最初の最初にお断りです。
「ハイブリッドライスが悪・怪しい」とか言う話ではありません。
(マスコミは平気で嘘を流す、とは思ってますが。)
お米が主食で有り「瑞穂の国」とも呼ばれる日本ですが、世界的に見ればその生産量や消費量は実は決して多くはありません。
世界最大のコメの消費国にして生産国といえば、そう、中国です。
そんな中国はハイブリットライス(F1品種)の活用が進んでいるという報道がチラホラ見られます。
実際1980年ごろ500万ha程度だったF1の作付面積は急激に拡大し、1995年頃には2,000万haに迫った・・・ものの、その後は年平均約18万haずつ減少しているそうですが、令和初期現在でも中国の水田面積の約半数程度はF1品種となっているようです。(第一回国際稲作発展論壇)
(遠縁同士の交配による)雑種強勢を利用した雑種第1世代(F1)を用いることで、収量の劇的な増加が見込まれるとされているF1品種は、野菜では多くの品目で用いられ、我々の生活を豊かにするのに役立っています。
一方日本における水稲は大半が固定種で、F1品種は令和初期において民間開発の『みつひかり』シリーズと『とうごう』シリーズ等少数ですが、中国ではこれが大々的に広がっている?そうです。
そしてそんなF1品種を多用する中国の稲作について、日本の報道では
「中国のハイブリットライスは反収1,400kgの記録も!全体の収量だけでなく単位面積当たりの生産量も日本とは桁違い」
「反収1トンを超すF1品種を大々的に導入している中国に対し、日本は多収品種で完全に後れを取っている」
「遅れている日本の試験場のせいで、日本の農家は不利益を被っている」
こういう風潮の記事や、記事を見た一般の方の感想が散見されます。
この勘違いの元、「反収」(と「比較対象」)について、解説したいと思います。
ちなみに中国の平均反収が日本以上(令和2年時点)なのは間違いないですし、近年減少傾向とは言え、F1品種を国策として大々的に導入していることも間違いない事実で、中国の農業試験場が発表している「F1稲品種で収量1,400~1,800kg/10a」も本当のことでしょう。
じゃあ何が問題と言うんだお前は?という話を以下、していきたいと思います。
では最初に
中国に比べて圧倒的に負けている・・・らしい?日本の反収はいくらくらいなのでしょうか。
農林水産省の発表に依れば日本における水稲(米)の全国平均反収は536kg/10a、一番反収の高い長野県で618kg/10aといったところです。(令和4年度)
これでいて前述のように「中国で反収1トン(1,000kg)以上!」報道があるのですから、それを見て「日本は全然ダメじゃん」となるのもわからないではないです。
桁がひとつ違いますからね。
さて、これは果たして事実なのでしょうか?
実は大半の記事については、よく読めば既にちゃんと答えは書いていて、農業に慣れている方ならすぐわかる(誤解しない)こととは思いますが、勘違いする人も絶対多いなと思います。
(根本的にマスメディアの伝え方がよくないことにも起因するかと思いマスが)
農業系の方なら絶対誤解させないように記載していますからね。
最初に結論 中国:日本の収量はほぼ同等(実数はやや中国が上)
さて結論から言いましょう。
中国と日本の収量はほぼ同等です。(統計上)
正確に言えば、実数として2017年(平成29年度産)で中国の方が約20kg/10a※、2022年時点(令和2年度産)で約30kg/10a※多いです。(※日本の収量に換算)
徐々に差が開いているのは事実ですが、圧倒的というほど日本の反収が少ないわけではないですね。(中国の反収もここ近年右肩上がりというわけでもない)
それでいてなぜ「日本の水稲反収が圧倒的に負けている」類いの報道がでるのかというと、農業素人、あるいは恒例の「目立たせたい」だけのマスメディアの伝え方や比較対象が違うだけです。
これを理解するのは極単純です。
「比較対象」、そして「”反収”とは何か」、これを知るだけで勘違いは無くなると思います。
まずは「比較対象がおかしい」という話ですが
例えばこの記事
「中国で反収1.8tを達成。日本の平均の3倍」
「中国のコメが驚異の収量」というタイトルで1haあたり18t(1,800kg/10a)で、“日本の平均反収の3倍”だと書いてます。
日本の3倍だから「驚異」とでも言いたいのでしょう。
記事の内容は良いとして(嘘です。コメの味ばかり追求してきた日本、とかいう言い回しに結構違和感を覚えますが置いておいて)、タイトルがよくある目を引くための誇張を含んでいるタイプですね。
「1,800kg/10a」という数字、まずこれは「研究機関での試験の結果」ですよね?
