昭和10年に農林省農事試験場鴻巣試験場で『近畿15号』を母本、『近畿9号』を父本として交配された後、雑種後代第3代を兵庫県立農事試験場における農林省指定水稲新品種育成試験の供試材料として配布され、爾後選抜育成され、昭和18年5月に『近畿33号』と命名されたものです。
交配の目的は明記されていませんが脱粒性が「難」であることと、多収であることを導入しようした可能性は高いように思われます。
稈長は80cm程度と短いほうですが、『改良雄町』に対して反映されていないのは、当初から短稈化が目的で無かったか、取捨選択の結果なのか…
昭和29年時点でF3(雑種第3代)ということは、逆算すると昭和26年(1951年)交配、昭和27年F1養成、昭和28年F2養成・選抜のような育種経過をたどったことが推測されます。
ただこの昭和29年は他2系統(八流2とN10号)には選抜個体数の記載があるのに、『早生雄町』にだけ何も記載がありませんでした。
翌昭和30年(1955年)も同じく赤名分場の育種の部「酒米品種の育成淘汰」に『早生雄町×近畿33号 F4』が記載。
40坪に作付けされ、13個体を選抜したと記載されています。
昭和31年(1956年)、またしても業務報告には何も記載がありません。
一応赤名分場には「酒米品種生産力検定試験」の項目だけ記載されているのですが、本当にこの項目名が記載されているだけで中身についてはゼロ文字、一切記載されていません。
ただし、『改良八反流』の育種経過から見ても、F5程度ではまだ生産力検定試験は行っていないと思われますが…
島根県に問い合わせて当時の選抜記録でも取り寄せれば(現存していれば)はっきりさせられるでしょうけど、ひとまずそこまで詰める予定は今のところないです。
話を戻して
昭和32年(1957年)、赤名分場の記録に再び早生雄町系が戻ってきます。
「酒米品種の育成淘汰」に『早生雄町×近畿33号 F6』が記載され、他は2系統(八流2&N10号)で昭和30年から変わらず増えていません。
そして赤名分場の「酒米の生産力検定試験」に何の説明もなく、『酒系3』『酒系6』『酒系2』『酒系5』『酒系7』『酒系4』が登場しています。(報告記載順ママ)
これは酒米の育種系統が『早生雄町×近畿33号』と『八反流2号×農林44号』と『農林10号心白系』の3つしかなく、上記生産力検定に『八反×N44 3~7(八反流×44 3~7)』と『N10心白(農林10号心白)』が供試されていることから、この「酒系〇」は『早生雄町×近畿33号』のF6(雑種第6代)と思われます。
それにしても3⇒6⇒2⇒5⇒7⇒4と記載順がばらばらですが、これは中生種最良質の『酒系3』、中生種雄町型心白の『酒系6』『酒系5』、早生種の『酒系7』、早生種で近畿33号類似穂数型の『酒系4』といったように、試験結果に従って羅列しているためと思われます。
…それにしてもわかりにくいので数字通りにしてもらませんかね(この後年はもっとひどい)
閑話休題
「酒造好適米で最良質」とされた『酒系3』は「中生種、粒大は『八反流2号』程度の雄町型心白持ち、心白歩合100%。いもち病、稈蝿ともに強いが冷水に対しては中程度」と記載があります。
また同昭和32年、同じく赤名分場の品種の特性検定試験にこの『酒系』が供試されています。
■冷水抵抗性
「強いもの」…『酒系6号』『酒系7号』
「稍強いもの」…『酒系2号』『酒系3号』
「中程度」…『酒系4号』
■穂首いもち
「強いもの」…『酒系2号』『酒系3号』『酒系5号』『酒系6号』
「中程度」…『酒系4号』
同じ年の同じ分場内の試験結果なのに『酒系3号』の冷水抵抗性が「稍強いもの」と、生産力検定試験の評価にあった「中程度と思われる」と早速矛盾しているんですが…そもそもなんで6系統すべて均等に試験に供試されていないのか?
