2020年9月22日火曜日

【粳米】秋田128号(秋系821)~『サキホコレ』~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名
 『秋田128号』
品種名
 『サキホコレ』
育成年
 『平成31年(西暦2019年) 秋田県農業試験場』
交配組合せ
 『中部132号×つぶぞろい』
主要生産地
 『秋田県』
分類
 『粳米』
サキホコレ「さぁ見事に咲き誇ってみせましょう」



誰も知らない、おいしさの頂点へ


 どんな娘?

極幼少期の名前が有名になり過ぎて正式名称を名乗っても「え?だれ?」となることが多い娘。

正式な秋田県主力米の後継ぎとしてのみならず、さらにその上を担う身としてその意識は高い。
高い故か、少々甘やかされて育てられたせいか時折自分本位のわがままも垣間見え、特に住環境にはうるさい。

そういった行動で勘違いされがちだが、基本的にあきたこまちよりもあらゆる面で体は丈夫になり、仕事の質も高い。(求められている仕事の質が遙かに高いことが要因)
唯一、物事に取り組むときに集中しすぎて時間がかかってしまうのが珠に傷。



概要

秋田128号『サキホコレ』は『秋系821』が広まり過ぎて後戻りできなくなった最高級位を目指す秋田県産米の旗艦品種です。(でもやっぱり『秋系821』と言わないと分かってもらえないから表示等せざるを得ない)
商品コンセプトは「秋田の地力がいつもの食卓を上質にかえる。日本人のDNAに響くおいしいお米」

米どころとして名高い東日本各県が高級ブランド米を展開する中、遅ればせながら…ええ、本当に…遅れ馳せでした。
東北や北陸の主立った「米どころ」各県が、平成30年(2018年)の減反政策廃止に合わせて、その前年に続々と高級ブランド等の新品種を打ち出す中、なしのつぶてだったのが秋田県と福島県。
その福島県も令和2年に新品種『福、笑い』を打ち出している中でも、いまだ秋田県は名称応募の状態…というかなりの遅れっぷり。(とはいえ系適番号時点で広報したり名称応募の副賞に100万円を計上するなどスタートの遅れ自体は重々承知している様子)
兎にも角にも
秋田県も「コシヒカリを超える極良食味品種」をコンセプトとした新品種を発表したのでした。

◯白さとツヤが際立つ外観
◯粒感のあるふっくらとした食感
◯上品な香り、かむほどに広がる深い甘み

これらをウリに”米どころ秋田県”が推しています。

作付け地域は気候条件の整った県央・県南の市町村(地域)に限定され、秋田県県北地域では栽培できません。
秋田県内では晩生に属する『サキホコレ』は、登熟期間の気温が低いと十分にその食味を発揮できないとされており、秋田県県北地域はおしなべてその期間の気温が標準に達していないのが理由です。(出穂後40日間は平均気温22℃が必要)
通常の普及品種の育成であれば、秋田県農業試験場もこの点を妥協するようなことはなかったのでしょうが、これもまた「食味最優先」の育種によるある意味弊害といえるでしょうか。
栽培方法による改善が見込まれればより作付け可能地域は拡大する予定だそうですが、特に県北地域や栽培地域から外された農家からは反発の声もあるようです。

栽培地域のみならず、生産者も当然のごとく登録制です。
正確には登録された「生産団体」のみが生産可能で、「生産者3名以上」と「集荷業者」によって構成される必要があります。
JAなどへの一律全量出荷を求めているのではなく、生産団体ごとに出荷業者が付くことも可能なようです。(需要に応じた生産、集荷・出荷体制、技術指導体制などが求められますが)
栽培条件について、稲作では常識である「毎年100%種子更新(購入)・自家採種禁止」は当然として、「農薬使用量(成分)1/2以下(10成分以下)」が加えられています。
特別栽培に該当させる場合に必要な「化学肥料の使用量減」は条件に加えられていませんが、食味に与える影響はないという判断でしょうか(実際そうですし、農薬の使用量減も食味には関係ないんですが)。
出荷基準も「1等米もしくは2等米」、「玄米粗タンパク質含有率6.4%以下(水分15%換算)」、「水分含有率14~15%」と高級路線にしては少し緩い感じもしますが、栽培目標は別に定められていると思われます。(多分)

