-カロテン含量はそれぞれ30mg/kg、20mg/kgとなっており、両者とほぼ同等の『夢あおば』は肉牛の肥育に用いても問題無いとされています。※3

※1「揮発性塩基態窒素」ざっくり
悪い成分。
アンモニアや低級アミンなどを指し、これらは牧草サイレージの発酵品質悪化により生成されるもので、WCSの品質劣化の指標とされる。
VBN/T-N(揮発性塩基態窒素比率)=「全窒素態中の揮発性塩基態窒素」が一定値以下であれば良好なサイレージと言える。

※2「乳酸」「酪酸」ざっくり
「乳酸」いい成分。
「酪酸」悪い成分。
良好な発酵をしていれば乳酸が増え、悪発酵していれば酪酸が増える。
酪酸は特有の不快臭を有し、牛の嗜好性も落ちる。
※1のVBN/T-Nと併せてV-scoreを算定、WCSの品質の指標とする。

※3「β-カロテン(プロビタミンA)」ざっくり
摂りすぎると悪い成分だけど、全く摂らないのもだめな成分。
肉用牛の場合、肉質向上のためビタミンAの摂取量に気を配る必要がある。
基本的にはビタミンA摂取量を制限しなければならないが、極端に制御しすぎてもビタミンA欠乏症による障害が発生する可能性がある。
よって”適切な”ビタミンA制御が必要で、そのためには与える飼料の栄養成分(β-カロテン)を把握する必要がある。
ビタミンAが多い飼料は大量には与えられない、少なければそれほど気にせず与えられる。


育種経過

日本の主食用米の需要減、それに伴う生産調整による水田の荒廃、そして世界的な穀物需要の高まりで供給不安が出る中でもなお40%と低い日本の食糧自給率。
水田の荒廃を防ぐにしろ、畑作による転作では地下水涵養や貯水機能による増水の抑制といった水田の多面的な機能が維持されません。
これらの問題を全て解決するために飼料用稲の生産が進められつつありました。

そのような中、寒冷地南部に位置する北陸では主食米用の主力品種『コシヒカリ』と収穫時期が競合しない、秋雨の前に収穫できる早生の稲発酵粗飼料用品種が求められていました。
さらに、生産コスト低減のために、湛水直播栽培が出来ることが望まれていました。

平成18年(2006年)当時、寒冷地南部のWCS用品種として極晩生の印度型品種『Te-tep』や『くさなみ』、『はまさり』、『クサホナミ』、『クサノホシ』、晩生の印度型品種『モーれつ』や同じく晩生の『スプライス』、『ホシユタカ』等がありましたが、これらは熟期が遅く、『コシヒカリ』の収穫と競合する上、収穫時期が秋雨と重なり、刈り遅れによる発酵品質の低下など飼料としての価値が低くなる可能性が高いとされていました。
中生品種の『クサユタカ』もありましたが、黄熟期が『コシヒカリ』の成熟期(収穫時期)と1週間程度しか差がないため、これも天候によっては『コシヒカリ』の収穫作業と競合することが懸念されます。

寒冷地南部に適する、耐倒伏性に優れ、湛水直播栽培に適したWCS用早生品種を目標に育種はスタートしました。

なお『夢あおば』は
○農林水産技術会議事務局の総合的開発研究「需要拡大のための新形質作物の開発」(1989~1984年度)
○同「画期的新品種の創出等による次世代稲作技術構築のための基盤的総合研究」Ⅰ期(1995~1997年度)
○畜産対応研究「多様な自給飼料基盤を基軸とした次世代乳肉生産技術の開発」(1998~2000年度)
○作物対応研究「食料自給率向上のための21世紀の土地利用型農業確立を目指した品種育成と安定生産技術の総合的開発」(2001年度)
○同「新鮮でおいしい「ブランド・ニッポン」農産物提供のための総合研究」(2003~2005年度)
以上のプロジェクト・研究に基づき育成されました。


平成2年(1990年)夏、中央農業総合研究センター・北陸研究センターにおいて、『上321』を母本、『奥羽331号(ふくひびき)』を父本として人工交配が行われました。

母本の『上321』は日印(日本型稲とインド型稲)交雑種の穂重型系統です。
韓国の印度型半矮性多収品種『水原258号』に由来する短強稈性と極長穂性を、極早生の多収品種『アキヒカリ』に導入したものですが、穂数が少なく、収量も『アキヒカリ』並みでした。

父本の『奥羽331号』は平成5年(1993年)に福島県で酒造用掛米用品種として採用され『ふくひびき』と命名されています。
短強稈、大穂でかつ籾数が多く、草姿良好な『82Y5-3(奥羽316号)』とやや大粒で登熟の良い『コチヒビキ』の交配後代から育成された早生の多収系統です。