目標を多収に据えた上で、栽培条件も管理もまさに理想条件で達成できる最高値、人間のスポーツで例えればその国のトップアスリートの記録です。
そう考えるとそもそもおかしくありませんか?
人間の100m走の記録を比較するとしませう。(スポーツ記録を比較して優劣を語るのは適切かどうかはひとまず脇に置いておいて)
自分の国の「国民の平均値」と、また別の国の「トップアスリートの記録」を比較して「自分の国は全然ダメだ」・・・などと考える人がいるでしょうか?
自分の国のトップアスリートが同じくらいの記録を出していたら?上回っていたら?それでも”一般人の平均値”と比較して「自分の国はダメ」・・・なんて考える人はいませんよね。
記録を比較するなら「平均値と平均値」か「トップアスリートとトップアスリート」でしょう。
中国の稲作におけるトップアスリートの記録が、仮に1,800kg/10aだとしましょう。
ならばそれと比較するべきは日本の「平均反収」ではなく、日本の農業試験場における「多収試験の最高値」ではありませんか?
もしくは、「日本の平均反収」と比較したいなら、「中国の平均反収」と比べるべきでしょう。
土俵の違う物を比べて優劣を述べる、おかしな事をしている良い例でしょう。
じゃあ実際トップアスリート同士、平均同士を比べるとどうなるんだ、となりますね。
しかし「比較対象がおかしい」という話はまだ終わっていないのです。(まだ日本と中国の反収を比較できない)
単純比較できない 国によって違う「反収」の定義①お米は稲の種子
比較するに当たって、定義をはっきりさせなければいけないものがあります。
先ほどから述べてきた「反収」です。
これはいったいどんな単位で定義されているのでしょうか?
「単位面積当たりの収量」であることは何となくわかる人は多いのではないかと思います。
その「単位面積」が「1反=10a=1,000㎡」とまで答えられなくとも、「一定の面積でどれくらいお米が穫れるか」ぐらいの感覚はあると思います。
同じ面積でたくさん穫れるほどすごい、ということになるかと思いますが
ここで問題になるのは、稲の種子である「お米」について、「反収」として集計するに当たって各国で一体”どの状態のもの”を指しているか?ということです。
”稲の種子「お米」”と言いましたが、稲の種子としての構造は外側から
籾殻(穎)、果皮、種皮、糊粉層、胚乳、(胚芽)
となっています。
消費者として日々目にする「お米」は稲の種子、詳しく言えばその”胚乳”部分だけになったもの、いわゆる「精米」ですね。
日本で「精米」となって皆さんの食卓まで届く前の保存時は、多くの場合、健康食などで有名な「玄米」の状態です。
「玄米」は果皮、種皮、糊粉層(と胚芽)を含んでおり、「精米」にする時はそれを削り取っています。
削り取った際にでる粉が「糠(ぬか)」ですね。
更にその前はまさに収穫された状態、「玄米」が籾殻に包まれた「籾」です。
先ほどの質問に戻ります。
この「精米」「玄米」「籾」3つの状態。
「反収」とは、「一定面積におけるお米の収量」とはどの状態の重さを指しているのでしょうか?