令和2年には令和4年度(2022年度)の生産団体を募集し、19団体から登録申請がありました。
「秋田米新品種ブランド化戦略本部」の審査により14団体、合計約719haの作付けが決定しましたが、目標としていた800haの作付面積(令和4年度の予定)には届かないため、令和3年度に改めて生産団体を募集するそうです。

一応プレデビュー年となる令和3年度(2021年)は約80haの作付けで約400tの生産を見込み。
味にこだわりを持つ消費者や飲食店を主な顧客と想定し、売り込みをかけます。
秋田米ブランド推進室は「価格以上に価値のある米だと消費者に感じてもらいたい」と期待するものの、コロナ禍も有り主要銘柄が軒並み価格下落する中でその前途は多難か。


『あきたこまち』より成熟期で10日ほど遅い晩生種で、収量や玄米千粒重は『あきたこまち』並です。
耐倒伏性は「中」と並なものの、いもち病耐性は「やや強」と先代『あきたこまち』(やや弱)よりも強くなりました。いもち病真性抵抗性遺伝子は【Pii】と推定。
高温登熟耐性および耐冷性の両方が「やや強」となっており、近年問題になっている高温による品質低下にも強く、万が一の冷害にも備えているといえるでしょう。



名称公募

ご多分に漏れず名称は一般公募。

何度でも言いますが他県に比べて大幅に遅れている秋田県。
地方系統名である『秋田128号』がつかないうちに広報を始めたので、系統名のさらにその前、試験系統用の仮番号『秋系821』が用いられ、以後最後まで継続しているようです。
古くは『きらら397』(上育397号)から、平成中後期に『つや姫』(山形97号)や『いちほまれ』(越南291号)など、名称公募時に地方系統名で知られた品種は少なくないですが、品種とも呼べない段階である仮の系統番号で知られている(そして地方系統名が全く知られていない)のはこの『秋田128号』くらいではないでしょうか?

兎にも角にも
令和2年4月7日から5月17日にかけて公募を行いました。
出遅れを意識してか、福井県の『いちほまれ』を超える副賞を設けました。

最優秀賞(1名)に賞金100万円と『秋系821』30kg。
優秀賞(4名)に秋田県農林水産物5万円相当と、『秋系821』5kg。
また審査員特別賞(若干名)として大館曲げわっぱ弁当箱と『秋系821』5kg。
最後に秋系821賞として応募者の中から300名に『秋系821』2合分。

中でも目を引くのはやはり最優秀の賞金100万円で、他県と比べてもその金額は破格の高額さ。
それを反映してか応募総数は日本全国および海外からのものも含め過去最大(かもしれない)の25万893件

この中からまずは一次選考が行われます。
「新品種の本質を捉えた名称」など、秋田米新品種ブランド化戦略本部で示された方針に沿ってブランド課総合プロデューサーの梅原真氏が20案を選考。
さらに専門家・有識者で構成する名称選考部会(敬称略)【梅原真(デザイナー、武蔵野美術大学客員教授:高知県)、君島佐和子(雑誌「料理通信」編集主幹:東京都)、鶴田裕(専門誌「食糧ジャーナル」編集部長:東京都)、田宮慎(合同会社casane tsumugu代表:秋田県)、JA全農あきた、秋田県】において、令和2年8月、最終候補となる6つの名称に絞りました。

番号候補名説明
秋うらら(あきうらら)うららかに晴れた秋の日。食べると心がうっとりするようなおいしいお米
あきてらす秋田から日本の食卓を照らすような、おいしさと存在感を持つお米
秋の八二一(あきのはちにいいち)研究段階の番号「秋系821」から命名。研究者の努力により、多くの新品種候補から選ばれた特別なお米
稲王(いなおう)王様の名にふさわしい食味・品質、存在感を持つお米
サキホコレ花が咲き広がるように、全国で食されてほしい。生産者と消費者へのエールでもある
べっぴん小雪雪国で育まれた、美しく、別格(べっぴん)なおいしさのお米


令和2年10月秋田県知事による最終選考が行われ、11月17日に名称発表。
品種名は『サキホコレ』に決定しました。
○選考理由
 ・市場で長く親しまれ、存在感を示すことができる。
 ・響きが良くて、メッセージ性が高く、プロモーションの展開に期待が持てる。
 ・明るい未来を感じさせる。

