地方系統名
『中新糯40号』
品種名
『こがねもち』(宮城県産地品種銘柄名『みやこがねもち』)
育成年『昭和32年(1957年) 新潟県農業試験場長岡本場(交配:新潟県農事試験場中条試験地)』
交配組合せ
『信濃糯3号×農林17号』
主要生産地
主要生産地
『新潟県、宮城県』
分類『糯米』
こがねもちだよ、そろそろ楽したいものだがね |
どんな娘?
利発な年上のお姉さんキャラ。(糯米三太夫の中では3番目の地位ながら、一番年上)
米のエリート新潟県出身で、物事はきっぱりと決めたがり、曖昧な判断は嫌い。
宮城県に行くと別途名字(名字ではないが)がつくようになり(『みやこがねもち』)、国の統計でも別途扱いされているが、あくまでも同一人物。
コシヒカリと同世代で、現役で親しく且つ対等な立場で話せる数少ない現役古参の一人。
概要
昭和36年(1961年)から昭和57年(1982年)までの間、もち米の作付面積第1位であった古豪、『こがねもち』の擬人化です。(実際は『みやこがねもち』の面積を足すともっと長い期間1位独占)
栽培特性の弱点は多いものの、その糯品質は『ヒメノモチ』よりも一段上とも言われ、生産量が衰えないことがそれを証明していると言えるでしょうか。
餅質は硬くなり易い性質を有しており、加工のしやすさから包装餅用などとして工業生産用の需要が大きいとされています。
反面、和菓子用のような柔らかさの持続が必要な用途には向かないとされています。
新潟・福島以北の東北地方、及び茨城・山梨などで栽培されていますが、米王国である新潟県の代表的糯品種となっており、生産の6~7割(『みやこがねもち』除く)を新潟県が占めています。
(平成27年(2015年)に『ゆきみのり』が登場して少し生産量が減りました。)
昭和33年から現在に至るまで統計に登場する宮城県産『みやこがねもち』は、宮城県における『こがねもち』の産地品種銘柄設定名です。
宮城県だけが用いている独自の呼称で、品種としては同じ『こがねもち』です。
育成地における熟期は中生~晩生の早。
穂数は少ないものの、一穂重が重い「偏穂数型」の品種です。
稃先色は「淡褐色」で通常粳品種との外観による判別が可能です。
稈は太いものの、長く(稈長約80~90cm)もろいために倒れやすく、耐倒伏性は「弱」。
葉いもち・穂いもち病及び白葉枯病への耐性は「弱」とこれもまた弱いです。
いもち病真性抵抗性遺伝子型は【Pia】と推定されます。
耐冷性も「弱」の部類に入り、穂発芽性も「易」のため、栽培特性はかなり欠点が多い品種といえます。
育種経過
『こがねもち』の育種は、昭和18年(1943年)新潟県農事試験場中条試験地の交配から始まりました。
母本は『信濃糯3号』で、父本は粳品種の『農林17号』です。
太平洋戦争末期ながら育種は継続されたようで、昭和19年(1944年)にF1、昭和20年(1945年)にF2養成が行われます。
F2の段階で糯個体の選抜が行われたものと推測されます。
本格的な選抜が始まったのは昭和21年(1946年)F3世代からです。
25系統(『620』~『644』)として、各系統60個体を播種し、その中から3系統を選抜。
昭和22年(1947年)F4世代は3系統群20系統(『416』~『435』)から前年と同じく3系統を選抜。
昭和23年(1948年)F5世代は3系統群15系統(『834』~『848』)を設定、各系統60個体を播種し、3系統を選抜。
昭和24年(1949年)F6世代は3系統群15系統(『923』~『937』)を設定、各系統60個体を播種し2系統を選抜。
昭和25年(1950年)F7世代は2系統群20系統(『807』~『826』各60個体)から5系統を選抜。
昭和26年(1951年)F8世代において『中新糯40号』の地方系統名が付され、この年から試験地が中条試験地から新潟県農業試験場(昭和25年改名)長岡本場に移されます。
この年は5系統群50系統(『1751』~『1800』各90個体)から5系統を選抜しています。
以後、前述したとおり長岡本場で固定が図られ
昭和27年(1952年)F9世代は5系統群25系統(『1』~『25』各90個体)から2系統を選抜。
昭和28年(1953年)F10世代は2系統群15系統(『1』~『15』各90個体)から1系統を選抜。
昭和29年(1954年)F11世代は1系統群10系統(『1』~『10』各90個体)から2系統を選抜。
昭和30年(1955年)F12世代は2系統群10系統(『1』~『10』各90個体)から1系統を選抜。
そして昭和31年(1956年)F13世代において『こがねもち』と命名され、生産力検定試験及び各種の特性検定試験(一部は昭和30年から実施)を行い、さらに県下各地において地方適否を確かめる試験栽培を行い、結果優良であると認められました。
糯質は従来品種と変わらぬものの優良、耐病性は総じて弱い部類に入りましたが、収量性の高さは際だったものでした。(F13世代、及び昭和32年(1957年)F14世代は1系統群10系統、各系統90個体を播種し、1系統を選抜。)
そして昭和33年(1958年)、新潟県の奨励品種として編入され、一時は作付面積1位になり、平成・令和の世まで主力糯品種として続いていくことになります。
参考文献
〇新潟県農業試験場研究報告(9) 水稲新品種「こがねもち」:新潟県農業試験場
〇ラピッド・ビスコ・アナライザー(RVA)による滋賀県育成糯系統の加工適性に関する評価:滋賀県農業試験場研究報告
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