地方系統名
『福島9号』
品種名
『天のつぶ』
育成年『平成22年(西暦2010年) 福島県農業総合センター』
交配組合せ
『奥羽357号×越南159号』
主要生産地
主要生産地
『福島県』
分類『粳米』
こんにちは、天のつぶです。 |
どんな娘?
誰よりも人間の醜さを知って、そして誰よりも人間の美しさを知っている娘。
柔らかい物腰ながらストレートな物言いで、誤解を招くことも多い。
それでも根は非常に優しく、ただ飾った言い方に抵抗があるだけであったりする。
デビューしてこの方、辛酸をひたすら舐めながら、それでも笑顔を絶やさない健気な娘。
概要
私は山形県の『どまんなか』や『はえぬき』に対して”悲運児”という言葉を使用していますが、真剣な話、彼女『天のつぶ』に比べれば生温いものです。
特性が悪いわけでもなく
産地が悪いわけでもなく
なぜ彼女はこれほど地べたを這わなくてはならないのか
高品質な『コシヒカリ』産地と名高かった福島県が、15年という長い歳月の果てにようやく得た県オリジナル品種『天のつぶ』。
平成28年頃よりブームになっているような高級ブランド米指向ほどではないにしろ、米どころでありながら主力となるオリジナル品種を持たなかった福島県、そして福島県農家にとっては何よりも待ちわびた品種だった…はずです。
県オリジナル品種第一号『ふくみらい』の失敗もあって、一般家庭用飯米として推進する計画を立てていました。
その名前は、「穂が出るときには天に向かってまっすぐ伸びる稲の力強さを」、そして、「天の恵みを受けて豊かに稔(みの)る一粒一粒のお米を」それぞれ表現しています。
福島県の清らかな水と大自然を活かし、農家のひたむきな情熱によって育まれたお米の一粒一粒を、福島県民はもとより、県外の多くの人々にも食卓に笑顔と温もりをもって、味わって頂けるよう、そんな想いを込められて命名されました。
『コシヒカリ』や『ひとめぼれ』に匹敵する良食味(低タンパク)。
食べ応えのあるしっかりとした食感で、見た目も光沢があり、粒ぞろいが良いとされています。
玄米は前述した二品種よりやや厚く、千粒重も重くなっています(粒が大きい)。
稈長は『ひとめぼれ』よりも短い「短」で耐倒伏性は「強」となっています。
葉いもち病抵抗性が「やや弱」とされるものの、穂いもち病抵抗性は「強」と判定され、葉いもちに罹病しても穂いもちへは移行しにくいものとされています。
耐冷性は『ひとめぼれ』よりは劣り、「やや強」ですが通常年においては問題ないものとされています。
平成22年に福島県の奨励品種に指定され、福島県産第三位の食用粳米として推進される…はずでしたが
覚えていない人はいないでしょう。
平成23年(2011年)3月11日、東日本大震災、そして福島第一原発の大事故です。
改めて述べるまでもなく、多くの被害をもたらした大震災でしたが、無論、デビューしたばかりの『天のつぶ』の普及にも暗い影を落としました。
まず、作付けの対象となるはずだった浜通り地方が、原発事故の影響で休耕を余儀なくされます。
さらにただでさえ人手不足傾向のあった農業に、自主避難などが拍車をかけ、人手不足の水田が目立つようになりました。
その様な状況で新品種に取り組める農家を当初計画通り増やせるわけもなく、主力飯米用品種としてデビューした『天のつぶ』も、多くは”飼料米用”として作付されたのです。
『天のつぶ』は短稈で倒れにくいので多肥に耐えやすく、病気にも強いため、手間をかけない飼料用に用いやすかった、というのは何とも皮肉です。
また「土壌による放射能汚染を避ける」という意味でも、倒伏しにくい特性の『天のつぶ』は奨励されたそうですが…
大震災から5年が経過した平成27年ですら、福島県内のとあるJAで集荷した『天のつぶ』約7,000トンの内、飼料用米として出荷されたのはなんと約5,800トン。
出荷量の4分の3近くが、飼料用米という結果だったそうです。
”多くの人々にも食卓に笑顔と温もりをもって、味わって頂けるよう”
そんな願いを込められた品種が、人の口に入る機会は…残念ながら少なかったと言わざるを得ません。
さらにこの頃の『天のつぶ』の取引価格(60kgあたり)は、原発事故の影響で下がった福島県産米の、さらに500円ほど下とまさに地を這わされるような状態でした。
しかしそう暗い話ばかりではありません。
平成28年産からは他福島県産米との価格差は100円程度まで縮まり、福島県は『天のつぶ』専用肥料も登場させるなど、品質の向上に努めています。
福島県の復興と共に、少しずつ、でも確実に、前に進んでいるものと信じたいです。
震災と同時に世に出て、福島県の復興と共に歩んできた彼女は、これからも前を見て、進み続けていくことでしょう。
育種経過
