地方系統名
『北陸122号』(『水稲農林290号』)
品種名
『キヌヒカリ』
育成年『昭和63年 北陸農試』
交配組合せ
『F1【収2800×北陸100号】×ナゴユタカ』
主要生産地
主要生産地
『滋賀県、兵庫県』
分類『粳米』
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キヌヒカリだよ。皆、関西においでな。 |
どんな娘?
『コシヒカリ』が嫌いな娘(どうしてかと言われれば親からの…)。
かと言って特に表立って騒ぐようなことは無く、「ちょっと気に入らない」程度のもの。
そんな『コシヒカリ』と同等の実力者で、見た目に関してはコシ以上との自負もあります。
北陸・関東での覇権を目指しましたが、結局『コシヒカリ』に敗れて関西圏へと移りました。
姉御肌で気が強く(半強制的な部分もあるものの)慕っている品種も多い。
概要
当初奨励品種として採用された茨城県、福井県では作付を伸ばせなかったものの、『コシヒカリ』よりも粘りの少ないあっさりとした食味が受け入れられた関西圏(滋賀・兵庫・三重【2017年現在】)でその作付けを伸ばしました。
またその子品種の活躍が特に目覚ましいものとなっています。
平成30年(2018年)時点で
高温耐性と良食味で多数の県で作付、日本穀物検定協会の食味ランキングで複数産地特A獲得した『きぬむすめ』を筆頭として、『夢つくし』『はるみ』と特A獲得、話題となる品種も彼女の子品種です。
山形県の『つや姫』含め、交配親を辿ると彼女がいることもあります。
出穂期・成熟期は『コシヒカリ』より1~2日遅い「中生の早」。
稈長は『コシヒカリ』よりもかなり短く、穂長も短めになっており、耐倒伏性は「強」です。
いもち病耐性は葉いもち、穂いもちともに「中」と、『コシヒカリ』よりは強いものとなっています。
さて
『コシヒカリ』が農林番号の品種審査会で、その耐病性の低さから採用にかなりの難色を示され、会議が相当紛糾した末にどうにか『農林100号』として採用されたことは有名かと思いますが
この『コシヒカリ』採用以降、「コシヒカリ並みに耐病性が弱い品種は審査せずに不合格にする」との申し合わせが行われました。
いもち病に弱い品種は、どんなに味が良かろうが、どんなに耐倒伏性に優れていようが”門前払い”を食らわせる、ということですがこれをまともに食らったのが20年後に開発された『北陸100号』でした。
『コシヒカリ』登場以後念願だった良食味・耐倒伏性強の素晴らしい品種でしたが、耐病性は『コシヒカリ』からそのまま引き継いで弱く、先の申し合わせに抵触するとして審査されることもなく品種登録を逃しています。
『キヌヒカリ』はそんな『北陸100号』の孫品種(3系交配なら子品種?)。
そんな因縁があるので『コシヒカリ』のことがちょっと気にいりません。
育種経過
強稈・多収・良食味・いもち病抵抗性強といういいとこどりのような品種を目指して育成されたのが『キヌヒカリ』です。
このような品種の育成を目指す理由になるのはやはり『コシヒカリ』の存在。
戦後、食糧難の時代には病気に強く多収である品種が席巻しましたが、稲作技術の向上、米の需給量の増加などにより米余りの時代へと移っていきます。
そのような中、次に普及してきたのが『コシヒカリ』『ササニシキ』のような栽培上一部欠点があるものの食味の評価が高い品種でした。
特に北陸で普及していた『コシヒカリ』について、耐冷性は高いものの、倒伏しやすく、いもち病に弱いという点は栽培上問題になることも多く、この点を解消した品種の育種がひとつの課題となっていました。
交配が行われたのは昭和50年(1975年)春。
母本『収2800』、父本『北陸100号』の交配からF1を作成。
同年夏、前述のF1を母本、『北陸96号』を父本として3系交配が行われ、その後代から選出されました。
◇『収2800』(F1【『IR8』×『フジミノリ』】×『コシヒカリ』2回戻し交配)
1966年に国際稲研究所(IRRI)で育成された半矮性品種『IR8』と『フジミノリ』を交配したF1に『コシヒカリ』を2度戻し交配した後代から育成された品種になります。
半矮性遺伝子による強稈・短稈性と『コシヒカリ』の食味形質の統合を狙った品種で、概ねその成果が達成された系統です。
◇『北陸100号』
『コシヒカリ』へのガンマー線照射により育成された系統です。
耐病性の低さから品種登録の門前払いを食らいましたが、短稈・良食味の系統であり、食味改良を目的に交配親に選ばれました。
◇『北陸96号』
いもち病抵抗性遺伝子「Pi-i」を持ち、ほ場抵抗性が強く、収量も高い系統です。
いもち病抵抗性と収量性の付与を目的に交配親に選ばれました。
昭和51年(1976年)春、昨年に交配して得た種子を温室内に播種し、F1養成を行います。
同年夏から翌昭和52年(1977年)にかけて苗代放置栽培でF2~F3集団を養成します。
昭和53年(1978年)に3,800個体からなるF4集団を養成し、70個体を選抜します。
昭和54年(1979年)は前年の70個体を70系統の単独系統とし、この中から4系統を選抜します。
これ以降は系統群系統に展開します。
昭和55年(1980年)、F6世代4系統群17系統を移植した中から1系統5個体を選抜。
昭和56年(1981年)、F7世代1系統群5系統を移植し、1系統5個体を選抜し、『収3877』の系統番号が付されます。
昭和57年(1982年)、系統適応性検定試験地に配布され、地域適応性が検討されます。
同年以降、特性検定試験地において主要特性の検定を実施。
昭和58年(1983年)、F9世代で『北陸122号』の地方系統名が付され、関係各県での奨励品種決定試験に供試され、地域適応性の検討が行われました。
結果、福井県と茨城県でその有望性が認められ、奨励品種に採用されます。
昭和63年(1988年)、F14で新品種として『水稲農林290号』に登録され、『キヌヒカリ』と命名されます。
系譜図
母本が非常に『コシヒカリ』の血が濃いことが分かります。
(でもやっぱり本人は『コシヒカリ』のことは嫌い。)
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北陸122号『キヌヒカリ』系譜図 |
参考文献(敬称略)
〇コシヒカリ物語~日本一うまい米の誕生~:酒井義昭
〇水稲新品種「キヌヒカリ」の育成:北陸農業試験場報告
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