「籾→玄米」になる際には「籾殻」が外れますからその分軽くなります(容積も減ります)。
「玄米→精米」になる際には玄米の表面(果皮・種皮・糊粉層・(胚芽))を削って「糠」が出るわけですから、その分軽くなります。
その重量比はおおむね 籾:玄米:精米=100:80:72
とされています。
この話をした時点で察する人もいるかも知れませんが、結論までもう少し解説が必要となります。
単純比較できない 国によって違う「反収」の定義②籾・玄米の細分化
「お米」と呼ぶものには「籾」「玄米」「精米」3つの状態があることは先に述べましたが、収量を構成する要素を語る上ではもう少し細分化しなければいけません。
水田で実っている籾の中には「粃(しいな)」と呼ばれる中身のない殻だけのものが混じっています。
これらも含めたすべての籾の重さを「全籾重」、そこから風選などによって粃類を取り除き、要は中身の詰まった籾だけにした状態の重さを「精籾重」と言います。
この精籾重の状態になった籾からもみ殻を外したものが「玄米」となりますが、もみ殻を外してすぐの状態では「くず米」が混じっています。
未熟粒であったり、割れ米であったり、理由は様々ですが、食味を低下させるこのようなくず米は(基本的には)取り除いて皆さんの食卓に届けられます。
もみ殻を外しただけの状態で、くず米等が混じった状態での玄米の重さを「粗玄米重」、くず米を取り除いた(一般的に一定の大きさのふるいに掛けて選別した)ものを「精玄米重」と言います。
籾に関しては収穫時にコンバインで(大体)風選が行われるので、収穫した時点で「精籾重」と呼べ…るのではないのかな(でも結構藁のかけらとか入っているんでどうなんでしょう?)
兎にも角にも、稲の収量=“お米”の重さと言っても
「精籾重」→「粗玄米重」→「精玄米重」→「精米重」
と細分化されているのです。
|
※図中の幅等はイメージで実際の重量比と相関性はありません |
一般的なスーパーなどで「5kg 〇〇〇円」と表示されて店頭で売られているお米の「5kg」とは、4番目の「精米重」の重さを指しているわけですね。
これを理解すれば、5kg2,000円で売られている「精米」と5kg2,000円で売られている「玄米」では、同じ値段のように見えて後者の方が少しばかり高級なお米(精米換算5kg2,222円)となっている事が分かるかと思います。
これについては、一時期少し騒がれたことがあったかと思います。
「玄米5キロを購入したのに、精米して送られてきたのは4.5キロしかなかった!〇〇米屋は詐欺だ!」という感じだったかと思いますが
精米するためには外側のぬか層を削るので、玄米比重量で1割減るのは当たり前なのですが、「コメの重量」としか理解していないと勘違いの原因になるということですね。
中国の収量関係もこれと似通っている部分はあります。
※精米には3分つき、5分つき、7分つきのように実際削る割合を変えることもありますが、ここでは10分つきで統一して考えています。
単純比較できない 国によって違う「反収」の定義③中国、日本(と韓国)の定義
ようやく種明かしですが
中国含め、世界中の多くの国における「米の収量」とは「精籾重」のことを言っており
日本における収量とは「精玄米重」のことを言っています。
そしてややこしいのですが、日本の飼料用米品種などの多収穫試験結果で用いられる収量は「粗玄米重」を指しており、これまた微妙に違います。
ちなみに韓国の「米の収量」を指すとき「精米重」を指して言い、しかも精米歩合について92.9%と90.4%の2種類が混在しているというなかなかのカオスです。
このため、単純に日本と中国の発表する数字を比べた場合、「中国における米の収量」には籾殻の重さと屑米の重さがプラスされている状態なのです。
逆に日本と韓国の「米の収量」を比較した場合、「韓国における米の収量」は糠の分7.1%~9.6%減った値(精玄米重比)になっているということですね。
くず米の重さは品種や栽培条件によって異なるので確かなことは言えませんが、平均的に籾とくず米を合わせた重量が精籾重の概ね2割を占めるのは前述したとおりです。
つまりどんなに少なく見積もっても【日本:収量530kg/10a】と【中国:収量660kg/10a】は、100kg以上の差がついているように見えてもほぼ同じ収量を達成しているのです。(精籾重660kg×0.8=精玄米重528kg)
屑米の含まれる量によっては精玄米重で、より差がつく可能性も・・・一応あります。