1980年代後半から消費者の良食味志向にこたえる形で『コシヒカリ』が、そして平成5年の大冷害を契機に『ひとめぼれ』が福島県内での作付けを伸ばし、平成23年(2011年)時点ですら、この二品種で福島県内の作付の90%以上を占めていました。
米需要の変化とともに『コシヒカリ』自体の価値が下がり、他の米との価格差が減少してくると、生産現場からは『コシヒカリ』より多収で、栽培特性に優れる品種を求める声が高まりました。
そんな実需者の、低価格で、かつ良質な米を求める声に応えることを期待されたのが平成7年から育成が進められてきた『天のつぶ』でした。
当初の育種目標は『コシヒカリ』『ひとめぼれ』よりも短稈で倒れにくく、良質・良食味の品種の育成でした。
平成7年(1995年)8月、福島県農業総合センターにおいて母本『奥羽357号』、父本『越南159号』として人工交配された後代から選抜されました。
母本の『奥羽357号』は東北農業研究センターで育成された『ひとめぼれ』の血を引く良食味系統。
父本の『越南159号』は福井県農業試験場で育成された『キヌヒカリ』の血を引く短稈、かつ強稈な品種です。
平成7年(1995年)8月、人工交配により45粒の種子を得ます。
同年10月、その内の10粒を播種、世代促進温室内で養成し、翌平成8年(1996年)3月に採取しました。
平成8年(1996年)はさらに世代促進温室内で4~7月にF2世代を1518個体、8~12月にF3世代を1518個体で養成し、全量採種します。
平成9年(1997年)、F4世代から個体選抜が始まります。
およそ2600個体を圃場に展開し、中生の早~晩生という広い出穂期、稈長も短稈~稈長までという幅広い個体群の中から、出穂期が中生~中生晩のもの、穂重感があるもの、稈長が短いものなど30個体を選抜します。
さらにその中から室内において、品質調査をもとに22個体まで絞り込みます。
平成10年(1998年)、選抜したF5世代22個体を単独系統として養成。
22系統全てにおいて耐倒伏性は良好、止葉が直立し草姿は良好でしたが、耐冷性の強い系統は見受けられませんでした。
固定度と熟期を元に2系統を選抜し、さらに室内において品質に依り1系統が残されます。
平成11年(1999年)選抜されたF6世代1系統を1系統群3系統として養成し、『群系322』の系統番号が付与されます。この年に生産力検定予備試験が実施されます。
また、浜地域研究所において葉いもち、穂いもち、いもち病真性抵抗性遺伝子型、耐冷性の特性検定試験に供されます。
結果、『群系322』は『コシヒカリ』『ひとめぼれ』『ふくみらい』に比べて収量、品質で優りながら、倒伏は全く見られず、このころから耐倒伏性の強さがうかがい知れます。
平成12年(2000年)F7世代は引き続き生産力検定予備試験と特性検定試験に供試されます。
結果、『ひとめぼれ』以上の品質と同等の良食味、そして耐倒伏性「強」、穂いもち病ほ場抵抗性「強」と、有望系統として認められ、平成13年(2001年)F8世代に『福島9号』の地方系統番号が付されました。
平成13~17年(2001~2005年)、『福島9号』は会津地域研究所、浜地域研究所および東北中南部各県の奨励品種決定調査に配布され、奨励品種としての適否が検討されます。
その結果、育成中判明していた良食味、耐倒伏性の強さに加え、白未熟粒が少なく、刈り取りが遅れても品質低下が少ない事が確認されます。
平成18年(2006年)F13世代の栽培から1年間の保存期間を挟んで、平成22年(2010年)F16世代が種苗法に基づく品種登録申請されます。
その後、一般公募によって『天のつぶ』と命名されます。
系譜図
福島9号『天のつぶ』系譜図 |
参考文献
〇水稲新品種「天のつぶ」の育成:福島農業総合センター研究報告
私の推し来た!
返信削除天のつぶは、明らかにコシヒカリと差別化できる味で、しかも柔らかくなりすぎないとこから個人的に食べやすい米と思ってます。
今でこそこの扱いではあるんですが、稲関連会議で福島県の農政関係の人が「天のつぶをオリジナル品種として売りたいので他県の意見、特に最近『青天の霹靂』を立ち上げた青森に意見を聞きたい」と言ってたのを思うと、このまま終わる品種じゃないと福島県は考えているのが見えて良かったです(まあマーケティングにほとんど関与できない青森の試験場に聞いたのは相手が悪いんですが)。
(色々ありましたけど)TOKIOもサポートして『天のつぶ』を家庭用飯米に推そうと福島県も懸命らしいですね
削除ただ、山形県の『はえぬき』が(良くも悪くも)証明したと思いますが、一度業務用米、もしくは低価格米として世間に認知された銘柄が巻き返すのは新しくブランドを立ち上げるより遥かに至難の業です。
『福島40号』か『福島44号』、これもまた厳しい戦いになりそうですが、新たなフラッグシップ米に期待ですね