○ネーミングに込めた思い
 ・「秋田の地力」から生まれた「小さなひと株」が、誇らしげに咲き広がって、日本の食卓を幸せにしてほしい。
 ・この名前は、お米自身へのメッセージであると同時に、生産者や消費者に明るいチカラを与えてくれる「エール」でもある。

佐竹知事によれば最終選考は『サキホコレ』か『稲王』かの二択に絞っており、最終的には名称から性別がイメージされないように配慮したとのこと。
11月21日にキックオフイベントと共に、名称公募者である秋田市の警察官、成田氏に賞金100万円と『サキホコレ』30kgの授与式も行われました。
成田氏曰く「花が咲くように全国に広がってほしいとの想いを込めた。みんなに愛されるコメになってほしい」とのこと。

令和3年度にはパッケージデザイン発表と先行作付け。
令和3年7月8日に東京の神田明神ホールでパッケージデザインの発表が行われました。
同年3月に県が選考した日本デザインセンター(東京)社長でデザイナーの原研哉氏による考案で、「白地に筆で大きく”サキホコレ”と書かれた」シンプルなもの。
・・・まぁ個人の偏見なんですが、シンプルが過ぎませんか?(何も印象に残らなそう・・・)

令和4年度に一般作付けと市場デビューを予定しています。


育種経過

※令和2年時点で育種論文がないので以下の内容が単体育種のことなのかプロジェクト全体のことなのか(特に選抜系統数)不明です。

全国屈指の米どころである秋田県として、産米の新たな顔となり、産地を牽引していくことができる極めて食味の高い品種の開発が急務とされていました。
そんな「極良食味品種」開発のプロジェクトは平成26年度(2014年)から開始されました。

”プロジェクト"は平成26年からですが、その”育種”は平成22年(2010年)から始まっていました。

母本は『中部132号』、父本は『つぶぞろい』の交配になります。

◇『中部132号』は愛知県の育成した品種で、良食味かついもち病への抵抗性が高い品種です。
 おそらく『みねはるか』由来の高度ないもち病圃場抵抗性所持系統です。
◇『つぶぞろい』は秋田県が育成した品種で、大粒・良食味の品種となっています。
 『ひとめぼれ』以上の耐冷性・いもち病耐性も持つ優良種です。


平成22年(2010年)に交配。
翌平成23年(2011年)は世代促進が行われます。(詳細は不明ですがF2~F3?)

平成24年(2012年)は12万株を養成。
『中部132号』×『つぶぞろい』交配後代のみでこの数…はないと思いますので、おそらく良食味試験系統全体のことだと思われます。
平成25年(2013年)の試験系統が800系統なので、おそらく800個体選抜したものと思われます。

平成25年の800系統は翌平成26年(2014年)には80系統まで選抜(この年から極良食味米プロジェクト開始)。
平成27年(2015年)は28系統、平成28年(2016年)には16系統に絞られます。(プロジェクト全体の候補系統数と推定)

平成29年(2017年)にはついに最終5系統が選抜され、おそらくこの中の一つが『秋系821』であると思われます。(まさか5系統すべてが同じ交配後代では…たぶんないと思いますが…)

平成31年(2019年)3月、『秋系821』は、県、関係農業団体等で構成する「秋田米新品種デビュー推進会議」において、新品種候補に決定されました。
その系適番号で大々的な宣伝が行われます。

最終的に地方系統名『秋田128号』を与えられます。
『秋系821』の系適番号が広く広まったことに加え、丁度秋田番号も120番台と丁度良かったことから「821=128」と似た番号を割り振ったことが窺えますね。
令和2年11月に品種名『サキホコレ』が決定し、秋田県のフラッグシップ米としてのスタートを切ります。


系譜図



秋田128号(秋系821)『サキホコレ』 系譜図



参考文献

○ごはんのふるさと秋田へ:https://common3.pref.akita.lg.jp/akitamai/










2020年9月19日土曜日

【飼料米用】西海203号~ミズホチカラ~【特徴・育成経過・系譜図・各種情報】

地方系統名  
 『西海203号』(『水稲農林438号』) 
品種名
 『ミズホチカラ』
育成年
 『平成21年(西暦2009年) 九沖農研センター』
交配組合せ
 『奥羽326号×F6【水原258号×台農67号】(86SH283長)』
主要生産地
 『熊本県、福岡県』
分類
 『飼料用(飼料米用)・粳米』

「ミズホチカラですヨ。何でもお任せアレ♪」



どんな娘?