中国(と世界一般)、日本、韓国の公式発表における「米の収量」について、重量比で100:80:74~72であることは分かったかと思います。
正式に各国の機関がきちんと定められた定義に則って発表している物ですから、これはもうその定義のなんたるかを確認もせずに単純比較して多い、少ないを論じている側が悪い話です。
農業系の論文ですとちゃんと「籾の収量」と記載していたり、「玄米換算で~」と言ったように両国の基準に考慮した記述がありますが、マスメディアが書く記事で単に「収量」と書いている場合は違いも分からず混同しているか、ミスリードさせるためにわざと書いているかのどちらかですね。
では中国政府が発表している統計情報(中国統計年鑑)、日本の農林水産省の作物統計調査、そして韓国政府の統計庁発表情報、これらから各国の水稲の平均反収を比べてみましょう。
韓国の最新情報が見つけられなかったので、少し古いですが2017年で比較してみます。
【2017年】
中国統計年鑑 作付面積 30,747千ha 生産量21,267.6万トン
算出される反収 691.7kg/10a
日本農水省 作付面積1,465千ha 生産量7,822万トン
算出される反収 533.9kg/10a
韓国統計庁 作付面積 755千ha 生産量397.2万トン
算出される反収 526.1kg/10a
ということで、切りの良いところで小数点以下四捨五入してしまいまして
中国:日本:韓国で692 : 534 : 526 となりましたが、ここまでの解説を読んだ方ならこれで「中国に100kg以上反収で負けてるけど、韓国よりは多いな」、とはならないですよね。
これはそれぞれ精籾重:精玄米重:精米重なので、重量を換算しないと比較は出来ません。
ひとまず日本の精玄米重に合わせてみましょう。
中国の水稲生産量はインディカとジャポニカの混在なので、これを単純比較してしまうのも正直微妙なのですが、ジャポニカ米の生産が多い省の個別データを見ても劇的に大きな差があるわけではないので、中国全土の平均を使って精籾重の80%が精玄米重とします。
韓国のこの情報が精米歩合92.9%と90.4%の混在であり、この発表の精米歩合が不明なので正確には算出できませんが、切りの良いところで精米重は精玄米重の90%としてしまいます。
そうして換算すると以下の通りです
中国:日本:韓国で554 : 534 : 584
韓国の反収すごいやん()
繰り返しになりますが、これは謎記事に載っていた戯言、とかではなく、各政府が正式に発表している正式な統計資料に基づく数字です。
公認の米の収量です。
(精玄米重(日本の基準)換算で)
中国は554kg/10aで日本の534kg/10aより高いことは間違いないですが、「圧倒的」や「大差を付けられて」というほどの差は無いように感じませんか?
さて、ここで不思議なのは、
「中国の水稲の平均収量は7.5t/ha(750kg/10a)」
「中国の反収は日本の1.3~1.4倍」
とか言っているメディアがいることです。
2つめの記事の「1.3~1.4倍」は単純に精籾重と精玄米重の違いが分かっていないのだと思いますが、1つめの記事の「7.5t/ha」はどこから出てきた数字でしょうか?
この記事がでた2020年でも、中国統計年鑑での水稲の反収は7.04t/haです。
「米穀新聞社」なんて名乗るくらいなので、なにか別ルートでジャポニカ米のみの生産量と作付面積の情報を持っている・・・のかもしれませんが、多分これ、中国の中でも反収の高い一地方(省)の平均だと思われます。
仮に7.5t/haの場合、精玄米重換算の収量は600kg/10aですので、日本でも反収が高い長野県や青森県の平均値くらいにはなりますね。
現地栽培において、“圧倒的に”劣ると言うことは今のところありません。少し日本が少ない・・・とは言え、さらなる裏事情「肥料量」もあるのですが(後述)
・・・ところで、本当にF1品種使ってて固定種と同程度の収量なの? と思ったり
次は冒頭に紹介した中国の”圧倒的”反収、1.8t/10aと比較してみます。
中国稲作のトップアスリート級の記録には、日本も稲作のトップアスリートの記録をぶつけましょう。
日本の多収試験としては、主に飼料用米関係で多肥栽培が試みられていますが、管理人の目についた試験結果を紹介すると以下の通りです。
『北陸193号』
栽植密度22.2株/㎡
粗玄米重 1,116kg~1,279kg/10a(実際はg/㎡) 平均1,189kg/10a