両親ともに稈が強く(倒れにくい)、母方で物足りない収量について、父方の大粒・多収・登熟の良さで補おうという交配に見えますね。

平成2年の交配で得られた種子は29粒(『上交90-41』)。
平成3年(1991年)、圃場栽培によりF1を25個体養成。
平成4年(1992年)、苗代放置栽培によりF2養成(個体数4,000)。
平成5年(1993年)から平成6年(1994年)にかけて国際農研沖縄支所における世代促進栽培でF3からF6まで(年2回)を養成しました。
各年の養成個体数は6,000(F4のみ8,000)です。
平成7年(1995年)F7世代で個体選抜を開始し、4,080個体播種した中から71個体を選抜します。
平成8年(1996年)F8世代以降は系統栽培によって選抜固定を図ります。
まずF8世代は71系統各60個体を播種し、11系統55個体を選抜しました。
平成9年(1997年)、F9世代は11系統群55系統として各系統50個体を播種、4系統20個体が選抜されました。
またこの年より『収6097』の系統番号が付され、生産力検定試験に供試されます。
平成10年(1998年)F10世代は4系統群20系統として各系統50個体を播種し、選抜されたのは1系統群1系統5個体です。
この年からは系統適応性検定試験、特性検定試験に供試されました。
平成11年(1999年)F11世代は『北陸187号』の系統名が付され、関係各府県に配布の上、奨励品種決定調査に供試されました。
1系統群5系統(各系統50個体)とした『北陸187号』は、1系統5個体を選抜し、以後平成13年(2001年)F13世代まで同様の選抜が続きます。
平成14年(2002年)F14世代は1系統群5系統から1系統10個体を選抜、翌平成15年(2003年)のF15世代でも1系統群10系統から1系統10個体を選抜し、育種を完了しています。

生産力検定試験他、各種の特性検定試験は平成9年(1997年)から平成16年(2004年)までの7年間行われ、平成10年(1998年)からは特性検定試験地に依頼して主要特性の検定、平成11年(1999年)からは各府県で奨励品種決定調査も行われました。

そして平成16年(2004年)9月30日に新品種として『水稲農林398号』に命名登録、『夢あおば』となりました。
平成16年度(2004年)時点で雑種第16代でした。


系譜図


夢あおば 系譜図
『夢あおば』 系譜図


参考文献


○牧草サイレージにおける揮発性塩基態窒素含量とpHおよび水分含量との関係:篠田 英史
○水稲新品種「夢あおば」の育成:中央農業総合研究センター研究報告



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5 件のコメント:

  1. 「夢あおば」...他のネーミングと何ら変わりない名前だと思っていましたが、そのような由来があったとは...飼料用稲の代表格としてこれからも日本の伝統的な文化であるお米や田んぼを見守っていただきたいですね。
    先日の記事に投稿した米穀店の友人とは別にもう一人、山形で農家を営んでいるご親戚がいらっしゃるのですが近々、その方にリモート電話で農業について勉強させてもらおうと思っております。...本当は山形に行き、直接お会いしてじっくり学ぼうと思っていたのですが現在宮城県でちょっとコロナの第2波が訪れているような傾向にあるので今回は控えさせていただきました。(クロネコさんとも是非一度お会いしたk...)
     by12TK

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    1. 飼料用稲は個別の作付面積や普及実態が確認できる公的資料が見つけられず、『コシヒカリ』や『山田錦』のようなまとめ役をどの品種にしたらよいかわからず、いったんは実態の見える『ミズホチカラ』で考えていましたが、この品種名の由来を知ってこの娘しかないな、と思いました
      コロナを気にせず地域を気にせず和えるようになるといいですねぇ…ホントに…

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    2. まったくもって同感です。農作業(田んぼ系)などは三密などが比較的少ない(はず)ですがやはりコロナが...といったところでしょうかね。飼料用米の方々の今後の活躍にも期待できそうですし、いつ人の手によってお米を作るという技術が失われないかどうかもその方達の活躍ぶりで決まりそうですね。
      そういえば中学生時代の社会の恩師がこんな事を言っていたなぁ~
       



       「お米が嫌いな奴は日本人じゃねぇ」...と
      by12TK

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    3. 食べ物の好き嫌いは個人の自由だと思いますし、伝統だからとかいうだけで押しつけのような形になるのもよろしくないとは思うのですが…
      ささやかな願いとして日本人なら米食べてほしいですねぇ…

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    4. 私も言われた当時は「そうだそうだー!」と思っていましたが、今改めて思うと少し考えが過ぎていると思いました(笑)。好き嫌いは確かに人それぞれですし、押し付けの様な物言いももう少し考えてもらいたかったと思います。(今そんな事口走ったら場合によっては保護者が黙っていないですからね笑)
      by12TK

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