飼料米用品種の首長を務め、飼料用米っ娘全体の中ではサブリーダー。
一応現在は飼料米っ娘に属してはいるが、粳米っ娘や酒米っ娘にも近い立ち位置で、苦労人期間も長いことも有り幅広い品種達の間で顔も広い。
その繋がりを活かした(用途の違う)品種間調整を得意としており、夢あおばの補佐をしっかりと勤め上げる。
 
外国(韓国出身インド系統&台湾出身)品種の血がそれなりに濃い事に加え、引きこもり()期間が長く、他者と話す機会が少なかったせいか話し方がたまにカタコト調になる。

名探偵と一緒に孤島に閉じ込められたりでもしたら、被害者側になる確率100%な娘・・・という冗談はさておき
実年齢(交配や系統化した年)で数えればたちすずかはおろか夢あおばよりも年上、でも品種化なった年から数えれば3人の中で一番年下・・・という年上の部下・年下の上司状態。
比較的実年齢の近い夢あおば(交配が3年後、品種化は7年早い)はまだ良いが、たちすずか(交配は14年も後だけど品種化は2年早い)のような品種と接するときは本人も相手も少しどぎまぎしてしまうことも。


概要

「需要に応じた米の生産・販売の推進に関する要領(令和2年度現在)」において、国が認可している「多収品種」の一角、暖地向き(温暖地の平坦部も可)の多収品種『ミズホチカラ』の擬人化です。

名前の由来は「水田で力を発揮する多収品種」にちなんで命名された・・・そうです。
「ミズホ=瑞穂=みずみずしい穂&力(ちから)」なのか「水田の”水”=ミズ&穂&力?」なのか・・・墨猫大和はこれだけでは良く理解できず・・・

飼料用稲の中では「飼料米用」に分類され、茎葉等地上部多収ではなくあくまでも子実である「籾」が多収な品種としてあげられています。
また飼料用のみにとどまらず、米粉や焼酎の原料としての加工適性も保有しており、他の飼料米用品種や兼用品種とは一線を画す、多用途米と呼べるものになります。
ただしこういった用途のお米の例に漏れず、玄米品質や食味は主食用品種より著しく劣るために、「ご飯」として炊いて食べる用途には適さないとされています。
農研機構のホームページでは「熊本県では主に米粉用として、福岡県では飼料米用として作付けされている」とされていますが果たして今現在の実態は・・・?

さて
飼料用稲品種を普及させる目的の一つに主食用米の需要が減った分を、新規需要による生産で補おう=水田の耕作面積を維持しよう、というものがあります。
その「新規需要」として米粉としての利用(米粉パンなど小麦粉の代用)にも注目が集まっていました。
政府は平成27年(2015年)3月に閣議決定した「食料・農業・農村基本計画」で、平成25年(2013年)の時点で「飼料米:米粉用米=11万t:2万t」だった生産量を平成37年(令和7年:2025年)までに「飼料米:米粉用米=110万t:10万t」とする生産努力目標を記載しています。
これは令和2年3月に新たな閣議決定がなされ、平成30年(2018年)の時点で「飼料米:米粉用米=43万t:2.8万t」だった生産量を令和12年(2030年)までに「飼料米:米粉用米=70万t:13万t」とする生産努力目標と一部下方修正なりましたが、いずれにせよ当時の視点でみれば実に10倍もの生産増が必要でした。
 この生産努力目標達成の為、各気候帯に適した多収品種が求められ、その一端として九州全域で普及しているのがこの『ミズホチカラ』です

育成当初(奨励品種決定試験)は粗玄米重は確かに多収だったものの、主食用に向かない上に、短稈のために地上部全体の収量も多収とは言えずWCS用としても向かない、と一旦はお蔵入りになりかけたこともありました。
しかし情勢は変わり、平成中期から飼料米用や米粉用の多収品種が望まれる情勢になって、見事返り咲きを果たしました。
数々の多収品種、『モミロマン』『べこあおば』『モグモグあおば』などの交配親になるだけはある、優秀な品種だからこそ、というところでしょうか。