粗玄米重が精籾重の85%と仮定すると精籾重は1,313~1,504kg/10a 平均1,399kg/10a
『べこあおば』
栽植密度22.2株/㎡
粗玄米重 847~972kg/10a 平均920kg/10a
粗玄米重が精籾重の85%と仮定すると精籾重は996~1,143kg/10a 平均1,082kg/10a
記載していますが、これは中国の統計基準である精籾重でも、日本の基準である精玄米重でもなく、「粗玄米重」で計測された記録です。
インド系稲の『北陸193号』は今のところ多収で最も数値を上げている品種で、粗玄米重で1.2トンの反収は圧巻です。
比べて『べこあおば』は多少見劣りするものの、飼料用米多収日本一コンテストで全国一位になった方が使用して粗玄米重970kg/10aを達成しており、実戦でもこの結果と遜色ない実力を発揮できる品種といえるのではないでしょうか。
とは言え、単位を精籾重に直してもそれぞれ1.0~1.4t/10a程度ですので、中国の18t/ha=1.8t/10aが優っているのは間違いないですね。
ただ、精籾重、粗玄米重という単位違いに考慮したこの比較も実はまだ公平に評価するにはやや不十分だったりするのです・・・
中国流の多収理論として「前促中控後保」というものがあり・・・まぁ結論として多収を目指すためにめちゃくちゃ肥料を投入するそうなんです。
誇張とかではなく、本当にとんでもない量を投入します。
それが試験時にも顕著に表れており・・・(と言っても平成5年頃に行われた大分古い記述しか見つけられず、令和現在もこのままとは限らないのですが)
まず日本では苗の栽植密度は18~22株/㎡程度ですが、中国では52~80株と日本の倍以上の密植をしています。
苗の使用量が日本の倍以上、と考えて差し支えないです。
それに加えて、日本の試験で言う「多肥栽培」は窒素成分で基肥・追肥合わせて20kg/10a程度で、一般農家に向けた多収品種の多肥栽培としては12kg/10a、通常の主食用米品種であれば8kg/10aで、良食味を目指す『つや姫』では5kg/10a程度となっています。
これが中国では、多収を目指す際の基肥・追肥合わせて窒素成分40kg~13,500kg/10aとこれまたとんでもない量なのだそうです。(13,500kgはさすがに単位間違いでは?と思うのですが、13.5kg/㎡って書いてあるのよなぁ・・・いやでも間違いよね?)
「多収品種」は当然無から米を作れるわけではないので、相当量の光合成をするための茎葉を形成するために相応の肥料成分が必要なのは想像が付きますが・・・
仮に日本の倍の苗を植えて倍以上の肥料を投入しているならば、この記録も当然と納得できそうなところです。
前述の1.8t/10aという記録も、記事中に具体的な記載が無いので確かなことは言えませんが、日本の常識の「超多収栽培」の倍以上の資材を投じて達成しているであろうことは想像できます。
では?
中国の実際の生産現場における栽培はどうなっているのでしょうか。
栽植密度については見つけることが出来ませんでしたが、投入肥料(窒素成分)については資料を見つけました。
これまた少し古くて2008年になりますが、中国全土平均で14.7kg/10a、一番多い省で24.1kg/10aとなっています。
前者の平均値で収量(精玄米重に換算)は528kg/10a、後者の施肥量が一番多い省で632kg/10aです。
この年の日本の平均収量は543kg/10aで投入肥料(窒素成分)が9.2kg/10aなので、ちょっと中国の稲作は投入成分に対する効率は良くないように見えます。(1.5倍の肥料で日本平均より少ない収量、倍以上の肥料を投入している省で日本平均+100kg)
この「多くの肥料を投じている」という点を加味すると、統計上の反収で多少中国の方が多かったとしても、単純に「日本の収量は少ない」と言えないのではないかと、管理人は考えるところです。
これまた気象(気温・日照)条件やら資材価格やら、関わる要素が多いので単純に結論を言えたものではないですが、肥料を多く入れればその分肥料代が増えるので、増収がその増加分コストに見合っているかどうかは問題になりそうです。
有機肥料にせよ、化学肥料にせよ、過剰投入は水質汚染等環境への負荷が高まる要因となりますので、そういった視点でもこのような多肥を前提とした中国の水田周囲の環境がどうなっているか、なども興味があるところです。
