2018年8月30日木曜日

【稲の育種経過】稲の品種が生まれる確率って?~20万分の1『いちほまれ』『新之助』・10万分の1『つや姫』~


新之助はいちほまれのことを嫌いじゃないです。


◯緒言

ということ(?)で、今日は「稲の品種が生まれる確率」とやらについて考えてみたいと思います。

※なんで『いちほまれ』だけこんなイジメてるかって言われれば福井県にいくら問い合わせしても無視されているからです。
 解釈が不明だから問い合わせているのに無視されたんじゃ邪推せざるを得ません。
 
 新潟県からは諸々きちんと返答頂きました。

同じ20万分の1を謳っている新潟県と福井県ですが
対応一つとってもこの差ですよ…


脱線しました。


◯稲の品種が生まれる確率を考える

まず稲の育種と言うものは長丁場です。
交雑育種法であれば最低でも8年、十数年かかるものもザラです。

そんな育種の大まかな流れは「コシヒカリの子品種は子にあらず」で説明しているのですが、概ね下表のような感じです。

※当然ですが遺伝子固定の進捗具合(方法)、育種方法などにより何世代目でどのような選抜を行うかはケースバイケースとなり、異なります。これはあくまで一例として見てください。



年数世代選抜法備考
(1年目)雑種第一代(F1)集団養成選抜は行わない
1年目雑種第二代(F2)
2年目雑種第三代(F3)
3年目雑種第四代(F4)個体選抜遺伝的にほぼ固定
4年目雑種第五代(F5)系統選抜
5年目雑種第六代(F6)系統(群)選抜地方系統番号付与
6年目雑種第七代(F7)
7年目雑種第八代(F8)
8年目雑種第九代(F9)系統選抜遺伝子固定促進
9年目雑種第十代(F10)
10年目雑種第十一代(F11)
11年目雑種第十二代(F12)
12年目雑種第十三代(F13)


雑種第一代の遺伝子型は全て
※仮親『ひとめぼれ』&『ヒノヒカリ』
これです。ハイブリットライスでもない限り、このあとどのような性質を示す品種になるのかどうかわからない状態です。

その為、雑種第二代~雑種第三代までは選抜を行わず、遺伝子の固定化を進めるための栽培を行います。
このころの遺伝子型はこのように



一部の遺伝子はホモ接合体(同じ遺伝子【ひとめぼれ×ひとめぼれ】)になっていたりヘテロ接合体(違う遺伝子対【ひとめぼれ×ヒノヒカリ】)になっていたり、固定が徐々に進んでいますが、いまだに不安定です。

昔はこの時期から選抜を行っていたのですが、このように遺伝子が固定されていない時期に選抜しても後代も優秀な個体になる保証はありません。
(『コシヒカリ』育種の際に、新潟県に残された当初有望とされた系統からはあまり良いものが生まれず、期待度の低かった系統群から『ホウネンワセ』、『コシヒカリ』が生まれたというのも有名?な話。)

そんな雑種群も雑種第四代になると、このように
※実際はここまで完全・きれいにホモ接合体にはなっていません(と思われる)。

概ね遺伝子がホモ接合体で固定されてきます。
このように個体の性質が固定されたころを見計らって、ようやく個体の選抜が始まります。
一株一株を圃場に植え付け、優秀な株を選抜していきます。
これもケースバイケースですが2,000~3,000株程度を移植して20~30株程度を選抜します。

雑種第五代からは選抜した個体を単独系統として1系統につき数十株移植。
ここからは単独系統の選抜に入ります。
概ね10前後の系統が選抜されます。

雑種第六代では選抜された系統を系統群として、1系統群につき4系統程度に細分化してさらに選抜。
【仮】前年に8系統選抜されていれば、8系統群として各系統群につき4系統を設定するので…
8×4=32系統を設定します。

このような系統群~系統設定で雑種第七代~八代も選抜を繰り返し、優秀・有望とされた個体にはこの辺りで地方系統番号が付与されます。(山形◯◯号、越南○○号のような)

以降、地方系統名がついてから毎年5系統程度を設けて優秀な系統を選抜し、遺伝子の固定化を図っていきます。


かなりざっくりとですが、育種の流れはこのような感じです。
※繰り返しになりますが今までの説明の中の選抜時期や個体母数、選抜数などは一例に過ぎず、絶対的なものではありません。
 新潟県の『こしいぶき』ではF2から個体選抜していたりします。


さて
では?
品種が生まれる確率とは?


◯20万分の1の奇蹟『いちほまれ』 
 20万株から選ばれた『新之助』 10万分の1の米『つや姫』

このように宣伝されている品種の娘たちの確率の母数はいったいどこを指しているのでしょうか?