育成地では極晩成の品種で、登熟は非常に遅いです。
稈の剛柔は「剛」と判定され、稈長は75cm前後と短いために、耐倒伏性は「極強」と判定されていますが、極端な多肥となると倒伏することもあります。
収量(粗玄米重)は九州沖縄農業研究センターの試験では標準肥料栽培で約640kg/10a、極多肥栽培で約760kg/10aとなっている多収品種ですが、生育期間が長いため沖縄のような2期作をするような場所では小収となってしまいます。
それでも暖地であれば通常主食用品種よりも20%は多収が見込め、平成20年(2008年)の広島県福山市での試験栽培では1,007kg/10aという試験結果も残しています。
玄米品質は「下上」と優れず、食味判定も「中下」と主食用米には到底及びません。
『コシヒカリ』並みの低タンパク(約5~8%)ではあるものの、アミロース含有率が約23~26%(1993年当時:対比『コシヒカリ』15~18%)と非常に高い値を示し、粘りが少なく固いお米であることがわかります。

いもち病は穂・葉両方において試験では発病がほぼ認められず、見た目は非常に強いものになっており、圃場抵抗性は不明です。
これは真性抵抗性遺伝子と推定されている「Pib」「Pita-2」「Pi20」によるものと思われ、菌のレース変化には注意が必要です。
白葉枯病抵抗性は「弱」、縞葉枯病には「罹病性」で常発地帯での作付は出来ません。

通常の水稲であれば問題にならない水稲用トリケトン系除草剤(4-HPPD阻害型除草剤、成分名:ベンゾビシクロン、メソトリオン、テフリルトリオン)に感受性を持ち、強い薬害が発生します。
トリケトケン系除草剤はスルホニルウレア系除草剤への耐性を持つ雑草に有効な除草剤として使用が広まっていますが、これら耐性雑草が確認されトリケトケン系除草剤を使用せざるを得ないような水田では『ミズホチカラ』の栽培は難しいということになるかと思います。


各種適性

育種期間が非常に長く、多用途米が想定されていた『ミズホチカラ』は様々な用途への適性が育種時に行われていました。

①米粉パン加工適性(熊本製粉(株)にて)
『ミズホチカラ』の米粉は『ヒノヒカリ』や『コシヒカリ』と比較して損傷デンプン率が低く、粒径が小さい特性を持っています。
この特性によりパンの膨らみ(ボリューム)に優れることがわかり、米粉パンへの加工適性が高いとされています。

②清酒醸造適性(岩手県醸造食品試験場にて)
大粒で低タンパクと、一見酒造適性が高そうに見えますが、試験の結果、精米時の砕米率が高く、吸水性もそれほどよくなく、消化性も劣るとの判定が下されます。
砕米率が高いことから高精米を行う吟醸酒などにはそもそも不適で、消化率の低さから出来たお酒が「味薄」になることが予想されるなど、清酒醸造の用途には適さないとされました。

③焼酎醸造適性(熊本県工業技術センターにて)
一般的に蒸留後のアルコール取得率が高い米が焼酎加工適性米とされており、『ミズホチカラ』はアルコール生成歩合は通常品種並みであるものの、デンプン価が高いことから白米重あたりのアルコール取得率は一般品種より高くなります。
蒸米の評価やアルコール生成歩合が標準の『ヒノヒカリ』並みと判断され、焼酎への加工適性は高いとされています。

また芋焼酎製造時の麹原料としても、ハゼ込みが良く、糖化速度が早く、麹酸度が高いことから適性の高いことが示されています。

④飼料米適性(福岡県農業試験場にて)
飼料米として求められるのはまず安さ=多収であることです。
その点『ミズホチカラ』は疎植極多肥栽培でも倒伏せずに収穫でき、福岡県では829kg/10aという収量(粗玄米重)の試験結果も出ています。
また穂揃期前追肥により、籾の粗タンパク質含量(CP)を6.8%まで高めることが出来、これは飼料の栄養素を向上させることが期待されます。
そして極多肥栽培した『ミズホチカラ』は、籾の状態ではTDN(可消化養分総量)は80%を割り込み、トウモロコシの98.5%には到底及びませんが、玄米の状態であるならば95.3%とトウモロコシと同等の高いTDNとなる事が示されています。(めん羊を用いた試験)
籾に関しても給餌する前に挽き割り及び圧ぺん処理することによりTDNは90%近くまで改善することがわかっており、飼料米の用途に適した品種であるとされています。