本当に中国と日本の稲作を比較したいのであれば、この記事で解説した「収量の定義」「移植密度」「施肥量」程度の情報を把握しても全く不十分です。
ですが最低限、互いの国が発表している「収量の数値」を少しは公平な視点で比べることができるようになると思います。
総論すれば
- 水稲作の最高収量で比較すれば、中国の記録である精籾重1,800kg/10aは日本の収量(精玄米重)に換算すると1,440kg/10a。これは日本の試験場における多収記録を240㎏/10a程度上回っている可能性が高いが、日本をはるかに超える密植と超々多肥により実現しているであろう点には留意が必要。
- 両国の統計による水稲の平均収量で比較すれば、中国は日本より反収で精玄米重換算で20~30kg/10a上回っているが、窒素成分肥料で日本平均の1.5倍程度の量を投じての結果でもある点には留意が必要。
- この平均収量の比較結果を見ても、一部報道で「中国の反収は1トンを超える」や「中国の反収は日本の1.3倍」と言われているのは、ごく一部の試験結果の切り抜きや、収量の定義を勘違いしたことによる誤報道の類であると推定される。
中国で超超多収栽培による超超多収というべきF1品種の実地試験に製鋼していることは間違いないでしょう。
ただしそれでも統計上の平均収量が日本と大差無いことから、中国ではこのような超超多収栽培を実際の現場に反映できる状況ではないか、実現していたとしてもごく一部にとどまっているのでしょう。
しかし、ここは新しい勘違いのないように言っておきたいのですが
密植・超々多肥の栽培条件に耐えて多収を達成する品種を育成していることは、スゴイのです。
狭い場所にぎゅうぎゅう詰めで、大量の飯を食って籾を大量に作り、そしてその重さに耐えられる性質を選抜した中国の研究所(農業試験場?)の成果は素晴らしいもので、実用性には検討が必要でしょうが、日本ではそのような品種は皆無と言って差し支えないでしょう。
ただ、さすがに病気が多発するのでそれ相応の農薬投入と防除も必要のようなので、繰り返し言っていますが、やはり単純に収量の多い少ないだけで優劣や実用性を語れる単純な問題ではないのです。
マスメディアは読ませることが稼ぎに直結する業種ですから仕方の無いことかも知れませんが、そんなメディアのセンセーショナルな言葉に騙されないよう、気を付けていきたいものですね。
「中国で反収900kgの超多収でコシヒカリ並みの良食味」
こういう紛らわしい感じの記事も客観的に読み取りましょう。
そして最後にF1品種、ハイブリッドライスについて。
雑種強勢により、固定種より優秀とされ、野菜類ではシェアを圧倒しているF1品種ですが、こと水稲においては高い種子代金に代表される「種子生産の困難さ」に見合う増収効果があるのかというと、結論が出せない微妙なラインにあるようです。
少なくとも手放しで「多収を期待できる夢の品種」とはなり得ない現実が見えてきています。
肝心の中国でもハイブリッドライスの作付面積が減っているとのことでしたが、これは手植えの1本植をしているうちは少ない株数で固定種と同程度の収穫が望める点が利点だったが、機械植が普及すると単純に苗代(種子代)の高さがネックになって固定種に戻っていったのでは、という推測もありました。
日本のF1品種の草分け『みつひかり』も種子生産がうまくいっておらず、別品種や不良種子を混ぜるなどしたことが令和5年に明るみに出て、大変な問題になりました。
等々・・・本題ではないので軽くこの程度で
これもまた、今結論を出せるようなものではないですね。
水稲のF1品種の普及はまだまだ発展途上、課題多し、ということでしょうか。
〇作況調査:農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_kome/index.html#suitou
〇中国統計年鑑2021年版:中華人民共和国国家統計局 編, 中国統計出版社
〇第7章 韓国におけるコメ政策の動向(元データ 韓国統計庁 農林畜産食品部):農林水産政策研究所
〇長野県内の低暖地における水稲極多収品種「北陸 193 号」およびその後代系統に関する乾物生産・収量構成要素の特徴:長野県農業試験場他
〇極大粒の水稲品種「べこあおば」は7年間平均で920kg/10aの超多収を記録:農研機構
〇中国における超多収稲作を巡って:京都府立大学農学部付属農場 天野高久
〇中国江蘇省における水稲の多収穫多肥栽培による施肥窒素量と窒素施肥効率の現状:宮崎明(高地大学農学部)他