福井県の『いちほまれ』は知りません。
各種宣伝によると
平成23年 20万種→1万2千種
平成24年 1万2千種→2千種
平成25年 2千種→100種
平成26年 100種→10種
平成27年 10種→4種

ただし、『いちほまれ』もとい越南291号の交配は平成19年なので20万から1万2千に選抜したとか言ってる平成23年にはもう雑種第五~六代になっていたはずです。
『いちほまれ』系統は少なくとも単独系統選抜段階には入っていたはずですが、系統選抜はせいぜい数十系統から8~10系統程度を選抜するもののはずです。
この数十系統が母数…仮に多めに40系統あったとしても、その系統母数を確保するための交配数は5,000です。とんでもないデス。(『新之助』でも500交配組み合わせ)

で、とりあえず放っておきます。



新潟県の『新之助』山形県の『つや姫』での解釈はおそらく同じです。
まず考えるのは、農業試験場で品種を育成する際、大まかな目標に該当する交配組み合わせがいくらか?ということです。

”目標”というのは、簡単に言えば【美味しいお米を作りたい】、【暑さに強いお米を作りたい】、といった具合のものです。
人間の思う通りには交配結果は出てくれませんから、同じ目標に沿っていろいろな組み合わせ交配をするわけです。

【美味しいお米を作る】為に交配したものが、50組あったとすれば、それに個体選抜が始まる雑種第四代頃の個体数(交配1組につき概ね2,000個体と仮定)を掛けると…

【美味しいお米を作る】為の初期候補個体数は50×2,000=10万となります。


青天の霹靂非公式擬人化『青森ヒバナ』さん(https://twitter.com/187_aomori)に「青天の霹靂が生まれた確率ってどのくらいですか?」と訊いたところによると、やはり以下の通り(一部抜粋・転載)
青森県では例年50~40組み合わせくらいが極良食味が育成目標に含まれています(もちろん組み合わせごとに極良食味+高温耐性…等いろいろある)。
そして1つの組み合わせに対して個体選抜時のF4個体は約3000個体用意します。故に「極良食味」が育成目標である個体数は15万〜12万ほどです。 多分いちほまれのような広告を打つとしたら試験場としては「15万です」と回答するんじゃないかと思います。


ということで

1/試験場で同じ育種目標に沿った交配の初期選抜個体数


これが『新之助』や『つや姫』の確率、20万分の1、10万分の1の正体と思われます。(いちほまれは知らん)

しかしこうしてみると、数十万分の一と言う確率自体は確かにすごいのですが、育種と言うフィールドで見るとごく一般的な確率と言えるかもしれません。

◯墨猫大和なりの確率論(今回はこれがしたかっただけ)


さて、このように宣伝されている確率ですが墨猫大和は思います。
初期選抜された個体は選抜された段階で確かにそれなりに固定されているのだろう。
でも、その後だって系統群・系統選抜は行っているんだから微妙に遺伝子型が変わっているはずだ…

では、そう考えた時
その確率や如何に?
(以下、墨猫大和独自ルールに基づく無根拠な確率論です。)

例えば、山形97号『つや姫』の育種経過を見てみます。

世代選抜状況
交配27粒の種子を得る。
F127粒中8粒を播種。
F2集団養成。
F3集団養成。
F4864株の中から23株を選抜。
F523系統の中から8系統を選抜。
F68系統群32系統の中から1系統を選抜。
F71系統群5系統の中から1系統を選抜。
F81系統群5系統の中から1系統を選抜。
F9山形97号となる。(以下略)

F1で27粒中8粒を播種していますが、F1はすべて遺伝子型が完全に同一なので、これは選抜とはみなしません。
よって、F4の個体選抜以降の選抜過程を計算対象とします。

実際は山形97号の地方系統名付与後も系統群・系統選抜はしているんですが、ひとまず地方系統名がついたらそこから後は遺伝子の純度を高める作業だということに統一します(繰り返しますが墨猫大和独自ルールです)。

これで計算すると…

(23/864)×(8/23)×(1/32)×(1/5)×(1/5)=184/15,897,600

えーと…つまり『つや姫』が選抜された確率は8万6,400分の1です。
おお~と思うかどうかは個々人次第でしょうが

と言う感じで確率を出してみると以下のようになりました。
(これがやりたかっただけ…そう…このためだけにとんでもない前置きが必要になってしまった件について…むしろ前置きの方が長い…)


品種確率(墨猫大和独自)
3万3,000分の1
3万3,000分の1
8万6,400分の1
2万4,000分の1
72万分の1
4万7,120分の1
7,238分の1
3,900分の1
1,302分の1


山形県の『はえぬき』『どまんなか』コンビが図ったように(途中の選抜行程は違うのに)同じ確率!

そして一人ぶっ飛んでいる『出羽の里』、驚愕の72万
『いちほまれ』なんて目じゃないですね。

やっぱり選抜確率は数万分の1なのかな?と思ってみれば、意外や意外、コシヒカリ御三家は1万以下と言う計算結果になりました。

とは言えこれかなり雑な計算方法なのでもっといろんな品種の確率を計算していくともっととんでもない品種とかありそうですが、主力品種じゃないとこの選抜過程自体が論文になっていないこともあって、なかなか思いついた品種の確立を出せずにいます。

ひとまず第一弾はこんな感じで終了。




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