育種経過

九州沖縄農業センターに於いて、暖地における優良多収品種の育成を目標に多国籍とも言える品種による組み合わせ交配が行われました。

交配母本は『奥羽326号』、交配父本は『86SH283長』です。

母本となった『奥羽326号』は韓国の半矮性インド型品種『密陽23号』に『アキヒカリ』を2度交配した日本型多収品種で、高い籾数(シンク能)が特徴です。

父本となった『86SH283長』(後の九系753)は、韓国のインド型品種『水原258号』と、台湾の日本型品種『台農67号』の日印交配後代に由来する系統で、交配の時点で雑種第6代です。
『水原258号』の高い籾数(シンク能)と『台農67号』の良好な登熟性(ソース能)を引き継いでいます。

『ミズホチカラ』育成当初の狙いとしては『密陽23号』及び『水原258号』の高い籾数と『台農67号』の良好な登熟性を組み合わせることにより、極多収品種を育成することが目標となっていたことがわかるかと思います。

交配年は昭和62年(1987年)、当時の九州農業試験場に於いて人工交配が行われ、55粒の種子を得ます。
同年冬、温室内でF1世代20個体が養成され、翌昭和63年(1988年)には早々にF2で個体選抜が行われ、300個体の中から47個体が選抜されます。
そして昭和64年/平成元年(1989年)F3世代は47系統の中から1系統5個体が選抜され、これより系統育種法により選抜・固定が図られます。
これ以降は毎年1系統群5系統より1系統5個体選抜が平成20年(2008年)まで続きます。(奨決中断の間も同様)
平成2年(1990年)からは『は系多13』の系統名が付され生産力検定試験及び特性検定試験に供試されます。
多肥条件下で平成4年(1992年)以降は『西海203号』の地方系統名が付され、関係各県に配布され、奨励品種決定試験に供試されます。
しかし平成4年~平成6年(1992~1994年)の3年間の評価は
・玄米外観品質及び食味が食用品種よりも著しく劣る(家庭用・業務用問わず主食用としての利用は不適)
・短稈で茎葉を含めたバイオマス収量が少ない(WCS用としての利用も不適)
と芳しいものではなく、ここで一旦配布が打ち切られ、以後10年もの間奨励品種決定試験は中断されていました。

この間は系統保存のみが行われていました。

試験が再開されたのは平成17年(2005年)です。
この少し前より飼料用米や米粉用米等、新規需要米に適した多収品種が求められるようになったことが大きな契機となりました。
再開に際して飼料特性並びに米粉パンや焼酎原料用米等の加工適正の調査も行われるようになります。
特性検定試験は「粗飼料多給による日本型家畜飼養技術の開発」(2006~2009年度)の予算で、米粉パン加工適性試験では熊本製粉株式会社(松永幸太郎博士)の協力を得て実施されました。

これらの試験結果により優秀性が認められ平成21年(2009年)に『水稲農林438号』、平成23年(2011年)に『ミズホチカラ』として品種登録されました。
日の目を見る(品種登録されるまで)かなりの年月を要しており、品種登録時は雑種第25代にまで達していました。
平均的に見て普通の品種であれば12~13代程度(約10年)で品種登録されていますから、かなりの遅咲き品種と言うことになるでしょうか。


系譜図


ミズホチカラ 系譜図
西海203号『ミズホチカラ』系譜図



参考文献

○米粉パン、飼料用米及び焼酎原料等、多用途利用される暖地向き多収米新品種『ミズホチカラ』の育成:九州沖縄農業研究センター報告第66号
○飼料用・米粉用など多用途に利用できる多収水稲新品種「ミズホチカラ」:農研機構http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/karc/2008/konarc08-04.html
○飼料用米向け水稲新品種「ミズホチカラ」の飼料適性:棟加登きみ子ら
○食料・農業・農村基本計画:農林水産省https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/




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飼料用稲(米)とは?













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