きっとなにか特殊なジジョーがあったんでしょうね(テキトー)
昭和33年(1958年)、この年から島根県農事試験場本場の試験記録にも『酒系』が見られるようになります。
この年は雑種第7代となります。
本場の原種決定試験「a.乾田における成績」の中に酒米群Ⅰとして『酒系-5』『酒系-3』『酒系-2』が記載。
5、3については評価は×で「見込みなく打ちる」との記載。
『酒系-3』も「早生種の晩。酒系-5よりさらに長稈で、白葉枯病等の発病も多く、成熟期の様相は汚く、収量は酒系-2に劣る。」と散々ですが「倒伏がやや酒系-2に勝り、心白発現率が89%であること」から「△ 次年度更に検討」と記載されています。
原種決定現地試験でも同様に『酒系-5』と『酒系-2』については試験打ち切りの記載があります。
また同じく本場の特性検定試験の葉稲熱病検定試験では「最弱」として『酒系5,2,3号』と記載(原文ママ)あります。
では同昭和33年赤名分場の記録はどうかと言うと、「原種決定本試験」の酒米として、『酒交9号』『酒交3号』『酒交4号』『酒交5号』『酒交1号』『酒交2号』『酒交7号』『酒交8号』『酒交6号』が供試(記載順)。
相も変わらず不規則な記載順ですが、昨年が間飛びの6系統だったのに対して、きれいに1号~9号の9系統供試になっています。
そしてなぜかは知らんけども、「酒系」が「酒交」になりました。(ただしこれは一覧表上の記載だけで、評価の欄では「酒系」に戻っているので、ただの誤記載と思われる。)
『酒系2号』は多収ながら粒色悪く、倒伏・首稲熱に弱く見込み薄。
『酒系1号』は極大粒、多収・良質で安全度(?)も高く有望。
『酒系8号』は熟期がやや遅いは多収良質。
『酒系4,7,5,6,9号』(原表記ママ)は稈蝿に弱く見込み薄。
『酒系3号』はこの年の成績はあまり良くなかったものの、特に良質で安全度(?)も高く継続。
赤名分場では別途水稲品種の特性検定試験に酒系が供試されていましたが割愛します。
昭和34年(1959年)、雑種第8代にして、育成の最終年になります。
最初に赤名分場の記録を見てみます。
原種決定本試験に『酒系1号(酒系1)』『酒系2号(酒系2)』『酒系3号(酒系3)』『酒系4号(酒系4)』が供試されています。
きれいに1~4号が供試されていますが前年度の試験評価(1,3,8号高評価)と一致しないので、ここまでの酒系系統と同一視できないかもしれませんが
この中から今まで同様『酒系3号』が最も評価が高く、「高嶺程度熟期。早生の晩にて穂型は淋しい感はあるが、特に心白明瞭(雄町型)良質、耐病性、倒伏共に強く、多肥栽培増収の期待はできる安全度の高い系統である」とされています。
同時に供試されている『早生雄町』については「脱粒多く、耐病虫性弱く、収量変異も多く生産力も低い」との評価がありました。
評価詳細は省きますが、記載されていた評価を表す記号表記は『〇酒系1号』『△酒系2号』『◎酒系3号』『〇酒系4号』『×早生雄町』です。
次に昭和34年の本場の記録です。
原種決定試験の予備試験で酒米群に関して次の記載がありました。
「本県の酒米は近年極端に早生化され晩生種は非常に少なくなったため本年は赤名分場育成の中生群についてのみ行った」
そして供試されているのは『酒系-3』(供試2年目)と『酒系-1』(供試初年目)の2系統です。
『酒系-3』は「熟期は『農林22号』程度で長稈少蘖、穂重型。穂重型にしては倒伏が少ない。病気には弱いが、穂稲熱にだけは強い。熟期の草姿は汚い。粳米に収量は劣るが酒米としては多く、品質も良く、心白の発生も良好」(意訳)と評価されています。
この評価通り、同年本場の特性検定試験で『酒系-3』が葉いもち「弱」、穂いもち「極強」と判定されています。
また原種決定現地試験でも『比婆雄町』と県下8か所で比較され、収量について1か所は同程度、1か所は少なかったものの、他6か所はきわめて多収と言う成績を残しています。これにより『酒系-3』は「きわめて多収で『比婆雄町』に替え得る結果を示した」と評されています。
以上、昭和34年度時点でいまだに見た目の悪評はついて回りますが、多収であることと米の品質・心白の評価で有望とされ、予備試験ながら「本年度奨励品種に採用の予定」と明記されています。
ここまでの記録の流れから、「赤名分場で交配された『早生雄町×近畿33号』後代の『酒系3号』が昭和34年に育成を完了し、昭和35年から島根県の奨励品種に指定された」と言う解釈で間違いはないように思われます。
病気に弱い、熟相汚し等の評価が私には目につきましたが、結果この『改良雄町』は本場育成ながら同期の『改良八反流』よりも長い間、広面積に普及したのですから、本当に育種は難しいものだと感じました。
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酒系3号『改良雄町』系譜図 |
当ブログの系譜図は実は正確ではない(交配時の品種・系統名ではない)ので逆にわかりやすいかと思いますが、『改良雄町』の父親の『近畿33号』は、『改良八反流』の父親である『農林44号(高嶺)』と交配組み合わせを同じにする品種です。
両者ともに農林省農事試験場鴻巣試験地で交配されていますが
・『近畿33号』は昭和10年に『近畿15号(後の『農林8号』)』『近畿9号(後の農林6号)』の交配
・『農林44号』は昭和13年に『農林8号』『農林6号』の交配
なので『コシヒカリ』五姉妹のような「同じ交配から生まれた」という類ではありません。
島根農試がはたしてこれを意識して交配に用いたかも定かではありませんが、同時期に育成された島根県の酒米品種が疑似姉妹のような関係なのは面白いものですね。
ちなみにこの『農林8号』×『農林6号』の交配組み合わせの品種って結構いるんですが、一番有名なのは『コシヒカリ』の母親『農林22号(近畿34号)』でしょう。
ということは『コシヒカリ』たちとも疑似姉妹…?